Musical Theater Japan

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甲斐翔真『RENT』2020インタビュー:今を生きる、ということの切実さ

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甲斐翔真 東京都出身。16年に『仮面ライダーエグゼイド』でドラマデビュー。映画『写真甲子園0.5秒の夏』『君は月夜に光り輝く』等の話題作に出演。『デスノートTHE MUSICAL』で初舞台にして初主演。写真は『RENT』(2020)より。©Marino Matsushima

プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』をベースとして、20世紀末のNYイースト・ヴィレッジに生きる若者群像を描き、96年ピューリッツァー賞、トニー賞(作品賞含む4部門)等を受賞。日本でも何度も上演を重ねている『RENT』が、3年ぶりに登場します。

今回の公演で(堂珍嘉邦さんとのwキャストで)新たにロジャー役を演じるのが、甲斐翔真さん。昨年『デスノート THE MUSICAL』で鮮烈なミュージカル・デビューを果たした新星ですが、HIVポジティブで“過去も、未来もない”切羽詰まった状況の中、運命の愛と出会うロジャー役に対峙する心境とは? 率直に語っていただきました。

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『RENT』Photo by Leslie Kee

《あらすじ》イースト・ヴィレッジのロフトで暮らす映像作家志望のマークとミュージシャンのロジャーは、家賃(レント)を滞納するほど困窮。そんな中、階下に住むダンサー、ミミがロウソクの灯を求めて訪問する。ロジャーとミミは惹かれあうが、互いにHIVポジティブであることを言い出せない。コリンズ、エンジェル、モーリーン、ジョアンヌら仲間たちと関わりあいながら、今を生きようとする二人は…。

“無限の仕事”をさせていただいている、
という思いを胸に

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『RENT』ロジャー(甲斐翔真)Photo by Leslie Kee

――甲斐さんは『RENT』について、どんな思い入れがありますか?
「僕にとって、ミュージカルで最初のオーディションが本作でした。ミュージカル・デビューは『デスノート THE MUSICAL』となりましたが、実はそれより前にこちらを受けていたんです。そういった意味で僕の中では“最初のミュージカル”で、これからも大切な、特別な存在になってゆくと思います」

――オーディションを受けたのは、『RENT』という作品に惹かれていたからでしょうか?
「もともと歌が好きで、いつかミュージカルに出たいという気持ちでいたところ、この作品のオーディションがあることを知りました。以前から『RENT』の曲とは知らずに“Seasons Of Love”は知っていて、ちょうど来日版の公演があるというので観に行ったら、こんなに素晴らしい芸術が世界にはあるんだ、もしこれを自分が出来たら本当に素晴らしいなと思って、多少の怖さもあったけれど、やるしかない、このチャンスを逃す手はない、と思ってオーディションを受けました。当時は(ミュージカルでは)経験もなかったので、こんな大きな作品受かるかな…とも思いつつ、120%受かりたいと思って臨んで、その熱意が伝わったのか切符がいただけて。これを活かせるかは僕次第だと思って、稽古を積んできました」

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『RENT』製作発表より。(C)Marino Matsushima

――来日版をご覧になった時には、どんな部分が特に“素晴らしい”と感じましたか?
「もしかしたらミュージカルの感想らしくないかもしれませんが、他のどのミュージカルと比べても、ずば抜けて“生っぽい”作品だな、と感じました。そこにはちゃんと人々が“生きて”いて、その瞬間にいろいろなことを経験して、その積み重ねで『RENT』という作品になっていく。それを目の当たりにして、これは相当ハードルの高い作品なんだなという印象を持ちました。その時のキャストはもちろん、この作品を作ったジョナサン・ラーソンも凄い。ポップで歌いたくなるメロディなのに、“中身が詰まっている”というか、聞き逃してはいけない言葉が散りばめられているんです。『RENT』の魅力って本当に“生”で、客席と同じ空間なのに、舞台上はNYのイーストヴィレッジそのもの、という感覚にしてくれるところが凄いな、と心を掴まれました」

――ちなみに、『RENT』という作品が誕生した時、甲斐さんは生まれていましたか?
「初演は1996年ですが、僕は97年生まれなので、まだ生まれていませんでした」

――そんな甲斐さんが本作に触れる時、“昔の話”という感覚はありますか?
「作品に出て来る1991年のクリスマスは、僕は体験していませんが、納得できるというか、現実として受け止めることが出来ます。作品で扱われているのもAIDSだったりLGBTQであったり貧困であったりと、身近ではない要素もあるけれど、本質的には愛を共有する、伝えるという物語で、みんなに通じるものがあるんじゃないかと思います。だから国も人種も時代も超えて、多くの人の心に刺さる作品なのでしょうね」

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『RENT』製作発表で「Seasons Of Love」を歌うキャスト。(C)Marino Matsushima

――甲斐さん演じるロジャーはミュージシャンという設定なので、オーディションを受けるにあたっては、ミュージシャンならではの歌い方を研究されましたか?
「はい、『RENT』は嘘の通用しない作品だと思ったので、元パンク・バンドのボーカルということを意識して練習しました。ブロードウェイ版の音源を聴いていても、やっぱりロジャー役だけ歌い方がロックなんですよね。今も研究しながらやっています」

――出演が決まってから稽古を重ねるにつれて、人物像はどう深まってきましたか?
「稽古に入る前はロジャーは自分に似てるかもと甘く見ていましたが、研究すればするほど僕にないものがたくさんあるな、と感じるようになりました。97年、東京生まれの僕が91年イーストヴィレッジの、本当に追い込まれた境遇の人物にならなければならないわけで、そのギャップを埋めていくのは大変だけどやりがいがある。今回が2回目、3回目の出演の方々が、皆さん“この作品で人生観が変わった”とおっしゃっているのですが、本当にそれぐらい、人格に影響を与えるほどの経験をさせていただいているなと感じます」

――ロジャーはHIVポジティブで、命の灯がいつ消えてしまうかもしれない、という焦燥感の中で生きているのですよね。
「そこが僕の課題です。彼は元カノも同じ病気がきっかけで亡くしているし、自分もいつ死ぬかわからない。そこまで追い込まれるってどういう感覚なのか。実際には追体験できないけれど、ある意味、今、稽古で追い込まれている感覚を、拡大していけばいいのかなと思っています。僕らは誰しも、明日死ぬかもしれないわけだけど、それは決定されているものではなくて、一方、ロジャーの運命は決定されている。死と言うものが現実に感じられるかどうかだと思います。今回、稽古が始まるにあたって皆で自分はどういう人かとか悩みを語りあったんですが、そこで僕は、この作品で自分は“死とは何か”を見つめたいと話しました。そうすることで、少しずつロジャーに近づけるのではないかと思います」

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『RENT』製作発表より。(C)Marino Matsushima

――以前、ロジャーを演じたユナクさんにインタビューした時、この役で一番共感するのが、one song glory、世に残るような“この一曲”を残したいという気持ちだとおっしゃっていました。甲斐さんはいかがですか?
「僕はこういう仕事を選んでやっていて、世に何かを残すことが僕らの存在意義だと思っているので、そういう意味ではかなり共感できます。時代を超えて愛される作品、自分が死んだ後も演奏されるもの、そういうものが作れた日にはどんな感覚なんだろう。そこに行くまでどれだけ努力しただろう…。そう思うと、自分ももしかしたら今回のロジャーがきっかけで注目していただけるかもしれないし、今回の『RENT』が皆さんの記憶に残るかもしれない。“無限の仕事”をさせていただいているんだな、と感じます」

――その点では、同じロジャー役で、アーティストとしても活躍されている堂珍嘉邦さんから学べるものもあるかもしれないですね。
「堂珍さんは今回3回目で、革ジャンを着ただけでもう“ロジャー”なんですよ(笑)。オーラというか、あのざらざらした感じというのは出そうとして出せるものじゃないです。どうしたらいいんだろうと思いつつ、僕にしかできないロジャーもあるはずだと思うしアンディ(日本版リ・ステージのアンディ・セニョールJr.さん)も“出来るよ”と言ってくれているので、“僕がロジャーを出来るのか”と自問自答しつつ、近づこうとしています」

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『RENT』製作発表より、ダブルキャストでロジャーを演じる堂珍嘉邦さん。(C)Marino Matsushima

――製作発表では、稽古で“苦しんでいます”とおっしゃっていましたね。
「よく“殻を破る”と言いますが、本当にそうで、自分にないものを表現するのは苦しいです。アンディは“今回はみんなの潜在能力を広げたい”“翔真は本当はこんなことが出来る、そこを広げたい。その作業をするのは怖いし、苦しいし、心地悪いことかもしれないけど、そこを膨らませていきたいから、僕を信じてね”と言ってくれていて、僕としては素直に苦しんでついていこう、と思っています」

――今回、どんな舞台になるといいなと思われますか?
「(コロナウイルス禍によって)2020年に苦しい、悲しい思いをした人は例年より多いかもしれません。そんな中で、『RENT』は人の気持ちをしっかり描いた作品なので、どこかで共感していただけると思います。歌詞でも“一人じゃない”ということが歌われているけれど、この地球に70億の人が生きていて同じ時間を生きている中で、何かを共有できたら。せっかく同じ時代に生きているなら、『RENT』という芸術を楽しんで、ちょっとでも皆の心が浮かび上がるといいな、と思っています」

――プロフィールについても少しだけうかがいたいと思いますが、甲斐さんは先だって『デスノート THE MUSICAL』の夜神月役でミュージカル・デビューを果たしました(その折のインタビューはこちら)。この作品で得た最大のものは何だったでしょうか?
「一言で言えば、“経験”を得ました。もちろん満足はしてないし、いつかまた成長してもっといいものを見せたいなと思っていますが、当時、自分なりに積み重ねて、やれるだけのことをやった結果、称賛していただけたのが本当に財産だと思いましたし、それが今回『RENT』に臨むにあたり、励みになっています。何もかも、経験から始まるんですね。初舞台の人より、5000回舞台に立ってる人のほうが圧倒的にかっこいいのは、やはり経験がものを言うんだと思います。僕はまだまだだし、これから少しずつ積み重ねていきたいなと思います」

――ミュージカルの世界で順調なスタートを切られましたが、現時点ではどんな表現者を目指したいと思っていますか?
「僕の中では、役を掴んで皆さんに届けることはできても、“こんなことを感じてほしい”とメッセージを届けるところまではまだ行けていないと思うので、役を生きる、その一つ上に行きたいです。“良かったよ”"うまいね“にとどまらず、衝撃を受けていただけるくらいの演技が出来る役者になりたいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『RENT』11月2日~12月6日=日比谷・シアタークリエ 公式HP
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