Musical Theater Japan

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「TOHO MUSICAL LAB.」観劇レポート:瑞々しい新作2本が拓く、東宝ミュージカルの新たな地平

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『CALL』撮影:桜井隆幸

3月下旬に各劇場での公演自粛を余儀なくされて以降、東宝ミュージカルは鑑賞が叶わない事態が続いていましたが、緊急事態宣言解除を受け、遂に再始動。プロジェクト第一弾として今回、彼らが取り組んだのは、大ヒット作揃いのレパートリーの一つ…ではなく、シアタークリエをラボ(実験室)に見立て、最旬のクリエイター、キャストがタッグを組んで新作を上演する「TOHO MUSICAL LAB.(東宝ミュージカルラボ)」でした。東宝ミュージカル初の試みとして、無観客・ライブ映像配信を実施。また内容的にも単に新作というだけでなく、ミュージカルを専門としているわけではない若手の演劇人、根本宗子さん、三浦直之さんに白羽の矢を立て、創作をオファーしている点からも、東宝ミュージカルの“新時代”に向けた並々ならぬ意欲が感じられます。

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『CALL』撮影:桜井隆幸

作・演出家へのオファーから本番までの時間は、わずか1か月。“30分程度のオリジナル作品”“今回が初演”“内容・テーマは自由”“感染防止につとめて制作”というプロジェクトのルールにのっとり、怒涛のスケジュールの中で、いったいどんな舞台が誕生したのでしょうか。7月11日19時、息をのんで待ち構えるなか、配信が開始。シアタークリエのエントランスからエレベーターに乗り、地下ロビーを抜けて客席へと観る者をいざなう(ファンにはたまらない)映像に続き、1本目の作品『CALL』の作者・三浦さん、出演の木村達成さん・田村芽実さん・妃海風さんへのインタビュー(15分程度)が流れます。

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『CALL』撮影:桜井隆幸

無観客・配信型公演とあってカーテンコールの時間をどう作れるか考えるなかで、このタイトルをつけたという三浦さん。稽古期間はわずか2週間、短期決戦とあって1秒も無駄にできなかったったという木村さん。クリエという劇場自体が舞台装置の、後にも先にもない作品だと思う、という田村さん。新感覚の舞台、新しい瞬間を一緒に楽しみましょうという妃海さん。再び舞台に戻ってきた歓びに溢れた皆さんの表情に観ている側も嬉しさがこみあげてきたところで、本編のスタートです。

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『CALL』撮影:桜井隆幸

「じゃあシーナ、あかり点けてみて!」
という声とともに舞台が照らし出されると、そこは“森の中の、かつて劇場だった廃墟”。ステージに陣取った三姉妹バンド“テルマ&ルイーズ”は、誰もいない客席(ここでステージと客席双方が映ります)に向かって語り掛けます。
「誰も集まらないでくれてありがとう!」

誰もいない静かな場所ばかりで、“澄んだ空気に色を塗るみたいに歌を歌っている”という風変わりなバンドがのびのびと一曲披露した後、長女のシーナ、次女のオドリバは舞台裏探索へ。一人ステージに残った末娘ミナモが歌っていると、どこからか拍手が聞こえてきます。気が付けば、客席には一人の若い男の姿が。ヒダリメという名のこの男は、いったい何者なのか…。

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『CALL』撮影:桜井隆幸

劇場における観客不在という現実的な悲しみ、空虚感をファンタジーの枠組みで和らげながら、物語はミナモとヒダリメの対話を通して、(以前なら当たり前だった)“リアルな舞台の歓び”を回顧。日常的な言葉の応酬のなかに、ミナモの“ねえ、静寂、(中略)、あたしの声の反響を澄んだ空気で包み込んで、風にのせてどこか遠くまで運んでくれない?”など、時折あらわれる詩的な台詞が印象的です。

“観客のいる世界”の歓びを初めて知るミナモを無垢なオーラと丁寧な台詞で体現する田村さん、風変わりな役どころにも怯まず、頼もしくミナモとの会話をリードするヒダリメ役・木村さん、安定感たっぷりの歌声と明るい持ち味で存在感を放つオドリバ役の妃海さん、台詞はもちろん、ラップに、ダンスにと全方向的に自由人の空気をふりまくシーナ役の森本華さん(三浦さん主宰の劇団「ロロ」のメンバー)、とキャストもそれぞれに好演。ラストのポップなナンバー“CALL”にはヒダリメも参加し、配信画面からはエネルギーと幸福感が溢れ出さんばかりです。

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『Happily Ever After』撮影:桜井隆幸

続く二本目の『Happily Ever After』も、まずはインタビュー集から。作者の根本さんは時期柄、普段ならやり過ごすようなことにも傷ついたりいらいらしたりする人々がいる中で、優しい時間として寄り添える作品を作れたらと思ったのだそう。キャスティングについては今回、なかなか無茶なスケジューリングだったのでこちらからも(無茶ぶりを、と)以前から注目していた生田さん、海宝さんのお名前を台本に書いて提出したところ、そのまま彼らにオファーしていただけたのだそう! いっぽうの生田さんは今回、とにかく稽古日数が少ないためたくさん予習をし、その意義が実感できた。お客様には(作品世界により浸るため)視聴の際はイヤホンで聴いていただけたら、と語り、海宝さんは一日7時間があっという間に感じられるほど稽古期間は充実していた、と振り返ります。

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『Happily Ever After』撮影:桜井隆幸

さて、『CALL』は賑やかなバンドによる演奏でしたが、本作はピアノ一台。儚げな音色に包まれながら、ファンシーなデスクとベッドの置かれた舞台に、一人の少女(踊り子)が現れます。別室から聞こえる男女の生々しい諍いが聞こえ、耳を塞ぎ、うずくまってしまう少女。するとそこにもう一人の少女が現れ、日記の中で先ほどの男女…彼女の両親…の夫婦喧嘩を書き留め、眠りにつきます。すると夢の中に、見知らぬ若い男が現れて…。

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『Happily Ever After』撮影:桜井隆幸

夢の中にだけ希望を抱くことができていた少女が、ささやかな一歩を踏み出すまで。短編ミュージカルだからこそ、作品はヒロインの心の機微にフォーカスを絞り、観る者が彼女に寄り添い、理解し、時には同化することを容易にします。彼女が発する最後の台詞に込められた切なる、そして真摯な思いは、多くの人の心に残ることでしょう。

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『Happily Ever After』撮影:桜井隆幸

ヒロイン役の生田絵梨花さんは、キャラクターの内面の表現手法として登場するナンバーの数々を、繊細なガラス細工のように大切に、工夫を凝らしながら歌い、彼女の夢に現れる“男”役の海宝直人さんは、時にオペラかと聞きまごう力強い歌声で、謎めいた役どころに確かに“赤い血”を通わせます。ヒロインの分身のごとく、心の解放に伴って軽やかに踊りだす“踊り子”(rikoさん)の存在も効果的。

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『Happily Ever After』撮影:桜井隆幸

今回は2作品とも登場人物を絞り、美術・照明等ヴィジュアル要素に関してはややシンプルにまとめられていましたが、もしも長編化という話が出た暁には、どのようなアレンジが加えられてゆくでしょうか。海外では(『Joseph and The Amazing Technicolor Dreamcoat』のように)小品が長編化され、世界的なヒット作に成長してゆくことも稀ではありません。今回の2作品、そして「TOHO MUSICAL LAB.」シリーズ自体、その今後が大いに注目されます。

(取材・文=松島まり乃)
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*配信の視聴券は7月13日21時まで購入、23時59分まで視聴可能。公式HP