韓国でベストセラーとなり、日本でも2020年「本屋大賞翻訳小説部門」1位に選ばれた『アーモンド』が、板垣恭一さんの脚本・演出で舞台化。失感情症で感情を持たないユンジェと荒々しい性格のゴニ、対照的な二人の少年と周囲の人々のかかわりを通して、“共感とは何か”というテーマを現代に投げかけます。
この舞台で主人公のユンジェとゴニを回替わりで演じるのが、長江崚行さん、眞嶋秀斗さん。ミュージカルやストレート・プレイ等で活躍する若手ホープに、二つの難役に取り組む心境を伺いました。
【あらすじ】扁桃体(アーモンド)が人より小さく、他人とのコミュニケーションに問題を抱えていた16歳の高校生、ユンジェ。彼はある出来事をきっかけに、ゴニという少年と出会う。不幸な生い立ちのゴニは粗暴な性格で、二人はまったく対照的な存在だったが、少しずつ互いを理解し始める…。
決して“特殊なケース”ではなく、
自分のことが書かれているようにさえ感じました
――お二人はまず原作小説を読まれたそうですが、どんな第一印象でしたか?
眞嶋秀斗(以下・眞嶋)「失感情症の男の子の話ということで、特殊なケースなのかと思って読み始めましたが、最後にはまるで自分のことが書かれているような気分になりました。ユンジェは相手の感情が分からないから相手の顔を見たりしているけれど、全然普通だな、僕たちの日常にも当てはまることばかりだな、と共感できました。と同時に、心の深いところまで刺してくるような作品でもあって、正直、ダメージは大きかったです(笑)。ユンジェとゴニにとどまらず、登場人物はそれぞれに人生がうまくいかなかったり、立ち止まって考えたりしていて、こういう部分は僕も同じだな、といろんなキャラクターに感情移入出来ました」
長江崚行(以下・長江)「素直に、面白かったです。自分がこれを演じるんだという目線はいったん置いて読んでみると、これまで自分が生きてきた中でどこか引っ掛かりがあったことについて、“どう思う?”と尋ねられているような気分になりました。人をどう理解するのか。見て見ないふりをしていないか。もっと人に寄り添えるんじゃないか。そんなことを考えさせてくれる本だったので、この感覚は舞台をやるにあたっても大事にしないといけないな、と感じました」
――5年以上の芸歴のあるお二人。俳優として、内面の発露には慣れていらっしゃると思いますが、今回、回替わりで演じるユンジェは感情そのものが“無い”という、対照的なお役ですね。
長江「確かに今まで演じてきたキャラクターたちは、感情を発露する役が多かったですね。今回は(対照的な役を演じるので)自分の中で腑に落ちる演じ方を見つけられたらいいな、という模索の日々です。失感情症はどういう感じなのか。自分でストッパーをかけているわけでもないと思いますし、“感情がない”ということが感じられない、実感がわかないということを、自分なりにどう整理して舞台に立てばいいか。悩みながらも面白さも感じられる、挑戦の日々を過ごしています」
眞嶋「ユンジェの中ではうまく感情の回路が繋がっていませんが、生きていくためにはやっぱり会話が必要で、彼は相手の話を聞いて、理解して、返答します。根本的には、僕らと同じ行動をしていくなかで、ユンジェが抱く心のもやもやをリアルに感じられたら。そしてそのまま、それがお客様にも届いたらいいのかな、と思っています」
――今回、お二人は回替わりでユンジェとゴニを交互に演じますが、この役替わりにはどんな意味合いがあると感じていますか?
長江「この作品には何かしら心に傷を負った人たちが多く登場しますが、その中で、ユンジェとゴニは生まれた環境だったり持って生まれた性質が、他の人とはちょっと違います。だからこそなんの偏見も先入観もなく、お互いを見つめられる関係になっていけるんですよね。
ユンジェとしては、他人を理解したい、知りたい。だからこそ気性の粗いゴニに対しても恐怖心がなく近づいていけるし、彼の感受性を知って何かが生まれる。お互いが相乗効果を持って生きていけるんです。言ってみれば、ある種の鏡合わせのような二人だと思うので、交互に演じることには意味がある気がするし、役者として、昼の部で自分がやった役を夜、秀斗君が演じているのを見ると、自分が見ていた視点に彼が立っているんだな、と奇妙な感覚が呼び覚まされるような気がしています」
眞嶋「ここのところゴニ役で稽古していますが、ゴニとして一通り物語を見て、改めてユンジェとして台本を読むと、やっぱり全く違った視点ですが、根底にあるものは変わらないんですよね。ユンジェとゴニは置かれている状況は違うけど、心のもやもやは似てると思うところがすごくあって、それが面白いんです。この二役を演じることで『アーモンド』という作品がより浮かび上がってくる気がしています。崚行のユンジェ見てると、崚行の解釈がすごくわかって、この作品には、演じる俳優の数だけユンジェ像があるんだな、と感じます。そこは演劇ならではの体験として、お客様にも楽しんでいただけると思います」
長江「ちがう役者が演じることでキャラクターの質感が変わってくると思うんです。ある種の、抽象的なものになっていくというか。それによってお客様の中で倍の解釈が生まれるかもしれないし、解像度が少し変わってくるかもしれない、と思います」
――ミュージカルにも出演されているお二人ですが、今回はストレート・プレイ。台詞に特化した表現をどう感じていますか?
長江「ミュージカルでは感情が高ぶることで歌いだしたり、歌では表現できないから踊り出すということがあると思いますが、今回は全部台詞で表現していくので、お客様の想像力を信頼しないといけないな、と感じています。楽曲で時間を飛ばすのではなく、想像力の余白を残すように台詞を喋る。お客様の想像力がプラスされることで作品は完成すると思うので、(舞台が)良いものになってほしいという希望を持ちながら取り組んでいます」
眞嶋「僕は原作小説を読んだ時、淡々としてカット割りのようにシーンが移っていくのがきれいだと感じました。この魅力も舞台に取り込めたらと思っていて、シーンが変わると色や匂いが変わるような印象を、言葉で醸し出せないかな、と試行錯誤しています。今回は生演奏の音楽もあるので、音楽との融合も楽しみながらやっていこうと思っています」
――どんな舞台になればいいなと思っていますか?
長江「作品のテーマはもちろん届けたいと思っていますが、それに加えて、上質な演劇の空間を体験していただけたら嬉しいです。いい舞台を観ると、ずっと余韻が体の中に残りますが、あの感覚をお客様たちにも体験していただけたら。僕らの技術次第でもあるので高い目標だけど、そこを目指してやっていかなくちゃいけないと思っています」
眞嶋「この作品では(身体表現で)全員で情景を表現したりするので、カンパニーが一丸となって頑張っていきたいです。最終的に、お客様の中に今回の登場人物が…ユンジェでなくとも、おばあちゃんやドラがクリアに浮かび上がって、今日はこういう人と出会ったと感じていただけたらいいなと思っています」
――では最後に、お二人はどんな表現者を目指していらっしゃいますか?
長江「これまでは作品のことを聞かれるインタビューが多かったので、自分のことを聞かれると動揺してしまいますが(笑)、やっぱりエンターテインメントを大事にしたいと思っています。演劇ってもともとは社会問題を訴える場所でもあっただろうけれど、そういう側面も大切にしつつ、ただ純粋に楽しかったと言っていただくことも大事だと思うので、人に楽しんでもらえる存在になれれば、自分は及第点であり、希望かな…と思っています」
眞嶋「僕は小学生の時にミュージカル『ピーターパン』に出たのが初舞台でしたが、。その時、言葉では言い表せないような感情がわーっと湧き上がる、皆で一緒に空気を共有できる舞台って楽しいなと、心から思えました。僕自身、舞台に励まされたり、観て力が沸いてくることもよくあります。演劇は、旅行に行ったり美味しいものを食べるのと同じように心のパワーになると思うので、そういうものを与えられるような表現者になっていきたいと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『アーモンド』2月25日~3月13日=シアタートラム *2月25日~3月7日の公演が中止となりました。詳しくは公式HPをご参照下さい。 公式HP
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