1992年のケビン・コスナー&ホイットニー・ヒューストン主演映画をもとに2012年に舞台化された『ボディガード』が、ロンドンでの2年間のロングラン、UK(国内)や世界各国でのツアーを経て、この秋、初来日! 来年には日本人キャスト版も上演される話題作の来日直前の舞台を、UKツアー終盤の上演地、英国プリマスで鑑賞しました。この日の主演女優へのインタビューともども、レポートをお届けします(動画メッセージでは歌声も)!
サスペンスにラブストーリー、そしてライブ。三要素のバランスのとれた舞台
8月末のこの日、英国ツアー中のミュージカル『ボディガード』の上演地は、イングランド南西部の都市プリマス。1620年に清教徒たちが新天地アメリカへと旅立った地として知られる港町の中心部で、18世紀以来の由緒ある劇場、Theatre Royal Plymouth(現在の建物は1982年の建築)は大きな存在感を放っています。
建物内の大小の劇場のうち、『ボディガード』が上演されている大劇場「リリック」は客席約1300、最後列から舞台までの距離が短く、どこからでも見やすそうな設計。地元のカップルや女性グループ(ご近所さん集合といった気楽な雰囲気)が詰めかけ、見渡す限りほぼ満席です。
場内が暗くなると、物語は場内がざわつくほど大きな銃声でスタート。一匹狼のボディガード、フランクがクライアントを守ろうとする緊迫した光景から一転、舞台はポップ・ディーバであるレイチェル・マロンのライブ会場へと早変わりし、普通ならドーム級の規模のライブでないと見られない派手な仕掛けで驚かせます。ダンサーたちを従えたレイチェルの迫力の歌声ときらびやかなビジュアルも相まって、場内はたちまち興奮の渦に。
ストーカーから届く脅迫状を憂慮した付き人から懇願され、心ならずもレイチェルの護衛を引き受けるフランクですが、自由にふるまいたいレイチェルと不愛想に職務を遂行しようとする彼の相性は最悪。レイチェルの一人息子フレッチャーとフランクがすぐ打ち解けたことも彼女は気に入らないらしく、彼は職を辞そうとしますが、そんな折にイベントでファンたちが暴走。レイチェルは危ういところでフランクに助け出され、彼を見直し始めます。
一方、気分転換にと訪れた小さなバーで、フランクはレイチェルの裏方を勤める姉ニッキーが歌っているのを見かけ、彼女が才能あふれる妹の陰で忸怩たる思いを抱えていることを知ります。自分の話に耳を傾けるフランクにニッキーはほのかに思いを寄せますが、こうしている間にもストーカーはレイチェルへの一方的な憎悪を募らせ…。
どちらかと言えばケビン・コスナー演じるフランク主体のサスペンス・ドラマだった映画に比して、舞台版は一定のスリルは保ちつつ、より登場人物たちの心の機微を描いたドラマに。とりわけレイチェルのシングルマザーとしての強さ、息子に対する揺るぎない愛が強調され、そんな彼女がどのようにフランクに惹かれ、その恋の行方にどう向き合ってゆくかが、輝くばかりの妹を持ったがために日陰で生きるニッキーの心情とあわせて丁寧に描かれ、姉妹それぞれの“おんな心”に感情移入しやすい作りとなっています。(演出=テア・シャロック)
この日のレイチェル役は、ミシャ・リチャードソン。のびやかな歌声もさることながら、ピアノに向かい、“The Greatest Love of All”を作曲するシーンで、わが子を思いながら一語一語発する姿や、終盤に歌う名曲“I Will Always Love You”の歌唱に情味があり、魅力的。またこの日のフランク役サイモン・コットンは哀愁漂う二枚目で、そのオーラが幕切れの演出にはまります。(ネタバレ回避のため詳述は避けますが、このシンプルかつロマンティックな幕切れは“いい男”なしには成立しないであろう演出。女性演出家ならではの感性がうかがえます) 昨年12月から英国内をツアーしているカンパニーということで、全体的にも芝居がこなれており、2時間半弱の舞台があっという間に感じられる方も多いことでしょう。
しっとりとした幕切れを堪能した後は、ライブ・シーンを再現するようなカーテンコール。観客が総立ちになり、ミシャに“一緒に歌おう!”といざなわれて“I Wanna Dance With Somebody”のサビを思い思いに口ずさみます。“やっぱりホイットニー・ヒューストンの曲はいいねぇ”とばかりに晴れやかな“気”が場内に満ち、誰もが笑顔で劇場を後にしていました。
この後、筆者はカンパニー・マネジャーとともにレイチェル役、ミシャの楽屋へ。加湿器から立ち上るスチームの中から現れたミシャは、こぼれるような笑顔が印象的な快活な女性です。
ミシャ・リチャードソンインタビュー:
レイチェルとニッキー、対照的な姉妹役それぞれの魅力
――この作品には今回のツアーから出演されているのですか?
「私は長いことこの作品に関わっていて、中国公演(17年)にも出演しました。ホイットニーの音楽がとても好きだし、『ボディガード』もお気に入りの映画だったので、舞台の話を聞いてぜひ!と飛びついたのです。実際、映画版とはまた違った形でとてもよくまとまった舞台だなと感じています」
――ミシャさん演じるレイチェルは“The Greatest Love Of All”を歌うシーンなどで、歌詞の一言一言に真実味があり、引きこまれました。
「ありがとう。私自身は母親ではないのですが、親友に3歳と8か月の二人の子供がいて、母親役を演じる時はいつも彼女になったつもりで、もしも子供たちと引き離されたらどうしようなどと想像するようにしています。レイチェルはディーバですが、美しい心を持つ人物で、演じていて楽しいです。
でも私は本来はニッキー役で、今日はアンダースタディ(代役)としてレイチェルを演じたんですよ。ニッキーはとても興味深い役で、スターである妹を支えるしっかり者のお姉さんですが、そのうち観客は彼女が満たされない、複雑な思いを抱えていることを知ります。そして、ほのかな思いを抱いていたフランクが自分ではなくレイチェルに惹かれていることを知り、傷つく…。以前はアンサンブルを演じていたので、今回ニッキーという素敵な役にキャスティングされて念願が叶ったと感じています」
――本作にはホイットニー・ヒューストンのヒット曲がたくさん登場しますが、どのナンバーがお気に入りですか?
「レイチェルが2幕冒頭で歌う“All The Man That I Need”ですね。とてもソフトで優しく、嘘のない曲だと感じます。幕開けにふさわしいナンバーですよね」
――テアさんの演出はいかがでしょうか?
「素敵ですよ。彼女はいつも稽古期間の終盤に来て、みんなが台詞をちゃんと理解しているか、などディテールを確認し、深めさせてくれます。今でも試行錯誤していることはあるけれど、そういう課題の存在に気づかせてくれるのが彼女なんです」
――日本の観客にどう楽しんでほしいですか?
「この作品で海外を含め、いろいろな街を訪れていますが、どこに行っても終盤でお客様の表情に笑みが浮かんで、ああ楽しんでいただけたんだな、良かったと感じます。日本のお客様は観劇中は静かだと聞きましたが、それは真剣に観て下さっているということだと思うので、最後にどんなリアクションをして下さるかすごく楽しみですね。カーテンコールでは他の都市同様、ぜひ立ち上がって歌って踊っていただけたら嬉しいです!(←こんな感じにね、と動画メッセージをいただきました)」
ツアーの訪問先ではいつもその土地探訪が楽しみなの、というミシャ。楽屋の鏡台にはプリマスのガイドブックが置かれ、“ここもあそこも行ったのよ。天気がいい日はみんなで海辺に行ってバーベキューも…”と、ツアー・ライフを精力的に楽しんでいる模様。日本では本役のニッキー役で、観客を魅了してくれることでしょう。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
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*公演情報『ボディガード』9月13日~10月6日=東急シアターオーブ、10月11日~20日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP