Musical Theater Japan

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『ファースト・デート』観劇レポート:“現実と妄想のマリアージュ”が楽しい、小粋な“婚活”ミュージカル

『ファースト・デート』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

都会の街並み風パズルが映し出されたスクリーンの前に、数名の男女がかわるがわる登場。ブラインド・デートでの本音を吐露しながら、軽快なロック・サウンドに乗せて歌い始めます。“逃げたい でも見つけたい あなたを” “諦めるな 今夜こそ 見つかる運命の人”…。 

『ファースト・デート』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

ナンバー終わりで現れるのは、大人の雰囲気のバー・レストラン。ベテランのウェイターがスーツ姿の男性客をにこやかに迎え入れますが、彼(アーロン)は明らかに緊張気味です。続いて彼のデート相手(ケーシー)が現れると、辺りは何ともぎこちない空気に。ケイシーの義理の兄の紹介でこの日、初めて会った二人は、かたや生真面目を絵にかいたような金融マン、かたや自由奔放そうなアーティストと、あまりにもタイプが違っていたのです。

『ファースト・デート』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

戸惑いながらも必死に話しかけるアーロンでしたが、ケーシーのリアクションにはどこか刺が。5分も持ちそうにないデートの行方は、果たして…? 

『ファースト・デート』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

2013年にブロードウェイで初演後、早くも翌年にシアタークリエで上演されたミュージカル・コメディ『ファースト・デート』が、上田一豪さんの新演出で久々に上演。アメリカではポピュラーらしいブラインド・デート(面識のない男女が知人の紹介等で出会うデート)をリアルに描きつつ、問題が生じる度に“妄想の中の家族や友人たち”が登場、ミュージカル・ナンバーでユーモラスに“突っ込み”を入れ、客席を沸かせる作品です。

『ファースト・デート』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

上田さんによるこなれた口語訳で展開する舞台は、思い切り弾けた“妄想シーン”の数々に彩られつつ、“普通なら出会う筈のない二人”がこのデートを通して変化してゆく主筋を、ヴィヴィッドに描写。何気ない一言がきっかけでそれぞれのこだわりやトラウマに直面する二人が、葛藤しながらも新たな一歩を踏み出してゆく姿が、アーロン役の村井良大さん(ナチュラルにして絶妙のトーンと間合いで言葉を繰り出し、コメディの“芯”の人物として抜群の安定感。特に後半、微妙に異なる調子で同じ台詞を連発するくだりは必聴)、ケーシー役の桜井玲香さん(刺々しい物言いの中に傷つきやすさをしのばせ、相手の心の傷を敏感に察知するさまをきめ細やかに表現)によって鮮やかに印象付けられます。“婚活”と言うと対象を探したり、相手を観察する過程がイメージされがちですが、実はそれ以前に自分自身を、“自分は人生で何を求めているのか”と価値観を見つめ直す機会、なのかもしれません。

『ファースト・デート』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

そんな二人に関わる人々も、アーロンやケーシーの妄想に駆り出されては、二人の言動に様々なダメ出しを行いますが、アーロンたちがそう想像するのも、過去の彼らの言葉がアーロンたちの記憶に刻まれてのこと。腕利きのキャスト(植原卓也さん、音くり寿さん、オレノグラフィティさん、保坂知寿さん、長谷川初範さん)が(一人五役以上)演じ分ける諸役を通して、“人間は自分が思う以上に周囲から支えられているのかもしれない”と、心強く感じられる舞台でもあります。(植原さんはケーシーのデートの行方を心配するゲイの親友レジーをキュートに演じ、アーロンの未来の息子役では堂に入ったラップで場を席捲。またあるくだりでは、パペット遣いとして完璧に自らの存在感を消しています。音さんはアーロンを不幸のどん底に落とした張本人ながら彼にとってどうにも忘れられない元カノ・アリソンを小悪魔的に体現し、自称モテ男としてアーロンに恋の指南をするオレノグラフィティさんには、ワイルドな味。ケーシーの姉ほかを演じ分ける保坂さんは、特にアーロンの母役として息子への愛と後悔を歌うナンバーに陰影があり、レストランでアーロンたちを迎え入れ、ファースト・デートの彼らをそれとなく気遣うウェイター役等を演じる長谷川さんは、二人のいたたまれない状況をレストランの余興で救うくだりで、人生の酸いも甘いもかみ分けた深い味わいを醸し出します。) 

『ファースト・デート』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

一般的に、“ブラインド・デート”ではおひらきの際に次のステップ(結婚を視野に入れたお付き合い)に進むのかどうかを決断し、進む場合はキスをするという習慣があるのだそう。100分間という時間の中で徐々に互いをさらけ出し、時には“言わなくてもいいこと”を言い合ってきたアーロンとケーシーの選択とは…?

二人の出会いの行方もさることながら、電話の向こうでケイシーの身に危険が⁈と妄想していたレジーが最後の最後にレストランに現れ、小さなドラマが展開するという“現実と妄想のマリアージュ”も粋な、愛すべきミュージカルです。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ファースト・デート』1月19~31日=シアタークリエ 公式HP