2022年を振り返る時期になりましたね。舞台業界では「スウィング」「アンダースタディ」が、急上昇ワードの一つだったのではないでしょうか。先日ニューヨークを訪れた時も、頻出ワードでした。観劇したブロードウェイ作品のうち、3/5作品はスウィングとアンダースタディが出演し、うち『KPOP』と『Kimberly Akimbo』はプリンシパルでした。日本でも『シュレック』公演の一部で主演を代役の鎌田誠樹さんが務め、公演が再開していましたね。今年私が演出した『遠ざかるネバーランド』もスウィングが3名、演出助手をした『ボーイ・フロム・オズ』は男女1名ずつスウィングがいました。
そもそもスウィングとは何でしょうか。アメリカの俳優労働組合(Actor's Equity Association)によると、「複数の役を習得し、代役を勤められるように待機するアンサンブルメンバー。プロダクションの需要に伴い、複数の役を兼ねたり、異なる性別や年齢の役を演じることができる。開幕直前や公演中に入る可能性もある。」と明記されています。今回はブロードウェイミュージカル『アリージャンス』での経験や最近のブロードウェイ、オーストラリアのミュージカル関係者の話をもとに、スウィングについて紹介します。
『アリージャンス』では、19人のキャストに加えて、男女2名ずつ4名のスウィングがいました。稽古では、歌稽古や振入れに参加し、場面稽古は前後左右から見て動きやフォーメーションをメモしたり横で練習していました。舞台稽古では、自ら“スウィング国家”という島を2階席に作り、袖に行く人と2階席から全体を見る人に分かれて情報を集めていました。時には、位置どりを更新する私や振付助手と情報の擦り合わせもしました。
彼らが実際に稽古するのは、プレビュー期に入ってからです。昼間に変更点を稽古して、夜に公演を行います。変更が完了し、作品が固まる(Freeze the showと言います)と、昼間の時間にスウィング・アンダースタディの稽古が始まります。オーストラリアでは、アンダースタディをオンステージスウィング、スウィングはオフステージスウィングと言います。アンダースタディは、アンサンブルとして出演しながら、プリンシパルの代役”アンダースタディ”を兼ね、スウィングはピンチヒッターとして袖や楽屋で待機しているからです。『アリージャンス』の時は、主演のレア・サロンガさんが出演できない日が予め決まっており、アンサンブルをキャスティングする時から、彼女の代役を務められる人を探したそうです。選ばれたエレナ・ワンはブロードウェイシンデレラと言われ、稽古初期から代役稽古を始め、開幕直後に衣裳や舞台転換も含めた舞台稽古がありました。彼女のナン役(日本では小島亜莉沙さんが演じた役)に入るスウィングメンバーも同様に稽古しています。エレナはその後ボストンやロサンゼルスで主演し、東京で映画版が公開された際に来日しました。
異例事態として、スウィングの人数に対して役が補いきれないケースがあります。私が演出助手をしたイマーシブシアター『ピーターパン』では、代役やスウィング稽古をし、どう本番に入れるか決めるのも私の仕事でした。あるとき、32名のキャストに対して8名体調不良になり、足りない役のどこを4名のスウィングに任せるかを舞台監督と決め、開幕直前に本人たちと確認して上演しました。プリンシパルで出番が限定的な俳優に、違う役も兼ねてもらうこともありました。パズルがハマってその日の公演が無事に終わる時の安堵感はたまりません。
コロナ禍による変化として、以前は体調不良を事前に出演者が予告してくれたが、コロナは自覚症状がなく検査で突然”陽性”となり、それが開幕直前の場合や感染者数が多かったり予想がつかないのが難しいとスウィングの方は言います。埋めきれない場合は、振付やシーンの微調整をすることもあるそうです。
体調不良のような緊急時に対応する場合以外に、“バケーションスウィング“と言って、出演者が休暇を取る際に代役に入るケースがあります。休暇での代役は、ロングラン上演ならではですね。
ダンスキャプテン兼スウィングの俳優に多いのですが、スウィングはプリンシパルをカバーすることもあります。スウィングを選ぶ際には、歌・ダンス・芝居と全てがプリンシパルレベルの高い技術力、細かいところまで覚えられる緻密さ、俯瞰してみられる客観性、そして度胸とストレス耐性も重要です。なので、結果的にダンスキャプテンを兼ねる方や、振付助手、レジデントディレクター(演出助手として公演を回していく)になる人も多いそうです。今回お話を伺った一人チャーリー・ウィリアムズさんは『ハミルトン』のスウィングをされており、振付家として劇団四季の『アナと雪の女王』のために来日されていました。彼によると、スウィングをやっているとその作品のピースがどんどんハマっていく感覚が面白いのだそうで、振付家の視点も活かされているのだと思います。
また、色々な役にハマること(年齢・性別・人種を問わない)もスウィング向きの人の特徴だと言われています。例えば、『アリージャンス』の際は日系アメリカ人と白人両方を演じられる人という条件がありました。
気になる報酬は、週ごとの基本給に加え、出演する際に出演費が足され、金額は役によるそうです。また、特殊技術の習得が必要で稽古時間が増える場合、手当がでるケースもあるようです。
スウィングのやりがいとしては、色々な視点で公演をみられるので、作品のパーツが埋まっていく面白さの他、唯一無二の役割で、常に何が起こるかわからない鮮度、そしてカンパニーを救える立場でいられることに喜びを感じるそうです。特殊な仕事だからこそ、口コミでどんどん次の仕事にも繋がっていくこともあるそうです。
ヒュー・ジャックマンも『ミュージックマン』で、相手役のサットン・フォスターが代役になった際のカーテンコールで「(スウィングや代役の人達の)勇敢さ、素晴らしさ、努力、才能を見てください。まさにブロードウェイの基盤(縁の下の力持ち→意訳)です!」と観客に伝えました。来月1月19日は8年目のスウィングデーで、スウィングの功績を讃える日でSNSも盛り上がることでしょう。
コロナが収まった後、ロングラン上演ではない日本の公演に、スウィングという枠が存在し続けるかは分かりません。ただ言えるのは、コロナ禍で“スウィング”という役割に抜擢され、上演のために尽力された方々は、例え舞台上でパフォーマンスされる姿を見られなかったとしても、素晴らしい才能と技量、人間性を兼ね備えたパフォーマーであることは間違いありません。一年を振り返るときに、どのカンパニーでも、”今年の顔”として思い出す方々でしょう。
参考文献:5 Essential Facts About Broadway Swings
(文・写真=渋谷真紀子)
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