Musical Theater Japan

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『東京ローズ』演出・藤田俊太郎、出演・飯野めぐみ、山本咲希インタビュー:逆境を生き抜いた女性の信念を、6人のリレーで描く

『東京ローズ』演出の藤田俊太郎さん(中央)、出演の飯野めぐみさん(右)、山本咲希(左)さん 🄫Marino Matsushima 禁無断転載

 

太平洋戦争中に米兵の士気を失わせるため、日本が放送したプロパガンダ放送「ゼロ・アワー」にアナウンサー(通称“東京ローズ”)として出演し、戦後国家反逆罪に問われた日系二世アメリカ人、アイバ・トグリ。  

彼女の半生を描いた英国発のミュージカルが、このたび新国立劇場のフルオーディション企画第6弾として選ばれ、藤田俊太郎さんの演出のもと、稽古を重ねています。 

二つの国に翻弄されながらも強い意志を持ち続けた主人公を、リレー形式で演じる6人のキャストのうち、『生きる』『キンキーブーツ』等できらりと光る演技を見せてきた飯野めぐみさん、現役大学生である新星の山本咲希さん、そして藤田さんにオーディションの思い出から稽古の手応えまで、じっくりとお話いただきました。 
 
【あらすじ】1916年生まれの日系二世、アイバ・トグリ(戸栗郁子)は、叔母を見舞うため25歳で来日するが、太平洋戦争が勃発、米国に帰国できなくなってしまう。英語を活かしてタイピストや短波放送傍受の仕事をしていた彼女は、ラジオ・トウキョウ放送「ゼロ・アワー」の原稿を読むこととなり、アメリカ兵たちからは“東京ローズ”と呼ばれる。

終戦後、米国に強制送還されたアイバは、日本軍のプロパガンダ放送の仕事をしていたとして国家反逆罪に問われるが…。 
 

『東京ローズ』

2023年の今、アイバの物語を届ける意味

 

――まず、今回なぜ本作を取り上げることになったのでしょうか? 
 
藤田俊太郎(以下・藤田)「新国立劇場の芸術監督である小川絵梨子さんとプロデューサーの皆様から、お話をいただいたのが始まりでした。

フルオーディション企画第6弾にあたり、女性が中心を担うとなる作品という方向性が決まっており、作品を選んでいくなかで、劇場と交流があった英国のBURNT LEMON THEATREが製作した本作が挙がったのです。戯曲を読んでアイバ・トグリ・ダキノさんの人生に感銘を受け、音楽を聞いてその力強さにも感動し、今やるべき作品では、と思いました」 
 
――なぜ、“今”だと思われましたか? 
 
藤田「22年に初めて作品に触れたときには、ルーツを見つめ直すこと、日系二世のアメリカ人、アイバが太平洋戦争下をどう生きぬいたのかをお客様にお届けすることで、戦いから何を学ぶのかという普遍的なテーマを追い求めることができると思っていました。 
しかし2023年になり、争いの犠牲になるのは常に民衆であるという戦争の現実があるなかで、本作が私たちに訴えかけるリアリティが大きく変わってきたと感じています」 
 

藤田俊太郎 秋田県出身。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。近年の演出作(ミュージカル)に『ラグタイム』『ジャージー・ボーイズ』『VIOLET』『NINE』『手紙』等。新国立劇場では『東京ゴッドファーザーズ』を演出。あきた芸術劇場「ミルハス」アドバイザー。 🄫Marino Matsushima 禁無断転載


――飯野さんと山本さんは、以前から“東京ローズ”についてご存じでしたか? 
 
飯野めぐみ(以下・飯野)「全く知りませんでした。母に聞いた時も、東京ローズという言葉は聞いたことがあるけれど…という程度で。オーディションがあると知ってからネットの中で調べてみましたが、検索の仕方もよくわからなくて…」 
 
山本咲希(以下・山本)「私も知らなくて、ネットで調べたのですが、“アイバ・トグリ”さんというお名前からだと、あまり濃い情報は見つかりませんでした」 
 
――映像による審査のあと、ワークショップ形式のオーディションを受けられたそうですね。 
 
山本「私は、対面オーディションを受けるのが生まれて初めてで、とても楽しかったです」 
 
飯野「初めて⁈」 
 
藤田「ここ数年はコロナ禍がありましたからね」 
 
飯野「そうですよね…」 
 
山本「何もわからないまま行って、さあどうなるんだろうと思っていたら、藤田さんとプロデューサーさんが、ただ私たちをジャッジするのではなく、“皆さんからも、私たちと一緒にお仕事したいと思っていただけるかジャッジしていただいて、もしそう思っていただけたらぜひ”というようなことをおっしゃっていて、“一緒に創っていく”という感覚の強いカンパニーになるんだろうなと感じました」

 

飯野「私はオーディションはいくつも受けてきましたが、ワークショップ形式の経験はあまりなく、ほとんどがダンスや歌のみで、お芝居の審査はないことが多い印象です。私自身お芝居にコンプレックスがあるので、“初対面の人たちとインプロ(即興)でお芝居かっ!”と緊張したのですが、実際は1時間みっちり作品を作っている感覚で、すごくいい経験になりましたし、楽しかったです。終わって一緒の組の方とご飯を食べに行ってしまったくらい(笑)」 
 

飯野めぐみ 神奈川県出身。2003年『天使は瞳を閉じて』で初舞台を踏み、以降、舞台を中心に活動。最近のミュージカル出演作に『生きる』『キンキーブーツ』『マタ・ハリ』『パレード』『CHESS THE MUSICAL』『リトル・ナイト・ミュージック』等がある。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

“あわあわしすぎた”即興オーディション

――即興というのは、どのようなものでしたか? 
 
飯野「本番と同じく6人ずつのグループオーディションでした。会場に入るとバラバラに置かれた椅子に座らされ、自己紹介だけしたら、もういきなり“では、始めて下さい”となりました。

“えー!”と思いながらも、周囲を見なきゃいけない、動かないといけない、自分の台詞もどんどん迫ってきてどうしよう…。作品を十分理解していない中で、いただいたページの中で自分の立ち位置を探りました。こういうことをやってみようと思っても、相手にかわされてしまって“すみません”となったり(笑)。あわあわしすぎて、(合格は)無理だわ~と思いました(笑)」 
 
山本「私はオーディションで人とお芝居したことがほとんどなく、あっても数行くらい。場面を作ることは未経験だったので、めぐさんがてんやわんやしていらしたとしたら、私はそれ以前でした(笑)。他の方がお芝居したものをキャッチして反応する瞬発力を、あの時間で使い切ったように感じるほどです。

緊張感はありましたが、こういうふうにこの作品を創るんだなと解りましたし、すごくいい時間を過ごさせていただけたなと思いました。“次に機会があったらこうしたいな”と思いながら帰宅したので、合格してそれをやらせていただけることに感動しました。あの帰路の気持ちを放置しないで、ここに来られていることに感謝しています」 
 
――ワークショップ形式の狙いはどういったところにあるのでしょうか? 
 
藤田「まずは、この企画の、“オーディションは一緒に作っていく場”という考え方に起因しています。1か月近い期間と労力をかけて行える素晴らしい環境の中で、一緒に創作してゆく。そこにいられることが私にとっても幸せなことで、全力で向き合いました。

ワークショップ形式で、限られた時間の中ではありますが、一緒に創作することで、お互いの「東京ローズ」への取り組みがみえてくる。映像による歌唱、そして、実際にお会いした方は溢れんばかりのエネルギーがほとばしり、レベルの高さを感じました。日本の俳優、特に女性が演じることのクオリティは誇るべきなんじゃないかと思いました。 オーディションを通して、936名の方と出会えたことは、私にとってかけがえのない財産です」 
 
――今回の公演では、アイバという役を一人ではなく6人でリレー形式で演じるのが特徴的ですね。 
 
藤田「戦後アイバが一度失ったアメリカの市民権が復権するまでには、とても長い時間がかかっています。6人の女優が戦前、戦中、戦後の裁判、それぞれを演じ分ける中で、激動の時代を生きたことを表現できると思っています。

“リレー”という点では、英国のクリエイターたちが想像力を駆使して台本を書き、音楽を創り、それがリレーされ、私たちが上演する。それをまた英国のクリエイターたちが再び上演する時に豊かにリレーできる可能性がある。作品そのものも受け渡されていくことが大きなポイントです」 
 
――お二人は台本を読んで、どんな第一印象を持たれましたか? 
 
飯野「こんなにも大変な人生を背負った女性が実在し、そして私自身すでに生まれていた2006年に亡くなった。アイバさんが生きていた時代に私も存在していたという近さに驚きました。そして、日系人を演じるということで、この顔のままで、自分の血を感じながら演じられることにも感銘を受けました」 
 
山本「私にとって戦争は、学校の授業で得た知識はあっても、当事者と言う感覚はどうしても生まれてきません。昔こんなことがあった、という歴史として学んできてしまっているので、この物語を演じるとなって、今のままではだめだ、いろんな知識を入れなければ、と思いました。

いっぽうで、私が演じるのは、今の私と同じくらいの年齢のアイバ。父母に守られ、何も怖いものはなく、ただ自分のやりたいことをやって突き進むという感じで生きていたころのアイバです。藤田さんが“ルーツ、アイデンティティ、未来”ということをおっしゃってくださって、それは自分にも重なる部分があるな、今回、アイバを演じることで私も一緒に成長していけるのではないかな、と思いました」 
 

山本咲希 東京都出身。中学高校でミュージカル部に所属し、主に男役として出演。現在、国際基督教大学在学中。主な舞台に『ルーザーヴィル』『バイ・バイ・バーディー』『ブロードウェイ殺人事件』『プロパガンダ・コクピット』等がある。©Marino Matsushima 禁無断転載


多くの人物を演じ分ける中で、見えてきたこと

 

――めまぐるしくお役が変わる稽古かと思いますが…。 
 
飯野「私自身はアンサンブルもたくさんやってきているので、袖にはけるたびに障害物競走のように走り回って逆側から出る…みたいなことには慣れていますが、今回はアンサンブルの見せ方と違って、一人で背負っているものが大きく、見せ方も変わります。つまりしゃべる量も多くていろんなことをやらなくてはいけないんです。なので、時々“私、次誰?”ということはあります(笑)。でもアイバに対しても、アイバ以外の役にも、お互いの人生を揺さぶり合わないといけないな、と考えています」 
 
山本「私は今回、初めて経験することが多いので、演じ分けというより全部が難しいですが(笑)、これまで、お客さんとして作品を観る時には、主人公として存在する人はたくさん喋るしいろんな人と関わるから難しいのだろうなと想像していたのですが、いざその立場になってみると、主人公として生きている人は周りにたくさん助けてもらっていて、自然にできることが多いのだな、と感じました。

周りの人は自分が発するものが多くない中で、その人の人生、役割を短い間で表さないといけない。それがあって主人公の激動の人生がわかるのだなぁと感じます。アイバを演じる時以上に、周りの、アイバを揺さぶるほどのなにかを持つ人々を演じるほうが、非常に難しくて、日々もがいております(笑)。

あと、敵対している人に対して、つい感情移入して“こう考えているんだろうな”というのが一瞬よぎってしまいがちなので、全ての役を研究しつつも、他の役をやっているときは一回忘れないといけないというのが、すごく難しいなと感じています。ゼロにしなきゃいけないというか」 
 
飯野「(アイバを)袖で観ていて泣いちゃうこともあるものね」 
 
――音楽面ではクールなコーラスが特徴的ですね。 
 
飯野「とてもかっこいいのですが、“一人一パート”というところが多くて助けてくれる人がいないのが、大変です。でも、今回、日本初演ということで作者からは“柔軟にやっていいよ”と言っていただいているそうで、コーラスの厚みを増やしたりとか、この人のパートを上にとか、皆で日本版ならではの工夫をしながら組み立てています。

オーディションの時に選考ポイントになっていたかはわかりませんが、今回集まった6人は、それぞれに個性のある声をしているのに、一緒に歌うと声が喧嘩することなく、すごく気持ちいいハーモニーになるんです。きっと耳触りのいい歌になっていると思います」 
 
藤田「まさにその通りです」 
 
山本「耳が幸せと思える現場です。皆様本当に音楽性にたけていらっしゃって、ただただ聴いていたいと思うことが多いです。6人が一人一パートを担って歌うことに意義があるので、責任感もあるし、6人が集まることでアイバの芯の強さを表現できる点もあると思うので、(歌声が)強くなければいけないなと思っています。

私はまだまだ技量が足りないと思っていますが、皆さん本当に優しくて、私が“ああ~”となっていると、“こうしたらいいんじゃない?”“大丈夫だよ”と声をかけてくださって。皆さんご自身の課題もおありだと思いますが、すごく支えて下さるカンパニーです。一緒に作ろうというハートがあるからこそなんだな、自分も期待に応えたいなと思える環境です。少なくとも、自分がノイズにならないようにと思っています」 
 
飯野「全然そんなことないよ~(笑)。さっきも話した通り、6人のハーモニーが気持ちいいのもあるんですが、ソロやソロ+コーラスの曲の強さもあって、みんなソロもコーラスもできるメンバーだなと感じています。またに自分が歌わないナンバーがあると'めっちゃかっこいい'と聴き惚れています」 
 

アイバの人生に巻き込まれるような感覚を味わっていただけます

 

――藤田さん、お稽古の感触はいかがですか? 
 
藤田「一日一日がとても充実しています。飯野さん、山本さんがおっしゃるとおり、本作は音楽の魅力をコーラスでどう表現するのかが大事な要素となります。英国のオリジナルは打ち込みの演奏ですが、私たち日本版はバンドの生演奏で、歌声、ハーモニーの美しさを際立たせたいと思っています。ソロとコーラスを行き来することを通して、皆と融合したいのに分断され続けるアイバの人生を音楽で表現しています。

また、6人でアイバ役をリレーすることで見えてきたのが、アイバの変わらない信念です。俳優がアイバの言葉を語るリアリティに、稽古場で戦慄が走る瞬間があります。

本作にはアイバ以外に、たくさんの人物が登場します。アイバの家族、同僚、裁く側、裁かれる側、寄り添う側、寄り添わない側、日本人、アメリカ人…。演じ分ける中で、戦争の時代の輪郭がはっきりと浮かび上がってきました。アメリカ人でありながら、アメリカの市民権を剥奪され、苦悶し、争い、それでも人を恨まない、恨みからは何も生まれないと言ったアイバを6人が板の上で力強く、生きています。たくさんのお客様に観ていただけたらと思っています」 
 
――お二人はどんな舞台になればと思っていらっしゃいますか? 
 
山本「エンタメという枠におさまらずに、メッセージをお客様が受け取れる舞台になるといいなと感じています。藤田さんがよく“お客様をなになにに見立てて”とおっしゃるのですが、私はふだん、映像作品を観ていて自分が置いて行かれる感覚があり、作品の一部になれる舞台が大好きなのですが、今回はそれを強く感じていただける作品ではないかと思っています。私たち6人が抱いた気持ちをストレートに伝えたいですし、特に、同じ世代の人たちに、戦争は他人事じゃないんだよ、起こりうることなんだよ、と伝えたいという願望があります」 
 
飯野「史実に基づいていますし、苦しい話ではあるのですが、音楽もかっこいいですし、エンタテインメントとしても楽しんでいただきたいです。(小劇場は)息遣いや目線も伝わるような空間なので、一緒に楽しんでいただきながら、いつの間にか巻き込まれていて、不意にどきっとするような瞬間も味わってほしいです。

そして、メインのオーディションを受けさせてもらえるチャンスが少ない、日本の実力ある同業者や、俳優を目指している若い人にとって、平等に見てもらえるフルオーディション企画に挑戦するキッカケになってもらえたら嬉しいです」 
 
(取材・文・撮影=松島まり乃) 
*無断転載を禁じます 
*公演情報『東京ローズ』12月7~24日=新国立劇場 小劇場 公式HP

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