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『キングアーサー』観劇レポート:スケール感豊かに描く“運命との対峙”


『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

鐘の音に続いてもの悲しくも壮大な音楽が鳴り響き、厳かなナレーション(鹿賀丈史さん)が物語の背景を語る。
――偉大な王ウーサーはローマ軍を滅ぼしたが、
勝利の喜びもつかの間、北欧のサクソン人たちが侵入。
ブリテンには再び、危機が迫る…。
 
舞台上では魔法使いと思しき男が、人知を超えた存在“ドラゴン”を呼び出し、助言を乞う。ドラゴンは、かつて他人になりすましてその妻を凌辱したウーサーと、その変身を手伝った彼、マーリンの罪深さを指摘。凌辱によって生まれた子のみが王国を救えると告げる。 

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

マーリンはその子を探し出し、王位につけることを決意。王の剣、エクスカリバーを引き抜く権利をかけたトーナメント(決闘)に、付き添いで来ていた青年アーサーに目をとめる。トーナメントの覇者、メレアガンは岩からエクスカリバーを引き抜こうとするが、びくともしない。一方、剣を忘れた兄のためにあれを引き抜いてはとマーリンからけし掛けられていたアーサーは、吸い寄せられるように岩の前に立ち、やすやすとエクスカリバーを引き抜いてしまう。

 

マーリンは間髪入れず、アーサーが“天が決めた王”であると宣言し、人々も新王の誕生を祝福。メレアガンは怒りに震え、娘グィネヴィアとの縁談を反故にしたレオデグランスの領土に攻め入る。駆け付けたアーサーは負傷するが、グィネヴィアが懸命に介抱。不吉な未来を悟ったマーリンの憂慮をよそに、二人は惹かれあう。 

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

グィネヴィアを迎え入れたアーサーの城では宴が開かれるが、そこに語り部と称する女モルガンが現れ、アーサーの呪われた出自を暴露する。幼き日に母の凌辱を目撃してしまった彼女もまた、弟にして“罪の子”であるアーサーへの復讐を誓っていた。後日、武勇の誉高い美男子ランスロットが城を訪ね、王妃と知らずグィネヴィアと出会う様を見かけたモルガンは、何事かを予感し、ほくそ笑む…。

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

古くから語り継がれてきたアーサー王物語が、『1789-バスティーユの恋人たち』等で知られるドーヴ・アチアの手で、2015年に舞台化。日本では翌年、宝塚歌劇団によって上演されたロック・ミュージカルがこの度、男女キャストによる初演を果たしました。
 
もとはシンプルな英雄譚だったアーサー王物語は、1000年以上の時をかけてキリスト教的要素やケルト神話、フランスの騎士道物語等、様々なエッセンスを吸収し、豊かなバリエーションを有する「物語群」へと発展。現代にいたるまで文学、演劇、オペラ、映像作品にゲームと、多彩な表現方法で語り継がれています。(徹底的なパロディ・ミュージカル『モンティ・パイソンのスパマロット』も“アーサー王もの”の一つ。またディズニー・ミュージカル『美女と野獣』では、主人公たちの心の距離が縮まる重要なきっかけとしてアーサー王の本が登場します)。

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

切り口によって登場人物も多彩ですが、今回のミュージカル版ではアーサー、彼に敵対するメレアガン、モルガン、そして王妃グィネヴィアとその道ならぬ恋の相手ランスロットにスポットを照射。ドーヴ・アチアによる、ケルト音楽風味のグルーヴ感溢れる楽曲で、観る者を愛憎渦巻く世界へとぐいぐいと引き込みます。
 
韓国版でも辣腕をふるった演出のオ・ルピナさんは、ビッグナンバーの度にアンサンブルによる迫力のダンス(振付・KAORIaliveさん)を展開させることで劇場空間をキャラクターの激情で満たし、時にはステージにとどまらず客席の壁面も使用するなど、視覚的なダイナミズムに注力。いっぽうでは台詞/歌詞に度々登場する“運命”をキーワードに、それを突き付けられた人々の葛藤を引き出し、人間ドラマとしての“コク”を感じさせる舞台を創り上げています。 

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

タイトルロールを演じるのは浦井健治さん。誰があの剣を引き抜くことになるのか、と期待に胸高鳴らせる快活な青年が、突然王位に就くことになり“自分は何者なのか”と当惑、メレアガン、モルガンからの憎悪、王妃の裏切りを受け止めながら自分の生きる道を見出してゆく過程をヴィヴィッドに、力強く体現。終幕、決意を語るナンバーでは観客を“民衆”に見立てた表現で場内が一体化する、奇跡のような瞬間もありました。

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

本作で最も運命に“翻弄”されているように見受けられるのが、ゴール王国の王子メレアガン。騎士たるもの高みを目指すのは当然という環境下、ルールにのっとってトーナメントで権利を勝ち取ったにも関わらず、突然現れたアーサーに王座を“奪われ”、闇へと落ちて行ってしまう役どころです。演じる加藤和樹さんは驚異的な高音シャウトを駆使し、プライドを踏みにじられたメレアガンの憤怒を存分に表現(ダブルキャスト、伊礼彼方さんの同役は未見)。ラストの姿勢はケルト神話の英雄クーハラン(クー・フーリン)のそれを彷彿とさせ、天がアーサーを選ばなければ“英雄になれたかもしれない”この人物の哀しさを印象付けています。

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

メレアガンとは異なる理由でアーサーへの復讐心に燃えているのが、異父姉のモルガン。アーサー誕生の瞬間から恨みを募らせているという重い役柄ですが、歌うナンバーはポップでノリのいい楽曲が多く、憎悪に囚われたモルガンを彼女自身が冷笑しているといった意味合いなのかもしれません。安蘭けいさんは人生をかけてでも復讐を果たそうとする強烈なキャラクターを妖艶かつスタイリッシュに演じていますが、特にアーサーの思いがけない行為によって動揺するくだりが出色。喪失感と混乱に襲われ、人間味を滲ませながら消えてゆくさまは忘れ難い光景となっています。

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

アーサーとの永遠の愛を誓いながらも、ランスロットに惹かれてしまう王妃グィネヴィアを演じるのは小南満佑子さん、宮澤佐江さん。結果的には二つの愛を追うことにはなりますが、ただ運命に流されるのではなく、その時々の自分の心に誠実であろうとする姿が印象的です。高貴なオーラを漂わせる小南さんのグィネヴィアは立てる台詞に芯の強さが漲り、宮澤さんグィネヴィアは恋愛を経て人間的に成熟してゆく過程をみずみずしく表現。

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

王妃の道ならぬ恋の相手であるランスロットを演じる二人のうち、太田基裕さんは指先まで優雅さが行き届き、ロマンティックを極めた騎士ぶりであるのに対して、平間壮一さん演じるランスロットは清廉さが際立ち、ソロナンバー“愛とは愚かなもの”での、苦しい胸の内の吐露がいっそう染み入ります。“

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

妖精の国”から人間世界にやってきたというマーリンは本作において、悲劇のきっかけを作ってしまった自責の念からアーサーを探し出し、彼がひとかどの王に成長するまで導き、見守るという役どころ。演じる石川禅さんは、王国全土に響き渡るような凛とした宣言からケイとのユーモラスなやりとりまで、自在の台詞術でこのキャラクターを人間くさく表現し、異界から呼び寄せてアーサーに仕えさせる“鹿“”狼”(演じる工藤広夢さん、長澤風海さんの隙のない、しなやかな動きが印象的)ともども、異界と人間界との距離をぐっと近しいものに感じさせます。

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

ケイはアーサーの兄として育ち、血の繋がりが無かったことが判明してからも執事として彼を支え続けるというキャラクター。トーナメントに肝心の剣を忘れるなど、お間抜けなところのある役柄を東山光明さんがチャーミングに演じ、深刻な物語にしばしば“息継ぎの猶予”を与えています。またトーナメントの進行をつとめるなど、本作で騎士たちの取りまとめ役を担うガウェイン役・小林亮太さんは若手ながら確かな口跡と気迫のこもった演技で高潔な騎士を体現。侍女レイア役の碓井菜央さんはじめ、スーパーダンサー揃いのアンサンブルが次々と繰り出すダンスもスピード感に溢れ、まさに全員が一体となって物語を編み上げています。

『キングアーサー』撮影:田中亜紀 提供:ホリプロ

大役を任ぜられる者がいれば、プライドを傷つけられる者も、思いがけない恋に落ちる者も…と、本作の登場人物たちは運命の名のもとに予期せぬ人生を送りますが、それでは人間は、“運命”の前では無力な存在でしかないのか。王位に就いて以来、幾重にも心に傷を負ってきたアーサーは終盤、ある決断を下すにあたり、騎士たちや民衆を前に、小さき存在である人間にも神を凌駕するものがあると語ります。この瞬間、自ら運命の呪縛から解かれ、確固たる人生の目標を手にするアーサー。イーリアン・パイプ風の憂いを帯びたサウンドに彩られながら、有史以来人間が囚われてきた“運命論”に一つの答えが出され、深い感慨を呼び起こす幕切れです。

(取材・文=松島まり乃)

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*公演情報『キングアーサー』1月12日~2月5日=新国立劇場中劇場 その後群馬、兵庫、愛知で上演 公式HP

*オンライン配信情報 3月25日13時~(アーカイブ 3月31日23:59まで)、3月26日13時~(アーカイブ 4月1日23:59まで) 詳細情報