Musical Theater Japan

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『ブラッド・ブラザーズ』柿澤勇人インタビュー:反骨のスピリットが迸る、数奇な人間ドラマ

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柿澤勇人 1987年神奈川県出身。劇団四季で『春のめざめ』『ライオンキング』『人間になりたがった猫』に主演、09年に退団。近年の出演作に『フランケンシュタイン』『海辺のカフカ』『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』『スリル・ミー』『メリー・ポピンズ』 等。TVドラマや映画でも活躍している。

 

『リタの教育』『私はシャーリー・ヴァレンタイン』等で知られる劇作家・作曲家のウィリー・ラッセルが学校演劇として書き下ろし、後に自身でミュージカル化。1983年の初演以来、世界各地で愛されてきた『ブラッド・ブラザーズ』が、久々に日本で上演されます。

日本初演でミッキーの兄、サミーを演じた吉田鋼太郎さんの演出のもと、血の繋がりを知らずに育った双子のうちの一人、ミッキーを演じるのが柿澤勇人さん。吉田さんとは二人芝居『スルース〜探偵〜』でがっぷりよつの共演を果たし、役者として既に気心の知れた間柄ですが、吉田さんにとって初のミュージカル演出である今回の現場は、壮絶なものだそう。ハードだがその分、手応えも大きいという稽古の様子を伺いました。

【あらすじ】1960年代前半のリバプール。子だくさんのミセス・ジョンストンはさらに子を授かるが、妊娠中に夫に捨てられ、お腹の子が双子であることを知り、途方にくれる。家政婦として働いていたライオンズ家でミセス・ライオンズにこぼしたところ、子のない彼女は“一人譲って”と提案。毎日、仕事の合間に会えるならとミセス・ジョンストンは承服するが、出産後、契約通りに一人を渡すと、警戒した夫人によって解雇されてしまう。

時は過ぎ、7歳のミッキーは裕福な地区に住む同い年の少年、エドワードと知り合い、意気投合。実は生まれてすぐ引き離された双子であることを知らずに義兄弟の契りを交わすが、彼らの接近を知ったミセス・ライオンズによって仲を引き裂かれる。ジョンストン家はある事情で移住を余儀なくされ、彼らが引越した先には…。

もう二度と出来ないくらいの
熱量で、この作品に向き合っています

 

――本作は貧困がもたらす悲劇をリアルに描きつつ、ナレーターの登場によって人間と運命の関係を強調している点で、どこかギリシャ悲劇的でもあります。様々なとらえ方が可能な作品ですが、皆さんの間で何か共通認識はおありでしょうか?

「吉田さんからは、60年代当時のリバプールの(ワーキング・クラスの)人々は貧しく、生まれによって未来が決まってしまうような状況ではあったけれど、そんな中でも反骨精神を持っていたということは忘れないでくれ、と言われています。

あとはキャラクターごとに目指すものがあるけれど、僕の場合、後半に“これを言うために全てを頑張っている”と思えるような台詞があるんです。鋼太郎さんからは、“ここはシェイクスピアだよ、(シェイクスピア劇のように)世界に向かって、天に向かって言ってくれ”と言われました。日本でも格差社会というものはあるけれど、それ以上に、当時のイギリスでは僕らの想像を絶する格差というものがあって、(持てる者と持たざる者では)全然違う人生を歩んでいる。ミッキーとしては“なんでこんな人生になってしまったんだよ”と、神に対して訴えてもいい台詞だぜ、と言われて、それはすごく印象に残っています」

――その台詞は、耳にするミセス・ジョンストンとしては心臓を抉られるようなものかと思いますが、ミッキーは母親に対してどんな思いを持っていたのでしょうか。

「ミッキーの根底にはピュアな部分があって、だからこそサミー兄ちゃんの影響を受けやすかったわけだけど、お母さんには愛されていたと思うし、彼自身、母ちゃんのことは大好きだったと思います。その台詞を発する時は、思いがけない真実を聞かされて、本来ならハッピーなニュースの筈だけど、それをひっくり返して自分の運命を呪う。母ちゃん以外のすべてに対して叫んでいる、ということなのかなと思っています」

――吉田さんと柿澤さんには、蜷川幸雄さんの舞台に出演されたという共通項がありますが、今回、吉田さんの演出を受けていて、蜷川さん的なものを感じますか?

「感じますね。『スルース』の時は二人芝居で、お互いのやりやすいようにやっていたというのもあってあまり感じなかったけど、今回は“もう一回、もう一回”と千本ノックみたいにダメが入ったり、“もっとそこテンポ上げて、走りながら言え!叫べ!”、と細かく指摘があったり。
“芝居に命かけてるのかこの野郎!”と怒られているように感じることもあります。“ミュージカルだからって、歌っていれば芝居ができているような気になるなよ”と。灰皿を投げたりみたいなことはないけど(笑)、蜷川さんの匂いはものすごくあります。楽しい稽古ですよ」

――台詞を大切にされているのですね。

「台詞というか、歌以外の芝居ですね。喋り方より、そのシーンが何を伝えたいのかとか、(熱量が)マックスに届くにはどこでギアを上げるかとか、そっちの方向じゃないぞ、もっとやれ、いややりすぎだ、といったアジャストをものすごくやってくれます」

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『ブラッド・ブラザーズ』稽古より。写真提供:ホリプロ

 

――序盤で演じるのは7歳のミッキー。ご自身の7歳の頃を思い出しながら演じていらっしゃるのでしょうか?

「そういう感じではないです。ちょうど僕の甥がミッキーと同じく8歳になりかけていて、参考にはなるけど、初期の稽古で子供っぽい動きや声の出し方をトライしたら、“絶対そっちじゃない、そっちに行くな。高い声を使うとか考えるな、その時点で子供じゃない”と鋼太郎さんに言われました。
そこで甥がどうしてあんなに可愛くて愛おしいのかを考えると、全てに対してピュアで一生懸命だし、可愛いと思われたいなんて思っていないんですよ。一瞬、一瞬を一生懸命生きて、全てのことに無垢に反応している。それが愛おしいんだ、と思って、そういう部分を大事にしています」

――では“7歳の歌声”はどのように表現を?

「ほぼ、歌っていません。鋼太郎さんの演出で、歌というより台詞として言いなさいというのがまず、あります。ただ、7歳の子供って驚いた時にものすごい声を出したり、そんなに泣く?そんなに笑う?というくらいレンジが大きくて、中途半端なところがないじゃないですか。そういう意味で、めちゃくちゃ声量は出しています。動きももちろんすばしっこく動くし、常に考える余裕はなくて、1幕の間は思ったらすぐ行動していますね。目の前のことに反応して動くという感じで稽古しています」

――ウィリー・ラッセルによる音楽はいかがですか?

「(本作の音楽は)リフレインというか、同じようなメロディで違う人が違う歌詞で歌う部分が多いので、耳に残ります。全然違う場面でも使われるので、クセになりますね。あと、サックスの印象がすごく強くて、悲しい感じにも、哀愁漂う感じにも聞こえます」

――歌いやすい楽曲でしょうか?

「全然、歌いやすくないですね。しかも今回は鋼太郎さんが“アカペラでやろう、ピアノいらないな”と伴奏を切っちゃったりしているので、ミュージカルではよく“音楽に乗る”、“音楽の力を信じて歌う”というのがあるんですけど、今回は特に、言葉で思っていることに対峙しないといけないのかな、と思っています」

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『ブラッド・ブラザーズ』

――エドワード役のウエンツ瑛士さんとは、どんなコンビネーションになってきていますか?

「自然に出来上がってきているような気がします。彼とはダブルキャストはあっても、共演するのは初めてなのですが、初めてという感じがないし、芝居に対する思いだったり向き合い方であったり、共感するものが多いように感じています。彼のほうはどう思っているかわからないけど、非常に頼れるし、稽古していて体力的にしんどくても、彼の目を見るとそんなことは忘れてしまう。非常に頼もしい存在です」

――エドワードはちょっと“とっぽい”というか、育ちが良すぎて、ミッキーのやんちゃな言動に“そんな悪いこと知ってるんだね”と目を輝かせてついてくる、という印象ですが、ウエンツさんからそういう視線を感じますか?

「感じます。芝居の中では僕が彼の憧れの存在にならなくちゃいけなくて、僕がやっていることのすべてがエディにとっては新しく見える。そういうふうに見えている感じはあります。いっぽう、エディもミッキーの持っていないものを持っていて、ミッキーはいいな、と感じている。ただ、どこでそれを表すか、は難しくて。初めて彼の家に行くシーンでは、見たことのないソファや照明に驚いていると思うけど、基本的にミッキーは“自分たちの生き方のほうがいい”と思って生きているから、エディに対して初めて憧れ感を出すのは、(二人で歌うナンバー)“長い長い日曜日”になるかと思います」

――これから御覧になる方々に、どんな部分を楽しみにしてほしいですか?

「今回のキャストは30代から50代までと幅広いのですが、こんなに走り回って飛び回って泣いて叫ぶ舞台はない、というくらい暴れています(笑)。個人的には、19歳でこの世界に入って、一番疲弊しています。1幕が終わった段階で酸欠で倒れそうですから。それほど必死な僕らの姿を、楽しみに待っていてほしいです。
そして芝居に対して熱いものを持っている人たちが集結しています。皆、現状に満足していないんですよ。反骨心、ロックなスピリットを持っていて、それが舞台でパワフルに表現されるといいなと思います。観る側もかなりエネルギーを使うかもしれないけれど、きっといい疲れになるんじゃないかな。体力的にももう二度と出来ないかもしれないから、とにかく今、観ていただきたいです」

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『ブラッド・ブラザーズ』3月21日~4月3日=東京国際フォーラム ホールC その後愛知、久留米、大阪で上演 公式HP
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