ロックバンド、ポルノグラフィティのギタリストであり、小説も手掛ける新藤晴一さんが、初のミュージカル制作に挑戦。板垣恭一さん(『FACTORY GIRLS~私が描く物語~』『魍魎の匣』)とタッグを組み、4年がかりでオリジナル・ミュージカルを発表します。
大正時代の炭鉱の町を舞台とした、彷徨う者たち(ヴァグラント)の物語とは…。
平間壮一さんとのダブルキャストで主人公・佐之助を演じる廣野凌大さん(代表作:舞台『鋼の錬金術師』)に、開幕直前の手応えや“一筋縄では行かない”ヒーロー像について、たっぷり語っていただきました。
【あらすじ】
時は大正。芸能の民“マレビト”である佐之助と姉貴分の桃風は、とある炭鉱の町の社長就任式で、歌や踊りを披露する。
人々と安易に接触することを禁じられているマレビトでありながら、“ヒトの正体”を知りたい佐之助。彼はこの町で生まれ育った政則、譲治、トキ子に興味を持ち、ことあるごとに近づこうとする。
それぞれに事情を抱えた幼馴染3人と、佐之助の運命が交錯したとき、米騒動に揺れるこの炭鉱で、多くの坑夫を巻き込んだ騒動が発生するが…。
互いの信頼感の中で、“創っては壊し”の日々を楽しんでいます
――さきほど色紙に、メッセージとして“No Pain, No Gain”と書いて下さいましたが、何かエピソードがあるでしょうか。
「海外のことわざ的なフレーズなのですが、“痛みを伴わないと何も得られない“という意味で、僕の人生の座右の銘です。伝えたいことがある時には、自分も何かを消費しなくてはならない。そこには全力で向き合え、といった言葉なので、僕は好きで使っています。自分の人生とは、自分の価値とは何かと考えたときに、これが近いと感じています」
――例えば“努力を伴わないと”でもいいかもしれないのに、“痛みを伴わないと…”というところに、そこまで自分を追い込もうという強い意志を感じます。
「人に何かを伝える時、それが仕事でなければ、普通に喋っているだけでも伝わると思うけど、表現の道にいると、技術以上に魂の話になってくると思うんです。自分がしんどい思いをしなければしんどいことは伝えられないし、楽しい思いをしなければ楽しさも伝えられない。全部に説得力を持たせたい、という気持ちで、“Pain”という言葉を使っています」
――『ヴァグラント』ですが、まず台本を読んだ時の第一印象はいかがでしたか?
「人の“業”というか、これまで世界に渦巻いてきたものをひしひしと、改めて感じることができる作品だなと感じました。虐げられる人と虐げる人、ブルジョワジーとプロレタリアート、弱者と強者…といった言葉が出てきて、それを変えようとする人たちがいて、さらにそのさまをマレビトが俯瞰し、“人とは何なんだ”と考えるという構図です。
今日で稽古は最終日だったのですが、実際に演じながら、人間の泥臭い部分に“新藤さんと板垣さんはこれを伝えたいんだろうな”と感じ、楽しさを感じています」
――本作は“大正時代”の設定とうかがいました。最近は『鬼滅の刃』の影響で、大正時代に脚光が当たっているのかなと思ったりしたのですが…。
「それは全くないと思います。そういったフィクション的なものよりも、本当に起こった米騒動であったり、マレビトの社会的な立場の話を描くために、大正時代としていると聞いています。その時代を生きてきた僕らの先祖たちのリアルが詰まっていて、改めてリスペクトも感じますし、劇中、“100年後のあなたたちはどうなんだ”と客席に問いかけるシーンもあって、“僕らが置かれてる現代社会も、意外とこういうところがあるな”と見つめ直せると思います」
――今で言えば “勝ち組”と“負け組”であったり…?
「人間は上下を作りたがるけど、本当に大事なことはそこなのか、とアーティスト精神を持った新藤さんは問いかけているような気がします。人間として大事なことを詰め込んで、みんなを前向きにさせてくれる作品になっていると思います」
――主人公が“マレビト”という、芸能の民であることも、大きな意味を持つのかなと想像されます。彼らはおそらく、自由人でありつつ、同時に被差別民でもあるのですよね。
「人生の区切りをつける“祭祀”では重宝されるけど、それ以外では災いがふりかかるから触れてはいけない、とされている存在です。本作に関しては彼が軸となって物語が進むので、この様子は痛烈に描かれていて、今も日本にある差別や、きれいごとで済ませられない問題に一石を投じているような気がします」
――決して一面的な“ご機嫌なヒーロー”ではなさそうですね。公開稽古の一幕ラストでは、子供を介抱しようとして地元の人に拒否され、過呼吸のようになっている姿がありました。
「ちょっと地元の人たちと仲良くなってきたところで突き飛ばされることで、精神的なストレスで過呼吸になってしまうんです。人に興味があって人を知りたい、でも人が怖い。もろいところもあれば、“行ける”という時は行けるという人間的な強さもある、複雑だし、すごく人間くさいキャラクターです」
――「マレビトの矜持」という佐之助のソロナンバーがSNSで公開されていますが、この歌詞の中でも、“人間は善と悪のどちらだ”と突き詰めようとしていますね。
「そういうマインドを持って稽古していたのですが、実は新藤さんが稽古を観ていて、歌詞を変えようということになって、本番ではがらりと変わります! 今回は完全なオリジナル・ミュージカルで、みんなでクリエイティブにやってきたので、今日も新藤さんから“新しく覚えるのは大変かもしれないけど、ここ変えてもいいかな?”という感じで、変更点がありました。お互いの信頼感の中で作品を創り上げています」
――創っては壊し、の日々でしたか?
「最終稽古の今日も“壊した”箇所がありました。本番が始まってからも、照明や舞台装置の感じ、お客さんの空気感などで変わってくることがあるかもしれないけれど、その世界を彩ってくれるスタッフさんたちが作ってくれた空間で、どれだけ僕らがその役として生きられるかが大事なので、そこに対して不安はないです。新しいものを創り上げている自負はあったし、稽古も楽しかったですね」
――新藤さんの音楽はいかがですか?
「僕も音楽をやっている身としては、新藤さんの曲は歌詞が覚えやすくて、聴いていてすっと入って来ます。あと、新藤さんは言葉のチョイスが文芸的というか、美しくて色気があって、歌っててすごく楽しいです。
曲調としては和風もあれば洋風もあるし、めちゃめちゃテイストが多くて、一つじゃない。ロック調もディスコ調も含め、これでもかというくらい詰め込まれていて、どんな音楽が好きな人でも楽しめると思います。
そんな中で、佐之助のナンバーは王道のJ-POPかな。ヒーロー系というか、まっすぐな楽曲ですね。ミュージカルというものの芯を行ってる感じがします」
――板垣さんの演出はいかがですか?
「今回“初めまして”だったのですが、新藤さんの思いも汲みながら自分が書きたいものを書いていらっしゃるのだろうな、楽しいだろうなと(近くにいて)ひしひしと感じました。もっと堅苦しい人なのかなと思っていたけど、実際はすごく子供心があって、お茶目でかわいい方です。
板さんとのコミュニケーションでは、技術的に出来るかどうかは置いといて、言葉のキャッチボールは2,3回でおっしゃっていることは全部理解できたので、あとは舞台でやるという形で変なストレスなく佐之助と向き合えました。いい稽古場を作って下さいましたね。ダブルキャストなので、(平間)壮一さんがやってるときに(演出家と同じ)前から観ていると、板さんが作ろうとしている景色の美しさが感じられて、演劇が好きな方なんだな…とリスペクトしていました」
――カンパニーの空気感はいかがでしょうか。
「結局人間同士なので、これまで多く出演してきた2.5次元の時と本質的には変わらないけど、今回は特に、誰も何も言わなくても、皆が同じ方向を向いていたカンパニーでした。その日生まれた課題を次の日、軽々超えてしまう、クリエイティブな現場で楽しかったです。2.5次元に戻った時に、今回体験した空気感を伝えたり、逆に今後、2.5次元の良さを伝えるような、懸け橋になれたらと思いますね」
――ご自身の中でテーマをお持ちでしたか?
「僕的には、出会った人を大事にすることがテーマかな。技術云々はやっていればついてくるし、それよりも人間らしく、真摯に人と向き合うことを大切にしてきました。こいつとならちゃんと腹を割って話せるなと思ってもらえるようつとめてきました」
――間もなく開幕する『ヴァグラント』、どんな舞台になればと思われますか?
「最初の稽古で、板さんがみんなの前で話したことが印象に残っているんです。“僕らのやってることで人の人生を変えられるわけではないけれど、例えば今日死にたいと思っている人がこの舞台を観て、明日まで生きてみようかと思うくらいには変えられると信じています。だから頑張りましょう”といった話で、本当にその通りだな、と。
この作品を観て、何か心に一つ、どんな感情でもいいので、自分の人生に生かしてもらえるような、プラスになる感情を抱いて帰っていただけたらいいなと思っています」
――プロフィールについても少しお聞かせ下さい。廣野さんはもともとアーティスト志望だったのが舞台でデビューされることになったのですよね。当時はどんな夢をお持ちでしたか?
「17歳くらいだったので、具体的なものは何も無かったです。舞台ってちやほやされるのかな?売れればアーティスト・デビューも出来るかな?といった程度のイメージしかなくて、現場に入ったら打ちのめされて(笑)。
1,2年間は情熱が持てず、“地元に帰りたい”なんて思うこともありましたが、親から“せっかくオーディションに受かっていただいた機会なのだから、大事にしてみろ。大学の期間は頑張ってみろ”と言われて、表現者としての自覚が芽生えました。何に対しても逃げず、一回立ち向かってみる。それで折れても、誰かがきっと助けてくれる…と思えたのが大きかったです。最初は望んでいたわけでなかった芝居に対しても、本気でやっている人たちの前でちゃらんぽらんなことは出来ないな、と思うようになりました」
――2.5次元の舞台にたくさん出演されていますが、この世界で特に得たものは?
「良くも悪くも、自分の“見せ方”を学べたと思います。ポージングだけになってしまう危険もあるけれど、自分をどう見せるかというのは、今回のミュージカルでも使えていると思っています」
――どんな表現者を目指していらっしゃいますか?
「佐之助と一緒で、誰よりも人間らしくいられたらと思います。役者としても歌手としても、命を燃やしている間は、お金を払って観に来て下さった方に対して“廣野凌大って凄いんだな”と感じていただいたり、自分にリンクして観ていただける存在でありたいです。表現者としての僕を求められたら、必ずお返ししていきたい。そうなろうと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 a new musical 『ヴァグラント』8月19~31日=明治座、9月15~18日=新歌舞伎座 公式HP
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