Musical Theater Japan

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ストレート・プレイへの誘い 絶望の果ての希望を優しく描く『十二番目の天使』観劇レポート

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『十二番目の天使』(C)Marino Matsushima

ミュージカル俳優が台詞劇にこだわる理由

“ストレート・プレイ(台詞劇)もやっていきたいんです”…。ミュージカル俳優諸氏へのインタビューで、今後のヴィジョンとしてしばしばお聞きするのが、この言葉です。

 

歌やダンスのテクニックを磨いてきた彼らがなぜ?とも思われますが、経験を積めば積むほど、彼らは“音楽に頼らず、自分の芝居を確立させたい”“ストレート・プレイの俳優さんを見てきて、たった一語の表現に苦心する姿に感銘を受けた”等、ストレート・プレイを通して表現者としての自分を高めていこうと思われるようです。

 

ファンとしては彼・彼女の伸びやかな歌声や華麗なステップこそが見たい・聴きたいのに…という方もおられましょうし、実際彼らの次回作がストレート・プレイと知ると、ちょっと観劇をためらうという声も聞きます。

 

しかし、ミュージカル俳優が出演するストレート・プレイは、観る側にとっても世界が広がる大きなチャンス。ギリシャ悲劇からシェイクスピア、イプセンに三島由紀夫…と演劇の系譜を体感することもできますし、敢えて得意な要素を削ぎ、芝居のみに集中する俳優の姿を見守るなかで、彼・彼女の新たな魅力に出会えることもあります。 

初心者にも見やすい、普段着の言葉の世界

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『十二番目の天使』(C)Marino Matsushima

そんな中で、近年ミュージカルと並行してストレート・プレイにも積極的に出演している井上芳雄さんが取り組む最新作が、『十二番目の天使』(原作・オグ・マンディーノ)。中・高等学校の教師たちが生徒たちに読んで欲しい“君に贈りたい本”10位にも選ばれているベストセラーの舞台化です。

 

仕事も家庭も順風満帆だった男が突然家族を亡くし、悲嘆にくれる。自殺さえ頭をよぎる彼の心を救ったのは、一人の少年との出会いだった…。 

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『十二番目の天使』(C)Marino Matsushima

主人公ジョンが妻子と語らう何気ない光景に始まって、事故のあらまし、別人のように打ちひしがれたジョンが幼馴染のビルに地元の球場へと連れ出され、リトルリーグの監督を引き受ける羽目になる過程を、舞台はナレーションを多用し、時に朗読劇の香りを漂わせながら描いてゆきます(脚本・笹部博司さん、演出・鵜山仁さん)。

 

リトルリーグのオーディションには一人だけ、とても運動神経がいいとは言えない少年が来ており、ジョンはやむなく彼、ティモシーを迎え入れる。捕球も打球もからきしダメだが、決して諦めずに練習に食らいつくその姿に、いつしかチームの空気もジョンの心も変わってゆく。彼がシングルマザーのペギーとささやかに暮らしていることを知ったジョンは、亡き息子のグローブをプレゼントし、心を通わせていくが…。 

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『十二番目の天使』(C)Marino Matsushima

ストレート・プレイとは言っても、現代アメリカが舞台とあって、そこで使われているのは普段着の言葉。難解であったり文学的表現が出てくるわけでもない点で、ストレート・プレイ初心者にとって非常に入り込みやすい作品と言えます。

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『十二番目の天使』(C)Marino Matsushima

しかし演じる側からすれば、雰囲気に任せて喋ってしまえば、観客の耳を素通りしてしまうという可能性も。シンプルなだけに侮れない劇世界の中で、ジョン役の井上さんは持ち前の(一粒一粒丁寧に洗われた真珠を数珠つなぎにしたような)明瞭な口跡をキープし、台詞を発信。悲嘆から希望へと、大きく変わってゆくジョンの内面へと観客を自然に引きこみます。 

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『十二番目の天使』(C)Marino Matsushima

後半、ジョンを再び大きな衝撃が襲う場面では、辻萬長さん演じる医師を相手に“こうしたら状況は変わるのでは”と持ち掛ける台詞を、観ている側もその瞬間は“きっと奇跡は起こる!”と信じられるほど、全身に思いを漲らせて発信。スケールの大きな物語世界を時にその身一つで動かしてきたミュージカル俳優ならではの説得力が、存分に生きた瞬間となっています。 

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『十二番目の天使』(C)Marino Matsushima

出演はほかに妻とティモシーの母の二役をかたや清楚に、かたや生活感を交えて演じ分ける栗山千明さん、幼馴染ビルをテンポよく演じる六角精児さん、安定感たっぷりのジョンの母/家政婦ローズ役・木野花さん、ジョンの父/医師メッセンジャー役・辻萬長さんとティモシー役(ダブルキャストのうちこの日演じた大西統眞さんにはひたむきな生真面目さがあり、好演)、リトルリーグのスター選手であるトッド役の子役という計七名。少人数カンパニーならではのアットホームな空気感の中で、どんな状況にあっても人は前を向いていける、とポジティブな気持ちにさせてくれる舞台となっています。 

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『十二番目の天使』(C)Marino Matsushima

カーテンコールにそのまま直結した幕切れには、ジョンが空を見上げ、「白いボール 青い空へ」を歌唱。いかにもボールが弧を描いて飛んでゆくような旋律(宮川彬良さん)を井上さんが優しく歌い上げており、観客はきっと清々しさに包まれながら帰途に就くことが出来るでしょう。

 

(取材・写真・文=松島まり乃)

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*公演情報*『十二番目の天使』上演中~44日=シアタークリエ、その後新潟、石川、茨城、香川、福岡、福井、愛知、兵庫で上演。公式HP