Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

「TOHO MUSICAL LAB.」2023観劇レポート:ミュージカルの可能性を探求する企画、待望の再始動

「TOHO MUSICAL LAB.」『わたしを、褒めて』

緊急事態宣言が解除されて間もない2020年7月、劇場で演劇を観ることの楽しみを思い出せる前向きな“実験”として始動した「TOHO MUSICAL LAB.」。

注目のクリエイターによる2本の新作がライブ配信され、大きな反響を呼んだこの企画が、3年ぶりに新たな顔ぶれで、また今回は有観客のシアタークリエで実現しました。
3回限りの公演、公開ゲネプロともに発売即完売し、ライブ配信も決定した2023年版「TOHO MUSICAL LAB.」の舞台をレポートします!

開幕直前のバックステージで起きる
舞台人たちの右往左往をあたたかく描く『わたしを、褒めて』

 
1本目は高羽彩さん(タカハ劇団)の脚本・演出、軽やかかつユニークな音楽性で知られるバンド「ポップしなないで」さん作詞・作曲の新作。“どんな作品だろう”とばかりに、期待に満ちた沈黙が場内を包む中、下手の舞台袖から「あ、どうもこんにちは…」と、高羽さん自身がマイクを手に現れます。
「舞台好きの皆さんに、舞台制作の裏側をご覧に入れます…」と、ミュージシャンに照明、大道具ら、舞台を支える人々を彼女が紹介するうち(実際にクリエで働くスタッフも登場)、いつの間にか本編がスタート。ゲネプロが終わり、間もなく初日の幕が上がろうとしている舞台裏に、とんでもない一報が届く…という設定です。
「主演の星奈和(ほしな・かなう)が、衣裳を替えたがっている」。
演出家の朝日が「それでは作品のイメージが変わってしまう」と諫めると、星奈は「じゃあ演出を全部変えろ」と反発。朝日が主役の交代を提案すると、今度は朝日VSプロデューサーの口論が勃発、のっぴきならない事態に。その間も刻一刻と開演時間が迫り…。
 
それぞれの分野のプロフェッショナルが集結し、創り上げてきた作品が、あっという間に消滅の危機に陥り、舞台というものが改めて“人の絆”の上に成り立つ芸術であることを思い出させる作品。ラップ調の楽曲が続いた後にしっとりと、切々たる曲調で星奈のマネジャー、田之倉の説得(「褒めて」)を聴かせる楽曲構成も効果的で、短い上演時間(約40分)の中での、物語のうねりが明確です。
 
“お客さんは皆、俺を観に来てる!”と強気で無理難題を言い出す星奈を朗らかに、しかしその裏で彼が抱える…そして誰もが潜在的に持っているだろう“こころもとなさ”も、繊細に表現する有澤樟太郎さん。才気煥発だが今回ばかりは追いつめられる演出家を、表情豊かに演じる美弥るりかさん。如才なく、どこか憎めないプロデューサーを豪快に演じるエリアンナさん。前述のナンバー「褒めて」での、柔らかくも芯の通った歌唱で作品のターニングポイントを克明に印象付ける、田之倉役・屋比久知奈さんら、出演者もそれぞれに好演。短編でありながら4人編成のバンドが躍動感あふれる演奏を聴かせてくれるのも贅沢な、ハートフル・バックステージ・ミュージカルです。

「TOHO MUSICAL LAB.」『わたしを、褒めて』

「TOHO MUSICAL LAB.」『わたしを、褒めて』

「TOHO MUSICAL LAB.」『わたしを、褒めて』

 

アニメーション制作の切実な現場を描く『DESK』

「TOHO MUSICAL LAB.」『DESK』
2本目は「ゆうめい」の池田亮さんが、アニメーション制作現場の“心の叫び”を知り、書き始めたという作品。デスクを積み上げたステージ(美術=山本貴愛さん)で、アニメーション制作会社に勤める主人公・和田がスマホ越しに、前妻らしき相手と話し始めます。どうやら彼女と暮らす娘に会いたいようですが、許されたのはリモートでの20分の会話だけ。周囲では同僚の上野や中原、プロデューサーの三浦が業務に追われ、弁当を食べる暇も無い模様です。誰もが限界という中で、和田は…。
無機質な空間の中で過重労働から抜け出せない主人公が、逡巡と妄想に苛まれてゆくさまが、今回の2作品の編曲・音楽監督もつとめる深澤恵梨香さん作曲の、ロック味の強い楽曲を織り交ぜながら展開。ストレートプレイであればいたたまれない空気感になっていたかもしれないところを、歌やダンスがシュールにやわらげ、いっぽうでは溢れ出す感情を、ドラマティックに強調します。主人公の“心の叫び”を受け止めるうち、観ている側も自分にとっての仕事観、人生観を見つめ直したくなるような作品と言えましょう。
一般的には仕事も生活も充実している筈の30代で、人生に“行き詰った感”のある和田に等身大のリアリティを持たせ、物語を牽引する東啓介さん。20代が本来持っているはずの生気をブラックすぎる仕事に吸い取られながらも、淡々と業務をこなすさまが生々しい同僚役の豊原江里佳さん、山崎大輝さん。彼らより業界の空気に長く染まりながらも、“次”を模索する柔軟性を有するプロデューサーを飄々と演じる壮一帆さん…と、キャストの表現もそれぞれに鮮やか。和田の9歳の娘、奏役(三浦あかりさんとのダブルキャスト)をこの日演じた久住星空さんも、力強い歌声で印象を残します。

「TOHO MUSICAL LAB.」『DESK』

「TOHO MUSICAL LAB.」『DESK』
今回の再始動によって、シリーズ化の可能性も見えてきた「TOHO MUSICAL LAB.」。これまでに誕生した4本の短編ミュージカルのうち、改めて長編に発展してゆく作品が出てくるのか、参加したクリエイターたちがミュージカルというジャンルに積極的に関わってゆくようになるのか。また今後、どのようなクリエイターがどんな題材をミュージカル化してゆくのか…等々、今後の展開からは目が離せませんが、新たな才能がミュージカルと向き合うことで、日本のミュージカルの可能性が広がってゆくことは間違いないでしょう。観る側としても“実験”の数々を目撃し、SNSなどで感想を発信することで、作り手たちにインスピレーションを与えることがあるかもしれず、業界、観客が一体となって育ててゆける企画と言えるかもしれません。
(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報「TOHO MUSICAL LAB.」11月22~23日=シアタークリエ アーカイブ配信を12月10日まで配信中(販売は12月10日20:00まで)。 公式HP