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『ドッグファイト』観劇レポート:痛みから希望へ。繊細に綴る若者の心の旅

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『ドッグファイト』プレスコールより。写真提供:東宝演劇部

1967年、サンフランシスコ行きの長距離バス。物思いにふける主人公に年長の男性が話しかけ、観客はこの若者がベトナム戦争帰りであることを知る。若者の回想の形で、舞台は4年前のサンフランシスコへ…。
新米の海兵隊員である彼、エディは出征前夜、仲間のバーンスタイン、ボーランドとともに“ドッグファイト”に参加。それは“一番イケてない女の子をパーティーに連れてきた者が勝ち”というルールのゲームだった。なかなか女の子を口説けず、焦りながら一軒の食堂に入ったエディは、カウンターの陰でギターをつまびきながら歌う若い女性に気づく。
食堂の主である母を手伝い、合間の時間に曲を作っているその娘、ローズはぽっちゃりとした外見だった。彼女こそ、今日のパーティーに相応しい。そう思ったエディは“よくある普通のパーティーだ”と熱心にローズを誘い、純情な彼女は戸惑いながらも同行を決意。“ワンダフル”な彼に誘われたことに興奮しながら、自室に戻り思い切りドレスアップする。エディは優勝を確信するいっぽうで、彼からの誘いを心から喜ぶローズの姿に良心の呵責を抱き始め…。

『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』でアカデミー賞作曲賞を、『ディア・エヴァン・ハンセン』でトニー賞を受賞し今、最も勢いのあるミュージカル・クリエイターに数えられるベンジ・パセック、ジャスティン・ポール。このコンビが作詞作曲を担い、2012年にオフブロードウェイで発表初演された『ドッグファイト』が、2015年、17年に続き、日本で3度目の上演を果たしました。

出征前夜に街に繰り出した海兵隊員たちの姿を、躍動感あふれる歌とダンスで描くナンバー「最後の夜」。彼らが女の子たちに次々と振られてゆくさまが台詞を交え、コミカルに展開する「ヘイ彼女」…。アクティブな序盤から、エディとローズの心の交流にじっくりとフォーカスする中盤、戦場での過酷な体験を経て喪失感に苛まれる今(1967年)へと、山田和也さんの演出は物語の起伏を大切に、時に生き生きと、時に突き刺すような痛みを持って各場を描き出し、無邪気で無知でもあった若者の心の旅へと、観客を誘います。

『ドッグファイト』プレスコールより。©Marino Matsushima 禁無断転載

 

三度目のエディ役に(今回初めて)髪を短く刈り込み、フレッシュな気持ちで臨んだという屋良朝幸さんは、序盤は流麗かつエネルギッシュなダンスを見せ、誘われたローズが“ワンダフル”な彼、と有頂天になるのも頷ける二枚目ぶりですが、徐々に無知や浅ましさ、うしろめたさを露呈し、ローズに対する失態が決定的になってからは序盤の調子の良さが嘘のように不器用さ、そして誠実さが滲み出てゆくさまを繊細に表現。

いっぽうローズを演じる昆夏美さんは、拵えの工夫に加え、歩き方で“ふくよかさ”を見せつつ、当初は完全にエディにリードされ、気の毒になるほど彼を信じていたのが、裏切りによって一度は心の扉を閉ざしながらも、戻ってきた彼の中に善良さを見出し、少しずつ心を開いてゆく過程を鮮やかに描き、同性が共感しやすいキャラクターを生み出しています。二人の本質が顕れ、孤独な魂同士がぐっと距離を縮めるレストランのシーンは絶品。

『ドッグファイト』プレスコールより。©Marino Matsushima 禁無断転載

 

エディの兄貴分ボーランドを茶目っ気たっぷりに演じる藤岡正明さん、可愛げのある弟分バーンスタインを演じる大久保祥太郎さん、パーティーに誘われた娘を心配するママ役の彩乃かなみさん、傷心のエディに優しく話しかける男性役などを演じ分ける坂元健児さん、バイタリティ溢れる娼婦マーシー役をユーモラスかつ力強く演じる壮一帆さんら共演陣も好演。総勢11名のキャストが一体となり、舞台上に独自の親密さを加えています。

表題となっている“ドッグファイト”は女性蔑視も甚だしいゲームですが、根底には出征を前にした(戦地では感情を持たずに“人間兵器化”することを期待されている)若者たちの、人間性を喪失するための訓練といった意味合いがあるらしく、巻き込まれた女性たちのみならず、当事者の若者たちにとっても残酷なゲームだと言えます。そんなイベントをきっかけに生まれた人間関係にも、希望はあるのか。等身大の若い男女の物語を通して、人間の暗部の先に仄見える光を探り当てようとする本作は、観る者の心に静かに染み入る舞台となっています。

(取材・文・一部撮影=松島まり乃)
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*公演情報『ドッグファイト』9月17~10月4日=日比谷シアタークリエ、10月6日=日本特殊陶業市民会館ビレッジホール、10月21日~24日=梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ 公式HP