Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

複数の視点、新たな発見を楽しむ:『In This House~最後の夜、最初の朝』観劇を深める会レポート

f:id:MTJapan:20191126133805j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
舞台を観ていると、時に“自分の感想はこうだけれど、他の人たちはどう感じているのだろう?”と気になる事はありませんか? 余白の多い、噛み応えのある作品であればあるほど、そんな瞬間は訪れがちです。
 
では、同じ思いを持った人々が観劇後、発言しやすい少人数で感想を語り合い、さらに作り手に同席していただくことで、作品作りにあたっての思いを話していただき、理解を深める機会があったらどうだろう。作り手の側にも、率直な意見を今後の舞台作りに役立ててもらえるのではないか…。 

f:id:MTJapan:20191126130710j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
そんなアイディアにぴったりの作品『In This House~最後の夜、最初の朝』(別記事で出演・綿引さやかさん、川原一馬さんのインタビューを掲載)が上演されることになり、Musical Theater Japanでは先日、第一回「観劇を深める会」を実施。初開催とあって想像しづらい部分もある中、応募下さった勇気ある読者お二人とともに、本作のプロデューサー、宋元燮さん(conSept)を囲み、終演後の30分強、たっぷりとお話させていただきました。 

f:id:MTJapan:20191126131114j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
まずはざっくりとこの日の舞台の感想から。筆者からは、過日の稽古見学の時からがらりと様子が(良い方向に)変わり、特に今回、新キャストとしてジョニーを演じる川原一馬さんが、アドリブを交えて生き生きと演じていらっしゃったことを話題にさせていただきました。宋プロデューサー曰く、アニーに甘えて(出張に)行かないで~と言うくだりは稽古で日々工夫し、踊るパターンなどもあったけれど今の形に落ち着いたのだとか。 

f:id:MTJapan:20191126131151j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
今日のゲストはお二人とも昨年の初演もご覧になっているそうで、作品内容については既によくご存じでしたが、そのうちAさんは仕事を持つ女性としての視点から、「前回は(結婚を急ごうとする)ジョニーに対してばかりイラっとしたけど、今回は観ていて、(何かと理由をつけて及び腰の)アニーに対してもどうなのかなと思う部分がありました。仕事をしているとどうしても男女平等ではないことを感じるし、子供を産むのも女性。仕事、仕事と言っていても、と…。」とおっしゃり、Bさんからは「私はヘンリー役の岸(祐二)さんと綿引さんが好きだったのがきっかけで初演を観たのですが、(比べると)特にヘンリーは今回のほうがずっとチャーミング。年寄ではあっても大事に生きてきた人と感じられます」という感想が。 

f:id:MTJapan:20191126131229j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
初演と今回のキャストの役作りの違いを宋さんに伺うと、「全ステージを観ている者として言うと、全く変わりました。年長組の岸さん、入絵さんは初演ではさほど“老け”を意識しなかったけれど(←その理由についてはネタバレになりますのでここでは伏せます)、今回は若者組との対比が出るよう、いかにおじいちゃん・おばあちゃんに見せるか、たたずまいや動き方から気を遣っていらっしゃいました。ジョニーとアニーに関しては内面の表現が全く変わって、前回のジョニーはひたすら明るく前向きな青年だったけれど、今回は親の期待の中で自分を殺して生きてきた青年。アニーはユダヤ人で、伝統に対する反発や日々危険に隣り合わせのトリアージ・ナースという仕事柄、“今、この瞬間”に対する執着が強いという造型です」とのこと。 

f:id:MTJapan:20191126131309j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
これをきっかけにしばし、ジョニーとアニーの関係論議が展開。「愛し合うことと人として波動しあうことは別なんだな、と感じます。アニーがあそこまで聡明でなければ苦しまないだろうに…」(Bさん)「前回は最後にジョニーが寄り添う形に見えたけれど、今回の二人についてはどうしても結末が見えなくて」(Aさん)「あそこまでやりあったら結婚できないんじゃないかな。私はいい友達になるような気がする」(Bさん)…と、ジョニーとアニーの“その後予想”が盛り上がった後、Bさんから“「前回観ていて、この話って実はこういう設定かなと思ったことがあって」と、一つの仮説がぽろり。 

f:id:MTJapan:20191126131618j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
それを受けて、宋さんが「僕と演出家(板垣恭一さん)は、それに類するこういう解釈でした」と、もう一つの仮説を披露したのですが(ネタバレ抵触のためこれも内容については公にできませんが)、本作の構造そのものに関わる衝撃的なこの説は、果たしてアリなのか、無しなのか。かなり反芻が楽しめる問題提起がなされました。「それもこれも、詳細な書き込みがされていない台本だからこそなんですよね。最後の台詞は、皆さん毎回言い方を変えていらっしゃいます」と、宋さん。 

f:id:MTJapan:20191126131701j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
そもそも宋さんはなぜ本作を上演したいと思ったのでしょうか。「ミュージカルを上演するにあたり、(予算的なこともあり)登場人物が少ないこと、現代ものであることというポリシーで作品を選んでいるのですが、本作に行き当たった時、SNSなどいろいろなツールがあるにも関わらずコミュニケーションの難しい時代において、直接伝えるということの難しさというテーマがまずいいなと思いました。僕は音楽を聴いて気に入ると台本を取り寄せて読むのですが、読んだ時に最後の台詞に惹かれたんです。そこには、人間関係が壊れるかもしれないリスクがあってもコミュニケーションをとる、人と向き合うということが凝縮されていると思って、ぜひともやりたいと思いました。初演から間をあけず、1年後に上演しているのは、“ミュージカル・ドラマを上演している”ということを少しでも多くの方に知っていただきたかったから。抜群に手ごたえはあります。原点でもあり、代表作として今後も育てていきたい作品です。岸さんも“実際に60歳になった時にもまたやりたい”と言ってくださっています」と振り返る宋さん。 

f:id:MTJapan:20191126131735j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
せっかくの機会なので、“こういう舞台を観たい”というリクエストがあれば投げてみましょう、とお誘いすると「まさに『In This House』のような作品が観たいです。大作ミュージカルは一回観れば満足してしまうけれど、本作は観るたびに響くものがあるので…」(Bさん)、「人間っていろんな生き方、考え方があって、それが人生になる。『In This House』のように美しい音楽を楽しみつつ、自分の人生と照らし合わせて考える部分があったり、何かを得られる作品が好きです。ぜひまた上演してください」(Aさん)という心強いリクエストが。 

f:id:MTJapan:20191126131826j:plain

『In This House~最後の夜、最初の朝』2019年公演 撮影:岩田えり
それを受けて、「“手抜きするとバレる、と思いながら(笑)、細かいところまで気を配って稽古していますし、僕がオペラに関わっていたためか、倍音のないドライな打ち込み音が苦手で、生演奏にもこだわって作っているので、そう言っていただけると嬉しいです」と安堵の表情を浮かべる宋さん。次なる演目『Hundred Days』についてもどんな作品か、未発表部分も含めてお話いただき、興味をかきたてられたところでお時間に。作り手と観る側の交流の中で、改めて作品への思いが深まるひとときとなりました。

その後…。参加者のAさんからは「初めての経験でしたが、それがIn This Houseで良かったと思っています。30分以上話していたんですね。あっという間でした」、Bさんからは「少人数だったので、ざっくばらんに発言できたというのもあり、楽しかったです(^^)。またこのような、作り手さんのお話を伺える機会があると嬉しいと思いました」、プロデューサー宋さんからは「面白いですね、お客様それぞれに見方も感じ方も違っていて、アンケートでは得られないような角度のお話もあり、楽しませていただきました」との感想をいただきました。MTでは今後も機会があれば、こうした「観劇を深める会」を少人数限定で行ってゆく予定です。ご興味のある方、「この作品で“深める会”をやってほしい」等のリクエストがありましたら、お気軽に編集部までお知らせください。
(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます

*公演情報『In This House~最後の夜、最初の朝』11月27~29日=ひらつかホール 公式HP
*Musical Theater Japan編集部連絡先 (mtjeditor@outlook.com)