Musical Theater Japan

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中村橋之助インタビュー:『ポーの一族』で初ミュージカルに挑む、歌舞伎界のホープ

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中村橋之助 95年東京出身。八代目中村芝翫の長男として生まれ、2000年歌舞伎座にて初代中村国生を名乗り初舞台。平成28年、四代目中村橋之助を襲名。18年『オイディプスREXXX』で現代劇に初挑戦し、19年TBSドラマ『ノーサイド・ゲーム』など映像でも活躍している。2021年3月京都・南座にて『三月花形歌舞伎』に出演予定。©Marino Matsushima

萩尾望都さんの名作漫画を小池修一郎さんが脚色・演出し、2018年に宝塚歌劇団が初演。大きな話題を呼んだ『ポーの一族』の男女キャスト版が、初演時と同じ明日海りおさんの主演で実現します。

宝塚、劇団四季など多彩なバックグラウンドを持つ実力派が集うキャストの中で、バンパネラ(バンパイア)たちに魅入られる青年医師ジャン・クリフォード役を演じるのが、歌舞伎俳優の中村橋之助さん。明治座での時代劇『恋、燃ゆる。』での好演が記憶に新しい花形俳優ですが、実は宝塚歌劇の大ファンなのだそう。宝塚テイスト溢れる本作の“極上の美”の世界をどう感じているか、歌舞伎とミュージカルの共通項や相違点、演じる役柄観など、じっくり語っていただきました。

《あらすじ》
18世紀英国。捨て子のエドガーと妹のメリーベルはポーの一族に拾われ、育てられるが、エドガーは一族の正体がバンパネラ(吸血鬼)であることを知ってしまう。妹を助けるため彼は一族に加わることを約束、14歳で永遠の少年となるが、メリーベルも後に自ら一族への仲間入りを選ぶ。
一族のポーツネル男爵夫妻の養子となり、歳をとることもなく旅を続けていた彼らは1879年、港町ブラックプールに定住。ポーツネルたちは医師ジャン・クリフォードを仲間に引き入れようと考え、エドガーは名家の跡取り息子アランと出会うが…。

決まりごとの多い世界だからこそ、
「心」を大切に演じています

――橋之助さんは歌舞伎以外の舞台は今回が3作目、ミュージカルは初出演とのことですが、以前からミュージカルをご覧になっていたのですか?
「歌舞伎の仕事をしていると基本的にお休みが多くないのですが、僕は宝塚が大好きなので、お休みになると一般のミュージカルより宝塚に行くことが多いですね。
宝塚を好きになったのは、3年前に『エリザベート』を観に行ったのがきっかけです。トート役の珠城りょうさんと目が合って雷が落ち(笑)、それからは寝ても覚めても宝塚。男役さんのかっこよさにも憧れますし、スターさんたちの“匂い”が作品を、そして僕ら観客を含め、劇場全体を包み込んでいるのが素敵だなぁと思います。同業者的な視線は全くなく、“橋之助”は劇場の外に置いて、ただの一ファンとして観に行っていますね」

――女性からすると、宝塚は同性ということもあってどこか“安心できるゾーン”という感覚がありますが、男性の橋之助さんからするとどのような感覚なのでしょうか?
「男性全般から観てどうか、というのはちょっとわからないですね。歌舞伎界にも宝塚好きはいらっしゃるけれど、娘役さんの可愛らしさに惹かれている方が多く、がっつり話が合うファンはいないんですよ。僕個人としては男役さんのかっこよさだったり色気だったり、きらきらした群舞に見入ってしまいますね。手拍子していて、途中でその手が止まったまま見入ってしまう。男だから…ということは考えたことはないです」

――では今回、出演されることになったのは、何かご縁があってのことでしょうか?
「それが全くなく、突然お話をいただきました。僕が勝手に宝塚を拝見していただけで、(演出の)小池先生とも面識もなく、ただただびっくりしています。もしかしたら僕が宝塚好きということをご存じだったのかもしれませんが、なぜ僕にというお話はしていません。
ただ、一昨日のお稽古で、小池先生が“クリフォードという役は、どこか血が通わないように見えて実際は魅力的な人間だ、橋之助君がやってくれていることで血が通ってくるのが見えてきている”とおっしゃってくださいました。もしかしたら、僕のこれまでの歌舞伎での芝居をご覧下さって、お声がけ下さったのかもしれません」

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『ポーの一族』

――宝塚版の『ポーの一族』については、どんな印象をお持ちですか?
「まずエドガー役の明日海りおさんとアラン役の柚香光さんのビジュアルがお美しく、宝塚の作品の中でも独特な世界観を持つ作品だなと感じました。内容的には、エドガーがバンパネラとして長い時間を生きていく中で、少しでも自分の時間を良くしていきたい、生きたくなるようにしたい、という永遠の命を持つゆえの苦しさが、僕らが日常的に思う不自由さ、これがこうだったらいいのに、という苦しさと重なって、“生きよくしたい”という願望は誰しも同じなんだなぁと思いました。生きるというのはどういうことか、何年生きても答えは見つからない。だからこそ生きていける…。そういうものなのかな、と感じました」

――歌やダンスは以前からなさっていたのですか?
「お話をいただいた直後から始めました。一からお稽古していただいて、少しずつ体で覚えてきて、(全体の)お稽古が始まってからは、技術に“心”がどれだけ影響するかということを一つずつ感じています」

――歌舞伎俳優さんは歌舞伎舞踊をなさっているし、長唄など音楽的な素養もおありなので、ミュージカルのダンスや歌に対して違和感はなかったのでは?
「それがですね、当初は歌っていると小池先生から“どうしても邦楽的に聴こえる”とご指摘をいただきまして。僕ら歌舞伎役者は“観て覚える”世界なので、体の中のここに空気をあてて発声する…といったことを考えて歌ったことがないんです。(歌舞伎座のような)大きな劇場では声を通すために鼻に抜くという慣習があって、それを無意識的にやっていることに気づかされました。ですので、自分のいいところは活かしつつ癖をとってゆく、というのが稽古前半の課題でした。ダンスも、踊ろうとすると動きが和風になっていると言われまして、一つずつ鏡を見ながら直しました」

――逆に、歌舞伎の経験が活きているな、と実感できる部分は?
「もちろん歌舞伎で培ってきたお芝居の基礎は、ミュージカルでも使っています。はじめのうちは小池先生から“普通の人はお芝居の拡大ができないけれど、君はすごく得意ですね。でもその分、繊細な芝居が課題”と言われていましたが、最近“クリフォードが生々しく、魅力的な人物に見えてきた”と言っていただけて、声の出し方や居ずまいといった技術的な部分より、心が大事なんだ、と痛感しました。
歌舞伎はとかく“型”の芝居というイメージがあるかもしれませんが、型であればあるほど(その芯に)心がなくてはいけません。いっぽうではミュージカルも、これは小池先生の作品ならではという部分もあるかと思いますが、思った以上に決まりごとが多い世界なんですね。それにとらわれて、最初は引っ込んだお芝居というか、弾け切らない表現になっていたと自分自身感じて、一度“生”のお芝居で感じたことをやってみたところ、先生にとてもよかったとおっしゃっていただけました。そういう部分では、自分が幼いころから培ってきたものが活きているのかなと感じます」

――今回演じるジャン・クリフォード役ですが、歌舞伎のキャラクターで近いものはありますでしょうか?
「ちょっと見当たらないですね。はじめは“色悪”の部類なのかと思っていたんですよ。『四谷怪談』の伊右衛門のような。でも稽古していけばいくほど、ちょっと違うな、と。クリフォードって悪い奴といえば悪いけど、魅力的だからこそいろんな人が集まってくる人間なんです。恩師のお嬢さんと結婚する予定だったり、町一番の名家の奥様を診療していて、彼女も自分に気があったり。無意識に人生の“良いアイテム”を拾っていて、それが自分の魅力に繋がっている。ただ単に“あの女を”と狙っているわけじゃなくて、“色悪”ともまた違うなと思います」

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歌舞伎の世界では稽古期間は数日ということも多く、当初は本作の稽古が2か月と聞いて驚いたという橋之助さん。実際取り組んでみて「むしろ2か月じゃ足りない」と感じるほど、充実の稽古期間を過ごしているようです。(C)Marino Matsushima

――男爵たちがクリフォードに狙いを定め、仲間に引き入れようとしている理由はそういったところにあるのでしょうか。
「男爵たちにとっても魅力的に見えたのでしょうね。その魅力は外側を飾ったものではなく、内側からのもの。だからこそ一族に加えたいと思ったのでしょう。
この件については(男爵役の小西)遼生さんともお話をしていまして、僕からは“(一族の長である)大老ポーが亡くなったことで、男爵たちは環境が変わり弱い部分を感じるようになり、クリフォードという魅力ある人間をゲットしたくなったのかも”と(推論を)お話しました」

――ジャン・クリフォードは男爵たちがバンパネラであることを知らず、アクシデント的に正体を知るわけですが、もし彼らから直接、仲間入りを打診されていたらどうリアクションしたでしょうか?
「クリフォードはすごく現実的な人間なので、取り乱すと思います。それまでは田舎町でうまく人生のアイテムを拾ってきて、順風満帆の人生だったのが、“この世ならぬもの”に突然遭遇するのですから」

――一見ニヒルに見えるけれど、“常識”を持った人なのですね。
「ニヒルではない、と僕は解釈しています。ちゃんと自分を持っているし、頭もいい。人としての現実的な部分は持っている人だと思う」

――現在、お稽古は中盤とうかがいましたが、どんな手応えでしょうか?
「今でこそ“クリフォードは人生のアイテムを拾って~”なんてお話していますが、実は最初はクリフォードという役柄の読み解きがとても難しくて。一方では歌やダンスに追われ過ぎて心の解釈が腑に落ちなかったりしていたのですが、稽古の中でいろいろと気づくことがあり、今の段階で“こういう人物”という像が構築出来てきました。通し稽古に入った時に、この時代、この場面の中でクリフォードがどういう役割で生きていくのかが見えてきたらいいなと思っています」

――小池さんはどんな演出家だと感じますか?
「先生の頭の中には、舞台の端から端まで、細かな部分までビジョンがおありで、それを僕ら俳優が体現することで、これまでたくさんの素晴らしい作品をおつくりになってこられたのだなと感じます。当初は先生からダメをいただいたところをそのまま直して動いていましたが、そのうち、自分の中でつながりが見えないというか、ある動きからなぜ次の動きに行くのかが自分の中で腑に落ちず、心に嘘をついていることがありました。そこで、先生にご相談しつつ、どうやったらそうなるかという意識の持っていき方を考えました。歌舞伎も“型”の世界だけど、動きが先に決まっているからこそ、自分の心に嘘をつかないようにしないと、本当にお人形になってしまう。歌舞伎もミュージカルも、“心”というのは大切だな、と痛感します」

――宝塚、劇団四季…と様々なバックグラウンドを持つ方々が集結した、異種格闘技的なカンパニーですが、どんな空気感でしょうか?
「ピリピリ感は全くないです。クリフォードと千葉雄大さん演じるアランは一人完結率が高くて、出番も途中までありません。彼も僕もミュージカルは初めてということもあり、“どうなるんだろうね僕たち”と言いながら仲良くさせていただいています。(稽古場の)席がお隣の(小西)遼生さんもすごくお話が面白い方だし、明日海さんとも最近、楽しくお話できるようになってきました」

――明日海さんにとっても男女混合の『ポーの一族』ということで、新鮮に感じていらっしゃるかもしれないですね。
「男性と一緒の芝居ということで、わからないことはいっぱいあるとおっしゃっていました。でも稽古中は本当に素敵で、つい見入ってしまいますね。僕が宝塚ファンだとわかると宝塚出身の方々はやりにくいかなと思って隠していたのですが、最近バレまして(笑)。今では楽しく、宝塚トークをさせていただいています」

――個人的には、涼風真世さんがアクの強い老ハンナをどう演じるか、も楽しみです。
「涼風さんは老ハンナとブラヴァツキーの二役なさっていますが、声にしてもお芝居にしても、引き出しをたくさんお持ちですので、拝見していて勉強になります」

――今回の初ミュージカルで、何を掴みたいと思っていらっしゃいますか?
「僕は事前に決めておくというより、終わってから“こういうものを得たな”と感じることが多いので、現時点で明確な目標はありません。ただ、一つ思っているのは、エドガーが生きてきた長い時間の中で、舞台で描かれる、ある意味スポットがあたっている時間の中で、しっかり必要な人物として生きられるように…ということ。どの程度の濃さで、というのは今、(稽古で)探しているところですが、そのベースは絶対(外せない)、と思っています」

――どんな舞台になりそうでしょうか?
「(宝塚版と比べて)より、演劇的な色味が強くなっていると思います。エドガー役は同じ明日海さんですが、アラン役は宝塚版の柚香光さんとは全く個性が異なる千葉雄大さん。そこに男爵役の(小西)遼生さんや僕が加わって、本当に異種格闘戦というか、様々な個性が重なって、一つの、演劇的な舞台になっていくのではないかなと思います」

――現時点で、“ミュージカルって面白いな”と感じていらっしゃいますか?
「面白いですが、観ている以上に、やる方は大変だなと痛感しました(笑)。決まり事も多いですし、はじめ稽古期間が2か月もあると聞いて“そんなに?”と思いましたが、実際やってみると、むしろ足りないくらい。
僕の本業は歌舞伎ですが、いろんなことが出来る役者になりたいという気持ちがあり、ミュージカルに関しても、ダンスなどもっともっと勉強して、機会があればまた、と思っています。好きな作品ですか?コメディも観ますが、歴史的な作品が好きですね。特に革命の絡んだものが。『ひかりふる路』ですとか、『1789』のような作品が好きです」

――2020年はいろいろなことがありましたが、その中で感じたことをふまえ、どんな表現者になっていきたいと思っていらっしゃいますか?
「コロナ禍を通して、舞台って、やはりお客様に観に来ていただいてこそだな、と感じました。ドラマや映画は画面を通して観ていただくために作られますが、舞台は目の前のお客様に演じたいという気持ちが集まって生まれるもので、それがお客様の(心の)中に残っていくものなのだな、と。それがコロナのことで叶わなかったり、制限が生じたりしています。これからも、出来ること出来ないことがあって、演出が変わる部分も出て来るかとは思いますが、僕たち演者はなにより、“心”をなくしてはいけない、と思います。役を演じる上での心だけでなく、作品を愛する心、演劇を愛する心がなければ。それを熱く持ち続け、お客様に愛していただけるような役者になりたいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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公演情報 ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』1月11~26日=梅田芸術劇場メインホール、2月3~17日=東京国際フォーラム ホールC ライブ配信 1月16日、23日に実施予定 公式HP