昨夏のトライアウト公演が大好評を博した『シュレック・ザ・ミュージカル』が、待望のフルバージョンで登場。前回に続いて主人公シュレックを演じるのが、海外ミュージカルから2.5次元ミュージカルまで、幅広く活躍中のspiさんです。
強い意欲をもってオーディションでこの役を勝ち取った前回から1年、関われば関わるほど作品愛、そしてカンパニー愛が強くなっているご様子のspiさんに、本作の魅力や今回の抱負、また近年のご活躍等についてうかがいました。
【あらすじ】その容姿から人間たちに恐れられ、人里離れた沼地に住むオーガ(怪物)のシュレックは、ファークアード卿の依頼で囚われのプリンセス、フィオナを助け出すことに。お喋りなロバ、ドンキーとともに冒険の旅へと出たシュレックでしたが…。
“違うことは強みなんだ”と
本作で歌われる理由
――まずは昨年のトライアウト公演の思い出からお教えください。
「最高でした。僕のこれまでのキャリアの中でもトップで、ものすごくいい作品だなと思いながら取り組んでいました。
ストーリーはシンプルだし、ドリームワークスらしい皮肉もある。音楽もジニーン・テソーリで無茶苦茶いいんです。演出の岸本功喜さんのチョイスだからなのか、キャストも全員思いやりがあり、お客さんのことが大好きな人たちでした」
――劇場には親子連れもたくさんいらっしゃり、シュレックたちの言動に子供たちが無邪気に反応していましたが、spiさんから見て何か発見はありましたか?
「子供たちの前を通る時に、悲鳴があがるのが新鮮でした。僕がspiでなくシュレックだと信じ切っている。だから怖く見えたのでしょうね。秋田のなまはげだって、俺たちの年代が見たら特に怖くないけれど、子供たちはそれがなまはげだと信じているから超怖いんだろうな、と思っていました」
――シュレック役のspiさんはほぼフルフェイス・マスク状態でしたが、表情での演技がしづらいということで、工夫されたことはありましたか?
「その時、何を思っているかが赤ちゃんにもわかるよう、ディズニーランドのミッキーのようなイメージで仰々しく体で形を作る…という瞬間もあれば、大人に向けて、演劇的な(リアルな)芝居を意識した瞬間もありました」
――本作では“怪物”として生きてきた主人公の冒険を通して“多様性をどうとらえるか”というテーマが描かれていますが、こうした作品では“ただ違うというだけのことなんだよ(、だから心配しないで)“といったメッセージが発信されることが多いかと思います。でも本作の後半のナンバー“Freak Flag”では、“違うことは強みなんだ”と、一歩踏み込んだメッセージを送っていますね。
「本作が特にメッセージを届けようとしている人たちは、自己肯定感を持ちにくい方だと思うんです。
自己肯定感が強い人なら、“違う=ただ単に違うだけだよ”というメッセージで生きていける。自分で回復できる。でも、この社会にとって自分は不必要の人間なんじゃないかと感じている人にとっては、自分は周りとは違う=ゼロではなく、=マイナスだという感覚なんです。そういう方々に対して“いや、違っていることはむしろプラスなんだ”とアピールすることで、まずはゼロまで戻してほしい。そういう意図で、“違うことは強み”というメッセージを発しているのだと思います」
――このテーマについて皆さんで話し合ったりもされたのですか?
「みんなで話し合うことはなかったけれど、アンサンブルの方たちも含め、みんなセンスのある方々でした。心に傷を負ったことが無い人、心に傷跡のない人を岸本さんはそもそも選んでいないという感じがします。だから皆さん、(本作のメッセージを)分っていますね」
――岸本さんの演出はいかがでしたか?
「献身的でしたね。今、日本で一番新しい演出だと思います。リスペクト・トレーニングやコンプライアンス、それらをすべて消化しきった状態の演出なので、ブロードウェイの演出家とお仕事しているような感覚でした」
――シュレック役を演じて、感覚や行動でご自身と共通してるなと思ったところはありましたか?
「自分の好きなものを世間はそんなに好きじゃない、というところとか。例えば、コンビニでお気に入りのおにぎりの種類がすぐ無くなる(笑)。自動販売機で好きだったジュースが売れ筋商品に変わってしまう。…そういうことに対するひねくれた怒りを、ボルテージMAX状態で持っているのがシュレックなので、そこは共感できました」
――細かい話で恐縮ですが、劇中、とある日本の童謡が登場して笑いをさらっていましたが、これは原語台本では…。
「“Muffin Man”という童謡です。“Do you know the Muffin Man?~”という歌なんですが、このまま歌っても日本のお客さんには伝わらないので、日本の童謡に変わっています。こんなふうに“日本人が分かるネタ”に翻案されているところはけっこうあります」
――全体的に、小さな子供もついていきやすい、こなれた口語に翻訳されていますが、原語でもお読みになっているだろうspiさんから見て、本作の翻訳は…。
「完璧ですね。そもそも子供向けの絵本のような作品なので英語も複雑ではないのですが、歌詞に関しても、翻訳するとどうしても情報量が三分の一になってしまうところを、戦えるところまで戦っているという印象です」
――楽曲の中で、特にお気に入りはありますか?
「ファークアード卿の曲は面白くて、全部好きですね。(この役を演じる)泉見(洋平)さんの狂気じみた感じも最高です。ファークアード卿のスピンオフを見たいという人はいっぱいいると思いますよ。あとは1幕のラストの曲が、すごい見どころになるかと思っています」
――今回のフルバージョンでは、さらに楽曲が増えるのですね。
「4人のキャストそれぞれ一曲ずつ、ソロナンバーが加わります。僕はすごくロックな感じで、ミュージカルというよりポップスに近いナンバーです」
――今回、spiさんの中でテーマにされていることはありますか?
「前回と変わらず、出来るだけシンプルにしたいなと思っています。特に今回はフルバージョンで(尺が)長くなりますので、飽きられないようにと意識しています」
――どんな舞台になったらいいなと思われますか?
「まずは、毎日満席になったらいいですよね。舞台を見に来たことのない人がたくさん来てくれるといいなと思います。ママ友への口コミに期待します(笑)。
僕は高校時代、課外授業でオペラを見せられた時に、“そういうことじゃない、もっと単純なものを見せて欲しいのに”と思った記憶があります。僕自身はその時既にミュージカルをやっていたので、舞台の面白さは知っていたけど、周りの子たちは携帯をいじったり笑いをこらえたりしていて。もっとシンプルで笑えるものを見せないと、舞台なんか好きになってもらえないよと思いました。今回の『シュレック』を通して、子供たちに“舞台って面白いんだ。他の演目も観てみたいな”と思ってもらえたら嬉しいです」
――様々なエンタテインメントがあるなかで、舞台の最大の魅力は何だと思われますか?
「音の振動ではないでしょうか。海外の人もそうかもしれないけれど、日本人は特に、和太鼓だったり、骨に響くものを好むような気がします。映像だと目と鼓膜だけだけど、生の舞台では強烈な骨伝導があるので、“体で観る、感じる”ことが出来る。台詞からも空気の震えを感じられる。そういう魅力があるんじゃないかと思います」
――プロフィールのお話も少し伺えますでしょうか。spiさんは2.5次元舞台でも活躍されていますが、ご自身で幅を広げる意図で出演されるようになったのですか?
「そうですね。最初の『黒子のバスケ』ではオーディションを受けました。『刀剣乱舞』は、そのころ僕が出演していた小劇場の舞台の作者の方が『刀剣乱舞』も書いているということで、関係者の方が観に来て下さったんです。ちょうどあるキャラクターに合う俳優を探していたところで、僕がそのキャラクターに似ていたことで声がけをいただいたんです」
――2.5次元の世界を体験されてみて、いかがでしたか?
「そもそもプライオリティが僕の中で一番高いジャンルだったのですごく楽しかったし、実際、やっていることはトップクラスだと思いました。クリエイターのやっていることは世界で通用するな、と」
――演じるにあたっては、“役に寄せることが非常に大事”だそうですね。
「振り返ると大変でしたが、なんだかんだ楽しんでいました。自分が寄せるというより、僕は役を自分に寄せるタイプですね。“それは解釈違いだろう”とか“それだとただのspiだろう”と言われることもあったけれど、そう言ってる人はそもそもspiを知らない人だと思っていて。あくまで、舞台バージョンのキャラクターというイメージでやっていました。もちろん、お客さんには奉仕をしたいので、最低ラインは守りつつも、自分を制限することはしないようにしていましたね」
――どんな表現者を目指していますか?
「あまりエゴイスティックな俳優ではなく、観ている人を第一に考える俳優でいたいです。“この役をこう生きる!”と突っ走るのもいいけれど、“キャラクターが今どう感じているのか、それでお客さんに伝わる?と思う芝居も時々あるので、僕はお客さんに寄り添う、お客さんのために芝居をする俳優でありたいです」
――そのためには自分の芝居もしつつ、幽体離脱というか、客観的に自分の芝居を見る視線も求められそうですね。
「実際、僕は稽古場で演出家の横に立って、自分のイメージを眺めながら役を作っていったりします。劇場に入ってからも、客席の一番後ろに座ってイメージしたり。そういうことは欠かさないようにしています」
――これからの活動は何を中心にされますか?
「夢としては、映画をやりたいです。ミュージカル映画を。今は忙しいので無理だけど、ゆくゆくはクリエーションにも関わっていくのかな。そういうことにも携われたらと思っています」
――まずは『シュレック』、楽しみにしています。
「ぜひぜひ観に来て下さい!」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『シュレック・ザ・ミュージカル』7月8~16日、22~30日=日本青年館ホール(文化庁事業による子供招待席も有)公式HP
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