Musical Theater Japan

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『バーナム』加藤和樹インタビュー:自分を信じて立ち向かおう、という“今の時代”へのメッセージ

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加藤和樹 愛知県出身。ミュージカル『テニスの王子様』で脚光を浴び、翌年CDデビュー。『タイタニック』『1789~バスティーユの恋人たち』『BACKBEAT』『怪人と探偵』『ファントム』等多くの舞台で活躍しつつ、音楽活動も精力的に行っている。(C)Marino Matsushima

誰よりもエンタメを愛し、19世紀後半に大成功をおさめた興行師、P.T.バーナム。映画『グレイテスト・ショーマン』の主人公としても知られる彼の波乱万丈の半生を描くミュージカル『バーナム』が、1980年のブロードウェイ初演から時を経て、日本に上陸します。サイ・コールマンのわくわくするような音楽に彩られた本作で主人公を演じるのは、加藤和樹さん。生来のショーマンシップに溢れた人物を演じる心境をうかがいました。

【あらすじ】19世紀半ば、”160歳の女性“を売り出して成功した興行師のP.T.バーナムは、堅実な仕事をしてほしいという妻チャイリーの願いをよそに、博物館を建設。多くの観客を集めるも、火事で博物館を焼失してしまう。バーナムはめげずに“世界で一番小さな男トム・サム将軍”を売り出すと、続いてスウェーデンのオペラ歌手ジェニー・リンドに入れあげ、彼女のツアーを成功させるが…。

“人を楽しませたい”というエンタメ精神が
バーナムとの共通点

――バーナムという名前を聞くと、映画の『グレイテスト・ショーマン』の主人公を思い浮かべる方も多いかと思いますが…。
「(サーカス一座がメインだった映画版と違って)本作は、そのサーカスを作ったバーナムが中心になっています。彼と妻の愛のドラマだったり、彼が興行師としてどんな人生を歩んでいったかという人間ドラマが描かれていて、それに加えて今回は映像でサーカスも登場する予定です」

――ミュージカル版『バーナム』の主人公は、荒唐無稽な話も信じこませてしまうような巧みな話術で、次々と興行を成功させていきます。加藤さんがこの役に、と聞いて驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。
「確かに、僕にはないものをたくさん持っている役ですが、だからこそやりがいがあるなと思っています。決してたんなるいかさま師ではなくて、バーナムの中には“人を楽しませたい”というエンタメ性が常にあり、その目標のために、あの手この手を使って努力してゆく。それによって自分も豊かになってゆく。そういうエンタメ性は僕の中にもあって、どう表現するかという方向性の違いはあっても、根本的なところでは共通しているなと感じられます。
よく喋る役でもあるけれど、彼の本音がどこにあるのかは、誰にもわからないというのもポイントですね。それがちらっと見える瞬間があると面白いんじゃないかと思っています」

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『バーナム』

――そんなバーナムを演じるにあたり、参考にしているものはありますか?
「言葉の伝え方というところでは、映画などは参考になるかなと思っています。でも、やり過ぎると逆に嘘くさくなってしまうんですよね。海外版の『バーナム』では、意外に淡々と喋っている(主人公役の)例もあって、逆に真実味がありました。もちろんある程度オーバーにやったりというのは必要だとは思うけれど、そのあたりは演出の荻田(浩一)さんと詰めています。
それと、実在の人物を演じるというのは、結構大変なんですよ。『BACKBEAT』でジョン・レノンを演じた時、自分から“ジョンを演じよう”とすると、うまくいかなくて。(逆に自然体でいることで)周囲との関係性の中で役柄が浮き彫りになる、ということに気づいたので、今回も“バーナム”を意識しすぎないようにと思っています」

――荻田さんはどんな演出家ですか?
「繊細な演出をされる方、という印象があります。ご一緒するのは『ボンベイ・ドリームズ』以来なのですが、『ボンベイ~』の時は、芝居に厳しいというか、最後まであきらめずに追求していく方だなという印象を受けました。その時、僕が演じていたのは最後に狂気に走ってしまうような役だったんですが、変化をためらわず楽しんでください、内面をさらけ出してやってみてください、といったことを言っていただきました」

――ショーマンとしての軌跡とともに、本作では奔放なバーナムと堅実さを重んじるチャイリー、性格的には正反対の夫婦の歩みも見どころです。加藤さんご自身としては、“この二人の愛の形、分かるなぁ…”という部分はありますか?
「現代的な感覚では、分からないですね(笑)。歌詞の中にもあるように、この二人は本当に正反対だし、(バーナムが浮気をしてしまうのは)男として、ダメでしょう(笑)。でも彼らは互いの生き方、考え方をリスペクトしていて、そこが好きなんだという。それって普通の愛情じゃなくて、すごく深いところで結ばれているんだなと感じます。チャイリー役の朝夏まなとさんとは『ローマの休日』から続いての共演で、“遠慮なしに行こうぜ”と言いあっているし、信頼できる方なので、そこはうまく描けると思います」

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『バーナム』チャイリー(朝夏まなと)


――そもそも、こんなに正反対の二人がなぜ結婚に至ったんだろうという気もしますが…。
「劇中は描かれていないのだけれど、幼馴染のチャイリーにバーナムのほうがほれ込んで、身分差はあったけれど結婚にこぎつけたようです。手の届かない人だからこそ手に入れたい、というところで行動力を発揮して、深い愛はその後で育っていったのかもしれないですね」

――そんな二人が紆余曲折の末、ついに魂レベルで結ばれる。と思ったらチャイリーを喪ってしまい、この時のバーナムの喪失感たるや…。
「それはもう、信じられないほどの喪失感でしょうね。彼はここでがっくり落ち込むのですが、そこで終わらない。諦めない。ここに彼の興行師としての本能が表れていると思います」

――今回、この役を演じるにあたって、何かトレーニングされていることはありますか?例えば本作には危険な恋に落ちる様を表現するのに、バーナムが実際に綱渡りに挑戦するバージョンもありますが…。
「団員役のみんなはかなり(ジャグリングなどを)練習しているけれど、僕は…。求められれば、もちろんやります(笑)」

――海外版では、バーナムの口が達者であることを表現するためか、まるで早口言葉のように歌詞がつめこまれているナンバーがあります。日本語版ではいかがでしょうか?
「日本語でも、早いです。毎日苦しんでいます(笑)。あと、この作品の音楽は、次にここに行くんじゃないかという音に行かない傾向があって、半音ずれているように感じるのだけど、はまると心地いい。それがバーナムの性格を表しているような気がします。お客さんも、聴いていて“ほう”と思う部分があるのではないかと思います」

――今、この時期にこの作品を上演することの意味を、どのようにとらえていますか?
「やり遂げたいものに向かって、立ち向かっていく。何としてもあきらめない。自分を信じていけば道は開ける…というのは、今の時代に対するメッセージになると思っています。先日、今回の舞台に映像で協力下さる木下大サーカスさんを観に行って、サーカスに行くとそこには幸せだったり楽しいことが待っている、と感じたし、今回『バーナム』を観に来てくださる方々にも、同じことを感じてほしいと思いました。エンタメって世の中にとって不要だという意見もあるけれど、その一方では必要としている人もいる。僕らの舞台が人の心を満たすものになるといいなと思うし、きっとそうなると思っています」

――今後、ミュージカル界はどうなっていくといいなと思われますか?
「いろんな公演が中止になったりしてきたことは仕方のないことだと思うけれど、あらゆる手段を使って中止を避ける方法もあるのではないかと思っています。僕らとスタッフ、舞台に関わるみんなで力を合わせて、何としても舞台の灯を絶やすことなく続けていくことが大切なのではないかと思っています」

――自粛期間をきっかけに、オンライン演劇が生まれたり、配信展開をしやすいオリジナル作品の創作が増えてきています。
「オリジナル作品は、今のコロナ禍がなかったとしても絶対必要だし、以前は舞台と言えば“劇場だからこそ観られるもの”だったけれど、心の距離を繋ぐ場として、配信も選択肢の一つになってきていると思います。観ていただくうち、“でもやっぱり劇場が一番だよね”と思っていただけるのではないかな」

――演劇界の皆さん、観客の皆さん、皆で一丸となってこれまで何とか、この日々を切り抜けてきました。この中で加藤さんは、改めてどんな存在でありたいと思っていらっしゃいますか?
「そこはバーナムと同じです。“幸せ”を感じてもらえる、そんな気持ちを与えられる存在でありたいです」

(取材・文=松島まり乃)
*公演情報『バーナム』3月6日~23日=東京芸術劇場プレイハウス、その後兵庫、神奈川で上演 公式HP