Musical Theater Japan

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『恋、燃ゆる。』観劇レポート:封建社会のしがらみを突き抜けてゆく恋

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『恋、燃ゆる。~秋元松代作『おさんの恋』より』写真提供:明治座

秋元松代さんのTVドラマシナリオ『おさんの恋』(1985年)を、石丸さち子さん(『マタ・ハリ』『BACKBEAT』演出)の上演台本・演出で舞台化した『恋、燃ゆる。』が19日、明治座で開幕。東啓介さん(『ジャージー・ボーイズ・イン・コンサート』)、上野哲也さん(『ミス・サイゴン』)、百名ヒロキさん(『ボクが死んだ日はハレ』)も出演しており、ミュージカル・ファンにとっても見逃せない時代劇をレポートします!

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暗闇の中で2匹のホタルが揺らめき、テーマ曲が流れ始める。幕が上がると、そこはどこぞの商家。盆舞台が廻り、店のあちこちで人々が忙しく立ち働く様が台詞無しに演じられます。

その一角で櫛を拾う、手代風の若い男。先ほどここにいた女性のものだと気づいた男は、櫛を抱き、苦し気に身を捩ります。主題歌(氷川きよしさん)は“貴方の姿を目にしたあの日 恋の炎の燃ゆるを知った”と激しい恋心を歌っており、どうやら舞台上の彼は、先ほどの女性を密かに慕っている模様。主人公たちの関係性をぎゅっと凝縮したこのプロローグに続き、舞台は大経師(経巻等の表具店)の妻・おさんを巡る人間ドラマを丹念に描き始めます。

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『恋、燃ゆる。~秋元松代作『おさんの恋』より』写真提供:明治座

遊び好きの夫・永心の勝手な束縛に耐え、店を切り盛りする妻・おさん。ある日、手代・茂兵衛から思いを打ち明けられるも、分別あるおさんはそれを自分の胸にとどめ、茂兵衛は帰郷します。しかししばらくして二人が偶然再会すると、誤解した永心は逆上。おさんに向かい刃物を振り回し、茂兵衛に横領の濡れ衣を着せてしまいます。永心の母・刀根はおさんに同情するのですが…。

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『恋、燃ゆる。~秋元松代作『おさんの恋』より』写真提供:明治座

本作は実話に基づいており、モデルとなったおさん・茂兵衛は1683年に不義密通の罪で処刑されています。しかしこの事件をモチーフとして近松門左衛門が書いた浄瑠璃『大経師昔暦』(1715年)には異なる結末が与えられており、秋元さんのシナリオ、そして『恋、燃ゆる。』でもその方向性は継承。そのうえで、今回の舞台では一人の女性としての生き方に目覚めるおさん、そして女性であるが故の不幸の連鎖を止めようとする永心の母・刀根がクローズアップされ、現代の観客が共感しやすい内容となっています。

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『恋、燃ゆる。~秋元松代作『おさんの恋』より』写真提供:明治座

何より、清潔感溢れる口跡の檀れいさんがひたむきに演じるヒロイン・おさんが魅力的で、“籠の鳥”のような日々を過ごしながらも、その中で精一杯ポジティブに生きてきた彼女が、心の自由さえ制限されようとしたことでどう変貌してゆくか、最後まで目が離せません。いっぽう彼女への思いを支えに、不遇の日々を耐え忍ぶ茂兵衛役の中村橋之助さんも、体当たりの熱演の中に歌舞伎俳優ならではの端正な身のこなしが覗き、特に前述の冒頭の演技では瞬時に観客を物語世界に引き込みます。また、かつて自身も夫の放蕩に悩まされ、今は息子の身勝手に心を痛める刀根が大きな決断をするくだりも大きな見どころ。息子が可愛くないわけはない、家も守りたい、それでも一人の女性・人間として言わねばならぬことを厳然と言い渡し、ふと寂しげな表情を見せる高畑淳子さんの演技が胸を打ちます。

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『恋、燃ゆる。~秋元松代作『おさんの恋』より』写真提供:明治座

ミュージカル・ファンとしては東啓介さん、上野哲也さん、百名ヒロキさんの“時代劇での活躍ぶり”も気になるところでしょう。東啓介さん演じる永心の腹違いの弟・政之助は淡々と店を手伝っていますが、どこか冷ややかさを湛え、ただならぬオーラ。そんな彼が2幕冒頭、酒席でふと、永心にある目撃情報を伝えたことで、結果的に兄夫婦は家庭崩壊。実は本作のキーパーソンである役柄を、東さんは“静”の芝居で好演しています。また上野さんは丁稚の久作を弟のように温かく見守る誠実な手代・長七役、百名ヒロキさんもまだ独り立ちに自信を持てない若い僧・良念役として各場に貢献。

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『恋、燃ゆる。~秋元松代作『おさんの恋』より』写真提供:明治座

序盤の刑場のシーンで磔刑に使用された二本の柱がずっと舞台上に残り、おさん・茂兵衛がいつ同じ目に遭うのかとはらはらさせる美術(松生紘子さん)も効果的ですが、もう一つ忘れがたいのが、2幕冒頭の演出。幕の上がる直前、明かりの落ちた場内には女たちの泣き声、嘆き声が響きますが、幕が上がるとそこは眩い遊郭、女たちは嬌声をあげて男たちをもてなしています。さきほどの泣き声は、彼女たちの心の声だったのか…。聞けばこの演出は、秋元松代さんの代表作にして初演演出を石丸さち子さんの師・蜷川幸雄さんが手がけた『近松心中物語』へのオマージュなのだそう。この、おそらく1分にも満たない声の演出によって、本作は封建社会の中で自由に生きられなかった女性たちへの鎮魂歌的な側面を明確に持つといえましょう。だからこそ実話とは異なるその結末がいっそう感慨深く、美しく映る舞台です。

(取材・文=松島まり乃)
*公演情報『恋、燃ゆる。~秋元松代作『おさんの恋』より』10月19日~11月15日=明治座 公式HP

 

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本作では30分間の幕間があり、コロナ感染予防対策として食べ物の持ち込みは禁止となっていますが、食堂で幕の内弁当をいただくことが出来ます。写真はサーモン西京焼き弁当(1100円。事前予約の場合、お茶付き)。マスク置き用の袋も用意され、感染症予防に対する細やかな配慮が感じられます。