生死を超えた愛を描き、世界的な大ヒットとなった映画『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)。音楽にユーリズミックスのデイヴ・スチュアートを迎えて2011年に英国で誕生、以降ブロードウェイ、オーストラリア、韓国など各地で上演されているミュージカル版が、18年の日本初演を経てこの3月、再び上演されます。
今回の舞台で新たにヒロイン、モリーを(ダブルキャストで)演じるのが、桜井玲香さん。18年の『レベッカ』以降、『ダンス・オブ・ヴァンパイア』『フラッシュダンス』とミュージカルに立て続けに出演している彼女ですが、今回はこれまでにない難しさを感じているのだそう。アイドルの世界とはまた一味異なるミュージカルの醍醐味なども含め、溌溂と語って下さいました。
【あらすじ】NYの銀行で辣腕を振るうサムは、アーティストの恋人モリーとのデートの帰途、暴漢に襲われる。銃声が響いた後、モリ―のもとに戻ったサムが目にしたのは、泣き叫ぶモリ―の腕の中で動かなくなっている自分の肉体だった。ゴーストになってしまったサムは、やがてモリ―が何者かに狙われていることを知るが…。
もし自分の大切な人であったなら、
お化けも怖くないのかな、と想像できます
――原作映画はご覧になりましたか?
「はい。純愛ラブ・ストーリーのつもりで観始めたのですが、最初のシーンが廃墟のような場所で、その後もスリル性の高い展開で。ちょっと怖くて、意外でした」
――そして今回、舞台版に参加ということで、まずは台本を読まれたのですね。
「舞台版は映画に忠実だけれど、スピーディーに進んでいく映画版に比べて、ワンシーン、ワンシーンを深く、しっかり描いた台本だなという印象をうけました。全体的にも温かさというか、より人間味が感じられました」
――生と死の垣根を超えて思いを伝えることはできるのか、というのがテーマの一つですが、桜井さんはこういったことを実感されたことはありますか?
「私自身は、これまであまり身近な人と死別した経験がないので、イメージでしかないのですが、この作品に触れるうち、別れがあったとしてもそれはものすごく寂しいことではないのかな、怖くなくなったかな、と感じました。正直、私はお化けが怖いのですが(笑)、それが自分の大切な人だったなら、怖くはないのかな、と」
――現時点では、ご自身の演じるモリ―をどんな人物として演じていますか?
「芯が通っていて、自分の思ったことをはっきり口に出せるし、相手にも口にしてほしいと思う、強い女性ですね。自分とは逆のタイプだと感じます」
――ご自身は、言わなくても通じると信じるタイプ?
「実際は言わないと通じないのだろうなとは思いますが、言わなくても通じると思ってしまうタイプです」
――ご自身からは遠いキャラクターを演じるというのは、どんな感覚ですか?
「自分からはかけ離れていても、キャラ性の強いものであれば演じやすいのですが、今回は“ごく普通の女性”でありながら思考が自分とは逆、という役柄です。ナチュラルに演じるのが大切なので、難しさを感じます」
――最愛のサムが亡くなってから、これから何を信じるべきか、とモリ―の心が揺れ動く様も見どころですね。
「サムの死と、彼の親友カールや霊媒師のオダ・メイの存在によって、モリ―の心はかなり揺れ動きます。その心情がお客様の視点にも重なってゆくのかなと思うので、丁寧に演じなければと思っています」
――メロディアスな音楽もこの作品の魅力ですね。
「どの曲も好きです。特に、1幕ラストで皆がそれぞれの心情を歌うナンバーは、何重唱にもなり稽古では苦戦すると思いますが、ばちっとはまるようになるとものすごくかっこよく盛り上がるので今から楽しみです。モリ―のソロはゆったりしたテンポのナンバーが多いのですが、一曲、“ここ息が続くかな?”というロングトーンがあり、そこも格闘中です」
――サム役の浦井さんとは、開幕はかないませんでしたが、『ウェスト・サイド・ストーリー』で共演されています。浦井さんはどんな相手役ですか?
「気さくで、よく話しかけて下さって、緊張をほぐして下さる方だなという印象がありました。『ウェスト・サイド~』でご一緒した時、浦井さんのトニーは好奇心旺盛な青年といった感じで、ちょっとかわいらしい、明るい青年を演じる方だなという印象です。なので、今回のサムは原作映画のサムとはちょっと違う感じになるんじゃないかな、と予想しています」
――桜井さんのモリ―とはどんなカップルになりそうでしょうか?
「きっと笑顔に溢れたカップルでしょうね。笑顔の絶えない幸せな時間を過ごしていたんだろうなと思うので、サムが亡くなったときの絶望感はより大きくなるような気がしています」
――今回、ご自身の中でテーマにされたいことはありますか?
「大切な人と会えなくなったり、自分のそばにいてくれる人がいなくなった時にどう立ち直って、強く生きていくか。それを嫌味なく表現することが目標です。ヒントになるのは、やはり原作映画のモリ―像でしょうか。ちょっと男っぽいというか、中性的な女性なのですが、映画ではデミ・ムーアさんが演じるモリ―がとにかく可愛くて。女性らしい人が演じることによって柔らかさが生まれていて、それがものすごくいいなと感じます。自分もそういうモリ―をどうにか表現できないものかと、試行錯誤しています」
――『ゴースト』と言えばろくろを回しながらのラブシーンが有名ですが…。
「陶芸は学校の授業でしか体験したことがなく、(初演でもモリ―を演じた)咲妃みゆさんに“実際にろくろを回しますよ”とうかがって、ドキドキしていました(笑)。先日、陶芸の練習をさせていただきましたが、惨敗でした(笑)。本番までに時間内に(ある程度の作品を)作れるようになるのが、まずは課題です」
――どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?
「お客様を元気づけられるような舞台にしたいです。今、このご時勢の中で、劇場に足を運ぶということが、どれほど勇気がいることか。それぞれ悩んだうえで覚悟をもって観に来てくださっていると思うので、やっぱり直接観てよかった、明日から頑張ろうと思って頂けるものになるよう、頑張りたいです」
――プロフィールについても少しうかがわせてください。乃木坂46で活躍されていた桜井さんですが、ミュージカルとの出会いはご自身的には必然だったのでしょうか?
「全く考えもつかなかったです。なかなか観に行く機会もなかったですし、人前で歌を歌うなんて…って。アイドルをやっていたのにそんなことを言うかなとも思いますが(笑)、こんなにたくさんの作品に参加させていただけるようになったのがいまだに信じられないです」
――ミュージカル初出演作の『レベッカ』では、身寄りのないヒロインが貴族に見初められ、新しい世界に踏み出すドキドキ感がとても伝わってきて素敵でした。
「有難うございます。当時は私自身、本当にドキドキしていました。(主演の)山口祐一郎さんの舞台も観劇したことがなかったくらいミュージカルを知らなかった私が、ものすごい方々の中に入って、ミュージカルの歌唱法もわからない中で一から教えていただき、とても大きな体験をさせていただきました」
――未知の世界だったミュージカルですが、いざやってみたら…。
「ものすごく面白かったというか、こんなに素敵な世界があるんだ、と思いました。『レベッカ』では出来ないことが多すぎて、悔しいまま終わりましたが、その後、トリプルキャストだった大塚千弘さんと『ダンス・オブ・ヴァンパイア』でも共演させていただいて仲良くさせていただいているうち、『レベッカ』のいろいろなお話をうかがって、改めて、自分は怖いもの知らずだった、だからこそ突っ走ることが出来たのだなと感じました」
――ミュージカルのどんなところを面白いと感じますか?
「衣裳やセット含め、とても華やかなところです。中世のヨーロッパなんて、本来は日本人が演じられないような世界や役が、舞台だと違和感なく表現できますし、生で直接観ることで与えられる影響力や感動もミュージカルにしかないものだと思います。今では私自身、夢中です」
――アイドルの世界とはまた違った良さがありますか?
「アイドルは“観る”というより、同じ空間で一緒に声を出したり踊ったりするのが楽しい世界。いっぽう、舞台は双眼鏡を持ってご覧になる方もいらっしゃるほど真剣に観るもので、違う良さがあると思います」
――2020年はコロナ禍で世界中が大変な状況に見舞われましたが、そこで感じたことをふまえ、現在の桜井さんはどんな表現者でありたいと思っていらっしゃいますか?
「コロナ禍によって、何気なく外出したり、人と会ってお話することも難しい世の中になってしまって、それを受け入れられるようにはなっても、無意識のうちにすごくストレスを感じていたと思います。自粛期間が解除になって久しぶりに舞台を観たとき、明日から頑張ろうと思えましたし、ものすごく感動している自分がいました。ライブ・エンタテインメントを観ることが、たくさんの人にとって大切な時間であることを改めて感じていますし、自分も舞台に立たせていただけるならば、しっかりと続けていくことが大事だなと痛感しています」
――これから挑戦してみたいもの、何か具体的にありますか?
「チャンスをいただけるなら、何年も上演されている、名作と呼ばれるようなミュージカルにも出演できるよう頑張りたいです。海外で上演されていて、まだ日本には入ってきていないような作品もどんどん挑戦してみたいです」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『GHOST』3月5日~23日=日比谷シアタークリエ、4月4日=愛知県芸術劇場、4月9日~11日=新歌舞伎座 公式HP
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