Musical Theater Japan

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山西惇「人生の意味、さらに深く思う機会に」:『生きる』を語る vol.1

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山西惇 京都府出身。劇団そとばこまちを経て舞台、映像で幅広く活躍。主な舞台出演作に『木の上の軍隊』『きらめく星座』『イーハトーボの劇列車』『相対的浮世絵』『スコット&ゼルダ』『宝塚BOYS』等がある。第27回読売演劇大賞優秀男優賞受賞。(C)Marino Matsushima

自分の余命を知った男の生きがい探しを描く、黒澤明の映画『生きる』。静謐なモノクロ映画は2018年、生き生きとしたミュージカルに生まれ変わり、大きな話題を呼びました。

この初演で主人公・渡辺勘治のささやかな夢(公園作り)の前に立ちはだかる上司、“助役”を演じたのが山西惇さん。TVドラマ『相棒』など、飄々としたキャラクターで知られる彼ですが、本作ではアクの強い役柄で強い印象を残し、今回の再演でも続投となりました。ミュージカルにはこれまでも何度か出演、ストレート・プレイとの違いを楽しんでいるという山西さんに、この作品に今、再び取り組む心境をうかがいます。

主人公の対極にある、利己的な人間の
象徴としての“助役”

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『生きる』2018年公演より。撮影: 引地信彦

――山西さんにとって、ミュージカルはどんな存在でしょうか?
「僕はもともと関西の小劇場の出身なのですが、(劇団)そとばこまちに入った当初、歌と踊りがあったりすることは小劇場ではスタンダードだったので、あまり区切りは感じなかったし、歌とかダンスがあることに抵抗はなかったです。でもだんだんと(キャリアを積んでいく中で)垣根の存在を感じるようになって、強いあこがれを感じるようになりましたね。俳優として生きていくならばなんでもできた方がいいし、僕もやってみたいなぁと」

――『アンナ・カレーニナ』をきっかけにミュージカルにも出演されるようになりましたが、参加されてみて、ミュージカルについて驚かれたことなどありましたでしょうか?
「基本的に、ストレートプレイの俳優さんたちって稽古場ではわりと地味だったり、暗かったりするのに対して、ミュージカルの人たちって明るいなぁ、というのが第一印象でした(笑)。僕もふだんはわりと閉じがちなタイプなので、ミュージカルの稽古場では、周りに助けていただいて元気が出ています」

――ミュージカルでは人格が変わる…⁈(笑)
「周りの人の熱気によって、自分もアドレナリンが余計に出る感じはありますね(笑)。市村(正親)さんのふだんのエネルギーなんてすごいじゃないですか。ああいう方はストレート・プレイの世界ではあまり出会ったことがなくて、僕はとても好きなんです」

――『生きる』の初演には、どんな経緯で出演されることになったのでしょうか?
「こまつ座さんと共催の『木の上の軍隊』をきっかけに、ホリプロさんの作品にはいくつか出演させていただいているのですが、この『木の上の~』のプロデューサーさんとの繋がりが大きかったのかもしれません。この梶山プロデューサーとはホリプロに入られる前から知り合いで、“僕は舞台がやりたいんです”とおっしゃっていたので、ホリプロに入られることになって“よかったですね”とお話したりして。そんな梶山さんから黒澤映画の『生きる』をミュージカル化したいというお話があったのですが、梶山さんじゃなかったら、僕は“ほんまか?大丈夫か?”と思ったかもしれません。でも梶山さんのそれまでの仕事ぶりを知っていたので、逆に“すごいところに目をつけたな、凄い作品になるんじゃないかな”と思えたんです」

“ミュージカル要素ゼロ”だからこそ
持てた期待感

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『生きる』2018年公演より。撮影: 引地信彦

――それは梶山さんがこれまで手掛けた作品ゆえでしょうか?言動ゆえでしょうか?
「両方ですね。梶山さんは人が思いつかないようなことを思いつかれる人だし、それをものすごいパワーで現実化してしまうんです。何回かご一緒するなかで、そう感じてきました。それに主演が市村正親さんと鹿賀丈史さんという、これ以上ないんじゃないかというお二人じゃないですか。これはやるべきだ、と思えました」

――あまりにも有名な映画の舞台化ということで、絶対に失敗できないというプレッシャーはありませんでしたか?
「ありましたが、もと(の映画)がミュージカルとは程遠い作風なので、逆に“ミュージカルになる要素ゼロやん?どうなるんだろう…”という興味がありました。もとがミュージカル映画として完成していたら腰が引けてたかもしれないけれど、よく考えて観れば、『レ・ミゼラブル』だって原作小説だけ読んでいたらミュージカルなんて想像もつかないけれど、今では名作ミュージカルじゃないですか。そういう期待感は(『生きる』に対しても)ありました」

――山西さん演じる“助役”は、主人公・渡辺勘治の公園作りを邪魔だてする上司。どのように役作りをされましたか?
「映画版の時よりも、舞台版では渡辺にとっては大きな“壁”になるんだなと(台本を読んで)感じましたので、そのあたりを意識してやりました」

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『生きる』2018年公演より。撮影: 引地信彦

――実際には鹿賀さん、市村さんよりお若い山西さんが、“大きな壁”に…!
「(演出の宮本)亞門さんからは最初、中小企業の社長みたいに見えます、と言われました。小者感が出ていたんですね(笑)。それでヒントを探そうと思って、国会中継を見たりしました。ああ、そうかこういうふうな人あたりをするんだな、というのを見ながら、徐々に自分の体に入れて行って。本当に悪い人は、たぶん悪ぶりはしないと思うんです。そのあたりですね」

――初演では憎々しさに溢れていました(笑)。
「周りの皆さんのおかげですね。周りが助役をどう見ているか、その表現によって活かされていたなと思います。自分としては、悪ぶれば悪ぶるほど小者に見えると思って、そういった感じは出さないよう努めていました」

――台詞のなかでちらりと出てきますが、助役さんにとっては市会議員になったり、その先のステップアップというのは既定路線なんでしょうか?
「そうなんじゃないですかね。野心はあると思います。たまたまかもしれませんが、この役には名前がないんですね。効率を重視したり、世間のお金に対する価値観の象徴みたいな存在がこの助役なんじゃないかな、と途中で思い始めたんです。かたや、渡辺勘治と言う人は、最近よく聞く、利他的に生きることに目覚めた人。助役は逆に、利己的な生き方の象徴なのかな、という気がしています」

――主人公と対峙する存在だけに、彼に匹敵するパワーが必要なわけですね。
「なかなかそうはいきませんけれどね(笑)。ミュージカルの生ける伝説のような方(市村さん、鹿賀さん)が歌わず、僕だけが歌うシーンもあることが驚愕でした。僕が出演していることの意味として、基本は台詞のように、しっかりと伝えるように歌うということが大事なんだろうなと思ってやりました」

――稽古を拝見した時と比べ、本番ではぐっと歌声が太くなっていらっしゃって、日々進化をされていたのかなと感じました。
「公演中は毎日、佐藤誓さんと、森山大輔さんと、安福毅さんの3人が本番前に一緒に歌って下さったんです。そのおかげもあるかと思います」

男性客たちの“生まれて初めて”の
行動に感動

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『生きる』2018年公演より。撮影: 引地信彦

――初演の時には、客席に男性が多く、ふだんのミュージカル公演ではみられない光景に驚きましたが、それは舞台側からも…。
「見えていました。本番を重ねるごとに僕らぐらいのサラリーマンの方々が背広姿でいらっしゃっているのが如実にわかり、凄いなと思いましたね。反応が日に日に熱狂的になって、スタンディングオベーションは生まれて初めてみたいな立ち方をなさるんですよ。“俺、感動しているんだけど立っていいのかな、立つ?(きょろきょろ)立つ?”みたいなのが僕らにも伝わってきて(笑)、逆に感動しました」

――改めてこの作品の魅力を感じられましたか?
「それは稽古中から感じていました。市村さん、鹿賀さんの歌に泣かされっぱなしで、これは凄い芝居になるんじゃないかと思っていましたから。それが(観客に)ちゃんと伝わったんだな、と嬉しかったです。渡辺勘治の歌って、たった数曲なのに、その全部が凄いんです。歌の力、ですね」

――再演にあたって、今回こうしてみようといったテーマはお持ちですか?
「今のところ、まだ強くは持っていませんが、慢心せずに、もう一回台本とシンプルに向き合ってみようかなと思っています。この間こうやったからというのはあまり考えずにやりたいですね」

自粛期間中に
再確認したこと

――この度のコロナウイルス禍では不本意ながらも皆が立ち止まり、様々なことを考えざるをえなかったことと思います。山西さんは自粛期間中、どんなことをお考えになりましたでしょうか?
「まず最初に、自分の仕事は不要不急だったんだろうか…?と考えましたね。(あちこちからいろいろな声が聞こえる中で)そうか。自分にとっては必要だったんだけどな…と。
ではどうして自分はこの仕事につくことが必要だったんだろう、と考えるなかで、だんだんと、結局はお金のためじゃなかったんだな、と思えてきました。知らぬ間に、言葉は悪いけど仕事としてこなしていた部分もあったかもしれないけれど、かつては、芝居をやめた自分が想像つかなくて、会社員と並行して芝居をやっていたのを、会社をやめて芝居に専念したじゃないか。その時の自分に戻れよ、俺、という気持ちになりました。
(自粛期間中に三谷幸喜さん作の)『12人の優しい日本人』のオンライン朗読会が行われて素敵だなぁと思って、僕らも阪神大震災の時に上演した『12人のおかしな大阪人』の朗読会を25年ぶりに、ほぼその時のメンバーが集まって配信したんです。そういうことも、こういう事態にならなかったら思いつかなかったし、(演じたいという気持ちは)お金じゃないんだなと。自らの衝動に正直に生きるということ。それを確かめられた時期ではあったと思います」

――そうした期間を経て、今回の『生きる』では、どんなメッセージを投げかけてみたいですか?
「余命を悟った人が初めて生きるということに真摯に向き合う…という内容の作品は山ほどあって、そのおおもとは映画版の『生きる』なのかもしれないけれど、僕はそういう作品に触れる度、“余命が分かる前からやろうよ!”と思うんですね(笑)。まぁ、主人公は手遅れになる前に、生きているうちに気づきにたどり着けたので素晴らしいんですが、せっかくなんだから、生きているうちに何をやるか、病気になる前に考えておこうよ、と思うんです。そんなふうに(お客様にも)観ていただけるといいかもしれないですね。(コロナウイルス禍で)世の中がこういうことになって、以前にも増して“生きる”ということについて考えないといけない、と思う人が増えているかもしれませんが、英語で言うと“Meaning of Life”みたいなことになると思うけど、生きていることの意味をこの舞台を観て、さらに深く思っていただければ。特に、人のために生きようとする渡辺勘治の姿を通して、じゃあ自分には何が出来るんだろうと思い返していただけると嬉しいですね」

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『生きる』10月9~28日=日生劇場 公式HP
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