昨年の世界初演が大きな話題となった『フィスト・オブ・ノーススター』が、一部に新キャストを迎えて再演、いよいよ開幕します。
今回の舞台で主人公ケンシロウの仲間となってゆく拳士レイを演じるのが、三浦涼介さん。妹を殺され、すさみ切った心がケンシロウたちとの出会いによって大きく変化してゆくキャラクターを、どのように体現してゆくか。三浦さんご自身の真摯な人生観をのぞかせつつ、語ってくださいました。
【あらすじ】
核戦争によって荒廃した世界。
北斗神拳の修行に励んでいた三兄弟(ラオウ、トキ、ケンシロウ)のうち、ラオウは力による世界支配を目指し、被爆したトキは残り少ない時間を人々の病を治すことに使い、ケンシロウは愛するユリアをシンに奪われ、放浪の旅に出る。
孤児バットとリン、女戦士マミヤや用心棒レイらと出会ったケンシロウはラオウの軍に囚われたトキを助け出し、恐怖で支配された世界に光を取り戻そうとするが…。
――先ほど、読者プレゼントの色紙に“一日一本”とメッセージを書いて下さいましたが、どんな意味でしょうか?
「それほど深い意味を込めているわけではないのですが(笑)、自分が“これをやろう”と思わなければ、一日ってあっという間に終わってしまうな、と思うことがありまして。一日一本、映画やドラマを観るとか、一日に一回は笑うとか、寝る前によく眠れる乳酸菌飲料を一本飲むとか、人間らしい、普通のことをやれたら幸せだな、という意味で書かせていただきました。僕は特に趣味もないので、自分なりに楽しみを見つけながら毎日を過ごせたらいいな、と思っています」
――趣味は無いというより、お仕事が趣味、という感じでしょうか。
「お仕事は生きていく術(すべ)ですが、実際、人間関係も含め、仕事場では得られることばかりです。人とのかかわり方も楽しみ方も、いろいろ教えられていて、僕の人生はお仕事で出来ているなと感じています」
――『北斗の拳』については、以前からご存じでしたか?
「小さい頃は、実際に読んでいたわけではないけれど、有名な作品であることは知っていました。
今回、出演をお受けしたのは、(昨年出演した『マタ・ハリ』の演出家である)石丸(さち子)さんとご一緒できるということももちろんですが、当初、中国公演が予定されていたことも大きかったです。これまで僕は海外公演に参加したことがなかったので、海外の方にも観て頂ける機会があるならぜひ、と。
そして何より、本作の初演を観て、僕はすごく感動したんです。お客様は、舞台上で完成された作品をご覧になるわけですが、僕は自分もこのお仕事をしているだけに、観劇するとそこに関わる人たちがどれだけの時間をかけて、体を使い、精神を削って、命をかけてそれが出来上がっているかということを感じてしまいます。この作品は特に知っている役者さんが多く出ていたこともあって、余計にそういう、目に見えない努力を感じて、感銘を受けました。その再演に、日本には力を持った役者さんがたくさんいるなかで、僕に声をかけて下さったことに対して、出来る限りお応えしたいな、という思いがありました」
――作品のテーマ的な部分については、いかがでしょうか。
「今、この時代にこの作品をやる意味を考えながら、日々、稽古場に通っていますが、この作品を通して僕自身、“愛”や“生きること”について、改めて感じさせてもらっています。日に日に、“なんていい作品だろう”と感じています」
――ケンシロウの正義の拳と対比をなす意味もあると思いますが、本作には、人を人とも思わないような非道の限りを尽くす人間が登場します。翻って今、現実の世界でも紛争地で残虐な行為が明るみになっていて、人間の本質とはどういうものなんだろうと、悲観的に感じてしまったりもしますが…。
「犯罪レベルの話ではなくとも、例えば僕らは普通に生きている中で、無意識のうちに人を傷つけてしまったりすることがあると思います。そして、気づいた時にはもう遅かったり。気づかないところでそれが起きてしまうこともあるのかなと思うと、生きるって難しいなと思います。いっそのこと自分のことを誰も知らないところに行ったら楽なのかもしれないけれど(笑)、そういうことも含めて“生きてゆく”ということなんですよね」
――善も悪も内在する、簡単には割り切れないものが人間、と…。
「そうですよね。愛情だって、自分では愛情のつもりで渡しても、相手に思ったように伝わらないこともありますよね。生きていくって、難しいですよね」
――そうですね…。ところで、本作は三浦さんがこれまで出演してきた中でも、特に男くさい作品ですね。
「あまり作品のカラーみたいなものは僕は考えていなくて、演じる上で一番大事にしているのは、精神面です。体つきへのこだわりは僕の中には無くて、稽古に入って精神的に自分を役に投入できれば。その中で体つきや顔つきは少し変わるかもしれないけれど、それ以上に心が役に近づいていければ、と思います。
自分がどの役をやらせていただくか、ということも一番に考えたことはなくて、お話をいただいた時には、台本を読ませていただいてお受けすることが多いです。結果的に僕が演じる役がいいスパイスになったり、お客様の心に残る要素の一つになれば、という気持ちです。ただ、本作に関しては去年初演を観て、その時の熱であったり、自分の中に生まれた思いがまだ胸の中にあるうちにオファーをいただいたことで、とても嬉しかったですし、稽古が始まるまでずっと楽しみにしていました」
――三浦さんが演じるのは、1幕でケンシロウの仲間となる拳士、レイ。今回の再演では、初演には無かった、ケンシロウと出会う前のレイのエピソードが登場しますが、ここでは三浦さんならではの、美しい姿が観られそうでしょうか…?
「どうでしょう(笑)。このシーンは石丸さんが、三浦涼介らしさを出せるということもあって入れて下さったようです。原作でも、フードを被って登場する様子が印象的に描かれていますが、僕としては、面白おかしく映るのではなく、一瞬でも“え?”という驚きをお伝えできれば。美しさにはいろんな形があると思いますが、その瞬間、お客様に“美”を感じていただけるようにしたいです」
――彼は妹をダグルという男に殺され、復讐の鬼となっていましたが、妹と似た境遇のマミヤやケンシロウとの出会いを通して、人間性を取り戻してゆくのですね。
「レイは(妹を殺されたことで心が荒み、)人を裏切ったり殺して生きてきました。その背景を歌に込めたいですし、そんな彼がケンシロウたちと出会って人間の心を取り戻し、美しく死んでゆくという姿をお見せ出来ればいいなと思っています。
あれだけ長い原作を2時間半の舞台におさめているので、(必然的に)かいつまんでいる部分もあります。その分、役者にとっては台本に書かれていないことをいかにお客様に伝えるかという課題があるので、舞台上に出てない時にレイに何が起きているかまで伝えられれば、と思っています」
――力によって生きてきた彼が、最終的には人々の居場所を探すために奔走し、命を使い果たそうとする…。とても大きな変化ですね。
「人の心を取り戻せたというのは、レイにとってすごく大きなことだったのではないかと思います。でもそれまでの、復讐心に満ちたレイもある意味、人間らしいんですよね。愛というものがどれだけその人にとって大きいかにもよりますが、人は愛ゆえに人を憎んだり、傷つけてしまったりすることもあって、レイは妹を愛するあまり、彼女を殺した相手を殺すことしか考えられなかったのかもしれません」
――レイが歌う“抗いようもなく”というナンバーからは、レイがケンシロウの本質を見抜いていることがうかがえます。その慧眼は、彼自身も人生の悲しみを知っているゆえ、でしょうか。
「そういうことなのかもしれません。レイは心の目で物事を見ているというか、ケンシロウの一瞬の台詞を聞き取って、彼の本質を理解してしまう。そこにはやはりそういうもの(悲しみ)があるのでしょうね」
――アクションについてですが、レイは“南斗水鳥拳”の使い手です。どんな拳法でしょうか。
「鳥のように羽ばたき、降りながら繰り出す拳法で、初演の時に観ていて、めちゃくちゃ美しいなと思いました。でも自分がやるとなると、ハーネスで吊られて飛ぶという、自分が一番不得意なところをやらなければいけないので…。というのは僕、高いところが苦手で(笑)」
――なんと!
「映像では飛ぶシーンを経験したことがありますが、その時は合成で、今回のように実際に吊られるのは初めてなんです。毎回緊張してしまいそうですが、何とか美しくできればいいなと思います。
こういうアクションシーンを自分が観たときに、醒めてしまうというか、違和感を感じてしまうことがありますが、今回はそんなことのないように御覧いただきたいです」
――フランク・ワイルドホーンさんによるナンバーは歌っていていかがですか?
「音楽の力って、ものすごく大きいですよね。言葉を音楽に乗せることで、キャラクターがよりはっきり見えてきたり、伝えられることもたくさんあるなと感じます。とても豪華な表現ですね。僕が歌う“抗いようもなく”もとてもキャッチ―で耳に残る歌で、作品の中に何度も出てきて、全員で歌ったりもします」
――稽古をしていない時もつい、鼻歌で歌ったりとか…?
「それは無いです(笑)」
――今回、ご自身の中でテーマにされていることはありますか?
「いつも新しく作品に入る時には、現場の方々と仲良くできるようにということを思うのですが、今回は知っている人たちが多いので、そのあたりはあまりありません。今回は、アクションをいかに楽しむか、ということをテーマに出来ればと思います」
――三浦さんの出世作はアクションものですので、お手の物では…?
「観るのは好きですが、やるとなるとすごく大変だし、難しいです。だからそういう作品に巡り合うと、悩みますし、苦労もしています(笑)」
――そうだったのですね。今回、どんな舞台になるといいなと思われますか?
「今回は、オリジナル・ミュージカルの再演に初参加という形で入れていただきました。続投のスタッフさんやキャストの皆さんが“さらに上を”と目指しているなかに入れていただいて、皆さんの熱意を日々、感じさせていただいています。僕としては初演を客席で観たときの感覚、感動を知っている分、今回もお客様にそれを味わっていただけるよう、心をこめて演じさせていただけたらと思っています」
――このところ、三浦さんは主人公の相手役、見守る役、今回のような仲間的な立場といろいろなスタンスの役柄をこなしていらっしゃいます。着実に演技の引き出しも増えてきていると思いますが、ご自身は演じることの喜びを、どんな時に感じますか?
「喜びは日々、感じています。今も、稽古場で相手役の方との台詞の投げ合いだったり、自分の体を通して言葉を吐くということがきちんとできているなと感じられて楽しいです。
もちろん、いつも喜びを感じられるわけではなくて、時には楽しめないこともあります。例えば、既に出来上がっている作品で、型にはまることを求められると、どうしてここに立つことを先に決められるんだろう、心の動きがあるからそこに行くのに、それを考えさせてもらえないのはつらいな…、ですとか。
でも、本作の石丸さんはまずは自由に演じさせてくださって、その中からいい部分を残しながら“ここはこうしてみようか”ということを言って下さるのが、僕はすごく好きだし、石丸さんの演出は楽しいです。お芝居をするということは“喜び”でしかない、と信じています」
*取材・文・撮影=松島まり乃
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*公演情報『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』』9月25日~30日=Bunkamuraオーチャードホール、10月7日~10日=キャナルシティ劇場 公式HP
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