Musical Theater Japan

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『October Sky~遠い空の向こうに』演出・板垣恭一インタビュー「エンタメ社会派の矜持」【前篇】

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板垣恭一 演出家・脚本家。日大芸術学部演劇学科、第三舞台を経て演出家に。日本版脚本&歌詞・演出を担当した『FACTORY GIRLS ~私が描く物語~』が第27 回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。近作に『いつかone fine day2021』『忠臣蔵討入・る祭』『Crimes Of The Heart』『Fly By Night ~君がいた』『HUNDRED DAYS』『フランケンシュタイン』など。「社会派エンタテインメント」というジャンルの確立を模索中。©Marino Matsushima 禁無断転載

大作ミュージカル『フランケンシュタイン』からオリジナル・ミュージカル『いつか~one fine day』まで多彩な作品を手掛け、この秋冬も『October Sky~遠い空の向こうに』『魍魎の匣』『GREY』と、それぞれにカラーの異なる3作品が開幕予定の板垣恭一さん。コロナ禍にあっても精力的な活躍を続ける彼が、演劇を通して社会に投げかけようとしているものとは?
最新作3本の進行状況をうかがいながら、板垣さんの演出家としての矜持をじっくりとうかがいました。(長編のため、2回に分けて掲載します)

 
『October Sky~遠い空の向こうに』
実話をもとに描く
夢追う若者たちの成長物語


【あらすじ】1957年、ウェストヴァージニア州コールウッド。高校生のホーマーは初の人工衛星スプートニクを目撃し、自分もロケットを作ろうと一念発起。友人たちを誘って“ロケットボーイズ”を結成するが、炭鉱で働く父は彼の夢を理解せず、親子は対立。高校の教師ミス・ライリーらの協力でホーマーたちの研究は少しずつ実を結び始めるが…。

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『October Sky~遠い空の向こうに』稽古より。父親にロケット研究を禁じられたホーマー(甲斐翔真さん)は、夢を諦められず葛藤するが…。©Marino Matsushima 禁無断転載

――目下、稽古されている『October Sky~遠い空の向こうに』は、NASAのロケット・エンジニア、ホーマー・ヒッカムの自伝をもとにした99年の映画の舞台版。米国では2015、16年のトライアウト(試演)で止まっているそうなので、今回の日本版がいわば“世界初演”ですね。

「今回の企画者は以前『Factory Girls』を探してきた方なのですが、彼は本作の音楽監督と知り合いで、トライアウトの時からこの作品のことを知っていて、上演を交渉したのだそうです。『Factory Girls』の時には脚本は僕が書き、楽曲も三分の一ぐらいは僕がオーダーをして書いてもらったものでしたが、今回は完全なる翻訳劇。“上演台本”として僕の名前がクレジットされていますが、翻訳していただいたものをよりよい日本語に直させていただいたという意味合いです」 

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炭鉱の現場監督を勤めるホーマーの父ジョン(栗原英雄さん)。経営側のオーティス(角川裕明さん)から人員削減か操業停止を迫られていたところ、爆発音が響き…。©Marino Matsushima

 

――作品のどんなところに魅力を感じましたか?

「若者の成長物語という、王道のシンプルな物語だけど、バックボーンとして当時の米国ウェストヴァージニア州の労働問題や女性問題も含まれています。ここは炭鉱の町で炭鉱夫の仕事しかなく、女性に働き口はない。そして炭鉱で働けなくなったら社宅から出ていかなくてはならない、という凄まじい環境だったそうです。

そんな中でも、主人公ホーマーたちはロケットを作るという夢を実現させていく。ファンタジーでもあるし冒険物語でもあるけれど、実話に基づいていて、現実とファンタジーの橋渡しがうまくできている、面白い作品だと思いました」
 
――演出にあたり、どんなポイントを留意されていますか?

「まず4人の男の子たち、“ロケット・ボーイズ”が可愛く見えないと面白くないと思っています。真面目に言えば“魅力的に見える”ということ。男の子たちが魅力的に見える側面の一つに“馬鹿である”ということがあると思うんです。それは男の良さでもあり問題でもあるのだけど(笑)、“馬鹿であるかわいらしさ”はうまく取り入れたいですね。

また、彼らは社会に抗っているように見えてもまだ子供で、本当に社会と接点を持つ以前の、夢が溢れ、臆病さもあるところが出てくるといいなと思っています。
ホーマーはロケット作りを夢見たり、炭鉱夫になったり、それでもまた…ということが繰り返されるけれど、大人になる直前の少年たちの物語である、というところを丁寧に描きたい。彼らが幼かったり妙にはしゃいでいるいっぽうで、大人たち、特にホーマーの両親のシーンは、音楽的な口当たりはいいけれど、歌っている内容はけっこうヘビーなんですね。“この人生しか選べなかった”という中で、お母さんがホーマーを応援しているのに対して、お父さんは“夢なんか見ず、俺の後を継ぐんだ”と、昭和のお父さんを彷彿させます。
大人たちに現実の重さを見せてもらって、子供たちとの対比を作るよう意識しています。そういう意味では親世代の方が観ても自分の若い頃を思い出したり、今自分がどう生きているか考えるきっかけにしていただける、全世代に訴える作品だと思います」 

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(左から)ジョン役、栗原英雄さん、ホーマー役、甲斐翔真さん、ドロシー役、中村麗乃さん。©Marino Matsushima 禁無断転載

――閉塞感に満ちた環境でも一途に夢を追ってゆくホーマー役は甲斐翔真さんにぴったりに思われますが、実際、お稽古されていていかがでしょうか?

「妙にぴったりですよ(笑)。甲斐君に出会えてラッキーでした。彼はまだ23歳でお芝居歴も短いそうですが、すごく視野が広くて、落ち着いて皆の芝居を見ることができるんです。ホーマーは父はじめ周囲の人々が心情を歌うのをひたすら聞くだけというシーンがたくさんあるのだけど、甲斐君は若い俳優さんには珍しく、“聞く”ということができる。聞きながら、自分の気持ちも動かせていて、とても頼りになる主人公です」

 

――自分を表現することだけに終始しない、と?

「自分以外の人が見えているんです。そんな若者あまりいません。自分のことで精一杯というのが若者の特権だけど、彼には(周囲が)見えているんです。先日、話をする中で理由が一つ見えた気がするんですが、彼はサッカーをやっていたとき、ポジションがゴールキーパーだったそうなんです。基本的に試合中ずっとみんなを見ていて、ある種のキャプテン的なポジションでもあった。それが今、役だっているのでしょう」

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『October Sky~遠い空の向こうに』稽古より。©Marino Matsushima 禁無断転載

――稽古の手応えはいかがですか?

「今日は2幕の佳境を作ります。感染症対策で、人数を制限して稽古をやっているので、シーンがあっちにいったりこっちにいったりですが、男の子たちのやんちゃな感じと、大人たちの重い感じのバランスがとれてきて、みんなで心が一つになるような歌を歌うシーンでも、炭鉱の歌だから重みがあったりと、それぞれの芯が立って鮮やかに浮かび上がってきました。これを繋げていけばかなり面白い作品になるなと思っているところです」

後篇(主に『魍魎の匣』『GREY』について)に続きます

(取材・文・撮影=松島まり乃)

*無断転載を禁じます
*公演情報『October Sky~遠い空の向こうに』10月6~24日=Bunkamuraシアターコクーン、11月11~14日=森ノ宮ピロティホール 公式HP

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