Musical Theater Japan

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『フィスト・オブ・ノーススター』小野田龍之介インタビュー:運命の戦士の“祈り”

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小野田龍之介 神奈川県出身。幼少よりダンスを始め、その後ミュージカルに出演。2011年、シルヴェスター・リーヴァイ国際ミュージカル歌唱コンサート・コンクールに出場し、リーヴァイ特別賞を受賞。主な出演作に『レ・ミゼラブル』アンジョルラス、『ミス・サイゴン』クリス、『ウエスト・サイド・ストーリー』トニー、リフ、『メリー・ポピンズ』ロバートソン・アイ、『ラブ・ネバー・ダイ』ラウルなどがある。©Marino Matsushima 禁無断転載

 

2021年のミュージカルの中でも、最も意外性のある題材で注目を集める『フィスト・オブ・ノーススター』が、いよいよ開幕。一世を風靡した漫画『北斗の拳』が、脚本に高橋亜子さん、音楽にフランク・ワイルドホーンさん、演出に石丸さち子さんを迎え、どのようにミュージカル化されているでしょうか。

この舞台で主人公ケンシロウとともに平和な世を希求し、兄ラオウに立ち向かうことになるトキを(加藤和樹さんとのダブルキャストで)演じているのが、小野田龍之介さん。新作ならではの緻密な作業が重ねられる日々を、臨場感たっぷりにお話し下さいました。

 

【あらすじ】
核戦争によって荒廃した世界。

北斗神拳の修行に励んでいた三兄弟(ラオウ、トキ、ケンシロウ)のうち、ラオウは力による世界支配を目指し、被爆したトキは残り少ない時間を人々の病を治すことに使い、ケンシロウは愛するユリアをシンに奪われ、放浪の旅に出る。

孤児バットとリン、女戦士マミヤや用心棒レイらと出会ったケンシロウはラオウの軍に囚われたトキを助け出し、恐怖で支配された世界に光を取り戻そうとするが…。

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日本らしい“繊細さ”のある
ミュージカルが生まれようとしています

 

――原作漫画が週刊少年ジャンプに掲載されていたのは1983~88年ということで、91年生まれの小野田さんはリアルタイムの読者ではなかったわけですが、今回台本を読まれて、どんな印象を持たれましたか?

「今回、男性の出演者の中には原作漫画やアニメを見ていた俳優がすごく多くて、思い入れが強いというか、詳しい方が多いのですが、僕はおっしゃる通り、そうではありませんでした。ですので逆に、この原作をご存じでないお客様同様に、原作漫画をもとにした、高橋亜子さんの一つの戯曲として読んでみよう、と思いました。

そうした中で、“戦い”は本作の象徴なのでもちろん多いけれど、それに加えて人の繋がりであるとか、友情、愛が深く描かれた作品だなと感じました。
僕の演じるトキで言えば、ラオウやケンシロウとの同士愛的なものもそうですし、アンサンブル的な役柄についても、愛や絆がたくさん描かれています。男性が見ても女性が見ても、人の絆に共感できる作品ではないかな、と思いました」

――タイトルのインパクトゆえに、女性の中には“自分向きではないかな”と感じる方もいらっしゃるかもしれないけれど、そうではないのですね。

「はい。ミュージカル好きな方からすれば、(フランク・)ワイルドホーンが日本のクリエイターとどういうコラボをしているのかな、と興味をもっていただけると思うし、(意外性のある題材ということで)怖いもの見たさで(笑)来ていただける方もいらっしゃるのではないかな、と思っています」

――今回のトキ役ですが、ヴィジュアルを見ると、キリスト教の使徒というか、求道者のような拵えですね。

「実際にこのヴィジュアルのモデルはイエス・キリストらしいです」

――なんと!

「僕も撮影の時に初めて知りました。衣裳を着た時、冗談のつもりで“今から『ジーザス・クライスト=スーパースター』やるんじゃないんだから”と言ったら、もともとキリストがモデルなんですよ、と。キリストの“静”のイメージがこのヴィジュアルのもとになっているのだそうです」

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『フィスト・オブ・ノーススター』©武論尊・原哲夫/コアミックス 1983 版権許諾証GS-111

 

――トキという人物については儚さだったり“運命”であったり、様々なイメージがあるかと思いますが、小野田さん的に一番感じられる側面は何でしょうか。

「“祈り”かな。他の役については力のぶつかり合いが多く描かれているけれど、トキについては兄のラオウや世の平和に対する祈りだったり、(残り少ない命を)生かされている中で人の役に立ちたいという祈りが描かれているので、そういうキーワードを胸に演じていると周囲との区別がしやすいのかな、と感じています」

――そんな“祈り”を抱きながらも、ラオウと力で対決せざるをえなくなるというのが、何ともつらいですね。

「製作発表でも歌った、現在と青年期の自分たちがオーバーラップする“兄弟の誓い”というナンバーが、トキの心境を語っています。彼は本当に兄を倒したい、というのではなく、青年期のラオウが、もし自分がいつか間違った道に行くことがあったら止めてくれ、と言っていたので、トキとしては兄弟の誓いを果たしたい、という一心なのだと思います」

――トキは核爆弾が落とされた時にケンシロウたちを守り、被爆しています。そんな体でも、敢えて兄に立ち向かったのですね。

「よく、怪我をした俳優仲間が(療養して)復活した時に、自分は一度俳優として死んだと思ったから、今は何があっても怖くない、と聞くのですが、トキも余命が短いと分かっていたからこそ、兄に正面からぶつかることが出来たのかもしれません。
もっとも、彼にとっては勝てる勝てないは問題ではなく、本来の兄の姿に戻ってほしいという兄弟愛に突き動かされているんですね。たとえ自分の命が果てたとしても、この一撃で人を愛する気持ちを思い出してほしいという一心なので、その結果は非常に言葉にしづらい、特別な瞬間です」

――トキとラオウの戦いは大きな見どころになりそうですね。

「単純な“正義と悪の戦い”ではないんですよね。表面的に見ればラオウは悪役と思われがちですが、彼は意外に的を得たことを言っているんです。この混乱した世界を誰が仕切るんだ、それは“力”じゃないのか、ということをはっきり物申していて、考え方によってはそうかもしれません。でもその力の使い方を間違ってしまったラオウと、正していきたいと思っているケンシロウたち。力を持っている人間が立て直したいという祈りが根底にあると思います」

――新作とあって、綿密な稽古が想像されます。

「大枠は出来上がって、今は最初に戻って細かい部分やフライングシーンにとりかかっているところです。
オリジナル・ミュージカルの現場って面白いですよ。全く歌う予定でなかったシーンについて、“トキも歌うことにしましょう”と新しい譜面をいただいて、稽古したら“やっぱり前の形に戻しましょう”ということになったり(笑)。
また或る時は、ラオウという存在が大きく見えるには何が必要か。周りが歌っているなかでラオウが歌っているのがいいのか、周りは語らずにラオウが一人で語るのがいいのかとか、いろいろ調整しながら、一番効果的な表現が作り上げられています」

――小野田さんのアイディアが演出に反映されることも?

「僕からも、歌詞や芝居の流れについて“こういうのどうでしょうか”と提案していて、けっこう反映して下さっています。演出の石丸(さち子)さんとは今回初めてご一緒していますが、初めてだからこそ遠慮なく言わせていただいている部分もあるし、逆に初めてなので勢いだけでやらず、“これは言わないほうがいいな”と冷静に考えることができているような気がします。
フランク(・ワイルドホーンさん)の作品には15歳で『ルドルフ・ザ・ラストキス』に出て、その後『ドラキュラ』『アリス・イン・ワンダーランド』に出演して以来ですが、彼は10年経っても『ドラキュラ』の時の役名で僕を呼んでくれるんです。先日の製作発表の後に、“自分の書いた曲が作品の中でどういうふうに使われているか分かって面白かった。また新たなアイディアが浮かんだら急に送るけど、その時はよろしくね”と言ってくれて、どんなやりとりがあるかも楽しみです」

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小野田龍之介さん。©Marino Matsushima 禁無断転載

 

――今回、振付を担当されているのは辻󠄀本知彦さんと中国の顔安さん。ファイティング要素のある振付なのでしょうか?

「殺陣を担当されているのは渥美博さんですが、例えばラオウの拳王軍が刀を持って行進しているシーンは、辻󠄀本さんが担当されています。戦い的な要素も兼ね備えつつ、辻󠄀本さんらしい世界観の振付になっています。『北斗の拳』という、ミュージカル化の難しい題材を扱うのにぴったりの、独特な世界観を持っていらっしゃる方なので、面白い振付になっています。俳優たちは苦労していますが、群舞の動きも細かくつけて下さっていますし、ケンシロウ役の大貫(勇輔)君との絆の深さもすごく感じられます」

――戦っているというより踊っている…という印象でしょうか?

「半々じゃないかな。激しいファイティングがついているけど、何といってもケンシロウ役がスーパーダンサーの大貫君なので、彼だからこそ出来るダンスアクト的なものも含まれていると思います。優雅というと語弊があるかもしれないけれど、重いアクションの中で、軽やかな、芸術的な動きも見られます」

――トキさんのダンスは?

「僕は踊るというより、戦いがメインですね。静かに動くのが僕の象徴的な動きになります」

――本作のために、太極拳を習われたと聞きました。

「お稽古期間が始まる前に、何度か太極拳の先生に教わりましたが、非常に楽しかったです。
呼吸の流れはこうなっているんだなとか、こういう動きもあるんだな、と。それらが全てトキ役に使えているわけではないけれど、材料には出来ている気がします。
レッスンの時は、僕、けっこうセンスがあるみたいで(笑)、先生に“本格的に始めたらいかがですか”と言っていただいて、実際、やっている期間は体調もよかったです。精神的にももちろん、呼吸の流れがすごく良くて。もう少し落ち着いてきたら、またぜひやりたいなと思っています」

――いよいよ開幕が見えてきましたが、どんな舞台になりそうでしょうか?

「全くの未知数の連続でここまでやってきて、改めて、日本人が作る舞台には繊細さが溢れているなと感じます。日本人だからこそ描ける繊細なドラマになってきています。
それに加え、フランクの音楽は『デスノート』同様、日本人の耳に馴染みやすくて、この作品にぴったりです。原作漫画を知らないお客様にもぜひ観ていただきたいし、僕自身、原作とお客様の懸け橋になれたらと思います。『北斗の拳』ファンとして育ってこなかったからこそ、冷静さをもって、一つのエンタテインメントとして、この舞台に携わりたい、と思っています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳』12月8~29日=日生劇場、22年1月8~9日=梅田芸術劇場メインホール、1月15~16日=愛知県芸術劇場大ホール 公式HP
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