Musical Theater Japan

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『ジョン マイ ラブ』横内謙介×深沢桂子:愛媛にミュージカル熱を根付かせた“坊っちゃん劇場”の魅力を語る

(右)横内謙介 東京都出身。大学在学中に劇団善人会議(現・扉座)を旗揚げし、主な作品を作・演出。1992年に岸田國士戯曲賞を受賞。スーパー歌舞伎の脚本も手掛ける。坊っちゃん劇場では『幕末ガール』『げんない』でも作・演出を担当。(左)深沢桂子 東京都出身、国立音大ピアノ科卒。87年『I Got Merman』音楽監督でミュージカルデビュー。作曲作に『手紙』『DAY ZERO』『誓いのコイン』ほか。各地でミュージカル普及の為のワークショップも行っている。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

 

幕末の江戸。剣術が達者な道場の娘・鉄は、縁談を持ちかけられて反発するが、ジョン万次郎というその相手は、一風変わった人物だった。アメリカで教育を受け帰国した彼は、男女の別なく個人の意見を尊重し、日本に自由と平等がもたらされるよう願っているという。鉄は結婚を決意し、万次郎の夢に自分の夢を重ねてゆくが…。
 
2006年に創設されて以来、四国や瀬戸内圏の歴史や文化を題材にオリジナル・ミュージカルを作り、1年間ずつロングランしてきた愛媛県東温市の「坊っちゃん劇場」が、第16作『ジョン マイ ラブ ジョン万次郎と鉄の7年』を上演。3月に千穐楽を迎えます。
 
人口33000人ほどの町に劇場を建設し、ジェームズ三木さんや高橋知伽江さんはじめ一流の布陣でクオリティの高い舞台を発信することで、少しずつミュージカル文化を根付かせてきた同劇場。今回も横内謙介さんの作・演出、深沢桂子さんの作曲で新たな“ジョン万次郎伝”を創造し、ヒロイン・鉄役にはAKB48のフレッシュなメンバーを起用(グループ内オーディションを経て交互に出演)、短い生涯を夢いっぱいに生き切ったヒロインの物語を清々しく描き出しています。
 
横内さん、深沢さんは首都圏の公演に引っ張りだこにも関わらず、過去にも坊っちゃん劇場で作品を手掛け、今回も既に開幕して久しい本作に並々ならぬ愛着をお持ちの様子。その熱量の源である“坊っちゃん劇場”の魅力をうかがいました。

『ジョン マイ ラブ -ジョン万次郎と鉄の7年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――お二人にとって、坊っちゃん劇場はどんな劇場でしょうか?

横内謙介(以下、横内)「何と言っても、回数をやってくれるというのはとても大事なことだなと思います。東京では2か月、3か月やれればすごいと言われるところを、この劇場では(一つの作品を)何百回もやってくれるので、(クリエイターとして)とても作り甲斐があります。もっとも、(出来が)ダメだったとしてもずっと上演されるということになるので、恐怖の場でもありますが(笑)。

もう一つ、喜びとともに責任を感じるのが、ミュージカルを初めて見る人が多い劇場だという点です。多くの方の最初の演劇体験になるということにやりがいを感じつつも、責任重大だなと、その難しさも楽しみながらやっています。子供がたくさんいらっしゃるからと、子供目線だけで作りたくはない、でも子供たちを退屈させたくもない。きっと(バランスをとるための)てだてはあるのだろうと模索しながら作っています」

深沢桂子(以下、深沢)「長くロングランすることで、役者さんたちの歌も深まったり、より良い声が出るようになって行きます。定期的に現地に見に行くことで、私自身、他の公演では得られない感動がもらえています。

また、新作では歌詞が先にあることが多いのですが、横内さんとやる時は曲が先で、それに詞をつけてくださっています。私にとって楽しみでもあり大変なことでもありますが、いい方向に作用しているような気がします。

今回はジョン万次郎が語るテーマが大きいことと、小さいお子さんから90歳の方まで幅広くいらっしゃる劇場なので、なるべく一度聴いて言葉もメロディもわかっていただけるよう、留意しました。複雑なメロディで作ると作品そのものも難しくなってしまうので、みんなに愛される曲になるように、と。勉強になりますし、楽しくもありました」

『ジョン マイ ラブ -ジョン万次郎と鉄の7年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――作品作りにあたり、地方性は意識されましたか?

横内「それはあまりないですね。坊っちゃん劇場の作品はどれも四国や瀬戸内圏の人物や物語をモチーフにしていますが、本作に関しては土佐出身のジョン万次郎が登場するとはいえ、舞台は江戸です。

それより、東京の演劇と確実に違うポイントとして、坊っちゃん劇場は商業的な劇場ではあるけれど、東京で行われている演劇のように、人気者を出して、人気の原作を舞台化する、敢えていえば“予定調和的にお客さんを入れて成立させる”という作り方をしていません。オリジナル作品だけに、作品に力がないと人も出てくれないし、スタッフも集まってくれない、一年後にどうなっているかもわからないという、本当に手探りの中で作っています。

でもそれはクリエイターにとってやりがいのあることで、本当は東京でやるべきことなんですよね。それを、ただでさえ人を集めにくいところでやっているのが、坊っちゃん劇場。“奇跡の劇場”と言われる所以です」

『ジョン マイ ラブ -ジョン万次郎と鉄の7年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――今回はAKB48のメンバーがかわるがわる主演しているのが話題ですが、彼女たちの出演は劇場にとっても新たな突破口になりそうでしょうか?

横内「どれだけ垣根をとっぱらっていくかというのは、今後の表現の世界で一番大事なことだという気がしています。クラシックもヒップホップもミュージカルも、すごいものはすごいという。今回は10人の鉄役がいて、それぞれに個性も向かっていく先もばらばらなので、そういうカテゴライズ自体がいらないと思います。そしていろいろなところから来た俳優たちが共演し、ショーケースのように実験的な舞台を作り上げています。地方だからといって、置きに行ってる部分はなくて、振り切ってやっています」

深沢「本当にそうですね」

横内「鉄は16歳でお見合いしてアメリカ帰りの万次郎にカルチャーショックを受けるという役なので、初々しさやみずみずしさが大事なんです。経験を積んだミュージカルスターが鉄を演じたらよく見えるかというと、そうでもない。そういう作品にしなきゃいけない、と逆に思っています」

深沢「彼女たちにしか出せないものって、あるんですよね。改めて凄いなと思います。だからこそ垣根をとっていろんなジャンルの方で舞台をやることが必要なんじゃないかなと感じます」

『ジョン マイ ラブ -ジョン万次郎と鉄の7年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――本作を御覧になった方に、どんなことを感じていただきたいですか?

横内「もちろん作品に込められたテーマもありますが、その前段として、また劇場に行きたいと思っていただきたいし、その中の何パーセントかが“あの劇場”、つまり坊っちゃん劇場に行きたいと思っていただけたら嬉しいです。今生きている作家・作曲家がオリジナル・ミュージカルを作って上演する、それは必ずしも東京でしか成立しないことではなく、愛媛で作られているということ、そこに憧れを持ってほしいです。この劇場が素敵な場所に見えるよう、僕らも全力でやっています」

深沢「実際に愛媛では、学校行事で坊っちゃん劇場で初めて観劇体験をし、その後リピートしてくれる小学生がたくさんいます。こういう事業が全国的に広がって行くといいんじゃないかと思います」

横内「僕らとしては今回、鉄役のオーディションをやることになって、アイドルの彼女たちが地方の劇場に出演することを都落ち的にとらえてほしくないなと心配していたけれど、愛媛出身の高岡薫さんがまっさきに手をあげて、今ではアンバサダー的な存在です。彼女は中学の校外学習で坊っちゃん劇場に行ったことがあって、そこで素敵なミュージカル体験をして、あの劇場なら出たい、と思ってくれたそうなんです。そういう面でも、やはり愛媛では確実にミュージカル文化が育っているなと感じています。キャスト側だけでなく、ここでミュージカルを初めて観て、クリエイターを夢見ている人も出てきているでしょうね」

『ジョン マイ ラブ -ジョン万次郎と鉄の7年‐』AKB48メンバー、高岡薫さん。鉄役に加え、東京公演の一部では鉄の友人、菊野を演じた。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

深沢「坊っちゃん劇場が出来てから、愛媛では市民ミュージカル劇団がものすごく増えているんですよ。それも東温市だけでなく、周辺の各地で。専門学校もできていますし、その波は四国にも広がってきています。

また俳優にとって、一年に200何十というステージをこなすのは、なかなか出来ることではありません。若い俳優であれば、同じ役をこれだけ演じれば、ものすごい成長を遂げることができる。坊っちゃん劇場はそういう場でもあると思います」

――日本では“推し”が出ていない演目はなかなか観る機会がないという方も少なくないようです。

横内「“推し”を観ることが目的であっても、劇場に通う中で、作品に対する感覚、その真価を見抜く感覚は芽生えていらっしゃると思います。坊っちゃん劇場で僕らは、東京の大劇場でも2.5次元でも活躍できるスタッフをを揃えて、全く同じ能力と情熱で作っています。地方だからといってクオリティが下がることは全くなくて、むしろさらに実験的な精神で取り組んでいます。そういうところに気づいていただけたらと思います」

『ジョン マイ ラブ -ジョン万次郎と鉄の7年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――今後も坊っちゃん劇場との関わりは続きそうですね。

横内「劇場があれば、です。この劇場もコロナ禍で存亡の危機を経験しています。17年がかりで築かれた文化も、半年公演がなくなればあっという間に消えてしまいかねません。『ジョン マイ ラブ』は3月に千穐楽を迎え、無事(次の作品に)バトンを渡せることにほっとしていますが、これからも劇場の事業が継続するよう、応援していきたいです」

深沢「私も同じ気持ちです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ジョン マイ ラブ‐ジョン万次郎と鉄の7年‐』2021年9月2日~2023年3月12日=坊っちゃん劇場(愛媛県東温市)公式HP 向かいのホテルでは観劇がセットになった宿泊プランも)。3月5日14時、11日17:30には横内謙介さん主宰の扉座公演『最後の伝令 菊谷栄物語-1937津軽~浅草-』8K映像上映会を開催。両日とも上映前に『ジョン・マイ・ラブ』出演者やスタッフが登壇してのトークショー有。
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