ティム・ライス(原案・作詞)とABBAのベニー・アンダーソン&ビョルン・ウルヴァース(作曲)がタッグを組み、米ソ冷戦下の男女の運命を描いたミュージカル『CHESS』。世界各地で熱狂的なファンを擁し、日本でも何度か上演されている本作がこの度、国際的な布陣で奇跡の上演を果たします。
演出・振り付けを『パジャマ・ゲーム』の振付が日本でも高く評価されたニック・ウィンストン、音楽監督を島健さんがつとめ、チェスの国際試合で対戦するソ連人・アナトリー役にはラミン・カリムルー、米国人・フレディ役にはルーク・ウォルシュ。アナトリーと恋におちるフローレンス役をサマンサ・バークスが演じ、アービター役の佐藤隆紀さんほか、日本の実力派俳優たちが共演(英語上演・日本語字幕付き)。
『オペラ座の怪人』『ラブ・ネバー・ダイズ』『レ・ミゼラブル』などで世界的に人気のラミン・カリムルーにとって、アナトリー役を演じるのは二度目。多数のオファーの中から今回の公演を選んだのは、なぜだったのでしょうか。終始穏やか、誠実に語り、終了後には「今日の残りの時間も楽しくお過ごしください」と素敵な言葉を残して去っていった“紳士”のインタビューをお届けします。
“ホーム”を探し続ける人物像への共感
――本作はあなたにとってどんな作品ですか?
「とても好きな作品です。これまで作られたアルバムの中で最高の作品の一つだし、内容的にも、特にアナトリーという人物に引き込まれます。誰にとっても大切な“ホーム”についての物語。ホーム、そして国についての信条にまつわるドラマを演じるのは、僕にとってエキサイティングなことです」
「とても好きな作品です。これまで作られたアルバムの中で最高の作品の一つだし、内容的にも、特にアナトリーという人物に引き込まれます。誰にとっても大切な“ホーム”についての物語。ホーム、そして国についての信条にまつわるドラマを演じるのは、僕にとってエキサイティングなことです」
――以前、ワシントンD.C.でコンサート版に出演されていますが、その時もアナトリーを演じていますね。アナトリー役はあなたのチョイスだったのですか?
「ええ。フレディも面白い役だとは思います。でも、僕が感じるにフレディはより“歌う役”で、僕は言葉(歌詞)に重きを置いた役のほうが好きなんですよ。それに若き日の僕はイラン人として生まれ、カナダ、イタリア、カナダ、イングランド、そしてアメリカと様々な国で過ごしながら自分の“ホーム”を探していました。そんな経験があるだけに、アナトリーという役に心を寄せずにはいられないんです」
「ええ。フレディも面白い役だとは思います。でも、僕が感じるにフレディはより“歌う役”で、僕は言葉(歌詞)に重きを置いた役のほうが好きなんですよ。それに若き日の僕はイラン人として生まれ、カナダ、イタリア、カナダ、イングランド、そしてアメリカと様々な国で過ごしながら自分の“ホーム”を探していました。そんな経験があるだけに、アナトリーという役に心を寄せずにはいられないんです」
――アナトリーは常にソビエトという国を背負い、プレッシャーの中で生きていますが、そういった経験はされていないですよね?
「幸い、そういった(体制による)プレッシャーは経験したことはありません。でも、生まれ故郷を父の事情で離れ、自分のホームはどこなんだろうと思いながら生きてきたことは確かです。それに私たちは自分に同じような体験がなくとも、キャラクターに共感することはできると思います。僕にとってはそれがアナトリーでした」
「幸い、そういった(体制による)プレッシャーは経験したことはありません。でも、生まれ故郷を父の事情で離れ、自分のホームはどこなんだろうと思いながら生きてきたことは確かです。それに私たちは自分に同じような体験がなくとも、キャラクターに共感することはできると思います。僕にとってはそれがアナトリーでした」
――ワシントンD.C.での公演の時にはアジア系、スパニッシュ、あなたと多彩なバックグラウンドを持つキャストでしたが、この題材ゆえに今の世相を語りあうこともあったのではないでしょうか?
「そういう話になってしまうと本作から離れていってしまうので、なるべく作品世界にとどまるようにしています。アナトリーは亡命を心に決めるけれど、冷戦下にそういう決断をすることはとても危険なことでした。最近だって英国南部のソールズベリーで、ロシアからの亡命者の暗殺未遂事件があったじゃないですか」
「そういう話になってしまうと本作から離れていってしまうので、なるべく作品世界にとどまるようにしています。アナトリーは亡命を心に決めるけれど、冷戦下にそういう決断をすることはとても危険なことでした。最近だって英国南部のソールズベリーで、ロシアからの亡命者の暗殺未遂事件があったじゃないですか」
――本作には「誰もがゲームに参加しているが、そのルールはばらばらだ」といった意味の歌詞があって、これはまさに“今”の世界を描いていると感じられます。
「悲しいけれど、そうなんですよね。新聞を開けば、『CHESS』の世界と大差のない事件が起こり続けています。誰もが異なる価値観を持っていますが、自分を“悪人だ”と考える人は誰もいない。(自分が正義だと思っている)。それぞれに父があり母があり、子供がいて、家族を守りたいと思っています。私たちはどこかに“着地点”を見出し、互いを理解しなければいけない」
「悲しいけれど、そうなんですよね。新聞を開けば、『CHESS』の世界と大差のない事件が起こり続けています。誰もが異なる価値観を持っていますが、自分を“悪人だ”と考える人は誰もいない。(自分が正義だと思っている)。それぞれに父があり母があり、子供がいて、家族を守りたいと思っています。私たちはどこかに“着地点”を見出し、互いを理解しなければいけない」
――この状況を変えるために、音楽には何か出来ることがあるでしょうか?
「もちろん。音楽のみならず、あらゆる芸術が役に立つと思います。それらに触れ、語りあうことで、そこに込められた考えを発見することが出来る。僕は子供達にはいつも、どのニュースを読んでもいいけれど、5,6紙にあたってみなさい、と言っているんです。そうでないと真実は見えてきません。トランプ大統領について自分の中でこういう人物というイメージを持つ前に、いろいろな新聞を読んでみると、彼がどういうわけで支持されているのかがわかる。そのうえで自分の考えを持つべきだ。一つの見出しだけを読んで腹を立てるのは簡単だよ…って、思わず脱線してしまいましたね(笑)」
「もちろん。音楽のみならず、あらゆる芸術が役に立つと思います。それらに触れ、語りあうことで、そこに込められた考えを発見することが出来る。僕は子供達にはいつも、どのニュースを読んでもいいけれど、5,6紙にあたってみなさい、と言っているんです。そうでないと真実は見えてきません。トランプ大統領について自分の中でこういう人物というイメージを持つ前に、いろいろな新聞を読んでみると、彼がどういうわけで支持されているのかがわかる。そのうえで自分の考えを持つべきだ。一つの見出しだけを読んで腹を立てるのは簡単だよ…って、思わず脱線してしまいましたね(笑)」
――『CHESS』に戻りまして(笑)、本作の音楽はいかがでしょうか?
「どの曲をとっても素晴らしいと思います。ミュージカルって、3,4曲素晴らしい曲があって、あとはまずまず、ということが多いのですが、本作に関しては全ていい、というのが凄い。この作品に携わるのは本当に楽しい体験です」
「どの曲をとっても素晴らしいと思います。ミュージカルって、3,4曲素晴らしい曲があって、あとはまずまず、ということが多いのですが、本作に関しては全ていい、というのが凄い。この作品に携わるのは本当に楽しい体験です」
――本作を歌ったことのある俳優さんはしばしば、スコアの難しさについて言及されますが…。
「そうなんですか? 確かに、特にアナトリーに関しては難しい部分もあるかもしれないけれど、僕は自分を“歌手”と考えたことがないんです。音程がどうこう、ということより、物語を伝えたい。でないと、例えば“アンセム”もただ“あ~~~”と歌っていればいい、という話になってしまうじゃないですか(笑)。日本のように言語の異なる国で僕が評価していただけるのは、声のおかげではなく、僕の伝える物語に皆さんが感動してくださるからだ、と考えています。僕とカンパニーが、キャラクターをどう表現するか。そこに人々が共感して、言葉の壁が消えていくのです」
「そうなんですか? 確かに、特にアナトリーに関しては難しい部分もあるかもしれないけれど、僕は自分を“歌手”と考えたことがないんです。音程がどうこう、ということより、物語を伝えたい。でないと、例えば“アンセム”もただ“あ~~~”と歌っていればいい、という話になってしまうじゃないですか(笑)。日本のように言語の異なる国で僕が評価していただけるのは、声のおかげではなく、僕の伝える物語に皆さんが感動してくださるからだ、と考えています。僕とカンパニーが、キャラクターをどう表現するか。そこに人々が共感して、言葉の壁が消えていくのです」
――本作でお気に入りの曲は?
「“Mountain Duet”はとても美しい曲だと思います」
「“Mountain Duet”はとても美しい曲だと思います」
――どこかオリエンタルな雰囲気もある旋律ですね。
「そうですね。作曲のベニー(・アンダーソン)とビョルン(・ウルヴァース)が影響を受けていたのかよくわからないけれど、極めつけはまさにオリエンタルな“One Night In Bangkok”ですね。あと、本作では終盤の“Endgame”も好きだし、“アンセム”は常に僕にとって大切な一曲です。フローレンスの“Nobody’s Side”もいい曲だと思います」
「そうですね。作曲のベニー(・アンダーソン)とビョルン(・ウルヴァース)が影響を受けていたのかよくわからないけれど、極めつけはまさにオリエンタルな“One Night In Bangkok”ですね。あと、本作では終盤の“Endgame”も好きだし、“アンセム”は常に僕にとって大切な一曲です。フローレンスの“Nobody’s Side”もいい曲だと思います」
――アービター役の佐藤隆紀さんとの共演はいかがですか?
「彼は間違いなく素晴らしいアーティストですが、それにも関わらず繊細な部分がある。そこが素敵だな、と思っています。彼のジャン・バルジャン役は(舞台では)観ていないけれど、“Bring Him Home”は聴いたことがあります。彼との共演はとてもいい経験になっています」
「彼は間違いなく素晴らしいアーティストですが、それにも関わらず繊細な部分がある。そこが素敵だな、と思っています。彼のジャン・バルジャン役は(舞台では)観ていないけれど、“Bring Him Home”は聴いたことがあります。彼との共演はとてもいい経験になっています」
――フローレンス役のサマンサ・バークスさんとは『レ・ミゼラブル』コンサートでも共演されていますよね。
「そうですね。『ラブ・ネバー・ダイズ』のワークショップでもご一緒しました。物語を的確に伝える素晴らしい女優なので、フローレンス役にぴったりだと思います」
「そうですね。『ラブ・ネバー・ダイズ』のワークショップでもご一緒しました。物語を的確に伝える素晴らしい女優なので、フローレンス役にぴったりだと思います」
――本作はバージョンによってさまざまな形で上演されていますが、常にその芯にあるのは何だと思いますか?
「当時の状況下における人々の関係性が描かれた作品だと思います。冷戦についての話だと思っている人も、チェスというゲームの話だと思っている人もいるけれど、何よりそこに生きる人々の話なのではないかな、と思うんです」
「当時の状況下における人々の関係性が描かれた作品だと思います。冷戦についての話だと思っている人も、チェスというゲームの話だと思っている人もいるけれど、何よりそこに生きる人々の話なのではないかな、と思うんです」
――日本の観客についてどんなイメージがありますか?
「ミュージカルをとてもご存じだし、熱心に見てくださっているイメージがあります。『プリンス・オブ・ブロードウェイ』の時には、(ハロルド・プリンスの名作のハイライト集であるにもかかわらず)それぞれのシーンをとても集中して観てくださることに驚き、フル・ミュージカルで日本に来たい、という思いが募りました。それで『エビータ』『ジーザス・クライスト=スーパースター』そして本作に出演を決めたんです」
「ミュージカルをとてもご存じだし、熱心に見てくださっているイメージがあります。『プリンス・オブ・ブロードウェイ』の時には、(ハロルド・プリンスの名作のハイライト集であるにもかかわらず)それぞれのシーンをとても集中して観てくださることに驚き、フル・ミュージカルで日本に来たい、という思いが募りました。それで『エビータ』『ジーザス・クライスト=スーパースター』そして本作に出演を決めたんです」
俳優を目指すあなたへ
――プロフィールについても少しうかがいたいのですが、カナダで育ったあなたはブロードウェイを目指してもよかったところを、まず英国でキャリアを築きましたよね。なぜブロードウェイではなく英国だったのですか?
「ブロードウェイはちょっと距離があったし、ブロードウェイが(演劇の)メッカ、という感覚はなかったんです。英国のほうが演劇をやるには向いていると思えました」
「ブロードウェイはちょっと距離があったし、ブロードウェイが(演劇の)メッカ、という感覚はなかったんです。英国のほうが演劇をやるには向いていると思えました」
――シェイクスピアのころからの伝統ゆえに?
「そうかもしれません。今も“ブロードウェイをベースにしないのか”と聞かれることもありますが、僕にとって場所はどこでもいい。それよりも、何をやるかが大事。今回も、こういう座組でやる『CHESS』に惹かれて日本に来たわけです。お金のために仕事はしません。情熱を持てるかどうか。『ジーザス~』のユダ役だって、18歳のころからやりたい役だった」
「そうかもしれません。今も“ブロードウェイをベースにしないのか”と聞かれることもありますが、僕にとって場所はどこでもいい。それよりも、何をやるかが大事。今回も、こういう座組でやる『CHESS』に惹かれて日本に来たわけです。お金のために仕事はしません。情熱を持てるかどうか。『ジーザス~』のユダ役だって、18歳のころからやりたい役だった」
――あなたは20代で(『オペラ座の怪人』の)ファントムを演じましたが、どなたの抜擢だったのでしょうか?
「ロイド=ウェバー…というより、(プロデューサーの)キャメロン・マッキントッシュですね。彼は当時ファントム役を若返らせようと考えていて、僕に声をかけてくれたんです。“精一杯のことをやってみます”と答えました。それがきっかけになって、ロイド=ウェバーに気に入っていただき、『ラブ・ネバー・ダイズ』にも繋がったわけです」
「ロイド=ウェバー…というより、(プロデューサーの)キャメロン・マッキントッシュですね。彼は当時ファントム役を若返らせようと考えていて、僕に声をかけてくれたんです。“精一杯のことをやってみます”と答えました。それがきっかけになって、ロイド=ウェバーに気に入っていただき、『ラブ・ネバー・ダイズ』にも繋がったわけです」
――20代でのファントムは“早かった”という意識はありますか?
「今ならもう少し違うふうに演じられるかもしれないけれど、ファントムって、年配である必要はないですよね。(若くても)彼の傷つきやすい一面が表現できれば、と考えて演じました」
「今ならもう少し違うふうに演じられるかもしれないけれど、ファントムって、年配である必要はないですよね。(若くても)彼の傷つきやすい一面が表現できれば、と考えて演じました」
――振り返ってみて、この時の抜擢は“運”だと思われますか?それとも必然でしょうか?
「どうでしょう。幸運ではあったけれど、僕は正規の訓練を受けていないので、ひたすら自分で勉強しました。努力すれば、それは報われると信じています。それと、ちょうどマッキントッシュがファントムの若返りを考えていたタイミングで僕がロンドンにいたことがうまく合致したのでしょう」
「どうでしょう。幸運ではあったけれど、僕は正規の訓練を受けていないので、ひたすら自分で勉強しました。努力すれば、それは報われると信じています。それと、ちょうどマッキントッシュがファントムの若返りを考えていたタイミングで僕がロンドンにいたことがうまく合致したのでしょう」
――Musical Theater Japanの読者の中には、役者志望の若い方もいらっしゃいます。彼らに向けて何かアドバイスをいただけますか?
「学び続けて下さい。SNS(で流れて来る情報のあれこれ)に惑わされることなく、“昨日より少しだけ上達すること”に専念することです。またミュージカル俳優になりたいなら、自分を“歌手”だとは思わないことも大切です。
「学び続けて下さい。SNS(で流れて来る情報のあれこれ)に惑わされることなく、“昨日より少しだけ上達すること”に専念することです。またミュージカル俳優になりたいなら、自分を“歌手”だとは思わないことも大切です。
僕は子供のころ、ホアキン・フェニックスやマーロン・ブランドのような俳優になりたかった。それで彼らがどう学んだかを調べ、リー・ストラスバーグの演技法(メソッド・アクティング)で学んでいたことがわかったので、今度はその演技法の本を読み漁りました。ビジネスマンが、ビジネス本で成功の糸口を掴むのと同じです。チャンスは向こうからくることはありません。自分で近づいていくのです」