Musical Theater Japan

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『The PROM』観劇レポート:とびきりの高揚感と“理想の社会”

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Daiwa House Special Broadway Musical 『The PROM』Produced by 地球ゴージャス (C)Marino Matsushima 禁無断転載

NYはブロードウェイ。ベテラン俳優のD.D.アレンとバリーは新作ミュージカル『エレノア』に主演し、華々しく初日パーティーに現れますが、早々に届いた劇評は惨憺たるもの。“老化したナルシスト”と評され役者人生の危機を感じた二人は、やはりキャリア停滞中のトレント、アンジーとともに、“社会活動でイメージをアップさせる”作戦に打って出ます。

ネタを探すうち目にとまったのが、インディアナ州の高校生エマのニュース。レズビアンの彼女がプロム(学年最後のフォーマルなダンスパーティー)に同性の恋人と行こうとしていることが、問題になっているというのです。“彼女を助ければ私たちの好感度も上がる!”と、彼らは早速現地へ。

そこには騒動の元凶として級友たちからいじめを受けるエマの姿が。彼女の秘密の恋人アリッサは、プロムでエマと踊り、レズビアンであることをカミングアウトする予定でしたが、思いがけない事態が発生し…。

Daiwa House Special Broadway Musical 『The PROM』Produced by 地球ゴージャス (C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

2010年にミシシッピ州で実際に起こったプロム騒動に想を得て、『ドロウジー・シャペロン』のボブ・マーティンと『ウェディング・シンガー』のチャド・べゲリンが脚本を手掛け、18年にブロードウェイで開幕。翌年のトニー賞で作品賞等にノミネートされたミュージカルが、岸谷五朗さんの日本版脚本・訳詞・演出で上演中です。

Daiwa House Special Broadway Musical 『The PROM』Produced by 地球ゴージャス (C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

保守的なコミュニティで俄か活動家としてふるまううち、エマの思いの強さ、純粋さに胸打たれた俳優たちは“私利私欲”を捨て、奮闘。都会の俳優たちと地方の高校生たちという、住む世界も違えば世代も違う者同士がひょんなことから出会い、心通わせ、自分と相手を、そして社会を少しだけ変えてゆくという“素敵な奇跡”が生き生きと描かれます。

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Daiwa House Special Broadway Musical 『The PROM』Produced by 地球ゴージャス (C)Marino Matsushima 禁無断転載

台詞のあちこちにミュージカル・ネタが登場したり、D.D.アレンのナンバー「目立ちたくないのよ!私」が『エビータ』の“And The Money Kept Rolling In”を思わせ、2幕でアンジーがエマを励ます「ZAZZ」はまさに『シカゴ』へのオマージュ、といったマシュー・スクラーの音楽も、ミュージカル好きにはたまらないでしょう。

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Daiwa House Special Broadway Musical 『The PROM』Produced by 地球ゴージャス (C)Marino Matsushima 禁無断転載

とりわけ感動的なのが2幕、大人たちにお膳立てされたTV出演ではなく、自分らしい方法としてライブ配信を選んだエマが自分の心を隠したくない、と語り、画面越しに多くの若者たちの共感を得てゆくくだり(“Unruly Heart”)。切々と訴えるうち一人、また一人と共感のコメントや“いいね”が増え、“一人じゃなかった”と胸がいっぱいになってゆくさまを瑞々しく演じる葵わかなさんが出色です。

三吉彩花さんの清潔感と素直な歌声はアリッサ役にぴたりとはまり、D.D.アレン役のトリプル・キャストのうち筆者が観た大黒摩季さん、保坂知寿さんの歌唱には“大スター”の風格が。アンジー役の霧矢大夢さんは『シカゴ』のアンサンブルを20年も(!)つとめてきた役柄とあって、ちょっとしたポーズも自然とフォッシー風。声の出どこも終始明るく、登場の度に楽しいムードを醸し出しています。

Daiwa House Special Broadway Musical 『The PROM』Produced by 地球ゴージャス (C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

エマの唯一の理解者だが力の無さに悩むホーキンス校長役の佐賀龍彦さんには善良なオーラが漂い、wキャストのTAKEさんがD.D.アレンに向けて“ファン心”を歌うナンバー(「あなたを見ていたい」)にはしみじみとした味わいが。

バリー役の岸谷五朗さんはソロ・ナンバーでキレのあるブレイクダンスを披露しつつ、過去の心の傷を繊細に表現。寺脇康文さんは世代の差に臆せず高校生たちに語り掛け、保守一色の世界に風穴をあけてゆくトレントを茶目っ気たっぷりに演じています。

Daiwa House Special Broadway Musical 『The PROM』Produced by 地球ゴージャス (C)Marino Matsushima 禁無断転載

クライマックスにはタイトルが示す通り、高校生たちにとって人生の一大イベントが晴れて登場。青柳塁斗さん、百名ヒロキさんら高校生役の俳優たちが躍動感あふれるダンスで生の歓びを表現し(目の覚めるようなアクロバットも有)、対立していたキャラクターたちの歩み寄りや心の傷の癒しも描かれます。やみくもな“分断”ではなく、理解しあい、“共生”する社会がどれほど望ましいものか、とびきりの高揚感の中で誰もが感じられるミュージカルと言えましょう。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 Daiwa House Special Broadway Musical 『The PROM』Produced by 地球ゴージャス 3月10日~4月13日=TBS赤坂ACTシアター、5月9日~16日=フェスティバルホール 公式HP