2020年にコロナ禍で公演中止を余儀なくされたミュージカル『スクールオブロック』が、この夏、遂に日本初演。友人になりすまして臨時教師となった売れないミュージシャンが、名門校で生徒たちにロックを教える…という破天荒な物語を、アンドリュー・ロイド=ウェバーの親しみやすい音楽で描く快作です。
今回の舞台で演出をつとめるのが、鴻上尚史さん。劇作家として数々の作品を生み出してきた彼が、海外のミュージカル作品を演出するにあたっては、どんな思いがあったでしょうか。秘めた野望(⁈)とともに、本作の魅力を多角的に語っていただきました。
日本人がいっそう感動できる舞台を、きめ細かく作っています
――本作の演出を引き受けられたのには、どんな動機があったでしょうか?
「まずは、作品がよくできているということがありました。アンドリュー・ロイド=ウェバーの曲も良かったし、こんなふうに社会問題を笑い飛ばせて、なおかつかっこよくて面白い作品があるということにびっくりして。初めてこの作品をブロードウェイで観た時、クリエイターとして、“やられた!”の一言しかなかったです」
――以前から、こういうテーマを扱いたいという思いもあったのでしょうか?
「もちろんありましたよ、ずっと。僕はブラック校則と40年ぐらい戦ってきています。ブラック校則がどういうふうに意味がないのかとか、子供達を規則通りに教育することが子供達にとってプラスにならないということについては、みんな多分頷いてくれると思うけれど、それをどうエンタテインメントとして見せるかで、難しさを感じていて。その点、本作は見事な成功例だと思うんですよね」
――教育に無関係の、型破りな人物を主人公として投入したのが、成功要因の一つだったのでしょうか。
「一つにはそれもあるし、主人公がロックの歴史を子供達に語るというのもあるでしょう。そして肝心の音楽がよくなければ作品として成立しないけれど、(ロイド=ウェバーによる)その曲がみんないい、ということもある。いろんな意味で傑作だし、成功作だという気がしますね」
――鴻上さんは元々、海外でよくミュージカルをご覧になっていたのですか?
「コロナ禍の前は、年に一度はブロードウェイやウェストエンドに行って、新作のミュージカルを全部チェックしていました。今、日本で話題の『ムーラン・ルージュ!』も、コロナ禍の直前にプレビューで観ていますね」
――ご自身の創作のインスピレーション収集、でしょうか?
「それもあるけれど、僕は元々ミュージカルが好きなんです。これまであまり(仕事で)クロスしてこなかったけれど、ダンスに関しては、22歳で劇団(第三舞台)を作った時から、必ず全部の作品に入れていました。歌がなかったのは、歌える人と歌えない人がはっきり分かれてしまうから。演技はいろんなタイプの演技者がいていいけれど、歌に関しては、ソロを取れる人って、生まれついての才能としか言いようがないんですよね。たまたま僕の周りにそういう人がいなかったのであまりミュージカルをやってこなかったけど、チャンスさえあればオリジナル・ミュージカルを作りたい、とずっと思っています」
――海外ミュージカルの演出をやってみたいというお気持ちもあったのですね。
「本作のような、よくできた作品は、やる意味がすごくあると思います」
――今回どっぷり浸かってみて、ミュージカルという表現についてどんなことを感じますか?
「ミュージカルというより、アンドリュー・ロイド=ウェバーですよね。これがソンドハイムだったら、随分印象が違ったと思います。カッキー(柿澤勇人さん)が言っていたけど、ロイド=ウェバーの音楽は本当にとてもキャッチー…なんだけど、キーを変えることはまかりならんという決まりがあるんですよ。いい曲なんだけど、歌い手側からすると大変なんです。だからその音程で歌い切れる人材をまず探さなくてはいけないし、本作については場面転換の音楽まできっちり書かれているので、その音楽が終わるまでに転換を終わらせないといけない…というのもなかなか大変です」
――お芝居の部分については、どのような工夫をお考えでしょうか。
「同じ海外ミュージカルでも、作品によっては、レプリカと言って完璧に演出を買う場合もあるけれど、今回は台本と曲を買って演出は自由にやらせてもらうというノンレプリカで、そうなると僕ができることもたくさんあるので引き受けさせていただきました。ノンレプリカの場合は、日本人の観客を想定して、日本人が感動する演出を探す作業になります。
例えば、海外だと簡単にキスしたりハグしたりするけれど、それをそのままやると日本人的には照れてしまう。あと、わりと大雑把に、ハイタッチしてイエーイ!で終わりになる部分を、もうちょっときめ細かくしたいんですよね。
一つのシーンを挙げるなら、デューイが子供たちにロックを演奏させようと、まずエレキギターを持たせるんだけど、最初は硬い感じだったけど“いいぞ、合格!”となって、“You are in the band.”と彼が言います。ブロードウェイ版ではそこで早速、クラスメイトが熱烈な拍手を始めるわけ。でも日本人的には“いいの?ここで拍手して…”となるのが自然な感情だと思うんですよ。だからベースの子、キーボードの子、そしてドラムの子が決定となって初めて、みんなが拍手をする、というふうに、日本人にフィットする演出にできたらと思っています」
――デューイは子供達を見て、テキパキとキャスティングをしていきます。個性を見出すのが得意なのでしょうか。
「いや、デューイはわがままだから、人のいいところを見つけるのが得意というわけじゃないんです。でも、彼の“教師としての良さ”は、自分が成長していくところ。そしてそれを子供たちに無意識に見せているんです。
例えば、ひと通りバンドメンバーが揃ってデューイが喜んでいるところに、一人の生徒が“私はバンドに入れないんですか?”と(悲しそうに)言うんです。(デューイ役の)西川(貴教)さん、柿澤さんには、“ここで一回、しまったと思ってもらいたい”、とお願いしました。バンドの演奏チームができて、これでOK、ボーカルは俺だ、としか思ってなかった時に生徒にそう言われて、ハッとする。(表面上は)すぐに“そんなことないぞ”とごまかすけれど、バンドをやって目立ちたいと思っていただけのデューイが、そこから生徒の発言を気にするようになるんです。
僕ら、学生時代を振り返った時に、ベテランの先生のことは覚えていなくても、新卒の先生や教育実習の先生のことはよく覚えているじゃないですか。それは、彼らが成長していくからなんだよね。ベテランの上手い先生ってあまり変わらないから、子供たちにとって、そこまで印象に残らない。デューイは変わっていく、成長していく。そこはちゃんと見せてくださいね、と西川さん、柿澤さんにはお願いしています」
――子育て中のお父さん、お母さんにとっても参考になりそうですね。親だって、時には子供の一言にはっとしたり、反省する姿を見せてもいいのかも…。
「ミュージカル媒体じゃないみたいな話になってきたけど(笑)、本当にそうですね。親はもっと正直でいいんですよ。どうしたらいいかわからないとか、本当に正しいかどうか100%の自信はないとか、子供に言えばいいんです。子供達って、大人が虚勢張っていると、すぐに見抜くんです。自信がないと認めることは勇気なんです」
――そういうところで、親御さんにもお勧めできる作品ですね。
「そう繋がったか(笑)。世の中には子供を真面目な学校に入れたい、そのために有名学習塾に入れたいという親がたくさんいるけれど、この作品を観ることで、子どもにとって何が一番幸せなのかを考えるきっかけにもなるんじゃないかな。初めの頃、授業をやろうとしないデューイに対して、子供たちは、小テストやらないんですか?と抗議しているんだけど、そんな(エリートの)彼らも実は、親とのコミュニケーションを求めているんです。でも彼らの親は、子供を有名進学校に入れたことで安心しきっている…と聞くと深刻な題材に聞こえると思うけれど、無茶苦茶楽しい曲の中でストーリーが展開しているというのが、この作品が傑作ということなんですよね」
――今回は生徒役の子供達がたくさん出演しますが、彼らからインスパイアされる点はありますか?
「子役というより、俳優さんですよね。僕は(年齢にかかわらず)一緒にとらえています。若い彼らはとにかく全身でぶつかるしかないけれど、そんな中で面白い提案をしたり成長してくれたら嬉しいし、逆に僕が気づかないことを教えてくれたら、僕自身も成長できるかなと思っています」
――主演のお二人については現時点でどんな印象がありますか?
「デューイ役はちょっとはみ出てる人が向いていると思うんだけど、西川(貴教)さんはまさにデューイっぽいですよね。彼のために、“無駄にムキムキで”というセリフも入れたんです。もともと映画では“デブで”となっていたんだけど、西川さんはそうじゃないからどうしようと思って、考えました。カッキーは、カッコ良すぎるんだけれど、無精髭生やしているのを見て、“いいね、それで行こうよ”と言いました。カッコ悪くてダサいからかっこいい、そんなデューイになったらいいなと思います」
――どんな舞台になったらいいなと思われますか?
「今回は、甲子園の常連高校の監督を任されたようなものでね。面白くならないとおかしいんだよね。これだけ魅力的なストーリーで、これだけいい楽曲が揃っているわけだから、かつての巨人軍の監督みたいに、優勝しないと許されない。これまでは新作ということもあって、傑作に“なるといいね”という感じだったけれど、今回に関しては勝って当たり前でしょという作品を渡されたわけだから、少々の勝ち具合じゃ許されないでしょう(笑)。今まで経験したことのないプレッシャーを感じています(笑)」
――これを機にミュージカルもどんどんやっていこうというお気持ちでしょうか?
「それは希望ですが、こればっかりは依頼がないと(笑)。僕はサードステージという会社の社長ではあるけれど、(ミュージカルは一社でやるには)流石に規模が大きいし、とにかく歌える人のスケジュールが埋まるのが早いんですよね。2020年に公演中止になったときに、ミュージカルの俳優さんたちは3年先まで待たないといけないと知って、そんなに先まで考えないと新作は作れないんだな、と驚いたんです」
――ということは、オリジナル・ミュージカルを作りたいというお気持ちも?
「もちろん! 海外に輸出できるような作品を作りたいという気持ちは(業界の)みんな持っていると思います。20年前は、韓国が日本にいっぱい作品を買いに来たんですよ。僕も何本か買ってもらって現地で上演されたけど、今や完全に逆転してるものね。日本でミュージカルをやっていて、オリジナル・ミュージカルを作って輸出したいという野望を持たない人はいないと思うな。なんとかドーバー海峡を越えたいとか、ハワイ上空を越えたいとか・・・」
――客層を考えた時に、日本では特に20〜40代の女性が客席に多いけれど、海外ではカップルが多いということで、創る作品の傾向も変わってきませんか?
「『スクールオブロック』が親子でもカップルでも観られる作品であるように、普遍性があれば(客層の違いは)突破できるんですよ。本作ではまた、ネッドというキャラクターが、いいところに置かれているんです。多くの人が大学時代にバンドや演劇や漫画をやったりするけど、卒業すればほとんどが就職していくでしょう? でも、夢見る頃を過ぎても夢見続けている奴がいる。そんなことを思い出させるネッドが(主人公の友人として)いることで、元・夢を見ていた世代にも突き刺さるんです。名作になったら垣根を越えるんだよね。それが名作の力強さだし、キャパの大きさなんだよね」
――既にオリジナル・ミュージカルの具体的なアイディアもお持ちなのですか?
「ううん(笑)。やらなくちゃいけないことが次々出てくるから今はそちらをやっているけれど、でも、“オリジナル・ミュージカル、作りましょう!”という話になれば、アイディアはすぐ出てきますよ。それはすぐにね!」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 ミュージカル『スクールオブロック』8月17日~9月18日=東京建物Brillia HALL 9月23日~10月1日=新歌舞伎座 公式HP
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