世界的に知られる『オペラ座の怪人』譚を、ファントムの生い立ちに遡って描くミュージカルが、4年ぶりに上演。前回、主人公ファントム=エリック役と演出を担った城田優さんが、今回はそれに加えてシャンドン伯爵役も、ダブルキャストで演じます。
俳優としての超人的な活躍が注目されがちな城田さんですが、人物の内面を深く掘り下げつつ、劇場空間全体を使って各シーンをエンタテインメント性豊かに描く演出手腕も見過ごせません。配役や演出のエピソードを通して、演出家・城田優さんが目指す決定版『ファントム』に迫ります!
すべてが見える舞台だからこそ
緻密な芝居にこだわっています
――演出をされる時に、演目にかかわらず、城田さんが大切にされていることはありますか?
「役者さんたちがなるべくストレス無く、かつその世界観をリアルに生きられるように。そんなステージ作りを目指しています」
――前回の『ファントム』を拝見して、演出のボキャブラリーが非常に豊かでいらっしゃると感じました。インスピレーションはどんなところから得ていらっしゃるのでしょうか?
「どこかで触れたものがサブリミナル効果的に頭に残っていた、ということはあるかもしれないけれど、意図的に何かを参考にして、ということはないです。曲作りに於いても、僕はだいたいその時のテンションで、感じたままを曲にしています。だからこそ、自分の中身を外に出せた満足感が得られると思うんです。
演出も同じで、台本に書かれている言葉から想像を広げて行った時に、こうなったらいいなということを口にしてみると、スタッフが例えば“歌舞伎の振り落としの手法ですね”と言ってくれて、それで歌舞伎にも同様の演出があることがわかる…という感じです。
人間のアイディアは、たいていは既に誰かがひらめいていると言われるので、誰もやっていないことをやるんだ、というマインドで考えない限りは、既存のエンタテインメントと被るだろうな、とは思っています。けれど、『ファントム』の演出においては、全て僕の頭の中で“こうなったらいいな”と思ったものを実現しています」
――無駄な空間が無い、という印象も受けました。
「ありがとうございます。舞台ってドラマと違って、カメラが引いたり寄ったりということがないですからね。ドラマだと、撮影の時に自分が映っていないカットでは、“ここはお休みされていて大丈夫です”と言われたりしますが、舞台では常に丸見えです。であれば、全てにこだわらないとダメですよね。
本作ではアンサンブルさんのお芝居に対して、僕はめちゃくちゃ細かいところまでこだわっていますし、はじめに“どんなお芝居をされるか知りたいので、役の設定をご自身で作って、書面にまとめてきていただけたら嬉しいです”と、設定を考えてもらってそれを共有する、ということを積み重ねています。そうすることで、空間はひとりでに埋まっていきますし、“ここは適当にしゃべっているていでお願いします”ということをやっているより、前後の芝居とも繋がって見えてきます。アンサンブルがたくさんいるシーンは僕は細かくやりますし、リアクションにもうるさいですね。“そういうリアクション、実際にしますか?トゥーマッチになってませんか?”と言ったり、逆に“こんなこと言われて、リアクション無しですか? ちょっと足してみましょうか”と提案したり…」
――映像でのご経験も参考になっているのでしょうか。
「どうでしょうか。僕のなかでは、映像よりミュージカルのほうが経験は長いと思っていますが、いずれにしても舞台上に立っている時は終始、お客様に見られているから、絶対に気を抜けない、というのはありますね」
――今回、クリスティーヌ役のお一人であるsara さんは、オーディションで選ばれたと伺いました(sara さんインタビューはこちら)。デビューは2021年、まさしく“新星”である彼女の中に何を見出されたのでしょうか?
「クリスティーヌはとても大変な役だと、僕は思っています。精神的には間違いなく、ファントム役の方が波瀾万丈で大変ですが、僕の演出する『ファントム』では、クリスティーヌ役が(一人二役で)回想の中の(エリックの母)ベラドーヴァとして、コンテンポラリーダンス的な踊りも踊らなくてはならず、求められる要素が多彩なんです。ただステップを踏むのではなく、感情の表現として踊れるか。母性も表現しなくてはいけないので、ただ若くて可愛らしいだけではできない役だと思います。有名なミュージカルを30本集めても、このクリスティーヌは最も大変なヒロインなのではないかな。
オーディションではたくさんの候補の方にお会いしました。ひとつの要素が素晴らしい方は少なからずいらっしゃったけれど、総合的に素晴らしかったのがsaraさんでした。と言ってもいわゆる、出来上がった完璧な方ということではなく、僕の求める“クリスティーヌの原石”が、彼女の中にあったんです。(新人ということで)特に歌声に関しては未知数の部分もありましたが、可能性を信じて起用しました。今はファントムに稽古をつけられるクリスティーヌさながらに、日々(原石を)磨いてくださっています」
――城田さんは今回、三刀流という、ミュージカルではおそらく前人未到の領域に足を踏み入れられましたが、今後の展望としては…。
「主演と演出の両立は正直、難しいなと思っています。例えばファントム役について、既に2度演じているので理解はしているつもりですが、自分の演技に対して完全に客観的に見ることはできないので、本当にこれでいいかな?と思う瞬間があって。演出自体はやりたいと思いますので、またお声がかかればぜひと思いますが、俳優としても出るなら、ショレ役ですとか、中枢にいない役の方が迷惑をかけないかな?と思っています。
――後半のキーパーソンである、キャリエール役はいかがでしょうか。
「今はないです。今、キャリエールを僕がやったら、薄っぺらい人物にしかならないと思います。年齢的に、彼をやってもおかしくないくらいになって初めてできる役だと思っています」
――以前、地球ゴージャスの『Love Bugs』ご出演の際にインタビューさせていただきましたが(2015年)、映像で大活躍されている城田さんがなぜミュージカルにも力を入れていらっしゃるのか、伺った時の言葉が印象的でした。
「僕、なんて言いましたっけ?(笑)」
――(ミュージカルは)一番大変だからです、と。今も思いは変わらず、でしょうか。
「基本的には変わらないです。一番大変で難しくて、やりがいのあるのがミュージカルだと僕は思っています。
ドラマや映画も、もちろん大変です。覚えなければならない技能もあります。でも、ミュージカルは毎日規則的にやるお仕事で、お客様にベストをお見せするため、喉も枯らしてはいけない。そういう、一本の張り詰めた線がある状態が何ヶ月も続きます。心の準備をしたいときに、映像のお仕事だったら“ちょっと待ってください”とお願いできることもありますが、舞台はいったん幕が上がれば止まってくれません。
まるで毎日、金メダルを目指してオリンピックに出ているような感じですが、だからこそこちらからもエネルギーをお客様に渡せるし、カーテンコールでいただく拍手が糧にもなり、心からやってよかったと思えます。スタッフ、キャスト、お客様が一体となって、劇場内に生まれるとんでもないエネルギーが格別なんです。
登山だって、高ければ高いほど、登り切った時の景色っていいじゃないですか。朝、起きると“今日もまた登るのか〜”と思うけど(笑)、それを登り切って、“今度はエベレストだ”とどんどんハードルを上げていけるのが魅力です。そんな中でも今回の『ファントム』は、最高峰の山になると思います(笑)」
――では最後に。海外にもネットワークをお持ちの城田さんなので、日本のミュージカル界を俯瞰の視線で見ることもあるかと思います。今後、日本のミュージカル界がこんなふうになっていったらいいなといった夢はありますか?
「一つには、実力主義が浸透すること。そして、ミュージカルに対する根本的なイメージの改善を望んでいます。
海外だと、家族連れやカップルでミュージカルを見にいくことがごく普通で、娯楽の一環として、ミュージカルは一般的な存在です。日本では、作品や団体によってはそうじゃないけど、大きくみるとどうしても、一部のファンの方のものというイメージが強くて、それ以外の方がなかなか足を運んでくれないという現状があると思います。まずは、ミュージカルをよく知らない、興味がないという方にも観に来ていただきたいです。それによって、例えば韓国のように潤沢に予算もついて、皆が満足できる環境が生まれると思います。
10年前に比べれば、TVドラマや歌番組にミュージカルの俳優が進出して市場は広がっているけれど、まだまだ足りないと思うし、自分自身も頑張っていきたいです。出演者のファンに加えて、音楽ファンも演劇ファンも、エンタメのファンがみんな来てくれるような世界にしたい。
そんなふうに、ミュージカルをデートや親子のお出かけで気軽に見てもらえる存在に、というのと、実力がある人が評価される環境を作ることが、僕の目指しているところです」
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『ファントム』7月22日~8月6日=梅田芸術劇場メインホール、8月14日~9月10日=東京国際フォーラム ホールC (8月31日、9月5日に追加公演有。7月8日に一般発売開始) 公式HP
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