Musical Theater Japan

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『弥生、三月-君を愛した三十年‐』観劇レポート:丁寧に、“三十余年間の絆”を描く珠玉の舞台

ミュージカル『弥生、三月-君を愛した三十年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

裸の大木が中央に立つ、シンプルな空間。(舞台美術=池宮城直美さん)。制服姿の高校生が一人また一人と現れ、ピアノの音色とともに歌う。“誰にでも 忘れられない思い出があり 誰にでも 人を愛し続ける力がある…”

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朝の通学路。太郎は同級生の弥生に、サッカー部を辞めたことを咎められる。弥生の親友サクラが、彼の活躍を励みに闘病していたのだ。太郎のいい加減な態度に怒った弥生は、サクラの病気についての誤解を解こうと、彼女にキス。女の子同士のキスを初めて見た太郎は衝撃を受ける。二人の側にいられたら、自分はずっと優しい人間でいられるかもしれない…。そんな太郎の思いは叶わず、サクラは卒業式を迎える前に逝去。太郎と弥生は、互いへの思いを伝えることもなくそれぞれの道へと進む。

3年後、弥生は家の事情で愛のない結婚をすることになり、それを知った太郎は式の当日、映画『卒業』ばりに弥生を連れ出すことを思いつく。しかし弥生は一人で逃げ出し、数年がかりで教師に。いっぽう太郎はサッカー選手として大成できず、怪我のため31歳で契約解消。妻子にも去られてしまう。

ミュージカル『弥生、三月-君を愛した三十年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

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10年後、落ちぶれた太郎は久しぶりに会った弥生に、息子が通う中学の前へと連れてこられる。再会をためらう太郎に、弥生は彼とボールで会話をするよう促す。成長した息子の姿に“俺は今まで何をしていたんだろう”と目が覚める太郎だったが…。

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2020年に公開された遊川和彦さん脚本・監督の同名映画を、菅野こうめいさん(脚本・作詞・演出)が舞台化。太郎と弥生の人生の岐路となったいくつかの出来事にフォーカスしながら、30余年間を辿ってゆきます。場面と場面の間には数年、最長で10年もの隔たりがあるものの、性急さは微塵もなく、四人の若手俳優と二人のダンサーたちがキャラクターの芯をとらえ、各場で濃密なドラマを展開。長大な物語が奇跡的なまでに違和感なく、2時間ほどの舞台に凝縮されています。

ミュージカル『弥生、三月-君を愛した三十年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

主人公たちに常に寄り添うのはバンドではなく、一台のピアノ。安藤菜々子さんによる演奏は躍動感に溢れて力強く、主人公たちの心臓の鼓動を表しているかのよう。坂部剛さんによる、平明で粒だった旋律にも、日本語の歌詞がぴたりとはまっています(テーマ曲には映画版と同じ平井真美子さんの「初恋」を使用)。また舞台上には随所に男女のダンサー(kiukuさん、大倉杏菜さん)が登場。主人公たちの心象や時の流れを思わせる詩情豊かな舞踊で、観る者の想像力を刺激します。

ミュージカル『弥生、三月-君を愛した三十年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

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サッカー選手になってワールドカップで得点王になるという大きな夢を抱くも、現実の壁にぶち当たってゆく太郎を演じるのは林翔太さん。序盤が無邪気な高校生そのものだけに、41歳の太郎の変わりよう、まるで人生を半ば諦めてしまったようなオーラに驚かされます。そんな彼が新たな一歩を踏み出すきっかけを得ながら、とっさに本能的な行動に出てしまうさまにも人間味が溢れ、見守らずにはいられない主人公像を造型しています。

“サリバン先生みたいに、世の中の美しさを伝えられる教師に”という夢を遠回りの末に叶えるも、取り返しのつかない過ちを犯し、自らを罰する弥生役は田村芽実さん。無心に親友を守ろうとする高校時代の眩しさ、50代でのリアルな佇まいもさることながら、太郎の息子の窮地に本来の正義感が蘇り、彼の職場に乗り込んで歌う「Shut Up!」での、劇場を揺るがすような歌唱が圧倒的です。弥生の人生のリ・スタートが明確に伝わり、大きな感動を呼び起こす瞬間と言えましょう。

ミュージカル『弥生、三月-君を愛した三十年‐』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

二人の級友、サクラを演じるのは岡田奈々さん。太郎に淡い恋心を抱き、(病気の克服という)奇跡を信じようという弥生とともに未来を空想しながらも死期を悟り、「いつまでも変わらない二人でいて」とメッセージを遺す。儚く、悲劇味の濃い役柄ながら、岡田さんのまっすぐでクリアな歌声が“思いの強さ”を印象付け、死して後も二人、とりわけ弥生の人生に影響を与えてゆくサクラの存在感に説得力を与えています。

そして太郎の息子・あゆむとして劇中に登場しつつ、ストーリーテラーをつとめるのは神里優希さん。疎遠になっていた父親と自分の仲を取り持ってくれた弥生に憧れ、自らも教職をめざすあゆむを素直に体現し、ストーリーテラーとしてのスタンスもニュートラルであることで、観客を自然に物語世界へといざなっています。

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誰もが決して一人きりではなく、互いに支え合って生きていることに気づかせる物語。あるいは、30余年をかけて、一組の男女が(古代ギリシャのアリストパネスが言うところの)“半身”へとたどり着く物語。全てを見守ってきた大木の終幕時の姿も忘れ難い、珠玉の舞台です。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『弥生、三月』4月21~24日=サンシャイン劇場、その後京都、名古屋、大阪で上演 公式HP