中世以来、文学のモチーフとして繰り返し取り上げられ、近代ではオペラ、現代では映画化もされているアーサー王伝説。6世紀ごろ英国に実在したとも言われ(注・実在したかどうかについては諸説ありますが、そのミステリアスさゆえにこれまで多くの人々のロマンを掻き立ててきたとも言える)彼の物語は2015年、ドーヴ・アチアさん(『1789~バスティーユの恋人たち』)によってミュージカル化され、翌年早くも宝塚歌劇団が(タイトル『アーサー王伝説』)、そして19年、22年には韓国でも上演されています。
韓国版で辣腕を振るったオ・ルピナさんの演出で上演される今回の『キングアーサー』で、タイトルロールを演じるのが浦井健治さん。昨年は『笑う男』『ガイズ&ドールズ』『COLOR』と大作、オリジナル・ミュージカルの双方で活躍し、充実のキャリアを築いている浦井さんですが、ヨーロッパでは「誰もが知っているヒーロー」といっても過言ではないアーサー王を、どう演じたいと考えているでしょうか。昨年を振り返っての感慨なども含め、たっぷりと語っていただきました。
――アーサー王伝説には以前から親しんでいらっしゃいましたか?
「抱いていたイメージは、アーサーがエクスカリバーを引き抜く物語という、アバウトなものでした。なので今回(じっくりと)向き合ってみて、王の血筋の物語でもあり、どろどろした家族関係や不倫も含めた、とても人間味のある群像劇であるということを知り、驚いています。人間の素敵なところも残念なところも描かれていて、それでも前に進みたいと感じ取れる作品になっているなと思います」
――浦井さんが演じるアーサーという人物については、中世から様々に造型されていますが、今回、浦井さんの中ではどのように演じたいと思っていらっしゃいますか?
「“王を演じないこと”がテーマかな、と思っています。我々は日々選択を余儀なくされることが多いですが、演出の(オ・)ルピナさんは、今回のテーマはまさに“選択”だとおっしゃっています。
彼は育ての親に、騎士道というものに触れずに育てられたことで、純朴な、普通の家族の感覚をもって育ちます。それが王の血筋という運命の中でエクスカリバーを引き抜 き、そもそも自分が生まれて来ることになった経緯を、目撃した異父姉のモルガンから聞いて、そのおぞましさに衝撃を受け、苦悩します。
(注・アーサーの父ユーサーは人妻イグレーヌに恋慕し、その夫が戦争に赴いている間にマーリンの魔法で彼に変身。何も知らないイグレーヌはこの夜、アーサーを身籠り、夫は戦死。ユーサーはイグレーヌを妻とします)
アーサーとモルガンの対話を聞いていると、周りは彼を王として崇め奉るけど、こういう心の傷を抱えているからこそ、彼は一人の人間として周囲の人たちの正義を理解し、寄り添うことが出来て、(会議におけるラウンドテーブルが象徴するように)民主主義という、絶対君主制が当たり前の時代にはなかった形で、国を治めることができたんだと感じます。
そんな王としての在り方、人々と共に歩むというところまで成長していく過程を、アーサーとしてのたたずまいに滲ませることができたら。ですので、今回は(つとめて)王を演じないことが、自分の中でいい意味のトライかなと思っています」
――彼がまだそうした出生の秘密を知らない時期にエクスカリバーを引き抜こうとしたのは、本能によるものでしょうか?
「たぶん、血が騒いだのでしょう。もしくは血が導いたと言いますか。演じているとそのシーンは台詞もなく、あっという間です。ルピナさん的には、引き抜くことがメインではないという解釈なので、あっという間にすっと抜いています。
このシーンで僕には、聖剣エクスカリバーを通して父親の面影をみる感覚もあります。光り輝くエクスカリバーに、父ユーサーを見ているんですね。鞘を握ることで、会ったことの無い父がこれを握っていたんだな、と父親と握手できたような感覚を抱いていて、同時に寂しさも感じます。その寂しさを埋めるように、父ユーサーに仕えていた側近のマーリンが、アーサー出生のきっかけを作ったことへの懺悔や申し訳なさなのか、責任感もあったのか、妖精の世界から現れて、父と息子の関係を作ってくれます。エクスカリバーに触れるという行為は、アーサーが家族に触れていく過程でもある、という感覚が僕にはあります」
――アーサーにとって、ユーサーは父であると同時に悲劇の元凶でもあります。彼に対してはどんな思いがあるでしょうか?
「母親が(知らぬ間に不義の子を身ごもったことで)苦しみながら死んでいっただけに、ユーサーに対しては怒りもあるとは思います。姉モルガンもそれを目の当たりにして、魔女と呼ばれるまでに(ダークサイドに)なってしまい…。モルガン役の安蘭(けい)さんとも話していたのですが、子供たちとしては父親のせいでこんなことになってしまって、泣けるよね、と。親としての責務を全く果たせてないじゃないかという思いもあります。
でもシェイクスピア劇などでいろいろな王を演じてきて、王様にはいろんなしがらみや立ち位置があって、普通の親子関係より希薄にならざるをえない、子供たちにもなかなか会えない、遊んでもやれない…という、一つの“壁”があることも感じてきました。役を通していろいろな疑似体験をする中で、やはり王にも寂しい一面があるんですよね。ユーサーとしても、もしかしたら人妻に一目惚れしたのもそういったところからかもしれません。そういう人間の(衝動的な)行いは、王妃グィネヴィアと騎士ランスロット(の道ならぬ恋)でも描かれます。そのことを知ったアーサーの態度は、とても切なく感じられます」
――ケルト神話のこういった三角関係では、王が一世代上という設定が多く、“権力者”VS“若い男”という図式が生まれがちですが、今回のキャスティングでは、浦井さんが王を演じていらっしゃり、皆さんお若い設定ですね。
「個人的には、当時と今では、若者の精神年齢が多少異なっているように感じています。当時の人々は、置かれている環境が生死にかかわっていているので、今とは全然違うので、やはり大人びた感覚になっていたと思います。そういうところで僕やメレアガン(伊礼彼方さん・加藤和樹さん)が存在するところに、新たに新世代のランスロットやグィネヴィアが入ってくると、彼らがより若く、今の若者の世代の感覚を持った人たちに見えてきて、差別化が出来ている気がします」
――世代のギャップが見えてくる、と?
「世代のギャップというよりは、価値観やそれぞれの正義が異なるということなのだと思います。ただランスロットはダブルキャストなので、王に本当に忠誠を誓うという造型もできるし、グィネヴィアを愛するというチョイスも、この恋を利用して王位の権力につきたいという作り方もできるし、いろんな可能性があるのだろうなとは思っています」
――今回、このアーサー王物語がミュージカルで存分に表現されているという手応えは感じていらっしゃいますか?
「そうですね。今回は特にダンスが素晴らしくて、すごくかっこいい振りで、これからに繋がる基盤になる素敵な振り付けですし、つわもののプレイヤーが揃っているからこそ表現できるのだなと感じています。
その中で僕ら王族は守られていて、いざという時以外はあまり動かず、徹底的にお芝居で紡いでいます。アーサーの例で言えば、歌はリフレインが多いのですが、同じメロディを違う歌詞で歌うことで、全く異なる心情を吐露していく。そしてどんどん変わってゆくアーサーに触発されて、周囲の人々も彼から学んだり変化していく。人間にとって大切なものは何か、権力とは、家族とはという普遍的なテーマを徹底的に芝居として見せてゆく。かっこいいフレンチ・ロックに彩られているけれど、そこに甘んじないお芝居になっていると思います。
というのは、一つには演出の(オ・)ルピナさんは韓国で本作の演出をされていて、日本では再演という感覚なのかなと思っていて。韓国公演の際はキャラクターをさらに深めるために、ご自身の解釈でシーンを加えた部分もあり、60回の公演を通してお客様からどんな反応があったのか、役者がどう体感したかが全部見えています。この一音で転換がなされた、照明が変わった、ここでブレスがある、といったこともわかっているので、今回、稽古初めから全てが見えていらっしゃる。だから公演初日の1か月前にも関わらず既に全部(動きが)ついていて、とても早い。僕らはすごくラッキーだと思います」
――ルピナさんはどんな演出家ですか?
「とても愛らしくて、魅力的です。それに、芯が強く、クレバーな方でもあります。全部計算されていますし、考えに考えてから現場に来て下さる。役者それぞれのことを愛し、考えてくれる方です」
――例えばどんな部分でそう感じられますか?
「アーサーのシーンってマーリンとモルガンとのシーンを除くと、『ハムレット』に近くて、自問自答が多いんです。独白の中で成長していく。(芝居として)飛躍しているように見えたり、穴埋めが必要に思える部分があると、ルピナさんは一つ一つ役者と話して埋めてくれます。ショーアップのされ方が素晴らしい作品だけに、単なるショーに見えないよう、注意して下さっています」
――韓国の方らしい演出だなと感じる箇所はありますか?
「特にありません。ミザンスやお客様へのヴィジョンの呈示の仕方に関しては、栗山民也さんに近しいものを感じます」
――どんな舞台になったらいいなと思っていらっしゃいますか?
「お客様に新年早々元気になっていただけるような、観ていて目でも耳でも楽しんでいただけるような作品にしたいですね。そして最後はやはり、前を向いて時代に立ち向かっていこうと思っていただけるように。アーサーは王であれど、国や政治、権力に立ち向かっていく人物です。絶対君主となってさえ、民のために国を作り、奮闘しようとします。明日からお仕事を頑張ろうとか、自分は自分でいいんだと感じていただけたら嬉しいですね。僕らとしては、アクロバットもあってすごくショーアップされた作品ですが、誰も怪我無く、皆で楽しんで、このメンバーだからこその舞台を作っていけたらと思っています」
――少しだけ2022年の振り返りもお願いできればと思います。『笑う男』『ガイズ&ドールズ』『COLOR』と、非常に充実した一年だったのではないでしょうか。
「『笑う男』は再演でしたが、(石川)禅さんとご一緒できたのが感慨深かったです。『エリザベート』で(ルドルフとフランツ・ヨーゼフとして)ご一緒した時とはまた違う相談もさせていただけました。そして今回また『キングアーサー』でも共演させていただいて、目を掛けてくださっているのを常々感じていて僕は幸せだなと思いますし、そういう先輩に自分もなれたらと思うので、学ばせていただいています。
あとはお客様に対して、『笑う男』『ガイズ&ドールズ』で公演中止というものを経験して、プレイヤーとしてはどうにも出来ないことですが、何かできないものなのかというのはすごく自問自答しました。そしてそれにも関わらず応援してくださるお客様のお気持ちに触れ、エネルギー、熱を感じることの多かった一年でした。
今回の『キングアーサー』と同じプロデューサーとご一緒した『COLOR』では、原作者の坪倉(優介)さんとの出会いを通して、人生は一期一会で時間は限られているけれど、その中で笑顔で楽しんで過ごすことの素晴らしさを感じましたし、人生の中であたたかい経験をさせていただいたなと思っています。答えなんて一つもない世界の中で、皆で作っていく過程がとても大切に思えた22年でしたが、それは今もすごく感じているので、23年もそういう日々が続いていくだろうし、そんな中でも肩ひじ張らずにやっていけたらなと思っています」
――ミュージカル俳優がTVに出演する機会も増え、最近は日本社会における“ミュージカル”の認知度も非常に高まってきましたが、日本のミュージカル界がこうなっていくといいなといった夢などはありますか?
「僕としては、ミュージカル界に自分が入らせていただいていることが何よりも幸せに思っているので、これからも新しいものを作る一員として呼んでいただけるよう、精進することのみだと思っています。
もちろん、現場にいることでいろいろな状況を見たり聞いたり、時代が変わっていることを感じたりはしていて、今は固定観念に縛られず、個人がチョイスする傾向が、特に若い世代に浸透していますよね。そういうZ世代とどう共に歩んでいくかというのは、常にアンテナを張っていないといけないと思っています。そんな中でも楽しんで、和気藹々と皆でやってゆくことが大事ですし、今の日本では特に声優さんと“2.5次元ミュージカル”に勢いがあるので、(エンタテインメントの)母体が膨らんでいくのはすごくいいな、と思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『キング・アーサー』2023年1月12日~2月5日=新国立劇場中劇場、2月11~12日=高崎芸術劇場 大劇場、2月24~26日=兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール、3月4~5日=刈谷市総合文化センターアイリス 大ホール 公式HP
*1月12~15日公演は中止となりました。詳しくは上記公式HPでご確認下さい。
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