1931年、夏。甲子園の決勝に進んだ2チームのうちの一つは、日本統治下の台湾から来た無名校、嘉義農林学校(通称「嘉農」)だった。わずか1年の特訓で彼らが快挙を成し遂げたきっかけは、松山出身の名将、近藤兵太郎の監督就任。それまでのんびり球を追っていた部員たちは、「必ず、“生きていて良かった”と思わせてやる」と言う監督の言葉に発奮するが、周囲の反対や偏見に遭い…。
台湾西部の町、嘉義(ジャーイー)を舞台に、漢人、原住民、日本人の3民族混成チームが心を一つにして甲子園を目指した奇跡の実話が、羽原大介さんの脚本、岸田敏志さんの音楽、錦織一清さんの演出で舞台化。愛媛県の坊っちゃん劇場で4月に開幕し、ロングラン中です。
“スポ根ドラマ”の要素もありつつ、日本統治下の台湾の人々の葛藤や親子の情、初恋や夫婦愛なども織り込まれた舞台は今月、主演に大浦龍宇一さん、共演に3人の台湾人キャストを迎えた“台湾スペシャル”版を限定上演。全日、ライブ配信も行われています。
台湾人キャストのうち、エリカ・チャンさんはプユマ族とアミ族にルーツがあるということで、まさに“3民族混成”となった画期的な今回の舞台に、大浦さんや台湾キャストの皆さんはどう取り組んでいるでしょうか。公演二日目の終演後に、お話をうかがいました。
大浦龍宇一(近藤兵太郎役):一つになって流す涙は“喜びの涙”という歌詞を噛みしめて
――今回はどんな理由で、出演を決められたのでしょうか?
「モチーフとなった嘉農の実話は今回、お話をいただくまで知らなかったのですが、もともとアジアが好きで、以前から台湾に親日家が多いというイメージも持っていました。今回は台湾人キャストが参加されるということで、台湾人と日本人キャストの中でやらせていただける、それも主人公所縁の地である愛媛で…ということで、どんなものが生まれるのかなと興味を持ちました。
既に出来上がった作品に飛び込んで行くというプレッシャーもありましたが、僕は25歳で俳優デビューをして、来年30年ということもありまして、一つの挑戦として取り組んでみたいと思ったのです。
描かれているのは1931年、100年近く前の出来事です。100年の日台の歴史の中には、喜びも哀しみも、また憎しみもあったと思いますが、時を経て国の違いを超え、その当時生きていなかった僕らがここに集まり、一つの舞台に取り組めていることが非常に有難いと思っています」
――台湾キャストとの共演はいかがですか?
「僕が初めて映画に出演した時、中国・桂林で2か月撮影がありましたので、母国語でない環境で仕事をすることの大変さはわかるつもりです。僕にとっても大変な舞台ではありますが、僕らの目に見えないところで努力を重ねてきた台湾キャストとご一緒することで、改めて初心に帰らせてもらっています。彼らは気配りも素晴らしいしやわらかいけれど、根性が違うと言うか、学ぶことが多いです。ハートがあたたかいし、大地の力のようなものを感じます」
――近藤兵太郎役はどのように造型されていますか?
「動きに関しては既に決まっていますが、人物像については近藤さんについて勉強したことをふまえ、僕が台本を読んで感じたことをこめさせていただいています。本作では近藤は(野球指導で)怒っているシーンが多いのですが、だからといって“怖い人”というわけではなく、それが彼の芯の強さに見えるといいなと思っています。また彼は“武士道野球”を目指していますが、ただ“武士道”を打ち出すだけでは、人はついてこないと思うんですね。彼の人格に選手がついてくるだけのものがあったということを、今あるシーンの中できちんと伝えていければ何よりです。今回の演出では、客席に向かって語りかける箇所もあり、一体感の中でお客さんを巻き込んで行けますので、360度オールラウンド・スピーカーのような感じで伝わっていけばいいなと思っています」
――岸田敏志さんの音楽はいかがですか?
「僕はフォークが好きで、小学生の頃に岸田さんの『君の朝』のレコードも買っているんですよ。本作にもいい意味のフォーク感があって、そういえば、“フォーク・ミュージカル”ってあまり無いな、と思い始めている私がいまして。情緒があり、日本ならではの良さがあると感じています。
本作では特に後半、近藤が妻と歌うナンバーが素敵だなと思っています。生徒たちとの交流の中で、自分自身、大きな学びがあった、それに気づけたということが、妻とのハーモニーの中で醸し出されていて、素敵な歌を作って下さったなと感じています」
――本作には様々な側面がありますが、大浦さんにとって特に“ここが伝わるといいな”と感じていらっしゃる部分はどこでしょうか。
「さきほどお話したナンバーの中に“海の向こうにみんなの夢がある とまどう夜を越えて 生まれた国がたとえ違おうと 一つになって流す涙 それは喜びの涙”という歌詞がありまして、そこが僕にとっては一番です。“国を越え、一つになって流す涙は悲しみではなく喜び”というのが、本作の軸にあるのかなと思っています。選手たちを見ていて、私自身感極まるものもあります。
もう一つ、近藤さんが“野球とは何か”を語る中で、精神を鍛え、技術も磨くが、“最終的に楽しむことだ”という台詞があります。私が尊敬する大先輩が水谷豊さんなのですが、今回、この主演ミュージカルに出るんですと話しましたら、“どんなことも楽しんで”とおっしゃってくださって、最近出版された自伝にも“なんでも楽しむ”ということが書かれています。大先輩からいただいた言葉を、100年前の近藤さんも語っていらっしゃるんです。頭で考えるのではなく、全身全霊で取り組む。一つ一つを大切に演じさせていただく。そしてそれを楽しみたい、と思っています」
――滞在されている愛媛県東温市の印象はいかがですか?
「あったかくて、ゆっくり歩きたくなるような町ですね。僕は京都出身ですが、京都は東京同様、せっかちなんです。四国では沖縄とはまた違う感じで、ゆったり時間が流れている印象があります。町が一つになっている感じもしますし、気さくに声をかけられることも多くて、本来の人間の姿のようなものを感じます。
今回は配信もされていますので、配信でご覧下さることももちろん嬉しいですが、その土地に行かないと気づけないこともありますよね。ここに来て、人の優しさに触れて僕は疲れがとれているので、もし可能であれば、皆さんもこちらにいらして優しさに触れてほしいです。そして舞台をご覧になって、生の熱量を受け取っていただけたらと思います」
――二日目の舞台を終えられたところで、手応えはいかがでしょうか。
「まだまだ気が抜けないですね。一球入魂と言いますか、今日は今日しかないから、出来ることを精一杯やっています。今回、日台のキャスト、そしてスタッフの皆さんがあたたかく迎えて下さったので、私も(お返しに)何か一つでも“どストライク”になるようなことができたらいいなと思っています。ですから千穐楽まで練習、練習、練習を続けていきます」
キミ 陳希瑀(花子役)、ショウ・セイキン 鍾政均(林明訓役)、エリカ・チャン 江明娟(サンミ役):国や民族が違っても私たちは一つになれる、というコンセプトが大好きです
――今回のご出演にあたってはオーディションがあったのですか?
キミ「昨年12月にオーディションがありました」
ショウ「まずは動画審査、それから現地でのオーディションという形でした」
キミ「はじめ50人くらいいたのが30人、10人に絞られて…という感じでしたね。課題の中では、日本語の台詞を覚えるのが大変でした」
ショウ「エリカさんは日本語を全く話さないので、特に大変だったと思います」
エリカ「先生方に助けられながら、頑張って(音で)覚えました」
――台湾ではミュージカルはどのような状況でしょうか?
キミ「台湾でも人気はあります。ショウ君は最近、『星の王子様』のミュージカルで主演していましたね」
ショウ「海外ミュージカルも中国語に翻訳されて上演されています」
キミ「公演数としてはオリジナルのほうが多いかもしれません」
エリカ「私はオリジナル・ミュージカルを見るのが好きです」
ショウ「オリジナルだとラブストーリーは少なくて、地元の文化や民話、歴史を描いた作品が多いです」
――今回、日本のミュージカルの現場を体験して感じたことはありますか?
キミ「わたし的には、それほど違いはなかったです。芸術を志す人たちが集まり、頑張って創り上げる。この物語をお客様に届けたいという気持ちはどこでも同じだと感じます」
ショウ「台湾では、稽古の時ははじめ70パーセントくらいのパワーでやってみて、だんだん熱量を上げながら最後に100パーセントにしてゆくのですが、日本では稽古の時、はじめから皆さん100パーセントのパワーを出されていて、圧倒されました」
キミ「私たちが稽古に入った時はまだ公演期間中で、他のキャストの方たちは公演の後で私たちのために稽古をしてくださったんです。すごく疲れることだと思いますが、毎回100パーセントで一緒に稽古してくださいました」
ショウ「すごく嬉しかったです」
エリカ「(歌手である)私にとっては今回が初のミュージカルだったので、すべてが驚きでした。私が演じるアミ族のサンミにはラチャイという息子がいて、彼は野球をやりたい。でもサンミは(先祖の土地を奪った)日本人が許せないし、畑仕事をしない息子に怒っているという設定で、言い争いのシーンがあるのですが、ラチャイ役の方(近藤貴郁さん)が稽古の時にいつも涙を流して、100パーセントの演技をされていて、はじめは驚いたのですが、“私も同じパワーをあげないと”と思い、互いにパワーを交換しながら稽古しました」
――皆さん、嘉農の実話はご存じでしたか?
キミ「小学校の時、社会の教科書に載っていたのと、映画(2015年公開『KANO 1931 海の向こうの甲子園』)を観たので、台湾人はみんな知っていると思います」
ショウ「僕は映画を観て知りました」
エリカ「私もです」
――本作ではサンミさんに代表されるように、当時の台湾の方の激しい感情も描かれていますが、これは今でもあるのでしょうか?
キミ「今はそういう感情の方は少ないと思います。台湾人は、戦争状態でないのであれば、平和に生きようという優しい人が多いので、歴史は忘れてはいけないけど前に進もうという気持ちの人が多いと思います」
ショウ「この歴史があるからこそ今の台湾人がいる、と思います」
エリカ「原住民の人たちは昔から、自分たちの山や森を大切にしてきました。土地を愛する心は今も私たちの中にありますので、その気持ちをサンミ役にこめたいと思っています」
――それぞれ、どのように役を造型されていますか?
キミ「私が演じる花子は近藤監督の娘ですが、映画版では5歳くらいの設定だったが、今回は17歳の高校生。そして全体のストーリーテラーでもあります。少女の感じも出しつつ、ナレーションをしているときには落ち着いて、心の中で登場人物たちへのリスペクトをこめ、歴史の一ページを丁寧に伝えようと思っています。
終盤に、花子はストーリーテラーとして、選手たちの“その後”を語るのですが、はじめどうしても泣いてしまって。演出の錦織(一清)先生に“絶対泣いてはダメだよ。みんながどんなに頑張ったか、そして(彼らと繋がっている)僕らはどんなに光栄か、という気持ちで語るんだよ”と教えていただいて、野球部のみんなやお父さんへのリスペクトを心の中に込めながら、花子役を作りました」
ショウ「私が演じる林明訓は成長するキャラクターで、もとはテニス部員で野球のことは何も知らなかったのが、スカウトされて野球部に入ります。反対するお父さんと喧嘩しながらも、皆と頑張って甲子園に行く、その過程が大切だと思っています」
キミ「林明訓はこの作品の中で、一番成長が大きい役なんですよね」
エリカ「サンミ役は、もともとシングルマザーという設定だったのですが、私自身、伯母に支えられて育ちました。ちょっと気が強いけれど、私を守ろうと苦労して下さった伯母をサンミに投影して、自分自身の気持ちを入れ込んで演じています」
――さまざまな側面のある本作の中で、お気に入りの要素は?
キミ「文化が違っても、民族、国が違っても一つになれる、というコンセプトが好きです。このコンセプトが本作の意義だと思いますし、大好きです」
エリカ「野球部員一人一人に、ストーリーがあるところが好きです。それぞれに自分の物語を持つ部員たちが、クライマックスで一体となり、一つの体験をする。そしてそこに(岸田さんの)素敵な音楽が加わっているところが好きです」
ショウ「人生で青春は一回だけ。その一回きりの青春で、失敗するか成功するかわからないけれど甲子園を目指し、みんなで頑張る。その団結力が私は好きです」
――錦織一清さんの演出はいかがですか?
キミ「錦織先生からはいろんなことを学びました。お稽古にいらっしゃると面白いし、ほっとします。先生がいるから何の問題もないと思えるくらい安心感がありました」
エリカ「小さいころ、錦織さんのファンだったので、アイドルに会えた!という気持ちです(笑)。錦織さんは、きっと何百回も観ている作品にもかかわらず、稽古や本番を毎回、子供のような無邪気さで観ていらっしゃって、面白いところでは心から笑っていらっしゃるのが可愛らしいな…と思っています」
ショウ「先生はやっぱり、鬼だ(笑)。もちろん、いい意味での鬼です。稽古をしていると“こういう動作があるともっと効果がある”と、僕らが考えもつかないようなアイディアをたくさん出してくれます」
キミ「演技に対して丁寧なんです。感情の抱き方にしても、台詞のことでも、“ここはこうできるよね、こうしてみよう”と非常に細かく、丁寧に見て下さいます」
――坊っちゃん劇場のお客さんのリアクションはいかがですか?
キミ「皆さん優しいです!すごく笑って下さるし拍手して下さいます」
ショウ「客席が近く、皆さんの顔が見えるので、笑顔が(マスク越しでも)わかります」
キミ「お客様を含めて、みんなでこの作品を作っているんだなという感じがします」
ショウ「台湾のお客様はちょっとシャイかな」
キミ「集中して、動きや台詞を細かく観ている方が多いですね」
ショウ「日本のお客様の方が、直接の反応をしてくださると感じます」
――東温市に滞在されて2週間ぐらいでしょうか。
キミ「そうですね。東温市は山も空もきれいで、夜にはたくさん星が見えます」
エリカ「私が小さいころの故郷の台東に似ていて、素敵です」
キミ「食べ物はミカンが美味しいですね。あと共演の皆さんとお好み焼きを楽しみました」
ショウ「焼肉も美味しかったです!」
キミ「お饂飩も(笑)」
――公演はこれから中盤に差し掛かりますが、千穐楽までどう深めて行かれますか?
キミ「平常心を持って、花子らしく演じたいです」
エリカ「まだ緊張していますが、頑張りつつ、もっと楽しく、リラックスして演じたいです」
ショウ「昨日より今日のほうが、リラックスして演じることができました。共演の方々のリアクションを見ながら、その時湧き上がるアイディアを大切に演じていきたいと思っています」
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『KANO ~1931 甲子園まで2000キロ~』ロングラン上演中。“台湾スペシャル”公演 8月4~15日=坊っちゃん劇場 公式HP “台湾スペシャル”ライブ配信(翌日までのアーカイブ有)3000円。詳しくはこちら。
*大浦龍宇一さん、キミさん、ショウ・セイキンさん、エリカ・チャンさんのサイン入りブロマイドを作品リーフレット付きでプレゼント致します。詳しくはこちらへ。