Musical Theater Japan

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ストレート・プレイへの誘い:柿澤勇人インタビュー 『スルース~探偵~』に臨む覚悟

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柿澤勇人 1987年神奈川県出身。劇団四季で『春のめざめ』『ライオンキング』『人間になりたがった猫』に主演、09年に退団。近年の出演作に『フランケンシュタイン』『海辺のカフカ』『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』『スリル・ミー』『メリー・ポピンズ』 等。TVドラマや映画でも活躍している。

1970年に英米で初演、翌年のトニー賞で最優秀演劇賞を受賞したアントニー・シェーファーの戯曲『Sleuth』。一人の女性を巡る作家と若い男の攻防を描いた人気作が、演出を兼ねる吉田鋼太郎さん、柿澤勇人さんの顔合わせで上演されます。初めて顔を合わせた“因縁の二人”が、丁々発止の台詞の応酬の先にたどり着くゴールとは? 二人という最少のユニットで展開する極上のサスペンス劇で、かつてマイケル・ケイン(映画版)、山口祐一郎さん(劇団四季版)らが演じた若い男、マイロ役を演じる柿澤さんに、稽古の手応えや今の心境をたっぷりうかがいました。

《あらすじ》成功したミステリー作家、アンドリュー・ワイクの邸宅に、マイロという若い男が招かれる。彼はアンドリューの妻と不倫中だが、アンドリューはその件を責めず、自宅の宝石を泥棒に扮して盗み出すよう、マイロに依頼。そうすれば自分は宝石にかけた保険金を、マイロは妻と宝石を手にすることが出来るではないか、というのだ。“これは罠だろうか?”と逡巡しつつも、マイロはアンドリューの計画に乗ることにするが…。

鋼太郎さんと僕の実体験、関係性がそのまま
活かせるような気がしています

――柿澤さんはご自身のキャリアの中で、ストレート・プレイをどう位置付けていらっしゃいますか?
「正直、ミュージカルと何ら変わらない、“舞台のお仕事”という感覚です。映像と舞台であれば、違いはあると思うんです。映像だと時間の制約があるから、クランクインして5分後には正解を出さないといけないけれど、舞台だと稽古期間があるので、何回でも“作っては壊し”のトライ&エラーができる。苦しい作業だけど僕にとってはそれが楽しいし、有難くもあります」

――ミュージカルだと感情の高まりとともに音楽が入ってきて歌で表現できるところが、演劇だと最後まで言葉で紡いでいくことになりますよね。言葉のみの表現がプレッシャーになったり、ということはないですか?
「ないですね。逆に、作品によっては歌を入れるととんでもないことになるかもしれないし、僕にとってそもそも、歌がないことはプレッシャーにはならないんです。歌うことは好きだけど、ミュージカルで歌を歌うことには責任もあるし、好きなように歌えるわけではないので、歌うほうが逆に不自由に感じる時もある。だったらストレート・プレイがいいのかというとそういうわけでもなくて、あくまで台本と役者がフィットするかが大切。僕としてはあまりミュージカルか、ストレート・プレイかは関係ないと感じています」

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写真提供:ホリプロ

――今回の『スルース』ですが、これまでにご覧になったことはありましたか?
「映画版は2本とも観ていますが、舞台版は観ていません。(吉田)鋼太郎さんも観ていらっしゃらないそうで、あんまり(以前のバージョンに)とらわれないほうがいいのかな、と思っています」

――日本では劇団四季などで何度も上演されている作品ですので、今回、柿澤さんがマイロと知って“おお、あの大変な役を!”と大きな期待を寄せている方も多いかと思います。勢いだけでは突っ走れない、テクニカルな要素も必要とされる役ですよね。
「そうですね、難しいです。ただ、そこに引っ張られるばかりではいけないと思っています。どの芝居でもそうだけど、僕は光が見えて自分が納得して、“後は何言われてもいいや”と思えるまでには、時間がかかるほうなんですよ。そこまで早く行きたいですね。でも焦らずに…(演出を兼ねる吉田)鋼太郎さんも、焦らず行こうと言いながら、一つ一つ丁寧に説明してくれるし、一緒に答えを出そうとしてくれています。最終的にはぽんぽん(台詞が)応酬するようになると思うけれど、今は何も作りこまず、とにかく何が起こっているのか明らかにしようよ、と一つ一つ確認しては、もう一回やろう…という感じでやっていますね。
今は立ち稽古に入っていて、今日は初めて1幕を通したんですが、大変な芝居です。今回、5キロぐらい痩せるんじゃないかな(笑)」

――マイロははじめ、自分たちの不倫がアンドリューにばれていると気付きながら彼の邸宅を訪ねますよね。わざわざ不倫の許可を求めに行くような格好ですが、なぜそんなことを?
「マイロはアンドリューの奥さんを本当に愛してしまったんでしょうね。素直というか、ピュアな人物なんじゃないかな。だから呼ばれたら正々堂々、行く。イタリア系の陽気な部分もあって、モテ男でもあるだろうし、一見ちゃらちゃらして見えるけど、根っこは純粋なんだと思います。でないと、アンドリューの“泥棒ゲーム”にまんまとはめられて、ボロボロになり…という展開にならないですよね。はじめこそ、金も女性も手にできるなんて“罠でしょ”と疑ってかかるのだけど、気が付けば彼に操られていくわけですから」

――アンドリューは自分の奥様について語る時、ちょっと女性蔑視的な一面がのぞきますね。マイロとしては、そういう部分にカチンときているでしょうか。
「もちろん。そういうこともあって、序盤は二人でマウントの取り合いをするのが面白いというか、滑稽ですよね。馬鹿な男たちだなぁ、って」

――マウンティングという面では、ちょっと『スリル・ミー』を彷彿とさせる部分もあるような気がするのですが。あちらはベースとしては愛の物語ですが…。男性二人が対峙すると、そういう状況が生まれやすいのかも?
「うーん、『スリル・ミー』はいまだに僕、よくわからない部分がありますね。初演、再演…と回を重ねても、その都度違うものが見えてきました。
本作のほうがその点ではわかりやすいです。愛だとかシャンペンだとか金だとか、くだらないことでマウントを取り合っているうちに、生まれも違うし敵対関係だったはずの二人が共鳴しあって、泥棒計画を一緒に楽しんでしまう。何やっているんだろうこの二人、っていう面白さがあって、単にバチバチやりあっているような作品じゃないんです。
あとは、演じる俳優の組み合わせによっても全然空気が変わってくると思います」

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写真提供:ホリプロ

――吉田鋼太郎さんとはどんなコンビぶりでしょうか?
「お互いの境地、実体験が今回の役柄に生きるんじゃないかと思います。鋼太郎さんは今や売れに売れているけど、“30代、40代のころは売れていなくて、人の芝居を観ては畜生と思っていたけど、蜷川(幸雄)さんたちに鍛えられて、やっと今の自分がいる”と感じているそうです。僕も同じように思う事が多くて、鋼太郎さんからも“お前はコロナに関係なく悶々としてるな、若いころの俺にそっくりだ。まぁ、お前のほうが(当時の)俺より落ち着いているけど”と言われます(笑)。確かに、自分が売れていると思えず、悶々としてはそれを芝居にぶつけているというところがあって、それがマイロ役に利用できそうだし、鋼太郎さんも成功していて人気もあり、何でもそろっているというのがアンドリューとかぶっています。そんな二人が対峙するので、すごく面白いものになるんじゃないかな」

――既に主演作もたくさんありますが、ご自身的には満足されていないのですね。
「主演作の有無は関係ないです。もちろん有難いことだし感謝しているけれど、そこで満足したら終わりだ、という感覚があります。もちろん、きつくても楽しくてあっという間に終わった作品もあって、例えば初めてあて書きしていただいた(三谷幸喜さん作の)『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』は、大変さより楽しさのほうが勝った大好きな作品だったけれど、終わってしまったし、『スルース』のようにそれまで飛び込んだことのないような役もやっていかないと生き残っていけないんじゃないか、という気がしています。もう33歳だし…」

――今回、ご自身の中でテーマにされていることはありますか?
「鋼太郎さんと対等に板の上に立つということですね。単純に僕の何十倍も芝居をなさっている方だから、“対等に”というのはすごく難しいことだと思うんです。だから経験値や技術ではないところで、何とかくらいついていかないと、と思っています」

――今回、どんな柿澤さんが観られそうでしょうか?
「それこそ、喜怒哀楽はもちろん、僕の持っているもの“全部”を見せられると思います。全部乗せ牛丼みたいな(笑)、僕を知っている方にとっても新しいものを観ていただけるんじゃないかな」

――どんな舞台になりそうでしょうか?
「近年稀に見る、何も見逃してほしくない…ちょっとした声の調子、上ずりみたいなものも含めて、一秒たりとも見逃してほしくないような舞台になると思います。
今日の稽古では、鋼太郎さんもあの歳で…って失礼だけど(笑)、(演出家として)ご自分で選択して走り回って暴れまわって、へとへとになっていて、若造もまけじとこれから暴れまわらなくちゃいけないなと思っています。もちろん、動きだけじゃなく、二人の男が知恵を絞り頭を回転させ心理戦をする、そんな中でいがみあった二人が一瞬だけ仲良くなっちゃったりする。全編ピリピリしているわけじゃなく、笑える場面もある。これからの稽古で、もしかしたら泣ける芝居になっていくかもしれません。とにかく鋼太郎さんも僕も、今持っている、出せるものを全部出さないと成立しないと思うので、大の大人がそうやって吐きそうになりながら、息切れしそうになりながらやっているのを、美しいなと思っていただけたら。何がんばってるの、でもすげえな、と思っていただけたら嬉しいです」

(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『スルース~探偵~』2021年1月8日~24日=新国立劇場小劇場、2月4~7日=サンケイホールブリーゼ、2月10~11日=りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館、2月13~14日=電力ホール、2月19~21日=ウインクあいち大ホール 公式HP
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