Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

歌唱指導の役割とは?『春のめざめ』歌稽古レポート&北村沙羅・安部誠司インタビュー

『春のめざめ』ヴェントラ役・北村沙羅さんの歌稽古の様子。歌唱指導は安部誠司さん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載


多くのミュージカル公演のスタッフ一覧で見かける“歌唱指導”の文字。
“歌”に関わることは間違いないものの、実際はどのようなお仕事なのだろう?と気になっているミュージカル・ファンも、少なくないのではないでしょうか。

実はミュージカル公演にとって大切な“縁の下の力持ち”的存在であり、演目の多様化の中でその役割も変化してきている“歌唱指導”。
今回はその一例を、ドイツの若者たちの苦悩をロックテイストで描く『春のめざめ』のヒロイン、ヴェントラ役(ダブルキャスト)北村沙羅さんの歌稽古レポートと、北村さん、歌唱指導の安部誠司さんへのインタビューを通してご紹介します!

『春のめざめ』

楽曲を掘り下げ、豊かに膨らませてゆく歌稽古


“じゃあ、気軽に行きましょうか”
安部さんの優しい声かけで始まる、一対一の歌稽古。
伴奏のギターが奏で始めるのは、本作の一曲目(M1)、“Mama who bore me”です。
原詞はややアグレッシブなトーンですが、金子絢子さんの訳詞は婉曲的。より内省的に、少女の心の叫びが感じられるナンバーとなっています。

“この命 この痛み 誰がくれたこの体…”
情感を込めて歌う北村さん。いくつかフレーズを聴いたところで、安部さんが“OK、一回止めるね”と声をかけます 。

“前回は我慢している感じがしたけれど、今回はすごく良くなっています”と、具体的に良くなった箇所に言及しつつ、一方で“勿体ないところもあります”と指摘。
“もうちょっと自分の意識を込めてもいいのかもしれません。例えばこんな感じで”と、いくつかの箇所を歌ってみせます。
一つの音を漫然と伸ばして次の音…ではなく、思い入れのニュアンスを加え、一つ一つの音をしっかり印象付けながら、次の音へと移行していくイメージ。

“慎重に、ですね”と頷きながら北村さんがもう一度歌ってみると、確かにそれぞれのフレーズが掘り下げられているように聞こえ、効果はてきめん。こうして少しずつ丁寧に、稽古は進んで行きます。

 

ヴェントラ役・北村沙羅インタビュー:作品のテーマ的ナンバーを担う責任を感じています

 

北村沙羅 2001年大阪府出身。これまでの舞台出演作に『雪の女王』『Dr.コルチャックと子どもたち』『プラネタリウムのふたご』等、TV出演作にNHK連続テレビ小説『舞い上がれ!』等がある。昨年の『春のめざめ』でもヴェントラを演じた。©Marino Matsushima 禁無断転載


――先ほどの曲にはどんな難しさがありますか?

「幕開けの第一声になるので、どうしても緊張しがちなのをおさえないといけません。あと歌詞が意外と抽象的なので、そこの解釈を深めていかないと、意図が伝わる歌にならないというところも難しいです」

 

――作品の空気感を凝縮している歌詞なのですね。

「そう思います。そこからスタートして、ヴェントラの最終地点に繋がっていくものでもあるので、一番大事にしなくてはいけない。難しいなと感じています」

 

――本編では男子たちのエピソードが目立ちがちですが、幕開きはヴェントラのナンバーというのが特徴的ですね。

「まさにそうなんです。メルヒオールのナンバーで始まりそうなのに、ヴェントラが歌う。実は作品の一番のテーマがここにこめられていて、“この命”なんですね」

 

――北村さんは昨年の九劇版初演にもヴェントラ役で出演されました。今回の再演で新たに発見したことはありますか?

「今回はちょっとずつ歌詞が変わっていて、そのちょっとしたニュアンスが大事だなと思っています。例えばこの冒頭ナンバーでは“迷い子は”と歌っていたのが“迷い子よ”になっていて、ちょっと離れたところに行ったというか、一人称でない感じになって、世界が広がったような気がしています」

 

『春のめざめ』2022年公演より。©Marino Matsushima 禁無断転載

 

――歌唱指導の安部さんのご指導によって歌い方が変わったなと感じることはありますか?

「まさに今、ありました! アドバイスを下さることによって、解放できる感覚が凄くあります。感情をこめてとか、役のことを考えるとどうしても歌が小さな世界にこもりがちなのですが、指導して下さることによって、自分の中の感情を外に出してお客様に届く歌に近づくことができる、と強く感じました」

 

――いろいろな歌唱指導の先生がいらっしゃる中で、安部さんはどんな先生ですか?

「感情と歌を融合させることにたけていらっしゃるので、助けられます。技術だけを教えて下さる先生もいらっしゃるけれど、ミュージカルで一番大事なのは感情をメロディにどう乗せるかというなかで、先ほども安部さんの一言でそれがうまく繋がったので、有難いです」

 

――昨年の公演については、どんな思い出がありますか?

「動きだけでなく感情の波が大きな役なので、体力が持っていかれました(笑)。心の消費がすごくて。(表現者としては)それもまた楽しいですし、一生懸命やったその全力さが皆さんに伝わったかなとも思いますが、今回はまた一つ上に行けたらと思っています。必死さだけでなく、届けたいものがちゃんと伝わる芝居をしたいです」

 

『春のめざめ』2023年版の稽古より、M2(「Mama who bore meリプライズ」)のシーン。後方で安部さんも見守っています。©Marino Matsushima 禁無断転載


――前回から今回にかけて、一つ歳を取ることで見えてきたものもありますか?

「あります! 去年は子供の目線で見ていたものが、この1年、本作のことを考える中で、大人目線で“これがこう見えるんだな”と客観視できるようになりました。大人のお客様も子供のお客様も共感していただけるよう、どちらの目線も取り入れて演じられたらなと思っています」

 

――どんな舞台になったらいいなと思っていらっしゃいますか?

「去年はどちらかと言うと私のチームが若かったのですが、今回は私のいるウェスト・チームのほうが年上です。そして、去年よりいろんなジャンルの方が集まっていると思いますので、その多彩さが活きた舞台になったらなと思っています」

 

歌唱指導・安部誠司インタビュー:その人が望む表現の「やりやすい方法」を見つけ、助言します

 

安部誠司  1973年大分県出身。国立音楽大学卒。二期会オペラスタジオ42期生。『エリザベート』『モーツァルト!』『モンテクリスト伯』等多数の舞台に出演。『マイ・フェア・レディ』『エニシング・ゴーズ』『スペリング・ビー』『キッド・ヴィクトリー』等で歌唱指導を手掛ける。©Marino Matsushima 禁無断転載


――先ほどのナンバーは、どんな点がポイントでしょうか?

「あのナンバーには、ヴェントラが鏡を見ながら、誰かに…というより、自分と対話しているというような演出がついています。ですので、明るく(外に)伝えるというより、精神的なナンバーですね。決して“聴いて下さい”というような曲ではないんです。M2のリプライズでは、(女子たち)みんながぐわーっと同じ曲を熱く歌いますが、M1は全く違う。ちょっと特殊な楽曲と言えるかもしれません」

 

――歌唱においては、この音をこう発する、という以前に、心の持ちようが肝要であるという印象を受けました。

「もちろん演出の意向はありますが、それとは別に役者自身が“こう歌いたい”というものがあると思っています。例えば(立てたい言葉は)“この”命なのか、この“命”なのか。僕は人によって、もっと言うとその日によっても違っていいと思っているので、こう表現したいというものをやりやすい方法を見つけてあげるのが、僕の役割だと思っています。もちろん、伸ばし過ぎたらいけない音が伸びたりしたら指摘します」

 

歌唱指導中の安部誠司さん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載


――安部さんにとって、歌唱指導とはどんな役割でしょうか?

「一つの作品を上演する時、(作品の方向性を決める)演出家がいて、(音楽の方向性を決める)音楽監督がいらっしゃいますね。その音楽監督のイメージに沿って、それぞれの曲をキャストにわかりやすく伝える、といったところでしょうか。役者さんは実際に動いてみるとどう歌うべきか迷うことがありますので、そういった時にかみ砕いてアドバイスしています」

 

――手順としては、例えば海外作品であればスコアを研究されることから始まるのでしょうか?

「研究ももちろんしますが、役者さんの負担を減らすことも大切です。例えば海外作品でしたら、日本語になることで曲調も変わって聴こえる可能性もありますので、納得できる、また役者さんが歌いやすい訳詞であることが重要です。そのため、訳詞検討の会議にも参加しています」

 

――例えば特定の唱法が求められる作品で、それに触れたことのない方が出演されるような時は?

「レッスンを重ねます。今回はこういう曲だから、体つくりをこうしましょうとか、こんなふうに歌ってみない?といったアドバイスを細かくさせていただきますね。音楽監督さんが歌も教えられる時は、歌唱指導がつかない時もあります。でも役者が悩んだ時に相談しやすい存在ということで、歌唱指導は多くの公演でついています」

 

――現場ではさまざまなことがあると思いますが、特に大変なのはどんな時でしょうか?

「演じる役が、その方のキャラクターにぴったりというわけではない場合、悩まれることがあります。そういう時こそ“もっと深い声を出してみようか”とか、助けてあげるようにしています」


――音楽とは直結しない相談役になることもあるのですね。

「演出家から言われて、そっとフォローに行くこともあります。演出助手さんですとか、他にも助けてくれる方はいると思いますが、悩みって、歌に出やすいんですよ。特にダンスがつくとわかりやすいです。アクセントのつけ方がうまくいかなくて悩んでいる方に、“ここにつけると歌いやすいよ”と言うと、解決したりします」

 

――歌に秀でていれば出来るというようなお仕事ではないのですね。

「天性の歌声を持っている方は、教えることに慣れていないということもあるので、誰もが教え上手というわけではないですね。僕は(俳優として)出演もしていますが、教えることが好きなので、ミュージカルの現場で自分が悩んだ経験を活かしながら教えたいと思ってきました」

 

――このお仕事に興味を持った場合は、まずは演者を目指すのが宜しいでしょうか?

「昔は声楽家の大先生が教えていらっしゃることが多かったのですが、時代と共に上演作品が多様化してきて、例えばダンスの多い作品だと、踊りながら声楽の発声で歌うのは難しいじゃないですか。そこで少しずつ様子が変わってきて、現場で周囲の悩みを聞いている役者が、歌唱指導もやってくださいと言われるようになる。そういう例も確かに増えています」

 

――どんな時にやりがいを感じますか?

「最初に出会った時から初日の幕が開くまでの間に、みんながどう変化し、成長するか。それを見守れることですね。“おかげで歌いやすくなりました”と言っていただけたりするのも僕らの喜びです。

昨年の『春のめざめ』は、特にそうした喜びが大きかったです。 大人になってしまうと変化が見えにくいけれど、若い彼らは吸収が早くて、見事に成長されました。今年のキャストには今年の持ち味があると思うので、それが発揮できるよう、僕も頑張っていきたいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)

*無断転載を禁じます

*公演情報 『春のめざめ』12月3~23日=浅草九劇 公式HP
*北村沙羅さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。