Musical Theater Japan

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『生きる』観劇レポート:残酷であり滑稽、それでも人生は美しい

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『生きる』写真提供:ホリプロ

舞台後方のスクリーンに、赤く映し出されたタイトル「生きる」。さざ波のような静かな前奏に続き、舞台に現れた人々が“ある男が”“ある日死んだ”…と歌い継ぎます。音楽が高揚し、進み出る不精髭の男。彼は“ごく普通の、さえない男”でありながら“誰よりも生き抜いた”という主人公…渡辺勘治の物語を語り始めます。

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『生きる』写真提供:ホリプロ

小刻みのリズムで朝の慌ただしさが強調される中、渡辺はその日も6時きっかりに起床。寝押しをしておいたズボンをハンガーにかけると、近頃痛む腹をおさえつつ、お手伝いさんの用意した朝食を喉に流し込みます。着替えをして家を出、職場である市役所へ。淡々と書類に判を押し、市内の主婦たちが汚水溜まりへの対処を求めて来ても、表情一つ動かさず他部署へとたらいまわし。もうすぐ60歳の彼はただただ、定年までの時間を無難にやり過ごそうとしているようです。

そんな渡辺が病院で直面する、胃癌、それも余命数ヶ月という事実。打ちひしがれた渡辺は、飲み屋で知り合った小説家(冒頭の不精髭の男)に連れられ夜の街を彷徨いますが、虚しさが募るばかり。快活な元部下・小田切とよに癌である事を打ち明け、活力に満ちた彼女が羨ましい、そんな風に自分も生きてみたい、と告白すると、とよは困惑しながらも、転職先の工場のおもちゃを見せ、“あなたも何か作ってみたら?”と提案します。

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『生きる』写真提供:ホリプロ

“私にも出来ることはあるか?”と、渡辺の胸に灯る小さな希望。主婦たちが望んでいた公園を作ろうと決意した彼は、同僚や上司から厄介がられ、息子夫婦からは誤解されながらも、人が変わったように奔走し始めます。裏社会の男たちから脅されてもなお諦めなかったのには、息子に関わる、ある理由があったのですが…。

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『生きる』写真提供:ホリプロ

1952年の黒澤明監督映画を宮本亞門さん演出のもと、2018年に舞台化。寡黙な主人公の胸の内を情感豊かな音楽(ジェイソン・ハウランド)に乗せて描き出したミュージカルが、一部新キャストを迎えて再演、各地を巡演中です。

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『生きる』写真提供:ホリプロ

2年ぶりとなる今回の舞台では、“毎日が同じ仕事の繰り返し”とうんざり顔で出勤する同僚たちに始まって、苦情を言いに来る主婦たち、夜の街で騒ぐ男女、欲にまみれた男たち等、渡辺をとりまく人々が生活感たっぷり、濃厚な生のエネルギーを醸し出しており、死の宣告を受けてうなだれる渡辺とのコントラストが残酷なまでに鮮明に。いっぽうでは渡辺が病院で出会った男がいかにも怪しげに情報を吹き込むナンバーや、後半、渡辺が役所の実権を握る助役に猪突猛進するくだりのドタバタ喜劇的なおかしさも“確信犯的(?)”に定着し、人生は残酷で、滑稽でもある、それでも美しい…と、いっそうの感慨を抱かせてくれます。

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『生きる』写真提供:ホリプロ

この日の渡辺勘治役は市村正親さん(鹿賀丈史さんとのwキャスト)。序盤、起床してからの動きはまだ50代の人物とは思えないほど弱弱しく、大病であることを予感させます。職場に現れる姿も部下たちがまさに“いるかいないかわからない”と噂する通り、存在感が希薄。(その“薄さ”といったら到底『ミス・サイゴン』であの、バイタリティの塊のようなエンジニアを演じた人物とは思えないほど!)そんな勘治が逡巡しながら、人生の目標を持つに至る1幕ラストのナンバー“二度目の誕生日”での、つぶやきに始まって次第に力を得、ロングトーンに至る緻密かつドラマティックな歌唱は圧巻です。

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『生きる』写真提供:ホリプロ

渡辺の最後の数か月に深くかかわる人物であり、同時にストーリー・テラーでもある“小説家”をこの日演じたのは、小西遼生さん(新納慎也さんとのwキャスト)。初演のシニカルな文人像も魅力的でしたが、今回は序盤から台詞や歌声の表情が豊かで、世情に長けた“曲者”のオーラ。じれったい局面には自ら、風穴を開ける姿が力強く映ります。渡辺の生き方(死に方)に大きな影響を与えるとよ役をこの日演じたMay’nさんは、初演での初々しさを経て今回は自由奔放、かつ一本芯が通り、この時代にもこんな女性がいることが嬉しく感じられます。

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『生きる』写真提供:ホリプロ

渡辺の息子、光男の妻・一枝役の唯月ふうかさん(May’nさんとの交互出演)は夫との新しい生活に胸膨らませるナンバー“自由な時代が来た”がキラキラと輝かしく、寡黙な舅の心中に分け入って理解するような境地ではないことが十分理解可能。光男役を今回、新たに演じる村井良大さんもナチュラルな持ち味を生かし、一枝の夢に気おされながらも彼なりに“まっとうに”生きる光男を体現。後半、父との間にすっかり心の溝が出来てしまったことを嘆くソロ・ナンバー“あなたに届く言葉”には今回、いきどおりが噴出するくだりが新たに加わっているのですが、怒りからふと我にかえる瞬間の寂しさまで、村井さんの歌唱は揺れ動く心中を克明に聴かせてくれます。

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『生きる』写真提供:ホリプロ

そんな光男が終盤、父の真実を知った時、どんなリアクションをするのか。去ってゆく渡辺の姿ばかりでなく、光男の一挙手一投足に目がいってしまうのは、本作が渡辺勘治の生きざまの物語であると同時に、一つの世代から次の世代へと渡される、命のリレーの物語であるためかもしれません。ブランコに腰かけた渡辺が最後に人生を振り返って歌う“青空に祈った リプライズ”の歌詞(高橋知伽江さん)は、わかりやすくもずしりと重く、その一言一言に“ぼやぼやしてはいられない、自分も精一杯生きよう”と鼓舞される人も少なくないことでしょう。決して他人事ではなく、“自分事”として観ることができる点が、本作が幅広い客層、特にふだんは劇場に足を運ばない中高年男性にも熱烈に愛されている所以なのかもしれません。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『生きる』10月9~28日=日生劇場、11月2~3日=オーバー度ホール、11月13~14日=兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール、11月21~22日=久留米シティプラザ ザ・グランドホール、11月28~30日=御園座 公式HP

*11月29~30日の大千穐楽はライブ配信を予定。アーカイブ再生3日間可能。