Musical Theater Japan

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リモート演劇の新たな形、劇的茶屋『謳う死神』川口竜也インタビュー&観劇レポート

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『謳う死神』 運に見放された男、八五郎は死神から“儲け話”を聞かされる…。

コロナウイルス禍をきっかけに、各方面で演劇の新たな形が模索される中で、好評を博しているのがリモート演劇“劇的茶屋”。演出家・永野拓也さんらが運営する“ほとり企画”が立ち上げた、“演劇”に“美味しいもの”を加えた体験型エンタテインメントです。

視聴料は付随する和菓子の内容によって異なり、観客は好きなものを選んで購入。送られてきた和菓子を当日、“語り”役の合図で一緒にいただき、ほっこりとしたところで演目がスタート…という段取りです。7月に開幕した第一弾『謳う芝浜』は名作落語『芝浜の革財布』のミュージカル版でしたが、今月始まった第二弾『謳う死神』も、落語好きなら誰もが知る物語。腕利きのキャストが何組かに分かれ、日替わりで濃厚な3人芝居を演じています。

『謳う死神』(上口耕平さん・吉田メタルさん・和田清香さん出演回)レポート

 

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『謳う死神』 現実と物語世界を繋ぐ“語り”(和田清香)

定刻に始まったこの日の配信では、はじめに“語り”役の和田さんが登場。チャットの使い方や大画面への切り替えなど、鑑賞作法についての説明、御伽(出演者)の紹介に続き、皆で“いただきます”を唱和します。ちょっとした雑談を繰り広げた後、上口さん、吉田さんは劇世界へ。和田さんはそれまでのテンションを持続しながら、“やることなすこと、報われずに生きてきた男”、八五郎(上口さん)の物語を語り始めます。

女房(和田さん)に甲斐性の無さを責められ、すっかりひねくれている主人公を、上口さんは捨て鉢な口跡と姿勢の悪さで、アグレッシブに体現。女房に家を追い出された八五郎がふてくされて歩いていると、追い打ちをかけるように雨が降り出し、気分は一気に下り坂に。ここで画面には雨模様を表現した薄墨色のフィルターがかかり、“異界”のムードが高まります。

いっそ死んでしまおうかと考えていると、ふいに現れたのが“死神”を名乗る男(吉田さん)。髑髏の染め抜かれた浴衣姿で“へっへっへ”と笑う姿が何とも妖しい。死神といっても、どうやら八五郎の命を取るわけではなく、逆に“先祖の功徳によって”金儲けの方法を教えてくれるらしい。ここで“重病人の治し方”を死神が伝授する間、流れているピアノのBGMがいい具合に不安感を煽ります。

失うもののない八五郎は早速医者を名乗り、死神の教えを実践することで、あれよあれよという間に大金持ちに。自分を邪険にした女房も手のひらを返したように誉めそやしてくるも、調子にのって散財するうち金は底を尽き、元の木阿弥。追い詰められた八五郎の頭に、ある“奥の手”が閃くが…。

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『謳う死神』 病人の枕元には、死神の姿が(背景に描かれています)…。

この『死神』という落語、原典はグリム童話と言われますが、筆者の専門のひとつであるアイルランド民話にも、酷似する物語があります。現地の伝統文化である“ストーリーテリング(物語り)”(家族やご近所の愛好家たちが午後、あるいは夕食後に集まり、お茶を飲みながら順番に物語を語る)においては、いかにテンポよく語り、聴衆を引き込むかがポイントですが(よろしければ『アイルランド民話紀行』集英社新書をご参照下さい)、この“劇的茶屋”はあくまで演劇ということで、和田さん演じる“語り”からして表情豊か&ドラマティック。

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『謳う死神』一縷の望みにすがる八五郎(上口耕平)

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『謳う死神』 八五郎を追い詰める死神(吉田メタル)

八五郎役の上口さんは浮き沈みが激しく、多彩な感情表現が求められる役柄を体当たりで演じ、吉田さんは生殺与奪の権を握る死神をあっけらかんと怪演しています。“ストーリーを楽しむ”というより、登場人物の心模様をまざまざと眺めると同時に、役者の演技を堪能する場、と言えましょう。

渾身のクライマックスの後、和田さんが歌うエンディングのナンバーが、ドライな味わい。“柳に揺れる 影揺れる 吹くか消えるか 死神遊び…”。それまで背景に映っていた蝋燭の残像とともに、儚い余韻の残る幕切れです。 

28~30日出演 川口竜也インタビュー
“愛を知らない男”、八五郎

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川口竜也 大阪府高槻市出身。18歳よりミュージカル俳優を志し、大阪芸術大学舞台芸術学科ミュージカルコース入学と同時に、関西を中心に活動する日本ミュージカル研究会・劇団JMAに入団。以来、劇団の殆どの作品で主演を務める傍ら、劇団オリジナル作品の振付も担当する。2008年「ミス・サイゴン」出演を機に上京し、以降数々の作品に出演。主な出演作に「ハムレット」、「手紙」、「レ・ミゼラブル」、「ノートルダムの鐘」、「生きる」等。LIVE活動も積極的に行っている。

『謳う死神』8月28日(金)~30日(日)公演で八五郎を演じるのが、川口竜也さん。前作『謳う芝浜』では人間くさい魚屋を鮮やかに演じましたが、今回のアンチヒーローはどう造型しているでしょうか。稽古にいそしむ川口さんにうかがいました。

――自粛期間中はどんなことを感じていらっしゃいましたか?
「舞台役者という立場の“弱さ”ですね。舞台ですとどうしても密ということがあって、公演が出来ない。3,4本(出演作が)中止となってしまい、痛いなということをまず感じました」

――“劇的茶屋”にはどういった経緯で関わることに?
「そんな折に(制作の)三森千愛さんから電話でお誘いをいただいて、役者として、演じたいという思い、そしてリモート演劇ということで、新しいものに挑戦してみたいという気持ちでお受けしました。スマホでインスタ・ライブぐらいはやっていたけれど、本格的なリモート演劇はこの時が初めて。もともとアナログなじじいなものですから(笑)、マイクやカメラを繋いで…特に今回は役者が背景を変えたり、音の操作も自分でやるんですよ。歌う時にリバーブをかけたりとか。芝居をする以前に、そちらでパニックになって大変でしたね」

――隣に相手役がいないということは?
「面白い体験をさせてもらっています。人間って会話をする時に自分が得る情報は、特に日本人は目からが7割だと聴いたことがあるんです。今回の場合はカメラが正面にあり、モニターは横にある。ですので、相手の目からコミュニケーションをとることができないんです。そこで何が大事になるかというと、耳なんです。普段も相手の台詞をもちろん聴いているけど、今回の芝居では情報が入ってくるのが殆ど耳からになるので、相手の語感やニュアンスに非常に敏感になってくるんですね。
あとは(数人がリモートで芝居をするので)どうしてもタイムラグが出るんですね。そこで相手の台詞を少し食うようにやらないと、お客様が見ていて会話として成立しないということがあります。その調節にはだんだん慣れてきているので、一番大きいのはやはり“耳”ということになります」

――いつものお芝居をやるうえでも役立ちそうですか?
「次に『生きる』という作品に出るので、そこで自分がどうくふうに情報を耳と目から入れるか、すごく楽しみにしています」

――『謳う死神』は既に2組が発進していますが、ご覧になっていますか?
「観ていますよ。『死神』の話は以前から知っていて、いうなれば“身から出た錆”の物語。八五郎の欲の深さをどう表現するか、いろいろ考えています。演出の永野拓也さんは、リモートだからこそ、言葉の受け答え、リアルさにこだわっていますね。人それぞれの受け答えの仕方があるので、同じ役でも、例えば上口さんと僕の八五郎は全然違っていますが、永野さんは、コミュニケーションがとれていればどちらもOKだとおっしゃっています」

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取材は稽古の直前にリモートにて実施。こちらからは「劇的茶屋」の背景が見えていましたが、自撮り写真をお願いしたところ、“種明かし”とばかりに?グリーンバックを背にしたお写真が到着しました。

――八五郎はアップ&ダウンの激しい役柄ですが、川口さんとしては、どの局面に一番面白さを感じていらっしゃいますか?
「どの役をやる時も、例えば善人を演じるにしても、その人のちょっと違った一面を探して人間を作るほうが深みが出て面白いと思っています。そういう意味では、八五郎は愛を知らずに育ってきている人だととらえていて、もしちゃんと育っていれば彼はたぶんいい奴だったんだろうなと思うんですよ。最後の病人とのくだりで、一生懸命、死神に言われていたルールを守ろうとしていたりして、小さいことですが、ちょっと善の部分が見える。それが彼の面白いところで、そういうものが端々に見えるといいなと思っています。単なる悪役だと面白くないだろうと」

――リモート演劇の可能性をどうとらえていらっしゃいますか?
「WHOがあと2年はコロナ収束までかかるかもしれないと言っているなかで、たまたま生まれた演劇の形態だとは思いますが、逆に言えば今に合っている形態だとも思えますし、『謳う芝浜』の時には、ご病気で劇場に足を運べない方に喜んでいただけたりしているので、そういう意味では見て戴く層が広がっているのではないでしょうか。いろいろなアイディアが集まって発展していくのはいいことだなとも思います」

――演者として、リモート演劇だからこそ注意されていらっしゃることはありますか?
「常に画面に出ているということで言えば、本番が終わると汗をかく量は尋常でないですし、ずっと見られているという感覚、画面だからこそある程度飛躍した演技でないとお客様に届かないという、パワーの使い方はあるかと思います。表情がずっと見えているので、表情で芝居をしてしまうことはあるかもしれません。そこは今、気を付けている部分ではあります」

――劇的茶屋の魅力はどんなところにあるでしょうか?
「永野拓也たちがクオリティの高いものをやろうとしている、その志が見えるのがいいことだなと思っています。さらに最近、ネットの使われ方がいい方向でないことが多い中で、日本の昔の良き文化である落語とミュージカルを融合させて、それをネットで表現しようとしてるのもいいですよね」

――和のミュージカルという点はいかがですか?
「僕が19歳で入った大阪の劇団は、和をベースにした作品づくりをしていたこともあって、日本舞踊もやっていたので、馴染んでいた世界ではありました。どんなときにも日本人が日本の風景をいいなと思えるように、劇的茶屋の世界にも落ち着くものを感じます」

――和とミュージカルの相性はいいと感じますか?
「そこを繋げるための一番のポイントは、曲だと思っています。例えば、『ミス・サイゴン』はオリエンタルな要素を本当にうまく取り入れていると思うんですよね。日本にもそういうやり方はあると思っていて、前回の川嶋志乃舞さんの三味線を使った音楽もよかったし、今回のKo Tanakaさんはソンドハイムを尊敬されているということで、確かに聴いているとソンドハイム的なものを感じるのですが、日本語での表現をいろいろ考えて作られたようで、歌ってみて合点がいく、素晴らしい音楽です。このお二人のような作曲家が増えているなら、“和”とミュージカルの融合にも可能性がある、と思います」

――最後に、今回はどんな『謳う死神』、どんな八五郎さんを期待できそうでしょうか?
「八五郎の弱さ、強さ、善と悪というところをどこまで表現していけるかを今、掘っているのでそこを見て戴ければというのと、共演の勝矢さんがいろんな技を繰り出してくる、とても面白い方なので、濃ゆい芝居になると思います。そこに“語り”の宮島(朋宏)君が“ラムネか?”というくらいの清涼感で入ってくるので(笑)、3人が画面で弾ける様を楽しみにご覧いただければと思います」

(取材・文=松島まり乃)
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公演情報 劇的茶屋『謳う死神』8月21日(金)~23日(日)公式HP