1920年代のNYを舞台としたハッピー・ミュージカル『モダン・ミリー』。2020年、開幕直前に中止となった公演が、2年の時を経てついに実現します。
再集結する豪華キャストを牽引するのが、ミリー役の朝夏まなとさん。宝塚歌劇団で宙組男役トップスターとして活躍後も、『マイ・フェア・レディ』『オン・ユア・フィート!』『バーナム』等で多彩な役柄を見事に演じ分けてきましたが、この秋は朝夏さんにとって新たな当たり役が誕生するのでは、ともっぱらの評判です。とびきりポジティブでチャーミングなヒロインへのアプローチを、朝夏さんご自身に語っていただきました。
【あらすじ】1922年のNY。カンザスの田舎町から出てきたミリーは、大都会に着いて早々に財布を盗まれ、偶然出会ったジミーから「プリシラ」というホテルを紹介される。
ミセス・ミアーズが経営するその宿には、NYでの成功を夢見る若い女性たちが長期滞在しており、ミリーは新入りのドロシーらと親しくなりつつ、仕事探しに奔走。速記の腕を買われて入社した保険会社の社長にときめき、彼へのアタックを始めるが、ドロシーが行方不明になってしまい…。
もやもやがすかっと晴れ、
皆が笑顔で帰れる舞台に
――『モダン・ミリー』という作品に初めて触れた際、どんな印象を持たれましたか?
「以前からトニー賞授賞式のパフォーマンス映像は観ていたのですが、今回のお話をいただいて、(ジュリー・アンドリュース主演の)映画版や資料映像を見て、すぐに心惹かれました。ヨーロッパのミュージカルも素敵ですが、私は歌にお芝居にダンスが揃った“ザ・ブロードウェイ・ミュージカル”が大好きで、まさにその典型のような作品だな、と思ったのです」
――歌・芝居・ダンスが揃った作品となると、出演される側にとっては大変さもあるかと思いますが、だからこそかき立てられるものがありますか?
「やらねばならぬことが多いというのは幸せなことだな、と思うんです」
――朝夏さんはチャレンジャーでいらっしゃるのですね!
「そうですね(笑)」
――朝夏さんが今回演じるヒロイン、ミリーは、カンザスから玉の輿を夢見てNYにやってきます。現代的な感覚からすると“人生の目標=玉の輿”という価値観に驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。
「そこなんですよね。私もはじめ、女性の道を切り拓こうとしているミリーが、どうして玉の輿に乗りたいのかな、と気になりました。でもそこには、(1920年代という)時代性もあったと思うんです。女性が事業を起こすというようなことには至っていない時代なので、女性として地位を向上させるには、まず玉の輿に乗ってから、ということだったのかもしれません。
それに、ミリーはタイピストとしては一流の腕を持っていて、その上で社長と結婚して手に職をつけようとしているので、単純に玉の輿に乗ろうとしている女の子ではないんです」
――結婚願望はあるのに恋愛には不慣れなのも面白いですね。保険会社の社長、グレイドンに初めて会った時の一言、何とも素朴です。
「とぼけた感じもしますよね。結婚はビジネスだ、愛は後からついてくればいい…と思い込んで社長にアタックするミリーですが、ジミーと関わるうち、愛とは何かを知ってしまう。
それまで抱いていた結婚観がみごとに覆っていきます」
――演出家の小林香さんは、かねてから社会のジェンダーギャップについて関心をお持ちの方ですが、今回はそういった視点も演出に反映されるでしょうか。
「2020年に稽古をしていた時には、ミリーたちは女性の地位が変わる時代の先駆けでもあるので、強くあってほしいとおっしゃっていました。女の子たちが男性に対する不満をぶつけるシーンがあるのですが、そこでは“もっと発散して”とよく言われましたね」
――およそ1世紀前のお話ではありますが、今を生きる女性たちも共感できそうですね。
「そう思います。結婚が全てではない(多様化の)世界になってきている今、ミリーが本当に大切なことに気づく物語に共感される方は多いのではないでしょうか。それに至る過程も素敵で、ミリーは(保坂知寿さん演じる)セレブ歌手のマジーと知り合うのですが、(大富豪と結婚した)彼女は玉の輿に乗るべきか迷うミリーに、優しく助言して“大事なのは愛”と背中を押してくれるんです。女性同士のこういうしっとりとしたシーンはミュージカルでは珍しいので、いいなぁ、と思っていました」
――人との出会いが、ミリーを成長させてゆくのですね。
「そうなんです。ミリーの周りって、いい人が多いんですね。ホテル・プリシラでも女優の卵の女の子たちがわいわい仲良く助け合っていて、本当に彼女は“人”に恵まれているなと思います」
――本作はミュージカル“コメディ”ですが、朝夏さんは『天使にラブソングを』等で既に抜群のコメディ・センスを発揮されています。コメディを演じる上で心がけていらっしゃることはありますか?
「コメディでは“計算する”ことを大切にしています。笑いが起きるであろう場所を引き立たせるため、その“前”の間合いを計算します。もう一つ、その日のお客様の空気にもよります。声が出なくとも楽しまれていることもあるので、笑い声の大きさが基準というわけではないのですが、その時のお客様の空気を私は読んでいます。今日はベタなお芝居が好まれるな、と思ったらベタで行きますし、今日のお客様に笑いは厳しいなというときはシリアスに行きます」
――笑いを引き出す“間”は、誰でも操れるものではないと思いますが…。
「宝塚にいたときに、TVで吉本のお笑いをたくさん見ていました。自分も笑いながら、“今、どうして面白かったんだろう”と分析すると、相手の方との呼吸、“間”なんですね。そういうものを見ながら身に着けていったのかもしれません」
――吉本の笑いの“間”はブロードウェイ・ミュージカルにも有効なのですね。
「笑いというのはリズムなので、行ける気がします。…って、“個人の見解です”とテロップを入れておいて下さいね(笑)」
――宝塚時代に『トップハット』で、アステア・ダンスも経験されている朝夏さん。本作は20年代が舞台なので、今回も華麗なダンスを拝見できるのでは、と期待されている方も多いと思います。
「それこそアステアとジンジャー(・ロジャース)風に(ジミー役の)中河内(雅貴)さんと踊るシーンもありますが、現代的なエッセンスを取り入れた振付もタップもあって、同じ人物がいろいろなダンスを踊るのがすごく面白いと思います。個人的には、プロローグの群舞が特に楽しいですね。最近やっていなかったけれど、宝塚時代にみんなで踊るということをやってきたので、“この感覚懐かしいな”と。NYに出てきたミリーが髪を切って短いスカートをはいて、“私はこれからモダン・ガールになるのよ!”と張り切っている場面なので、楽しく踊っています」
――メイン・キャストはほぼ全員が再集結されていますが、カンパニーはどんな空気感でしょうか。
「私と中河内さん、廣瀬(友祐)さん、実咲凜音さんがわちゃわちゃやっているのを(笑)、大先輩のお二人(一路真輝さん、保坂さん)があたたかく見守って下さっています。でもこのお二人が面白いんですよ。ベテランのお二人でいらっしゃるのに、私たちのところに降りてきて喋って下さる。お二人が自由にいて下さるから、私たちも委縮せず、のびのびしていられます。前回の稽古は(コロナ禍でいつ稽古が中断されるか分からない状態だったため)とてもハイペースで、思うようにお喋りできなかったので、今回はたっぷりコミュニケーションをとりながらお稽古できたら、と思っています」
――現時点で、どんな舞台になればいいなと思われますか?
「みんなが笑顔で帰れる作品。“ちょっとしんどいな”という思いを抱えていらっしゃった方が、“あー、来てよかった”と思っていただける舞台ですね。それくらい、この作品には歌も芝居もダンスもあって、きゅんきゅんする恋模様もあって、“そうなるんかー”みたいな結末も(笑)ハッピーエンドもあって、本当に楽しさがてんこ盛りなんです。もやもやしていた気持ちがすかっと晴れる舞台にしたいです」
――近年のご活躍についても少しうかがわせてください。2017年に宝塚歌劇団を退団後も、朝夏さんはミュージカル界のトップランナーとしてずっと活躍されていますが、その元気の源は何でしょうか?
「何だろう…。でも私にも、元気じゃない時はありますよ、人間ですから(笑)。そういう時には家でずっと配信番組を見て“何もしない”日にすることもあります。あるいは、他の舞台を観に行って“みんなもこんなに頑張っているのだから、私も頑張ろう”という気持ちになったり。一番大きいのは、舞台を楽しみに待っていて下さる方々の存在ですね。皆さんがわざわざ足を運んで下さった姿に、自然と元気が沸いてきます」
――ここ数年、幅広い役柄を着実にこなしていらっしゃる朝夏さんですが、個人的には特に『メリリー・ウィー・ロール・アロング』のガッシー役が印象に残っています。この作品は現在から過去へと時間が逆行してゆく演出が特徴的で、朝夏さんも破滅寸前の大女優の半生を数年刻みで遡りつつ演じましたが、“まだ何者でもない秘書”の時代に差し掛かった時に全くオーラが無く、一瞬“誰だろう”と思わせるほどの引き算の演技に驚きました。
「それは嬉しいです!以前、『マイ・フェア・レディ』で(ピッカリング大佐役の)相島一之さんにも“まーちゃんはオーラを操れるんだね。最初の下町娘の時にはオーラを出さずに演じられるね”と言われてすごく嬉しかったのですが、自分の役割によってオーラを変えたい、という気持ちはすごくあります。必要な時には出して、要らない時には引く、ということが成功していたら嬉しいです」
――どうしたらオーラを操れるのでしょうか。テクニカルなことでしょうか。
「テクニカルなことなのかな。自分としては、その時点のそのキャラクターにふさわしい居方を意識しました。例えば秘書時代のガッシーは、女優になりたいという野心は内面には持っているけど、まだオーラと言えるようなものは持っていない。オーラって自信ですから。それは演出のマリア(・フリードマン)からも言われました。まだ見せなくていいです、と」
――となると、テクニカルなものではなく、内面の意識が鍵でしょうか。
「内面、なのかもしれないですね」
――朝夏さんはどんな表現者を目指していらっしゃるのですか?
「宝塚時代から、“役によって全然違うね”と言われるようになりたい、と思ってきました。コメディでもシリアスな作品でも、いろいろな役を成立させられるようになりたいな、と。卒業してからもいろいろなタイプの役をいただけたことで、様々な引き出しが増えてきているようにも感じています。“悪女をやってほしい”と『こどもの一生』というストレート・プレイにお声がけいただいたこともありましたし、これからも、“こういうものをやってほしい”と思っていただける人になりたいですね。ミュージカルに限らず、ストレート・プレイでもダンスでも“観たい”と思っていただける存在でありたいです」
――コロナ禍を経験されたことで、その思いはより深くなったでしょうか。
「私は17歳からずっと舞台に立ってきて、公演がなくなるなんて考えたこともありませんでしたが、実際には容赦なく、(中止という形で)なくなりました。それをきっかけに、自分が舞台に立つことでどれだけ生きていると実感できたか、また、観劇をすることでどれだけエネルギーをもらっていたかを改めて感じて、舞台というものは絶対なくしてはいけない、続けさせていただける限りは誠心誠意つとめたい、と思いました。自粛期間中もお互いに連絡をとりあっていたので、この思いは俳優さんたち、みな同じだと思います。
(感染)状況はだいぶよくなりましたが、それでもまだ完全ではなくて、お客様たちのマスクをとった姿も見られません。でもそんなことも忘れていただけるような、すかっとする舞台を、今回は『モダン・ミリー』でお届けしたい。そんな思いでいっぱいです」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『モダン・ミリー』9月7~26日=日比谷シアタークリエ、10月1~2日=新歌舞伎座 公式HP
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