
脚本家・高橋亜子さんの母の実話をベースに、二人の女性の生涯にわたる友情を描く『You Know Me~あなたとの旅~』。昨年誕生した珠玉のミュージカルが好評に応え、2チーム体制、また荻田浩一さんによる新演出で再演を果たします。
昨年に続き樋口麻美さん・吉沢梨絵さん主演のAチームに対して、Bチームでは土居裕子さん・飯野めぐみさんの新コンビが誕生。ベテランの戸井勝海さん、広田勇二さんらが力強く脇を固めます。
女性の生き方、友情といった身近な作品テーマについて“当事者”の土居さん、飯野さんはどう感じていらっしゃるか。また男性の戸井さん、広田さんの眼に、この物語はどう映るのか。それぞれに実体験を交えつつ、本作への深い共感を語っていただきました。

これは“私のための物語”なんだと
どなたにも思っていただける作品だと思います
――まずは作品の第一印象からうかがえますでしょうか?
土居裕子(以下・土居)「最初にマネジャーから“すごく大変な役なんだけど…”と連絡があって。彼女は初演を観ていたので、出ずっぱりでずっと動いて着替えもたくさんある役なのを知っていたけど、私は観ていないから大変さがわからなくて(お話を受けてしまったんです)(笑)」
戸井勝海(以下・戸井)「僕は別の現場で、この作品の初演の出演者と一緒だったんです。すごくいい話なんだよと聞いていて、観たかったけど観られずに悔しい思いをしたのが残っていたので、今回お話をいただいて、あの作品ならと即決しました。
それから台本を頂いて読んだのですが、皆さん、ハンカチ必須とおっしゃっていたので、号泣するのかななんて思っていたけど、号泣ではなく、読み終わった時にちょっと涙が浮かんできて、それがいつまでも止まらないんです。なにかこう、じわじわ、ひたひたというのがずっと長く残る。
台本を読むと泣いたり笑ったり、首をひねったりといろいろあるけど、こういう感覚になったのは初めてだったので、これは絶対面白いだろうなと思ったし、難しさもあるだろうけど、自分がやった時にどこまで行けるか、稽古に向けてワクワク感が一気に高まりました」
広田勇二(以下・広田)「僕はお声がけいただいて、まず台本を読んだのですが、たくさんやる(演じ分ける)役があるなぁと感じました。
僕は少人数の舞台ってすごく出たい人なので、今回は本当に願ったり叶ったり。でも(稽古が始まる前に)一人で本読みをしてみたら、泣けて仕方がなかったです。
僕の母も晩年、この話のような親友を見つけて、その方の車に乗ってあちこち出かけていたんですよ。女性ってこういう友情がやっぱりあるんだなぁ、わかるな、と共感しました」
飯野めぐみ(以下・飯野)「私は事務所から「正式に決まりました」と連絡をいただいた時に“はい”と言ったけど、この大先輩の中に?しかも土居さんの親友役!? え?え?どうしよう…と思いました(笑)」
広田「僕もこの顔ぶれだとわかった時、本当に僕でいいのかと思いました。告白しますと、土居裕子さんは音楽座ミュージカルの大先輩で、僕にとっては“神”なんです」
土居「やめてくださいよ~(笑)」
広田「“神”なのに、誰よりもかわいい。反則技です(笑)。僕は音楽座で土居さんと少しだけ一緒に舞台に立たせていただいた経験があるのですが、純粋に一人のファンなので、今回ご一緒できる!と思って…でもよく読んだら、お芝居はほとんど絡んでいなかった(笑)」
土居「すみませんね、夫婦役じゃなくて(笑)。でも今回このお三方が選ばれたこと、すごく納得いきます。音楽がものすごく難しいんですよ。そして声がそのキャラクターを物語るところも結構あるのですが、皆さんぴったりで。
失礼ながら、今までメグ(飯野さん)のこの声を知らなくて、初めて歌稽古で聴いた時に、思わず(音楽監督の福井)小百合ちゃんに“いい声だねえ”と言ったら“私が太鼓判を押した飯野めぐみです”って」
戸井「僕、(飯野さん演じる)百合絵に罵倒されるシーンがあるんですが、そこの声の圧が凄いんですよ(笑)。早く慣れなくっちゃと思ってます」
飯野「私は“緊張しい”なのでずっと“どうしようどうしよう”ですが、皆さんが全部受けとめてくださるので安心して自由にやることができるし、本当にありがたいです」

――幅広い世代の方がご覧になると思いますが、もしかしたら主人公たちが生きた“昭和”という時代の価値観や感覚が、よくわからない方もいらっしゃるかもしれません。
土居「たくさんいらっしゃると思います。このなかで一番わかるのは私じゃないかな。生まれた子が女の子だったことで菜々子の父が落胆するエピソードなんて、我が家と同じです。うちは三姉妹なのですが、大正生まれの父は男の子が欲しかったんですね。一人目も二人目も女の子で、三度目の正直で男の子!…と思ったら私が生まれて、父は布団をかぶって寝込んでしまったそうです(笑)。その様子を見て、母はこの子を絶対可愛がって育てようと思ったという…。
まぁ生まれたら生まれたで父も可愛がってくれたのですが、今回台本を読んでいて、あまりに我が家と似ているので、もう吹き出してしまいました(笑)。
我が家は父が戦争に行った世代で、まさに封建家族。ごはんの時なんて皆で正座して、父が箸を取るまで待っていました。食べながらわいわい喋ったりすることもなかったけれど、父が野球好きだったので、ナイターは絶対観ていましたね。チャンネル権はもちろん父が持っていました」
飯野「我が家はチャンネル権は私が持ってました(笑)。それに母(劇団四季で長く活躍した末次美沙緒さん)がすごい人で、父が“美沙、ちょっと水”なんて言おうものなら、すっと立ってコップに水を入れてきて、“水をどうするの?ぶっかけるの?『お水ください』でしょ?”と言える人で」
土居「かっこいい!」
飯野「それを聞いて育ったので、今回、百合絵役をやらせていただくにあたり、彼女はどういう人なんだろうと考えるより、母を思い浮かべれば"きっとこんなふうに言うんじゃないかな"なんて想像できましたし…。母は生きていたらきっと、この役やりたいと言ったんじゃないかな」
土居「(お母さまは)きっと観に来てくれると思う。舞台で、(飯野さんの)後ろから“こっちよ~”とか言ってくださるんじゃないかな。それにしても、飯野家は進歩的だったのね」
飯野「頭の固いお父さん、三歩下がっている奥さん…という家庭では全くなかったですね。女性は結婚して家庭に入ったり、子供を産まなくちゃいけないという時代だったんでしょうけど、うちの母は早い時期から仕事(舞台)に復帰していました」
広田「当時は何歳ぐらいまでに結婚しないと、という空気もあったりしたけど、今は40歳過ぎても結婚されていない方もたくさんいらっしゃるし、今は女性も、家庭があったとしてもやりたいことを主張する時代ですよね。うちの嫁ともちょっと話していたんだけど、SNSがあるからなのか、本当に自己主張する人が多い。
でもそのいっぽうで、ネットでしか人とつながっていなかったりして、意外と寂しい人も多いんじゃないかな」
戸井「誰も見ていなくても自信を持って生きるということができなくて、周りから認めてもらってはじめて自己肯定できる人が多いのかな」
飯野「“いいね”の数が気になったりして」
広田「だからリアルな人との繋がりだったり、パートナーを見つけることに憧れている人、意外と多いかもしれないよね」
土居「演出の荻田さんが言っていたけど、昭和の頃は“前”しかなかった。今の時代は“どうせ頑張っても打ち止めが見えてしまってる”という人がたくさんいるけど、昭和って“先がある”と信じられた時代だったって。面白い時代だったのかもしれないですよね」
飯野「人とのつながりもすごくしっかりしてましたからね。ご近所付き合いもあったし」
戸井「近所の大人たちが共同で子供を育てるというか、みんなで叱り合ってというのが普通にあって、よかったですよね。今の子たちはある意味かわいそうだなと思いますよね」

――菜々子と百合絵は高校の同級生で、少しずつ友情を育み、生涯の友になっていくわけですが、こういう関係性をどう感じますか?
土居「すごく憧れますね。ずっとベタベタ一緒にいるわけじゃなくて、しばらく会ってない時期もあったと思うけれど、生涯をかけて、共通の趣味を持っていろんなことを語り合える友って本当に憧れるし、いいなと思います。
私はそこまでの関係の友って、女性同士だとまだいないかな。私にとっては、夫が親友です」
飯野「素敵!」
土居「同じ終末を迎えようとしていて、お互いサポートしながら、気を使いながらも喧嘩もするし。もしこの先一人になったら…なんて夫が先に死ぬって想像しちゃってますけど(笑)、女性のほうが寿命が長いから、もしそうなった場合にもしかしたら、同じような境遇の人と、菜々子と百合絵みたいに付き合えるようになったり、“じゃあ一緒に住もうか”みたいになっちゃうかもしれない。それはその時にならないとわからないですね」
飯野「うちの母は誰とでもすぐ友達になっちゃう人で、男女の別なく、たくさん友達がいました。近所のおじちゃんが週三回くらい6時半くらいに“ただいまー”ってやってきて、みんなでご飯食べて9時ぐらいに“じゃあね”って帰っていったりして」
土居「他人でしょ⁈」
飯野「全然他人(笑)」
土居「美沙さんは規格外だね、本当に(笑)」
飯野「私自身はと考えたら…何をもって親友というのか、難しいなぁって。気があってしょっちゅう会うような人なのか、なんでも話すことができて気を許すことができる人なのか…。
でも一人、私が24歳の時に出会った子は、7歳も年下だったけど親友だったかな。境遇が似ていたのもあって話が合い、家が近かった時期はお互い何かあれば駆けつけるし、泊まりでピザ食べながら台本の読み合わせを手伝ったり手伝ってもらったり。恋バナや相談ごと、時に怒ったり喧嘩もしたけど付かず離れず。色々あったけど濃い絆でした」
戸井「菜々子と百合絵って、傷を舐め合ってない二人じゃないですか。それが僕はすごく素敵だなと思うんですよ。
周りの女性たちを見ていると、弱った時に助けてもらう、でもちょっと自分が強くなると、言われたことにカチンと来て、今度は他の人のところに行く…という人が結構いて、(本当の意味で)親友なんだろうかと感じるんですね。
でも菜々子と百合絵って、お互いを認めながらぶつかったり、言いたいことが言えている。ちょっとだけ(表面的に)慰めあっているのとは全然違うなと感じます」
飯野「百合絵さん的には、誰かに頼るのが苦手なタイプなんですよね。だけど頼られるのは得意というか、これやった方がいいよっていう道筋を立てるのはすっごい得意な人で」
土居「菜々子みたいなタイプも、いそうですよね。自分ではあまり(意見が)言えなかったり、自分で引き取っちゃう。でもそういう人が一番、芯が強いという」
広田「うちの嫁も普段、僕にこぼすことがなくて、たいがい僕のほうがストレスを口にするけど、いざとなるとやっぱり嫁のほうが芯が強くて、まさに菜々子タイプ…って、僕の奥さんの話はいいですね(笑)。
菜々子と百合絵のそういう(本質的な)部分は後半、どんどん明確になっていって、終わりのほうであることが起こるのだけど、決して“悲しい”で終わらないのが、僕はたまらなくいいなと思います。何かをもらって、希望を見て物語が終わる。いいなぁと思うし、本当に泣けちゃうわけですよ。
だから僕は土居さんのあの歌唱が、楽しみで楽しみでしょうがないです。きっと土居裕子さんの真骨頂だと思います」
土居「いや~、あの辺りはもうヘロヘロになってますよ、若くないので(笑)」
戸井「そのヘロヘロもいい具合に味になって出てます」
飯野「想像しただけでまた泣きそう…」
広田「そういうふうに作られてはいるけれど、実際、裕子さんの声や表情を稽古場で1メートルくらいの距離で観ていると…」
飯野「私も菜々子のある台詞のところでちょっと(泣けてしまって)ヤバいなと思ったから、その箇所が近づいてきたら、つとめて自分のきっかけを意識するようにしてます。本番も絶対ヤバい…(笑)」
土居「それまで一度も涙を見せていなかった菜々子が感情を爆発させて、ガーンと泣くところですね。
私の母は85歳で癌になったのですが、それまで病気ひとつしたことがなかったのに突然吐血して、気分が悪いのに一人で汚したものを始末して、姉に電話して救急車で運ばれていったんです。
私はその日、本番だったのですが、終わって病院に飛んでいったら、お母さんは普通にしていて“胃がんだった”って。帰りの車の中で思わず“嫌、嫌、嫌、お母さん死んだら嫌だ嫌だー”って大泣きしたんですが、帰ったらすっと(気持ちが)落ち着いたんです。
あの時の私に、このシーンの菜々子は近いのかもしれないなと思って、(演出の)荻田さんに、ここで泣かせてくださいってお願いしました」

――今回の『You Know Me』、どんな舞台になったらいいなと思われますか?
飯野「この作品はどこかの遠い国の話だったり、王様が出てくるような非現実的なものではなくて、本当に身近な、時代的にもつい最近のお話なので、隣の奥さんの話を聞いているような気楽さで観ていただいて“私もあんなこと言ったことあるわ”とか、“うちの旦那に似てる”みたいに身近に感じていただけると思います。
それぞれ誰かしらに共感できるところがあると思いますし、自分自身でなくとも、“私の友達そういう話してたな”ということがきっとあるんじゃないかな。そんなふうに何かを感じていただいて、自分の大切な人を思い出していただけたりしたら嬉しいですね」
土居「やっぱり、なんにもない家族って一つもないんだと思うんですね。
どの家族にもちょっと恥ずかしいというか、秘めたいようなことがあるのが当たり前なんだなと感じていただきたいし、だからこそ、それを乗り越えていこうとする人間の素晴らしさや力強さを、ここで私たちが表現できたらと思います」
戸井「スーパーマンもヒーローも全然出てこなくて、ポンコツな人しか出てこないのだけど(笑)、お互いにぶつかったり支え合ったりしていく中で、ポンコツがポンコツなりに輝いていっているというのが、この作品の魅力だと思います。観てくださる方が、これは私のための物語なんだと思っていただけたらいいなと思います」
土居「“私のための物語”…」
飯野「ん〜っ、素敵!」
戸井「ただ僕、裕子さんと何回か夫婦役やらせてもらったことがあるんですが、今回はどんな夫婦かなと思ったら、またしても裕子さんを罵倒する夫なんですよ(笑)。ただ、そんな夫が人間的に変わっていく様がとても素敵に描かれているので、そこを感じていただけたら、本当に幸せだと思います」

――衝突してすぐ離婚ということにならず、年月をかけて関係性が変わっていくのが素敵ですね。
土居「そこは昭和の物語ですから、今だったらどうなっていたかわからないですよ(笑)。昔は“離婚”なんていう、ご近所に噂されるようなことは絶対しないという時代だったんです」
広田「僕は、人間がちょっと生き方を変えてみようと思う瞬間って、ものすごい奇跡だと思うんです。
なんとなく頑張ろうと思うことはあっても、根本的に何かが染みて、生き方を変えようと思う。百合絵の在り方、生き方に影響されて、菜々子が変わる瞬間っていうのが、地味な話に見えるかもしれないけど、本当にミラクルだと思うんですね。
このミュージカルの一番のミラクルだと思うので、それをラストシーンを通して感じていただいて、観てくださった方の中に“明日からこうしてみようかな”と、何かが変わる奇跡が起きたらいいなと。僕自身、本当に楽しみです」
戸井「聴き惚れて歌うの忘れないでね(笑)」
広田「わかりました。でもそれ、あり得ますね」
全員 (笑)
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『You Know Me~あなたとの旅~』11月7~17日=シアター代官山 (樋口麻美さん・吉沢梨絵さん主演のAチームと、土居裕子さん、飯野めぐみさん主演のBチームの交互上演。スケジュールは公式HPをご覧ください)
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