Musical Theater Japan

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『夢から醒めた夢』観劇レポート:“人を思うこと”の美しさをシンプルに、力強く描く

『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

管楽器のわくわくするような音色とともに幕前に現れる、一人の男性。ステッキを携えた彼は“夢の配達人”と名乗り、夢とは眠りの中にだけあるのではなく、劇場でも花開くものだと語ります。

『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

“人生を生きるには、夢が必要だ”。
そしてその夢を作り出すのが劇場なのだと、作者…そしておそらく多くの演劇人が抱いているだろう思いを述べ、配達人は舞台中央に現れた女優を紹介。“ピコ”という名前を与えられた彼女は、“霊界”に興味があり、一度覗いてみたいと言います。

頷いた配達人が最初の場面に選んだのは、夜の遊園地。“昼間訪れた人々の夢のかけら、喜びのエコー、華やかなものが積み重なった残骸…まるで人間界を抜け出す絨毯のよう”なその場所で、ピコはひととき戯れ、その奥深くで一人の少女に出会います。
“あなた、幽霊って信じる?私、会ってみたいの”
“あなたなら、会えるわ”
握った手の冷たさに驚くピコ。“…本物⁈”
マコという名のその少女は、思い詰めたように語り始めます。

『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

母一人子一人のつつましくも幸せな日々が、自身の交通事故死で絶たれてしまったこと。以来、食事も喉を通らず泣いてばかりの母親を慰め、きちんとお別れを言いたいと思っていること。マコの思いに胸打たれたピコは、一日だけ彼女と入れ替わることを決意します。

“二人の心 ふれあえば
すてきなことが 花ひらく…”

歌いながらマコと手を合わせ、入れ替わったピコが到着したのは“霊界空港”。美しい魂の証である白いパスポートを持つ霊たちが、“光の国”行きのロケットを待つ場所です。役人のエンジェルやデビル、そして多くの先客たちに迎えられたピコは、興味津々で子供たちや老夫婦とロケットを見学。

『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

しかし戻ってくると、マコから預かっていた白いパスポートが、なぜか真っ黒になっています。黒いパスポート、それは地獄行きの印。老夫婦は“これは何かの間違いだ”と声をあげますが、デビルは許しません。このままでは明日、マコが地獄に行くことになってしまいます。
ピコは夢の配達人に助けを求めますが…。

赤川次郎さんのファンタジー小説を三木たかしさん(一部は宮川彬良さん)の音楽、浅利慶太さんの演出で舞台化し、劇団四季が1987年に初演。以来、何度となく再演を重ねてきたオリジナル・ミュージカルが、4年ぶりの上演を果たしました。

“思いやりの心”“かけがえのない命”といった作品の核は不変ですが、その見せ方には変遷があり、今回は初演のクリエイティブ・スタッフが再結集した2017年版での上演。ピコの赤ベレー帽とマコの大きな帽子が印象的な初演の衣裳(森英恵さん)が復活、遊園地のアトラクションやピコの胸の高まりなどを身体表現で想像力豊かに描く振付(謝珠栄さん)も特徴的です。

浅利慶太さんのオリジナル演出を継承した野村玲子さんのもと、出演者の皆さんも各キャラクターを過不足なく表現。四宮吏桜さんは純真無垢なピコをひたむきに、かつ力強く演じて観る者の目を最後まで釘付けにし、マコ役の笠松はるさんは芯のあるソプラノ・ヴォイスに、母への思いを溢れさせます。(人間の体に戻っての万感こもった台詞“お母さん、今行くからね”も印象的)。

野村さん演じるマコの母はつつましくも理知的なオーラでまさに皆から憧れられそうなお母さん像ですが、終盤、再びの別れを前に一瞬心が乱れながらも母としての“あるべき姿”に戻る様が美しくも悲しく、胸打たれた方は多いことでしょう。

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『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

霊界空港の役人、デビルは初演以来代々、アクが強く、嫌味な台詞の中にコミカルな味わいのあるキャラクターとして愛されてきましたが、今回の坂本岳大さん演じるデビルは明朗にして軽やか、対して権頭雄太朗さんは柔和で公正なエンジェル役を体現。

『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

霊界の先客役では、山口嘉三さんと服部幸子さんが老夫婦役で久々の再会を遂げる際、見つめ合う一瞬で“半世紀連れ添った夫婦”の絆を見事に描き出します。

いじめで命を絶った少年メソ役、山科諒馬さんは孤独で頑なな少年像からの変化が目覚ましく、家族を放ったらかし過労死した部長役、澁谷智也さんは霊界にいる今も会社員気質が抜けない様にリアルな悲哀が。暴走族役の近藤真行さんは自身のナンバーを豪快に盛り上げ、ヤクザ役の加藤敬二さんは軽妙な空気を醸し出します。

アンサンブルの面々も遊園地の精たち、霊界空港の職員たち、旅立ちを待つ子供らを鮮やかに演じ分け、空港シーンのラストには、見送る人々の笑顔の余韻が暗転の後もなお続きます。
そして“夢の配達人”として舞台という夢の世界と観客の間を取り持つのは、鈴木涼太さん。人間でも“霊”でもない、“超越した存在”としてのニュートラルかつミステリアスなオーラの中に“体温”を感じさせ、安定感ある歌声と口跡とで私たちをピコたちの物語へと誘います。

出会って間もないマコのために彼女の願いを受け入れ、入れ替わりの間も彼女との約束を露ほども疑わないピコ。母との再会を喜びながらも、終始ピコへの感謝と思いやりを忘れないマコ。二人の間に芽生える無二の友情に始まり、本作では“人を思いやる心”が次々と描かれ、生と死の垣根を越えて大きな輪を作ってゆきます。

デビルが口癖にしているように、“自分のことばかり考える”利己主義も人間の性(さが)ではありますが、誰かを思い、その人のためなら自分を犠牲にさえできるのもまた、人間。忍耐の日々が続き、様々なストレスが降り積もる時節柄、本作に現れる“思いやりの心”の輪に心洗われ、生きていることの喜びを新たにした観客も少なくないのではないでしょうか。30年以上ものあいだ洗練を続け、シンプルにして最もエッセンシャルなメッセージを送り続ける作品の真価が今一度、確認された舞台となりました。

『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

『夢から醒めた夢』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 浅利演出事務所『夢から醒めた夢』5月21日~6月6日=自由劇場