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ディズニーミュージカル『美女と野獣』観劇レポート:美しき“愛の奇跡”の物語に“今”のメッセージを添えて

『美女と野獣』🄫Disney 禁無断転載 Photo by Marino Matsushima

舞浜駅を降りてショッピングモール内を10分ほど歩き、通り抜けた先に現れる白い建物。サーカステントに想を得た多面体の屋根に覆われた舞浜アンフィシアターで10月、新演出版『美女と野獣』が開幕しました。
 
“むかし、遠い国の光り輝く城に、一人の若い王子が住んでいた…。”
格調高いナレーションと無言劇で展開するプロローグ。人を見かけで判断した王子は魔法使いによって醜い野獣(ビースト)に変えられ、“バラの花が散る前に人を愛し、愛されなければ、永遠に人間に戻れない”という呪いをかけられてしまいます。
 
曲調が転じ、朝の陽ざしに包まれた舞台上に登場するのは、村娘のベル。“綺麗なのに本ばかり読んでいる”と変わり者扱いする村人たちをよそに、“何かがある外の世界”を夢想する彼女の歌声が晴れやかに響きます。
 
容姿にこだわり、封建的な結婚観を押しつけようとする美男子ガストンを振ったベルは、発明コンクールに出かけたままの父を探して森へ。迷い込んだビーストの城で囚われの身となり、はじめは癇癪持ちの彼を嫌いますが、その内面の優しさを知り、次第に心通わせるように。しかしそれを知ったガストンが人々にビーストへの恐怖を植え付け、襲撃をそそのかすと…。 

『美女と野獣』🄫Disney 禁無断転載 Photo by Marino Matsushima

1991年のアニメーション映画版を舞台化し、94年にブロードウェイで開幕。日本でも95年以来、劇団四季が9都市で上演してきた本作は2018年、上海公演を機に大きくリニューアル。マット・ウェストが演出・振付を担ったこのバージョンを踏襲した形で、今回の舞浜公演は上演されています。 
(以下、改変ポイントを詳述しています。未見の方でまだお知りになりたくない方は、“*****”の次からお読みください)
 
改変の主なポイントはヴィジュアル(舞台装置、衣裳)、台本、追加ナンバー。
最も目覚ましいのがヴィジュアルで、アニメ映画の世界観がそのまま立体化したような壮麗なセットのオリジナル版に対し、今回は半月型の広々としたステージ上に“パーツを配する”といった印象です。
“人の心を見通す”というコンセプトを反映した、透かし模様のアーチやステップ。城の人々の心細さを表すようにゆらめく蝋燭、そしてドレープ。一つ一つ洗練を極めたアイテムが舞台空間を美しく彩りつつも、視界に入る要素が絞られていることで、観る側の意識はより、人間ドラマにフォーカス。やはり映画版の再現度が高かった衣裳の数々も“着ぐるみ”感が抑えられ、その分、俳優たちの動きやせりふ回し、また観る側のイマジネーションが重要度を増しています。
 
物語の大枠は不変ですが、台本は“テンポの良さ”を目指して見直され、オリジナル版で170分だった上演時間は今回、145分(休憩時間含む)とスリムに。そのため割愛されたナンバーもありますが、2幕には新曲“チェンジ・イン・ミー”が加わっています。それまで外界に理想を求めていたベルが、ビーストとの出会いによって今、ここにある世界の価値に気づき、父に向ってしみじみと語る(歌い上げる)ナンバー。聴き手の胸にすっと入り込むようなアラン・メンケンの旋律の妙もあいまって、ベルの内面の変化がしっかりと印象付けられるひとときです。
 
オリジナル版の味わいはほどよく受け継がれ、「ガストン」でのマグを使ったダンスや「ビー・アワ・ゲスト」でのバークレー・ショット風演出、華やかなフレンチ・カンカンや花火といった“お馴染みの要素”は健在ですが、スラップスティックな描写が暴力的に見えなくもなかったガストンとルフウの関係性はやや、マイルドなものに。ルフウは“子分”というより、ガストンに憧れるあまり、尽くさずにはいられない“大ファン”的な色合いが濃くなっています。 

『美女と野獣』🄫Disney 禁無断転載 Photo by Marino Matsushima

*****
この日のベル役・五所真理子さん、ビースト役の清水大星さんは、ジェットコースター的な展開にあっても出来事の一つ一つに丁寧に向き合い、物語を力強く牽引。五所さんベルが『アーサー王伝説』の読み聞かせの中でビーストの孤独を知り、思わず手を重ねる姿には“共感の誕生”が見て取れ、ビーストに対し、段階を踏んで心を開いて行くさまが鮮やかです。気品ある佇まいと表情豊かな歌声も魅力的。
 
清水さんビーストはダンス終わりでベルをおずおずと支えながら恋の喜びに浸るのもつかの間、自分の告白より彼女の望みを優先し、呆然と座り込むまでの、ほんの数分間の“秘めた愛”の表現が白眉。彼の行いを知ってミセス・ポットが発する台詞は、多くの観客の胸に染み入ることでしょう。 

『美女と野獣』🄫Disney 禁無断転載 Photo by Marino Matsushima

ベルの父モリース役の菊池正さんは、亡き妻の思い出を語る短い台詞に愛情深さが溢れ、ガストン役の金久烈さんは、思うがままの人生だったのがベルの心を射止められないことにいら立ち、偏執的になってゆく人物を人間臭く、山本道さんはガストンが“男の中の男”であることを信じて疑わないルフウを溌剌と表現。

吉賀陶馬ワイスさんは生真面目なコッグスワースに“天然”のお茶目さをまぶし、大木智貴さん演じるルミエールの明るく、軽妙な口跡は登場の度、絶望感に包まれたお城に光が灯るよう。潮﨑亜耶さんは“我が子が人間に戻るのを見るまでは諦めない”という強い信念に支えられたミセス・ポットとして、名曲「美女と野獣」を徐情味豊かに歌い上げます。ベルとビーストの関係に変化を見出した彼らが、希望の萌芽を噛みしめながら♪何かが生まれ出る明日♪と足取りも軽く歌いだすくだりは絶品。戸田愛子さん(マダム・ブーシュ)のおおらかさ、朴悠那さん(バベット)のコケティッシュな風情もキャラクターにふさわしく、村人に森の狼、お城の使用人と様々な役柄を演じ分けるアンサンブルも躍動感たっぷり。

『美女と野獣』🄫Disney 禁無断転載 Photo by Marino Matsushima

時代を超え、″いつの世も変わらぬ”愛の奇跡を描く本作は今回、社会の変化を鑑みて様々な変化を見せていますが、女の子たちにとって一つ嬉しいサプライズと言えるのが、いくつかのシーンでベルが見せる姿ではないでしょうか。程度の差こそあれ、今も各地に女性の知性や教養を否定する風潮がある中で、世界中の女の子たちが憧れる“王道プリンセス”の一人が(短い時間ではありますが)眼鏡をかけている姿に、多くの少女たち(そして元・少女たち)が勇気づけられることでしょう。ロマンティック・ミュージカルの決定版というだけでなく、本作はこの演出によって最も″女の子に見せてあげたい”ミュージカルの一つとなったと言えるかもしれません。

舞浜アンフィシアターすぐそばの東京ディズニーランド内には『美女と野獣』エリアがあり、モーリスのコテージ(左)、ラ・タベルナ・ド・ガストン(中・ガストンの酒場をモチーフとしたレストラン)、野獣の棲む城(右・アトラクション「美女と野獣″魔法のものがたり”」)等、映画版を彷彿とさせる風景が広がっています。🄫Disney / Photo by Marino Matsushima 禁無断転載

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報  ディズニーミュージカル『美女と野獣』上演中~2023年10月31日公演分まで発売中=舞浜アンフィシアター 公式HP