夏の夕暮れ。複合オフィスビル中庭の特設ステージでは、恒例のカラオケ大会が盛大に開かれている。
予選を勝ち抜いた23 組が出場する決勝は円滑に進行中だが、舞台裏では次々とトラブルが発生。それぞれに事情を抱える出場者たちが、“順番を変えてほしい”“曲目を変えたい”、果ては“出場自体を辞退したい”等々、様々な要望を寄せていたのだ。
この大会で何年も運営スタッフをつとめてきた鈴本は、新人スタッフの加瀬に指南しつつ、キビキビと無理難題を捌いて行く。しかしあと少しで全員が歌い終わるという時、とんでもない事態が…。
ワンシチュエーションコメディを得意とする劇団、アガリスクエンターテイメントの冨坂友さんの脚本を、山田和也さんが演出。朝夏まなとさんや中川晃教さんら、普段はロマン溢れるグランド・ミュージカルで活躍するスターたちが、カラオケ大会という親しみやすい世界で右往左往するサラリーマンに⁈という意外な取り合わせが、大いに期待を誘います。
笑いのきっかけは様々ですが、多くに共通するのが“思い込みと勘違い”。決してコミュニケーション不足というわけではないのに、相手は“こう思っているのだろう”と思い込んだキャラクターたちが自ら窮地に陥ってゆく姿には、共感を含んだくすくす笑いが絶えません。特に木内健人さん扮する気弱な社員が、目の前の事象一つ一つを“上司や同僚たちに嫌われている証拠”だと解釈し、落ち込んでゆく様には、“いったん思考が負のスパイラルにはまると抜け出せないこの感じ、わかる…”と、身につまされる方もいらっしゃることでしょう。
中川晃教さんが演じる、“人生の一大事”を前に、あることで大ショックを受ける社員にもはらはらさせられっぱなしですが、意を決してマイクを握るとそこは“さすが”中川さん、よく知られたサビに独自のニュアンスを加えた歌唱は、聴きごたえたっぷりです。
元アイドルの会社員役・花乃まりあさんのキュートさ全開のパフォーマンス、“出場したくない”新人社員役・栗原沙也加さんののびやかな歌声、偶発的に起こる、とある二人の“ラップ対決”など、歌唱シーンもバラエティ豊か。加えて久ヶ沢徹さん演じる外資系証券会社の支社長が見せる、サラリーマンの気概溢れるくだりは思いがけない感動を呼び、目にも耳にも、心にも嬉しいエンタテインメントに仕上げられています。
しかし今回の舞台の第一の功労者はなんといっても、振り回されっぱなしと見えてここぞという時には芯を見せる後輩社員役・小越勇輝さんとともに、出ずっぱりで場を捌いてゆく鈴本役・朝夏まなとさんでしょう。てきぱきとトラブルを解決してゆく姿が颯爽として頼もしく、本業(ビル管理会社の中堅社員)での活躍も想像に難くない主人公像ではありますが、実は“単に優秀な人物”というわけではなかった…という“秘めた一面”をチャーミングに露呈し、全身全霊でイベントに取り組む姿がインパクト大。膨大な台詞も滑らかな口跡でこなし、今後ストレート・プレイでもいっそうひっぱりだことなって行くことが容易に予想されます。
日常の一角に現れる、 カラオケ大会という名の“非日常”。そこでのひとときを共有することで、登場人物たちばかりでなく観客もまた、連綿と続いてゆく日常にポジティブな気分で戻って行ける…。身構えず、等身大の人々に自分を重ねて楽しめるコメディの誕生です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『SHINE SHOW!』8月18日~9月4日=シアタークリエ 9月15~17日=兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール 公式HP