Musical Theater Japan

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渋谷真紀子の連載エッセイ『大夢想展』Vol.5「ブリスベン芸術祭:大自然と多様性を楽しむアートの祭典」

 

撮影:渋谷真紀子 禁無断転載

 

こんにちは、オーストラリアのブリスベンにはジャカランダが咲き誇る春が訪れています。私が住むこの街は、メルボルン・シドニーに次ぐ第三の都市で、2032年のオリンピック開催地です。今回は日本の文化の日に因んで、春を祝うように開催されたブリスベンフェスティバルという芸術祭を紹介します。

この芸術祭は、ブリスベン川沿いのメイン会場を中心に、街全体で開催されます。今年はコロナ明けを感じる体験型のインスタレーションやイマーシブシアター等参加型が増えた他、ピクニックしながら楽しめる音楽やパフォーマンスも賑わいを見せていました。春の陽射しを楽しめる屋外コンテンツが多いのも、ブリスベンらしさです。

開幕を祝うのは、シンボルのストーリーブリッジからブリスベン川にシャンデリアのように流れる花火。Art Boatという、船上で飲食をしながらのライブパフォーマンスも人気があります。春休み期間なので家族連れも多く見かけますし、若者やカップルも多いですが、劇場はコアファンと学生などの団体客が多いのが残念なところです。ピクニック日和の天候は、劇場から人を遠ざけると州立劇場の芸術監督が冗談交じりに嘆いていました。それでもフェスティバル期間は各劇場が渾身の一作を上演するので、普段演劇を観ない方も訪れる機会になっているようです。

ブリスベン川沿メイン会場のアートインスタレーションと花火。撮影Atmosphere Photography

今回は数ある出展作品の中から、私も昨年芸術監督の演出作品に携わった、クイーンズランド州立劇場版の『オセロ』(シェイクスピア)を紹介します。1942年、日本軍がダーウィンやホーン島を空撃した頃のクイーンズランド州の北部トレス海峡諸島の島を舞台にしたプロダクションです。

本作の魅力は、ムーア人オセロを先住民に設定し、同じ1600年代にトレス海峡諸島に住んでいた先住民が伝えてきた言葉や歌・踊りを織り込み、英国の古典とオーストラリアの古典を融合させ、現代に残る人種差別の問題を投影した点。戦時中の象徴として、”第二次世界大戦の戦闘機ダンス”という、頭上に日本軍の戦闘機をつけて踊る踊りもありました。

「オセロ」公演写真 撮影Brett Boardman

オーストラリアは戦後も白豪主義が続き、非植民地化の流れから移民を含めた多文化主義へ転換する一方で、先住民との和解は未だ課題です。
行事やイベント開催時には、「先住民の土地であることの確認(Acknowledgement of Country)」という政府の公式文を文字とアナウンスを通して掲げることで、先住民への敬意と感謝を表すという習慣があります。
「私たちはオーストラリア先住民とトレス海峡諸島(その土地の先住民)の方々を敬い、認識する事を表します。」と始まり、文化芸術においても彼らから受け継ぎ、共存し、未来へとつなげていくことを表します。
ただ、部族の言語・歌や踊りは口頭伝承で部族特有のものなので、できる人が限られ、他の芸術との融合は難しいと言います。だからこそ、シェイクスピアの言語と先住民の言語文化の融合、現代オーストラリアでも根強く残る人種問題(先住民との混血が禁止されていた歴史背景)も投影する本作は画期的でした。

「オセロ」公演写真 撮影Brett Boardman

実現したのは、オセロ役のジミー・バニが、トレス海峡諸島のWagadagam部族の9代目継承者で、彼の祖父エフライム・バニがその言語を英語圏の人にも伝わるEPO(Ephraim's Practical Orthographyエフライムの実践的文字表記)を考案した言語学者だからです。ジミーの曽祖父から伝承した歌や踊りを表現するのは、音楽家・兵士役で出演する彼の兄弟達。ジミーは、英語が第三言語だった状態から名門演劇学校に入学し、その類い希なる才能から卒業後はオーストラリア全土で活躍する名優です。特にシェイクスピア役者として知られていて、彼が発する一言一言は言霊のように響き、一音一音が心情と寄り添い変化します。本作では満を辞して彼の部族とシェイクスピアの融合を図り、クイーンズランドならではのシェイクスピア作品を届けています。

この他にも、戦時中に香港から出稼ぎに来た華族の話(中国系オーストラリア人作家の父の話を元に制作)やブリスベンの読書クラブの女性達5人の友情物語(人気小説が原作)など、ブリスベン土着の演劇作品が上演されました。私も昨年、ブリスベンっ子の話をショーケースで演出しました。脚本家は州立劇場の若手脚本賞を受賞した、19歳の秀才。彼女がいま感じる事を俳優と立体化して行く中で、ローカルな今を体感できる面白さがありました。

州立劇場は州内の人材を発掘して育て、制作にも時間をかけて傑作を生み出すことを使命としており、コロナ期が良い育て期間になったと言います。まさに今年のフェスティバルがその大舞台でした。私も演出やブリスベンの新作の現場に入ることで異文化を学んでいます。

オーストラリアやこの街の多彩な文化に触れることができる、ブリスベン芸術祭。春日和の時期の開催でもあり、2032年のオリンピックを前に訪れてみてはいかがでしょうか。

(文・写真=渋谷真紀子)

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渋谷真紀子 東京都出身。全米演出家振付家組合準会員。ボストンエマーソン大学院演劇修士取得。ブロードウェイ版「アリージャンス」の演出家奨学生として、演出助手を経験し、日本版を翻訳。ブロードウェイアジア/ CBE「Neverland: The Peter Pan Immersive Entertainment」ニューヨーク と北京公演の演出助手を担当。 他、ミュージカル「KAGUYA織り成す竹取物語」「THE WIZ」「FAME」「星の王子さま」「BLOOM-Songs from WELL-BEHAVED WOMEN-」『遠ざかるネバーランド』等を演出。