チャップリンへのオマージュから始まる舞台
舞台下手(左側)、女の住まい。思いつめた表情の彼女は錠剤を飲み、ガス栓をひねる。舞台上手(右側)、扉の外。偶然通りかかった男がガス臭に気づき、ドンドンと扉を叩くが返事はない。体当たりで部屋に入った男は、倒れている女を見つけ、助け出す…。
ほぼ無音のなか、動きのみで描かれるこの発端において、女(テリー)のリアルな芝居に対し、男(カルヴェロ)の動きは大きく誇張。パントマイムの名手だった本作の原作者、チャーリー・チャップリンへのオマージュであるらしいプロローグとともに、2019年版『ライムライト』はスタートします。
じっくりと名台詞を味わい、人生に思いを馳せる
場面が変わるごとに他の出演者たちが登場し、町の人々として踊ったり、ちょっとした所作(しょさ)とともにセットを入れ替えてゆく。
劇世界に広がりを持たせるそんな工夫も施されてはいるものの、本作の中心にあるのはあくまで“言葉”。生きる気力を失ったテリーに向けた“幸せのために闘うのは美しい”という励ましに、“人生はアマチュアのまま(プロになれないうちに)終わってしまう”という悟り、そしてテリーに“あなたを幸せにする”と言われ、“それがつらいんだよ”というつぶやき…と、含蓄に富んだ老芸人カルヴェロの台詞の数々が、明瞭にしてこなれた石丸幹二さんの口跡によって、しっかりと客席に届けられます。
観ている側は自分や身近な誰かと重ね合わせて深く共感したり、“自分にはそういう経験はないけれど”と思ったり。時折差し挟まれる登場人物たちの歌声や弦楽器の音色に浸りながら、“幸福”について、“人生”について、めいめい思いを馳せることができるでしょう。
“腕のある”キャストが丁寧に物語を紡ぐ
昔日の名声は色褪せ、客や興行主たちの容赦ない言葉に何度となく傷つけられても、その日、その日を生きのびて行く。そんな主人公カルヴェロを、石丸さんは天性の人懐こさと知性を滲ませつつ体現。
いっぽうテリー役の実咲凜音さんは、序盤から意志の強さを感じさせるヒロイン像を見せ、それまで鼓舞される一方だった彼女があることをきっかけに逆にカルヴェロを勇気づけようとしたり、初恋の人ネヴィルから告白されてもきっぱりと思いを述べるくだりを説得力あるものとして表現。終盤にみせるバレエのポーズも美しく極まっています。
またテリーの“思い出の中の人”であり、実在の人物としても登場するため難しい立ち位置ともいえるネヴィル役の矢崎広さんは、ファンタジーとリアルをほどよく重ね合わせてこの清廉な青年像を造型。
大家のオルソップ夫人を下世話にデフォルメして演じる保坂知寿さん、劇場支配人ポスタント役にしたたかな風情をまとわせる吉野圭吾さん、昔馴染みの芸人ボダリンクを飄々と演じる植本純米さん、バレエダンサー役の佐藤洋介さん、舞城のどかさんともども、劇中兼ねる諸役も楽しんで演じていることが伝わってきます。
人生はハッピーエンドのようでも悲劇のようでもあり、美しくも残酷である…。“腕のある”少人数編成のカンパニーが丁寧に描き出すことで、しみじみとした余韻が残る舞台です。
(取材・文・写真=松島まり乃)
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