Musical Theater Japan

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『ヴァグラント』観劇レポート:100年前に新たな時代を切り拓いた人々の、熱き問い

『ヴァグラント』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

艶やかなギター・ソロが“オーバーチュア”として場内に響き、新藤晴一さんの声でタイトルが告げられる。“A New Musical, VAGRANT”.

 

幕が上がり“和”の趣のサウンドの中、炭鉱の山をイメージさせるステージに人々が登場。中央にセリ上がってくるのは、ひときわカラフルで“かぶいた”衣裳の、若い男だ。“三ツ葉炭鉱”社長就任式に招かれた芸能の民で、名を佐之助と言う。

数歩前に進み出た彼は、“我らはマレビト、この世に極楽を見せましょう”と晴れやかに宣言し、姉貴分の桃風とともに歌い踊る。

『ヴァグラント』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

式典では新社長の政則が自らの経営理念を語るが、父である会長、升次郎は彼を“青二才”扱い。労働条件の改善を求めて押し寄せた炭鉱夫たちを、金にモノを言わせて黙らせ、したたかさを見せつける。

『ヴァグラント』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

炭鉱夫のリーダー格・譲治と、ヤマの治安を守る“取締隊”のトキ子は、政則の幼馴染。子供の頃は3人で月を眺めながら、ヤマの暮らしが良くなるよう、力を合わせようと誓ったものの、今はそれぞれの境遇に縛られている。またトキ子は、10年前のある事件の真相を追っていた。“ヒト様”との安易な接触を禁じるマレビトの掟にも関わらず、佐之助は彼らに興味を持ち始める。

折しも、ある地方で起きた“米騒動”をきっかけに、日本各地で市民運動の機運が高まっていた。大きな事故が引き金となり、三ツ葉炭鉱の人々もついに立ち上がろうとするが…。

『ヴァグラント』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

ロックバンド、ポルノグラフィティのギタリストである新藤晴一さんがプロデュース、原案、作詞、作曲をつとめた“初”ミュージカル。大正時代の労働運動にインスピレーションを得て脚本家・演出家の板垣恭一さんとタッグを組み、(原作が無い)完全オリジナルならではの、“先が見えない”スリルに満ちた舞台を作りあげています。

作品の大枠は“流浪の英雄譚”。ヒーローがあるコミュニティに現れ、現地の問題に関わり、去ってゆくという、日本であれば時代劇等で見られるプロットです。

ただし物語が進むにつれて、本作の“問題”である炭鉱の人々の困窮は、“しがらみ”や“教育格差”など社会構造に深く根差していることが浮かび上がり、“悪者が滅べば…”といったシンプルな解決は望めそうにありません。思うようにいかない暮らしに折り合いをつけてきた人々に、佐之助はどう関わり、どんな影響を与えていくのか…。

紆余曲折を経て一つの着地点が見え、冒頭で特定の個人のために歌われた“祝い唄”が“皆”のものとなるまでを、本作はミュージカルというジャンルの華やかさ、わかりやすさを活かしながら、濃密に描き出します。

『ヴァグラント』撮影:岡千里

 

ヘビーにもなりうる題材の本作をあくまで、親しみやすいエンタテインメントたらしめているのが、新藤さんの楽曲の数々。三味線のサウンドが威勢よく、民謡風レゲエにもレゲエ風民謡にも聴こえる“祝い唄”に始まって、ラップ、ハードロック、バラードと多彩な曲調で楽しませつつ、休符やフレーズの繰り返しで佐之助の苦悩が強調された“マレビトの矜持”、地中深くを掘る譲治の叶わぬ夢が高音で切なく響く“おふねのえんとつ”等、キャラクターの心境を的確に描写したナンバー揃いです。“丸をつけましょう”など一部のナンバーでの、作品世界を起点として作者が観客に直接問いかけるような歌詞も、ユニークで新鮮な味わい。

『ヴァグラント』撮影:岡千里

 

それぞれに人間味豊かなキャラクターを、躍動感をもって演じるキャストからも目が離せません。主人公の佐之助は、拵えの華々しさとは裏腹に決して“ご機嫌なヒーロー”ではなく、ふだんはマレビト=“不吉な存在”として差別を受ける身。それに加えてある“失われた記憶”に苛まれてもいるという、襞のあるヒーローです。

ダブルキャストで演じる平間壮一さん、廣野凌大さんはともに、アクロバットを含む鮮やかな身のこなしで“芸能の民”としての輝きを証明。そのうえで、平間佐之助はメロディ・ラインの魅力を細部まで引き立たせる歌唱と、暗い記憶や感情を押し殺しながら見せる笑顔が強い印象を残し、廣野佐之助はどこに跳ねてゆくかわからないボールのような危なっかしさを漂わせつつ、人格を否定された際のリアクションや、人と視線を合わせる姿に、人生に対する不器用なまでの真剣さが滲みます。

 

『ヴァグラント』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

そんな佐之助を“姉貴分”として支えるのが、同じくマレビトの桃風。人間が怖い、だからこそ人間の正体を見極めたい、と人々のもめ事に首を突っ込む佐之助をどこまでも見守る彼女は、人の“哀しみ”を吸い上げる特殊能力の持ち主でもありますが、見え方としては“守護天使”のような神々しいものではなく、あくまで近しい“姉貴分”。人は人、自分は自分と割り切り、歌や踊りとちょっとした商売で淡々と日銭を稼ぐキャラクターを、美弥るりかさんが颯爽と、かつどこかミステリアスな“余白”を感じさせながら演じています。本作の続編が作られることがあれば、その来し方など、彼女に焦点を当てたエピソードを観てみたい、という方も多いのではないでしょうか。

『ヴァグラント』撮影:岡千里

 

ヤマの物語をリードしてゆくのは政則、譲治、トキ子の3人。いったんは運命に引き裂かれた彼らが、様々な出来事を経て子供の頃の誓いを果たすことができるのか…が、本作の一つの見どころです。

『ヴァグラント』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

頼りない青二才から、大きく成長を遂げてゆく政則役の水田航生さんは、トキ子の代わりに残酷な行動を買って出る姿に鬼気迫るものがあり、カリスマ的な“芯”を感じさせる譲治役の上口耕平さんは、夢を語る“おふねのえんとつ”のファルセットが哀しいほど美しく、10年前の悲劇を胸に、取締隊に身を投じたトキ子役の小南満佑子さん、山口乃々華さん(ダブルキャスト)は、凛とした立ち姿と歌声で、トキ子の強い意志を表現。政則の異母姉で、酒場を切り盛りするアケミ役・玉置成美さんも、傍観者的立ち位置から劇的な決断を下すに至る人物を、太い輪郭で演じています。

『ヴァグラント』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

本作がミュージカル・デビューとなる平岡祐太さんは、かつての事故で足を痛めた健三郎を、ニヒルな空気を携えて体現。飲んだくれの留吉(加藤潤一さん)と彼を尻に敷くしっかり者の妻・お花(磯部花凛さん)、男手一つで幼い娘を育てる森田(吉田広大さん)ら炭鉱の人々や、マレビトの社会からも弾かれた“はぐれマレビト”の松(遠山裕介さん)と香(大月さゆさん)のバイタリティ、警察署長・崎島(大堀こういちさん)の俗っぽさ、炭鉱の会長・升次郎(宮川浩さん)の傲慢さも、作品世界に欠かせない要素となっています。

『ヴァグラント』©Marino Matsushima 禁無断転載

 

本作の特色の一つに、作者がダイレクトに観客に呼びかけてくるような歌詞があることは前述の通りですが、特に強いインパクトを放つのが、2幕のオープニング・ナンバーでしょう。

“あんたに聴くよ”と名付けられたこの曲では、キャスト全員が舞台空間を埋め尽くすように並び、スケール感たっぷりの曲調に乗せて“幸せの場所は探しだせたの?”と、“100年後の世界の人々”であるところの観客に問いかけます。(松村曜生さんの短いソロに深い味わい)。

そこで問われるのは富でも名声でもなく、“愛や夢を語れる人生”が送れているか否か。

このナンバーが幕切れではなく、作品の中盤に置かれていることで、多くの観客は以降の物語を、佐之助たちのように不安と希望を持って新時代を切り拓いたであろう、自らの先祖たちに思いを馳せたり、自分にとっての“幸せ”とは何かを再考しながら、より“自分ごと”として観ることになるのかもしれません。
カジュアルな口語体で観客の心にすっと染み入るメッセージも心憎い、日本のミュージカルの地平を広げる一作です。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『ヴァグラント』8月19~31日=明治座、9月15~18日=新歌舞伎座 公式HP