Musical Theater Japan

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映画館で愉しむ『キンキーブーツ』:偶然の出会いが人生を変える、ポジティブ・ミュージカルの傑作

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『キンキーブーツ』(C)Matt Crockett

地方の靴会社の跡取り息子とロンドンのドラァグクイーン、ひょんなことから出会った二人が素敵な奇跡を起こす『キンキーブーツ』。2016年、19年の日本公演も大ヒットした本作のロンドン公演収録映画が、5日から全国の映画館で上映中です。

都会で恋人二コラとの生活をスタートするはずが、父親の急逝によって急遽、故郷の傾きかけた靴会社を受け継ぐことになった青年チャーリー。会社には日々、返品の山が届き、それまで家業に興味のなかった彼にとって再建は絶望的ですが、ドラァグクイーンのローラと出会ったことで、彼女たちのための丈夫で美しい靴という“ニッチ(隙間)マーケット”に気づきます。

ローラに“デザインをやってみないか”と持ち掛け、チャーリーは新事業に着手。手ごたえをつかんだ彼は、ミラノの見本市に出品しようと思い立ちますが…。

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『キンキーブーツ』(C)Matt Crockett

どこか頼りないチャーリーと、輝かしく、自信に満ちたオーラをまとうローラ。正反対のようでいて、実は“父親の期待に応えられなかった”という心の傷が共通する二人が、工場の人々を巻き込み、衝突しながらも認め合い、無二の絆で結ばれてゆくまでが、シンディ・ローパーのノスタルジックかつポップな音楽に彩られ、時にユーモラス、時にシリアスに描かれます。“個性を認め合おう”というローラのメッセージが届き、皆がその象徴を誇らしげに身に着けるラストは感動的。

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『キンキーブーツ』(C)Matt Crockett こちらの写真のチャーリーは髭無しですが、映画のチャーリーは髭面となっています

今回公開のロンドン版は、2015年開幕時のオリジナルキャスト、キリアン・ドネリー(チャーリー)、マット・ヘンリー(ローラ)が18年に再会し、撮影したもの。ドネリーはウェストエンドの『レ・ミゼラブル』(アンジョルラス正役、ジャン・バルジャン代役)、『オペラ座の怪人』(ラウル)、『ビリー・エリオット』(トニー)、『メンフィス』(ヒューイ)とロンドン・ミュージカルにひっぱりだこのスターの一人で、本作ではオリヴィエ賞主演男優賞にノミネート。日本版の小池徹平さんチャーリーを見慣れた方には、髭面で少々“おじさん”に見えなくもないドネリーのチャーリーは驚きかもしれませんが、物語が進むにつれ“大人になりきれない大人”がもがきながらも一皮むけていく様にいつしか引き込まれてゆくことでしょう。

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『キンキーブーツ』(C)Matt Crockett

ヘンリーも歌手・俳優として活躍し、本作ではオリヴィエ賞主演男優賞を受賞。歌声が日本版の三浦春馬さんとやや似ていますが、こちらも三浦さんローラよりも少し年長に見え、海千山千と思われたローラの心の傷が次第に明らかになる過程が見どころです。
初演から数年、しばらく役から遠ざかり、客観的な視点も備わったこの二人の円熟の演技が、多方向からベストのアングルを選び抜いた作品愛溢れるカメラワークで堪能できる今回の映画版。筆者が19年に現地で観た際には、ローラのバックアップダンサーである“エンジェル”たちの、北欧神話の女神たちのような堂々たる美しさに目を奪われましたが、今回の映画版でも彼女たちは迫力満点。また、昔気質で頑固だけど本質的には自分を変える勇気を持つ工員、ドンを野性味たっぷりに演じるショーン・ニーダム(『ウィキッド』『9時から5時まで』)も魅力的です。

チケット完売で日本版を観る機会のなかった方も少なくない『キンキーブーツ』、まずは今回の映画でじっくりと触れてみるのもいいかもしれません。

(文=松島まり乃)
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*上映情報『キンキーブーツ』札幌シネマフロンティア(北海道)、東劇(東京)、なんばパークスシネマ(大阪)、T・ジョイ博多(福岡)など全国で上映中。劇場一覧はこちら