Musical Theater Japan

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『ビリー・エリオット』演出補・坪井彰宏インタビュー:少年たちの“輝ける時間”を支えて

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『ビリー・エリオット』写真提供:ホリプロ

東京公演も佳境を迎えている『ビリー・エリオット』。熱い舞台の裏には、それを支える多数のスタッフの存在があります。
その中で、2017年の日本初演時から少年たちへの演技指導を担当しているのが、演出補の坪井彰宏さん。オーディション~稽古を通して、少しずつ役に近づいてゆく彼らを支え、開幕以降は連日、劇場で少年たちの演技を見守っています。
ビリー役を演じたい、という少年たちの強い想いを受け止めながら、坪井さんはどのように彼らに接し、才能を引き出しているでしょうか。そして、少年たちに対してひそかに抱く願いとは。某日、終演後の劇場ロビーで溢れる想いを語って下さいました。

彼らが将来“あの時間って幸福だったんだな”と
思えるように

――坪井さんは公演中の現在も全ての舞台を観、ビリー役の少年たちにノートを出されていると聞きました。どのようなことを指摘されているのですか?
「この作品は、全ての台詞に決められた明確な意図があります。例えば序盤で、腐ったミートパイにケチャップをかけて食べようとするおばあちゃんに、ビリーが“おばあちゃん!”と怒鳴る台詞があるのですが、その意図としては、おばあちゃんを止めるということ。続いて“なんね?”と言うおばあちゃんに対して、“病気になるよ”と、今、怒鳴った理由を説明します。そして“みて、カビが生えてる”と、しつける。次に、それらをどういう方法で言うかというと、“おばあちゃん!”は怒鳴る。“病気になるよ”は優しく言う。“カビが生えてる”は厳しく…と、決まっています。
でも日々の公演を重ねるうちに、子供たちはそれらのうちのどれかを忘れてしまうこともあります。そこで“あそこは違っていたよ”と指摘する。それをチェックしていくのが主なノートになります」

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坪井彰宏 大阪芸術大学舞台芸術学科卒業後、新国立劇場演劇研修所公演の演出助手として参加。主に栗山民也演出作品に演出助手として『スリル・ミー』『デスノートTHE MUSICAL』(韓国公演)『アンナ・クリスティ』『組曲虐殺』『カリギュラ』などに参加している。

――一般的に、大人の演者の場合、その日の状況やテンションによってそういったものが変わる方もいらっしゃるかと思いますが、子供さんの場合は、フィックスされているわけですね。
「基本的には大人の方でも変わることはないと思います。長い公演の間には違うことを試したくなるものですが、それをやってしまうと、子供たちも“変えていいんだな”と思ってしまいます。演劇とは稽古場でやってきたことを大事に、同じことをやるというのが大きなルールです」

――坪井さんは初演から本作に関わっていらっしゃるそうですが、それはオーディションからということでしょうか?
「はい、書類審査からです」

――たくさんの少年たちの中からどのようにどうやって4人を選んでゆくか、ですが、いわゆる“出来るお子さん”を選ぶ、というわけではないそうですね。
「はい、“出来るかどうか”ではなく、"可能性“を見ています。僕は主に演技を見ていましたが、一度台詞を読んでもらって、ではこうやってごらんと言った時に、次にどう変わるのか。そこを見ています。出来る出来ないより、言われたことに対して、どう良くなってゆくのか、という可能性ですね」

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『ビリー・エリオット』写真提供:ホリプロ

――子供によってはスロー・スターターというか、一回のチャンスを生かしきれないお子さんもいるかと思いますが、2回目、3回目のチャンスはありますか?
「ありますね、一回ではわからない部分があるので。演技を観て、次に歌の審査になった時に、あ、この子は歌ではこう変わるんだ、だったら演技の時にこう言ってみたらどうかなと思ってもう一度やってもらうと、2回目の演技で変わってきたりする。1回ではわからない部分があるので、可能性があると感じる子には2回、3回と見せてもらいます」

――初演では5人、今回は4人のビリー役が選ばれましたが、人数はオーディションをしながら決めていくのですか?
「まず、3人でこの公演数をまわすことは不可能です。ものすごく体力を要する作品なので3人では危険です。といっても、5人でまわすと出演回の間隔がかなり空いてしまいます。週に1、2回ずつ演じてもらえばダンスも演技もきちんとクオリティを保てる、ということで今回は4人に決まりました」

――絞ってゆく過程では迷いもありましたか?
「かなり迷いましたね。最終段階ではビリー、マイケル役の候補がそれぞれ8人ずついて、正直、選ばれなかった子たちもそれぞれに非常に才能がありました。」

――合格者が決定し、レッスンに入ってからは子供たちが伸びてゆく速度はそれぞれという感じでしょうか?
「それぞれではあったけれど、オーディションの時に思っていたより、伸び方が凄かったのでびっくりしています。はじめはあんなに何もできなかった子たちが…と。今回、自粛期間中にリモートで台詞のレッスンをしたのですが、みんなすごく素直に、メモをとりながら臨んでいて、次の稽古までにきちんと復習してくるんです。これは凄い子たちだな、と思いました。劇場入りしてからはさらに、みんな伸びてきて。誰がいい、悪いということではなく、全員が感動するくらいのレベルになっていました」

――初日が2か月延びたのは無駄ではなかったのですね。
「なかったですね。リモートレッスンってどうかなとも思いましたが、一つ一つの台詞について、これはこういうことなんだよというのを詳しく伝えることが出来て、稽古場で教える必要が無かったので、すごく有意義な期間でした」

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『ビリー・エリオット』写真提供:ホリプロ

――今回の4人のビリーは、どんな個性を持っていますか?
「それぞれに個性的ですね。調(川口調さん)のビリーは声も芝居もはっきりしていて、意思が強い。太一(利田太一さん)ビリーは明るく溌溂としていて、見ていて楽しくなってきます。海琉(中村海琉さん)は優しい声をしていて、歌がいい。人の気持ちを考える優しいビリーです。出日寿(渡部出日寿さん)ビリーは内向的にも見えるけど、「アングリー・ダンス」の場面では“僕はダンスが好きなんだ”というキラキラしたものが見えます。調の強さ、太一の明るさ、海琉の優しさ、出日寿の感情の跳躍。それぞれに全く印象が違います」

――子供たちにとっては本作について、どういう部分が入り込みやすかったでしょうか?
「やはりダンスが好き、ということでしょうね。それと、ビリーは居場所がないところから始まり、自分を表現する場所を発見していくのですが、子供たちも全く経験のないところから始まって、レッスンや稽古をするうちにどんどんビリーと一体化していっているなと感じました」

――公演に向けて彼らが新たにチャレンジしていくような部分もありましたか?
「彼らは舞台経験がそんなにあるわけじゃないので、ここでこう動いてほしいとか、主にテクニカルな部分ですね。ただ初演の時から“ならばどういう言葉を投げかければいいか”を考え抜いてきたので、なるべく彼らの負担にならないように導いていくことが今回はできたのではないかと思います」

――子供たちに対しては、どんな声のかけ方が効果的でしたか?
「まず、否定しないことですね。初演の時はいきなり“それは違う”と言ってしまうこともあったけれど、それだと彼らの自尊心ややる気が削がれて、“間違っちゃいけない”とばかり思わせ、自由な表現が制限されてしまっていたように思います。もちろんやっちゃいけないこと、間違うことはあるだろうけど、今回はいきなり“あそこ間違ってたよ”ではなく、まずは“ここが凄くよかったよ”と褒めてから、“でもあそこはこうしたほうがもっと良くなるよ”と指摘するようにしています。まずは聞く耳を持ってもらうことが大事です」

――海外スタッフからも学びはありましたか?
「ものすごく学びました。日本では演出家は俳優より立場が上、と思われがちですが、本作の海外スタッフは、わからないことがあれば“わからない、一緒に考えよう”と言う。スタッフも役者と同じ立場にいて、“こっちに来い”ではなく、一緒に走ろうとする。そういう姿勢を学びました」

――“わからない”と言えるのは逆に凄いことですね。
「僕もそう思います。演出補のサイモン(・ポラードさん)にここはどういうことなんだろうと聞くと、“僕もわからないけれど”と答えていて、演出家でもわからないなら役者がわからないのも当たり前だ、教えてもらうのではなく一緒に作ろう、と思わせてくれる。とても素敵だと思いました」

――子供たちを見ていて発見することもありましたか?
「たくさんありました。彼らは少しでもいいビリーになりたいという強い思いを持っていますが、そうなると同じ役同士で“俺が一番だ”と争いが起こってもおかしくありません。けれども今回は“4人でいいビリーになろう”としていて、協力して仲良く向かっていく姿勢がとても感動的でした」

――それはコロナのことが起因しているでしょうか。
「それもあるし、誰が一番という競争意識はなくそうと、最初に“みんなで良くしていこうね”と彼らに言ったんです。以降、少しでも欲が見え始めると“違うよ、みんなで、だよ”と、その都度話して、それを4人が素直に聴いてくれたと思います。」

――ビリーはタフな環境の中で暮らしているという設定です。日本で暮らす少年たちにはなかなか想像しづらい部分もあったのではないでしょうか。
「もちろん彼ら自身は経験していないことなので実感は湧きにくかったと思いますが、その分、僕ら大人が現地のことを調べ、この町では汚い言葉で殴りあうようなことは普通なんだよとか、イメージが湧く材料を話しました。彼らもそれに対して想像しながら役を作っていけたと思います。彼らの方でも自分でネットで調べて“こういう感じなんですね”と(情報を)共有したり、ということもありました」

――最近、教育界では一方的に教えるのではなく、子供の学びを支援する“ファシリテーター”としての先生の役割が注目されているようですが、それに通じるものがありますね。
「そうですね、本作の現場では、子供たちに僕らを“先生”と呼ぶことは禁止しているんです。僕ら大人は仲間であって、“教える人”ではありません。彼らが困った時に導いて助ける存在。わからないときは一緒に解決策を探そうよ、という立場でありたいと思っています」

――少年たちに、大きくなったらこの演劇界に戻ってきてほしいという思いはありますか?
「実を言うと、そればかり考えています。オーディションに受かった時点で、彼らの演劇人生、未来を預かったという気持ちでいます。ノートを出す時は、彼らが将来、役者を続けた時にこのノートがどうプラスに働くだろうか、芝居が好きになってくれるだろうか、俳優になってくれるだろうか…と、そればかり考えています」

――出会った人たちを大事にしていらっしゃるのですね。
「僕自身も先輩たちに演劇を教えてもらって今、演劇で生活をしていて、先輩たちに対しては感謝しかありません。中にはいろいろ、上から目線の方もいらっしゃったけど(笑)、その方も今の自分を導いてくれた一人です。今回の少年たちを導いてあげるのは僕ら大人の責任だと思っています。僕らが一つでも勉強して、知恵をプラスして、彼らに知恵を渡していく。進んでいくべき明るい未来を渡していく…。家に帰ってもそればかり考えています」

――今は気づいてないかもしれないけど、少年たちは幸福ですね。
「今は気付いてなくてもいいので、将来、“あの時間ってとても幸せな時間だったんだな”と感じてくれれば。演劇の道に進まなくても、いい観客だったり、スタッフとして戻ってきてくれれば。それで全然いいと思うんです。あの時間が自分の人生にとってものすごく豊かな時間だったと思ってくれればいいなと、そればかり思っています」

――その時間を少しでも共有できる私達観客も嬉しいです。
「舞台というのはお客さんと一緒に作っていくものなので、しっかりお客様との時間を共有してくれるといいなと本音では思っています」

――坪井さんが本作で個人的にお好きなシーンを挙げるとすれば?
「たくさんありますが、やはり(2幕の)“ドリーム・バレエ”ですね。お父さんからバレエを禁じられたビリーが、これが最後だと思ってラジカセのボタンを押して踊るシーンです。そこにはオールダー・ビリーが現れます。今バレエを辞めずに大人になってバレエを続けていればこうなっていたであろうという大人のビリーが現れて、一緒に踊る。こんな演劇的な時間はないな、と思います。こんな風に、ビリー役の少年たちと将来、時を共有出来たらいいなと、僕自身も思いながら観ることができて、とても好きですね」

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『ビリー・エリオット』写真提供:ホリプロ

――坪井さんは大阪芸大のご出身ですが、もともとはストレート・プレイを志していらっしゃったのですか?
「はい、大学を卒業してすぐ師匠の栗山民也さんに教わり、基本的にはストレート・プレイをやってきました」

――『ビリー・エリオット』を始め、ミュージカルに携わることをどう感じますか?
「普通の演劇と比べると音楽やダンスの制約があって、決まり事が多いのですが、今は逆に、一つの思いが言葉でなく歌になる、ダンスになる瞬間の跳躍がミュージカルの魅力なのだ、と見えてきて、ミュージカルがとても楽しくなってきました」

――将来的にはご自身の演出でミュージカルも手掛けてみたいですか?
「今はミュージカルの上演も増えてきているので、需要もさらに高まってくるのかなとは思っています。ゆくゆくは出来たらいいですね」

――どんな作品に関わりたいと思われますか?
「僕は家族の話が好きなんです。『ビリー・エリオット』は、自分の居場所が見つけられないビリーが羽ばたいていく話ですが、1幕でウィルキンソン先生と出会うことで、先生自身もそれによって母親というものがどういうものか、意識が芽生える。2幕ではお父さんがビリーの夢に向き合うことで、父親とはどういうものかを発見していく。子供が成長していく裏側で、先生は母性、お父さんは父性を発見していく物語でもあって、こういう部分が好きなんです。僕自身が家族を愛しているということももちろんあるけど、人間が互いに交わっていくことによってどうプラスに進んでいくのか。そういう物語がすごく好きです」

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『ビリー・エリオット』9月11日~14日オープニング公演、9月16日~10月17日=TBS赤坂ACTシアター、10月30日~11月14日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP