Musical Theater Japan

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『イン・ザ・ハイツ』Microインタビュー:人々を照らし出す灯

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『イン・ザ・ハイツ』


NYの移民街、ワシントンハイツに暮らす人々の悲喜こもごもを描く『イン・ザ・ハイツ』。ラテンとラップを融合した独創的な音楽がブロードウェイ初演時、センセーションを起こした本作が、2014年の日本初演から7年を経て再演を果たしました。

作者リン=マニュエル・ミランダの分身ともいえるウスナビ役を初演で見事に演じ切り、話題をさらったのがMicroさん。続投となる今回、どんな思いで取り組んでいらっしゃるでしょうか。プレビュー開幕直後にお話しをうかがいました。(合同インタビュー、個別インタビューを組み合わせてお届けします)

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Micro 東京都出身。2001年にShenと共にDef Techを結成。インディーズでありながら、2005年リリースの1stアルバム『Def Tech』が280万枚を超える空前の大ヒットを記録。同年インディーズアーティストとして初の紅白歌合戦に出場。2007年に一度解散するも、2010年にDef Techとして再始動。 2014年『イン・ザ・ハイツ』日本初演でミュージカル・デビュー。2020年、Def Techは、結成20周年、デビュー15 周年を迎え、通算10作目のフルアルバム『Powers of Ten』をリリース。 同時にソロ活動やWSTのメンバーとして、また他アーティストへのプロデュース、楽曲提供などでも活躍中。

ウスナビに
”かつての自分”を重ねて

 

――無事にプレビューが開幕しましたが、手応えはいかがでしょうか?(質問・松島)

「このコロナ禍で、皆さん歓声も上げられないんだろうな、反応も薄いのかな…と不安がよぎっていたのですが、3度もカーテンコールがあったり、オールスタンディングになってくださったり。この作品をこのカンパニーでお届けすることの意味が本当に分かったような気がしました」

 

――Microさんはそもそもなぜ、14年の初演でオファーを受けられたのですか? 音楽的な興味からでしょうか。(質問・松島)

「台本を読んだときに、ウスナビという役の中に、自分が見えたんです。
(本作では)NYでの格差であったり、人種差別の問題が描かれていますが、僕も東京で生まれて格差を見て育ちました。公立の学校に通っていると、集合住宅に住んでいる子もいれば、立派な一軒家に住んでいる子もいます。低学年のうちはわからないけど、だんだん着ている服の違いにも直面します。

そんな中から這い上がって、絶対つきぬけてやろうというアメリカン・ドリームのような気風が東京にもあって、僕も音楽で勝ち上がってゆくぞと思っていました。ウスナビもいつか大金を得て、故郷へ帰ることを夢見ているけど、現実的には雑貨店の店主。そんな姿がかつての自分とどこかだぶって見えて、この役をやりたいと思いました」


――ラップとラテンが融合した本作の音楽はいかがですか?(質問・松島)

「楽曲の一つ一つが素晴らしいんですよ。ウスナビ以外にも、ベニーもラップしてるし、アブエラの”パシエンシア・イ・フェ”などもラップに近いメロディと言葉の量で、ミュージカルの音楽というよりラップに近いぐらい言葉が詰まっています。僕が”うっ”となるような要素のない、全部がすんなり心に残るナンバーです」

 

――今回の華やかなラテン系の音楽は、(Microさんの)Def Techの安らぐような音楽とはまた異なるような気がしますが、苦労された点はありますか?

「そうですね、普段、レゲエは聴いていても、(本作に出てくる)サルサなどはちょっと遠い存在でした。なので稽古期間中は、Spotifyで今、南米で聴かれている音楽を集中的に聴きましたね。冬の間にあたたかい国の音楽をたくさん浴びました」

 

――ミュージシャンとしてラップをするのと、俳優として作品の中でやるのとでは違いはありますか?

「僕は普段から、どなたが聴いても言葉を聴き取れるかどうかということを意識していて、自分の言葉をご高齢の方も聴き取れるか、逐一チェックしています。対象が未就学児だったとしても、彼らが聞きこぼさないで聴いてもらえるように、ということも。そういうこともあって、今回、カンパニーのみんなから、どうしてMicroさんのラップはそんなに言葉が聴き取りやすいんだろう、と言ってもらえています。

ミュージカルならではの工夫としては、イントネーションかな。(大事な)言葉を立てるようにラップしないと、つるっと行ってしまうんです。ダブルキャストの平間さんともそこはつきつめているのですが、ただラップをするのではなく、台詞に寄せるように。

例えば、一曲目の中で”両親が死んでからは一度も帰ってないんだガッデーム、行きたいなぁ”というところも、ラップだと普通、”リョシンガ”というふうに発語するんです。そういう部分について、演出家から”そっちに行くとミュージカルでなくなってしまう”と指摘をいただくので、一度台詞に置き換えてからラップにするという、ぎりぎりの綱渡りのような作業を、研究しながら一生懸命やっています」

 

――Microさんの言葉がクリアなのではじめは気付かないものの、ラップ部分には尋常でない言葉数がはめられている部分があって、特にこの1曲目では顕著ですね。超人的な早口言葉に驚かされますが、ご自身としては慣れていらっしゃるのでしょうか。(質問・松島)

「毎日練習しています。”1ドル、2ドル、1ドル半、1ドル69セント…”と、稽古期間は毎日、(歌詞を)お経のように唱えていました。平間さんとも、”おはよう”といいながら一緒にやっていましたね。外を歩きながらもぶつぶつ言っていたから、頭おかしい人と思われていたかもしれません(笑)」

 

――ミュージシャンとしての活動が本作で生きていると思われることはありますか?

「肺活量と声量ですね。Def Techでメロディ・ラップをやってきたことで、即戦力になることができたと思います。”俺はウスナビ… 名声だけが一人歩き…”は、(Def Techの代表曲)”My Way”の、メロディもラップも入っている部分のように、僕がこの20年やってきたことと、ほぼ同じ。高校生の時、KREVAさんのようになりたくてラップをし始めたので、その憧れの方人が和訳した台本には一文字も違和感がなかったです」

 

――ラップミュージカルに挑戦したことはミュージシャンとしてのMicroさんにどんな影響を及ぼしていますか?

「主に歌詞の部分ですね。ミュージカルの、間奏に台詞が入っていたりする構成を知ったり、KREVAさんの和訳の仕方を知るなかで、そういったことが自分の楽曲づくりに影響を及ぼしていると思います。途中からラップになったり、歌っているんだけれど台詞になったり、という曲作りをするようになりました」


(以下はすべて質問・松島)
――前回と今回で、演出面で変わったところはありますか?

「初演では僕自身初めての舞台で、全体を見回す余裕がありませんでしたが、今回は演出のTETSUHARUさんがダンス(の振付)においても演出においても、アップグレードしているなと感じます。アンサンブルの動きなどがだいぶ変わって、いろいろなものが差しはさまれているような気がします。

また、今回は舞台美術に街灯がついたということもあって、夜なのか、昼、あるいは朝なのかという時間帯が明確になって、とてもわかりやすくなったと思います。ダブルキャストなのでゲネプロでもう一つの組を客観的に見せていただきましたが、みんなの言葉がクリアに届くし、音楽の必要性…なぜここは台詞でなく歌で表現するのか、といったこともわかりましたね。

あと、今回はより、ブロードウェイ版の息吹を伝えるということもあって、スペイン語の台詞が増えたんです。1,2がワン、ツーでなくウノ、ドスになったり、ケヴィンとカミラのやりとりもスペイン語がすごく増えたりしています」

 

――KREVAさんの訳詞で、素敵だなと思われるのはどんなところですか?

「原曲が言おうとしていることが、ほぼ言えている。そこが凄いと思います。

今回、キャストには石田ニコルちゃんとかエリアンナさんとか、英語が話せる方が多くて、朝、現場に入る時も♪In the Heights♪と口ずさんでいたりするのだけど、彼女たちと(原語と和訳の歌詞を)照らし合わせても、日本語になったからといって情報量は減っていないんです。こんなに変わらないってことってありえるんだろうかと、びっくりしますね。言葉数も音のリズムも失わずに、英語で言おうとしていることが言えているんです。

あとは、原語ではブラックジョークすぎて受けないところを、きれいにまとめて落とし込んだ和訳になっているのが素敵だと思います」


――「96000」というナンバーがありますが、これは掛け合いラップのような構成ですね。ベニーとの呼吸の合わせ方も一つのポイントでしょうか。

「そうですね。相手役と間合いとか距離感とか、どれだけベニーと仲がいいんだろうということを考えながら、掛け合いの妙を突き詰めています。このナンバーではピートが割って入ってきたり、ベニーとの掛け合いで、“お前の頭空っぽ”とsarcasticに返したりして、地元ならではの仲の良さが表れているんですよね。この2か月の稽古で培ってきた人間関係が、実際に舞台に立つとさらに縮まって感じられるのは、ステージングによるところも大きいと思います」

 

――内面的な部分になりますが、最初のナンバー「In the Heights」でのウスナビの台詞を聴いていると、”うんざりしてるぜ””諦めない””明日はどうなるかわからない”と、発言の度に揺れ動いてる感があります。登場時のウスナビはどんな心境なのでしょうか?

「本当に揺れ動いてますね、彼の中にはジレンマがあって、にっくきホームタウン、されどホームタウン。ここにいる宿命というか、早くこの町から出ていきたいという思いと、でもこの町に生活していて、みんなとの関わり合いの中で自分が存在しているという自覚があります。

また、ウスナビはストーリーテラーとして、ラップという武器でみんなの人生を紹介しているんですね。ここでいろんな人間関係の伏線も物語っていて、それが最後のフィナーレに繋がっていきます。

冒頭で自分を(ネガティブな意味で)街灯に例えていたのが、フィナーレでは自分こそが町の街灯、みんなを見守る存在なんだと気づく。さらに、立ってるだけじゃだめだ、恋愛一つとってもちゃんとアクション起こしていかなくちゃ、と決意表明に至る。その意味で、この一曲目は改めて大事だと感じています」 

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『イン・ザ・ハイツ』

――本作では華やかなシーンだけでなく、しっとりとした場面も魅力的です。例えば後半、ウスナビとニーナがいろいろな品物を見ながら思い出に浸るシーンなど…。

「あそこは、僕も泣けてくるんですよ。でも音楽監督から“君が感極まっているとお客様が泣けないんだよ”と指摘いただいて、歯を食いしばるようにしています(笑)。

泣けてくるのには理由があって、(ウスナビを育ててくれた)アブエラ役の田中利花さんが、本当に僕を愛して、アブエラとして生ききってくださっているんです。ステージ上だけでなく稽古や舞台裏でも、リアルにそういう経験をさせていただいているだけに…」

 

――血の繋がりがなくとも人の絆がこれほど温かい、ということが染み入る場面ですね。

「ニーナ役の田村芽実さんが台詞や歌を通して、それをちゃんと伝えてくれるからぐっと来るんですよね。プレビューではもう、涙がとまらなかったです」

 

――今回、ご自身でテーマにされていることはありますか?

「初演の時は本当に無我夢中でしたが、今回、街灯がついたことで、ウスナビのテーマは“街灯”なんだな、ということを再確認できました。アンサンブルのみんなを含め、町の人々を光らせていく役目ということを、意識したいと思っています」

(取材・文=松島まり乃)

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*公演情報Broadway Musical『IN THE HEIGHTSイン・ザ・ハイツ』
3月27~28日=鎌倉芸術館大ホール、4月3~4日=オリックス劇場、4月7~8日=日本特殊陶業市民会館ビレッジホール、4月17~28日=TBS赤坂ACTシアター 公式HP

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