Musical Theater Japan

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柴田麻衣子の連載エッセイ「夢と夢のあいだ」vol.1“トキワ荘にあこがれて”

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画・柴田麻衣子

私がプロデューサーとしてミュージカルを上演しているTipTapは、劇団ではない。

ツイッター公式アカウントでは“劇団TipTap”となっているけれど、厳密には劇団じゃない。

TipTapのはじまりは2006年の春。早稲田大学のミュージカルサークル「早大ミュージカル研究会」のOB・OGが中心となり旗揚げした「劇団TipTap」だった。約3年の活動を経て2009年に解散し、2010年からは公演毎にキャスト・スタッフを集めるプロデュース形式をとっている。早いものでプロデュース形式になってから9年が経つ。

初めの数年はそれまでの劇団でのやり方とは全く違う制作過程に戸惑い、いま思い出しても胸が痛くなるような失敗を繰り返した。それでもなんとか自分たちがやりたいこと、素敵だと信じていることを活動の中心に置き続け、少しずつTipTapを応援してくださる方、出演したいと思ってくれる役者さんが増えてきたことは、とても幸せなことだと思う。

しかし公演の度に集まって解散、また新しく集まって解散を繰り返していると、劇団時代が無性に恋しく思える時がある。元々懐古主義の私にとって、共に夢を抱き、同じ釜の飯を食べ青春を過ごすというノスタルジーな集団が眩しいのだ。だからTwitter等では“劇団”TipTapという冠を捨てられずに残してしまっている。

子供の頃から「トキワ荘」のエピソードに胸をときめかせていた。漫画界の神様と言われる人々が同じ屋根の下で暮らして切磋琢磨しながら漫画という文化を作っていった。漫画大国となった日本で「トキワ荘」は輝かしい昭和の伝説の場所だ。

なぜだか分からないが、新しい文化が生まれる時にはその文化の担い手達が集まり、共同作業や意見交換を行うという時期がある。芸術の都パリにはシャガールやキスリングが居住した「蜂の巣」やピカソやモディリアーニが居住し創作活動の拠点とした「洗濯船」がある。「トキワ荘」と同じく偉人達が集った伝説の場のエピソードを聞くとわくわくする。その時代に居合わせたい。その中の一員として文化を創造したい、と思ってしまうのだ。

演劇プロデューサーとしても、ゆくゆくは文化を担う人達が集う場を作りたいと願いながら制作活動を行っている。企画を立てる時、キャスティングを考える時には必ず私なりにそういう願いを込めてきた。

演劇、特にミュージカルは一人で立体化するのは難しい。沢山の仲間が必要だ。その仲間を増やすこと、一緒に同じ価値観を持って作品を作れる人を見つけることが私たちにとって何より重要なこと。そうやって仲間が増えていけば、彼らがこの業界で活躍してまるで「トキワ荘」のように文化を作っていける気がしている。


しかし流石に演劇人が集う下宿を経営するわけにはいかない。昔から寮母さんになるのが私の夢のひとつだったけれど…

2年前、それまで住んでいたマンションが取り壊されることになり、引越しを余儀なくされた。


我が家で物件探しは夫の担当だ。調べものが大好きな夫はしらみつぶしに物件を探し、毎回なかなか面白い物件を見つけ出してくれる。その時住んでいた部屋も、取り壊されることになんの疑問ももたないほどそれはもうおんぼろの建物だったけれど、家賃の割に広くて超駅近という目玉物件で気に入っていた。

新しい家を探すのに一番の条件として据えたのは、“ホームパーティーができる家”。駅近で居心地の良い空間のある家を探しに探した。


近所の不動産屋にそれまで住んでいた部屋の家賃と平米数を伝えると、「この辺でその家賃でその広さは滅多にないよ!お客さん、いまの所から引っ越さない方がいいよ!」と言われてしまった。引っ越したいんじゃなくて強制退去なんです…と悲しい気持ちになりながら、休みの日は何件も不動産屋を周った。

物件探しの得意な夫は今回もその力を見事に発揮し、なかなかいい条件の家に引っ越せることができた。


まずは駅近。気軽に立ち寄ってもらえる。そして内見の時に小さな娘を連れていたからか、大家さんの計らいでリビングをとても可愛い色の壁紙にリフォームしてくださった。楽しい気持ちになる空間ができた。条件は揃った!

それから私たちは月に最低一回をノルマとして、演劇仲間を集めたホームパーティーを行っている。

その日たまたま空いていたTipTap過去出演者やスタッフ、バンドメンバー、夫が慕っている60代のベテランスタッフから演出部の先輩後輩まで、垣根なく声をかけて集まってもらい、ただただグラスを交わし食事をするだけ。お互いの近況を報告したり、その時の現場の話などそれぞれ好き勝手に話すだけだが、不思議と好評だ。

誰かがギターを弾き語りだすと酒場のような雰囲気になり楽しい。忙しい月は開催を迷うこともあるが、続けることが大事だと無理矢理スケジュールにねじ込む。当日に開催が決まり急遽呼びかけることになってしまっても、数十人集まるようになった。

トキワ荘の寮母はできなくても、ホームパーティーのホストはできる。「劇団TipTap」ではなくなってしまったけれど、劇団からはじまったTipTapらしく、ホームパーティー仲間というゆるい境界線の“演劇集団”を育てていきたい。そして同じ価値観をもった演劇仲間が、ゆくゆくはこの業界を支える人々になってくれたらいいなあ…


いつか「あのホームパーティーがミュージカル界の礎となった」と語り継がれるようになることを、ささやかながら夢見ている。

(文=柴田麻衣子)

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柴田麻衣子 愛知県出身。早稲田大学在学中に劇団TipTapの旗揚げ公演「Flag of Pirates」に参加。それ以降、俳優として参加。劇団解散後、プロデュースユニットとしての活動では美術・制作を担当。「Count Down My Life」よりプロデューサーとして作品のプロデュースを担いながら、作品のプロダクションデザインを手がけている。舞台美術家としても活動しており、主な参加作品に「Working」、「幸せの王子」(映画演劇文化協会)、「Sign」(ミュージカル座)などがある。(画・上田一豪)




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