Musical Theater Japan

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『魍魎の匣』『GREY』演出・板垣恭一インタビュー「エンタメ社会派の矜持」【後篇】

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板垣恭一 演出家・脚本家。日大芸術学部演劇学科、第三舞台を経て演出家に。日本版脚本&歌詞・演出を担当した『FACTORY GIRLS ~私が描く物語~』が第27 回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。近作に『いつか~one fine day2021』『忠臣蔵討入・る祭』『Crimes Of The Heart』『Fly By Night~君がいた』『HUNDRED DAYS』『フランケンシュタイン』など。「社会派エンタテインメント」というジャンルの確立を模索中。©Marino Matsushima 禁無断転載

この秋冬、毎月1本のペースで舞台を手掛けている演出家・板垣恭一さん。精力的な活動を通して、彼が社会に投げかけようとしているものとは――。稽古佳境の『October Sky』を取り上げた前篇に続き、11月開幕の『魍魎の匣』、12月開幕の『GREY』について、彼が標榜する“エンタメ社会派”について、大いに語っていただきました。

『魍魎の匣』いくつもの謎がクロスしてゆく 
京極夏彦の人気小説を
初のミュージカル化 

 【あらすじ】
昭和27年、14歳の加菜子は級友の頼子と湖を見に行く途中で駅のホームから落ち、電車に轢かれてしまう。重体の彼女は姉・陽子の依頼で「匣」と呼ばれる研究所に運ばれるが、何者かによって誘拐される。折しも世間は連続バラバラ殺人事件で騒然としており、作家、編集者、刑事らさまざまな人々が真相を探る中、“京極堂”と呼ばれる中禅寺秋彦が謎解きに加わる…。

――10月の『October Sky』に続いて11月に開幕するのが『魍魎の匣(もうりょうのはこ)』ですが、こちらは板垣さんが提案されたのですね。

「若いころから、書店に行っては“分厚くて怖そうな本があるな…”と、京極さんの本を遠目に見ていましたが、実際に初めて読んだのは去年です。何か面白い小説はない?と知り合いに紹介してもらったのが『魍魎の匣』で、“ああ、あれか!”と意を決して読んでみたら、面白かったんです。これミュージカルでいけるかも、と思っていたところに、劇団イッツフォーリーズのプロデューサーから新作をやろうという話をいただいて、提案したところ、京極さんサイドからも快諾をいただけたそうです」

――なぜミュージカルでいける、と?

「僕は(韓国発のミュージカル)『シャーロック・ホームズ』を演出したことがあって、この時、謎解きの論理的な解説もミュージカルで出来ることを知りました。どんなタイプの音楽にすればそれが成立するか、なんとなく感覚もつかめていたので、『魍魎の匣』をミュージカルという形で思い切り表現してみたら面白いんじゃないかなと思ったのです」

――台本化する作業はいかがでしたか?

「あれだけの長さのものを、休憩抜きで2時間20分くらいにまとめようとしているので、物理的に人生最大の時間がかかり、途中で泣きそうになりました(笑)。でも納得できる台本が出来、今は小澤時史さんという才能のある音楽家が僕の意図を汲んで楽曲を立ち上げてくれていて、ジェットコースターのようなものすごい情報量が駆け抜けていく作品になりそうです。

今回はあたかも本を読んだような観劇体験をめざしていて、僕は普段あまり映像を使わないのだけど、今回は使います。ただし、文字だけ。難しい漢字を映像に出して、お客さんの無意識の層に物語を刷り込んでいこうとしています。ですので、なんとなく見ていてもストーリーはわかるんじゃないかな。皆さんあの厚さで騙されるけれど(笑)、話自体はわりとシンプルなんですよ。面白くなるんじゃないかと思っております」

――演奏クレジットがパーカッションとバイオリンだけでしたが、この2つのみに絞っているのですか?

「いえ、他は録音してトラックを作り、それと連動しながら生演奏します。はじめにプロデューサーから4ピースという提案があって、小澤さんがもっと壮大にしたいと言うことで、録音でいく、それに生演奏を足す、ということになりました」

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『魍魎の匣』

――ネタバレとの兼ね合いでどこまで内容に踏み込んで良いか迷いますが…。

「ネタバレ、いいんじゃないですか? 30年位前の作品で多くの方がご存じだし、僕はネタバレを全然恐れない演出家で、いつもプロデューサーに“ラストシーンまで(取材に対して)見せようよ”と言っています」

――ではお言葉に甘えて伺いますが、複雑なミステリーの芯となっているのは、医師・美馬坂の「脳を永遠に活かせれば人間は不死だ」という発想に対する疑問、というようなことでしょうか?

「脳というのは意識の話じゃないですか。美馬坂の、“意識が世界だ”という考え方はまさに現代の病であって、謎解きをする(主人公の)中禅寺はそれに対して“人間って意識だけじゃないぞ、無意識も含めて人間なんだ”と言っています。
最近読んだ本では、人は一瞬で1100万個くらいの情報を入力しているけれど、意識で認識できるのはわずかで、殆どが無意識の領域にあるそうです。だから野球で、投げられたボールを無意識にどちらに曲がるかまで予想して、自分の手の延長にあるバットで当てることができるんですよね。今回、映像で字をたくさん出して無意識の層に訴えるのは、そういう認識があるからです。
物語の仕掛けは大仰でおどろおどろしく見えるけれど、松島さんがおっしゃったような「核」だけを観ると、ここまで人間が“意識”に縛られているというのは、すごく普遍的な、近代以降に出てきた闘いであって、人間の認識が現実よりもかなり狭いということを、京極さんは突いているのでは、と僕は思っています」

――主人公の中禅寺はなかなか登場せず、出てきたと思ったら受けの芝居が続き、最後には謎解き…と、なかなかの難役に見えますが、小西遼生さんが演じられるのですね。

「あの役を小西遼生以外誰がやるんだというくらい、ぴったりじゃないですか。小説にも芥川龍之介みたいだとか幽霊みたいという描写が出てきて、そんな人は日本に小西君しかいないので(笑)、彼が決まった時はよくぞ!と逆に驚きました。小西君なら受けの芝居も全然大丈夫だと思うし、論理的なことも考えられる方だから本当にぴったりだなと、稽古が始まるのを楽しみにしています」

『魍魎の匣』『GREY』

 

『GREY』:歌手の自殺未遂を通して
現代人の“心の闇”を描く
オリジナル・ミュージカル

【あらすじ】
構成作家の藍生が担当するリアリティ番組に出演中の新人歌手、shiroが自殺を図る。彼女は藍生の学生時代のバンド仲間で、番組に欠員が出たことで彼が推薦したのだった。明るく純粋なshiroはたちまち人気を集めるが、番組スポンサーが推す出演者よりも注目され、局内で問題視される。shiroはSNS上に自分へのアンチ・コメントを目にするようになり…。

――3本目の『GREY』は胸の痛くなるような最近の出来事…SNSでの誹謗中傷に追い詰められた著名人の自殺…にインスパイアされているようですが、なぜこの問題を扱うことに?

「本作のプロデューサーとはここ数年、翻訳ミュージカルで組んでいまして、今年再演した『いつか~one fine day』も、原作映画はあるけど僕がずいぶん話を膨らませたミュージカルで、次は原作無しの作品をやろうと言っていました。
僕は自分を“エンタメ社会派”と名乗っているのですが、その背景には、近年のエンタメから“現代の日本”が消えているのがあまりに嫌だな、という思いがあります。僕が若いころに観てきた演劇は、井上ひさしさんにしてもつかこうへいさん、鴻上尚史さん、野田秀樹さん、永井愛さんにしても、みな“エンタメ社会派”で、エンタメとして楽しく観られるけれど、そこで描かれているのは“今を生きる僕らの生きざま”でした。ハリウッド映画は今でもエンタメでありながら現在のアメリカの問題を描いているけれど、日本ではそういうジャンルが消えてしまっている気がして、何かしっくりこない。個人的な苦しみ、悲しみも普遍的なものだからダメとは思わないけれど、社会的な問題に対して誰も何も言っていないような気がしてならないんです」

――社会派の作品が全く書かれていないのか、もしくは書かれてはいるけれどヒットしたり話題になったりしていないということなのか…。

「そうなのかもしれません。僕としては、最もお客が入っている作品がそういう問題に触れていないのはもったいなくて、うまく触れればいいのに、と思うんです。『October Sky』だって、(高校生の夢を追う姿を描いているので)学校の中で完結してもいいところを、炭鉱が出てくることで、今を生きる人たちの閉塞感のメタファーにもなるということで、今上演する意味があると僕は考えます。
今回、自分で書くとなって、やはり今、起きていることに触れよう、と思いました。幸い、ミュージカルという手法を手に入れ、桑原まこさんという才能のある音楽家とも組める。あくまでも“楽しい、見やすいミュージカル”という娯楽だけれど、その口当たりの良さを使いながら、お客さんに“…で、あなたは今、どうなの?”と問いかけられるよう、今回は現代の話を選びました」

――SNSをテーマに選ばれた理由は?

「SNSのアンチ発言の根っこは、意外にも“正義感”なんですね。この“正義”という言葉にはうさん臭さがあって、僕はこの言葉は20年前から使わないようにしています。なぜなら、人が“正義”を振りかざして喋る時って、常に他人を攻撃していますよね。それとSNSのバッシングは僕の中で結びついていて、結局人間はストレスを逃がすときに“正義”という建前が必要なんだなと理解しています。それ自体はダメとは言えない、でも結果よろしくないことに人を追い込んでるということに対して、僕たちはもっと自覚的になったほうがいいんじゃないか。そこでSNSの書き込みからの悲しい顛末というテーマを通して、明確な悪意を持たないままお互いに生きる死ぬの瀬戸際に飛んでいってしまう危険性を舞台にしてみようと思いました。
SNSがいけないということではなく、僕らはかなり意識していないと簡単に人を傷つける、ということです。言葉には、刃物で刺す以上の力があるじゃないですか。僕はそれが怖くてSNSやっていないくらいですから。ツイッターのアカウントを持っていても一切発信しません、叩かれたらメンタル折れちゃうと思って(笑)。
演劇はお客さんが第三者の目線になるので、社会の縮図を見せるには適していると思うので、今回、SNSの問題を描くことで、今、世の中がこういうふうになっているということを圧縮して疑似体験していただけるんじゃないかと思っています」

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『GREY』

――主人公の構成作家、藍生を演じるのは矢田悠祐さん。組まれるのは初でしょうか?
「初めてです。『アルジャーノンに花束を』の再演に彼が主演しているのを観て、”この人すごくいい俳優だな”と思いました。その時ちょうど本作のキャスティングの佳境だったので、ぜひ彼でという話になったんです」

――新作3本のお話を通して、“エンタメ社会派”という板垣さんの演出姿勢をうかがってきましたが、今後もこのポリシーを貫いていかれるわけですね。

「自分で台本を書くときは、ですね。頼まれる仕事も喜んでやりますけど、体質上、そういうことは考えてしまいます。どんなにエンタメ・オンリーの作品に見えても、“なぜこの人はこういうふうなんだろう”と思ってしまうので。ただ人生的に予定外だったのは、脚本を書くようになってしまったことで。せっかくこの歳で脚本家稼業に突入したので、それなら好きなものを書こうかなと思っています」

――演劇は社会の鏡ではありますが、いっぽうで“あくまで夢を観たい、贔屓のスターを観たい”という方もいらっしゃるかと思います。

「それもいいと思うんです、僕としては“スターさんとエンタメ社会派をやる”のが理想です。例えば甲斐翔真君と社会派の作品をやる、とか。彼は実際、『いつか~one fine day2021』を観に来て“すごく心動かされました”と言ってくれたし、きっとそういう作品に興味を持っていると思います。まだ23歳でキャリアもまだあまりないのに物語や人間に対する視野が広い人なので、僕らの世代からとぼけ始めたことが、彼には生々しく見えているのかもしれません。
また、演劇を現実逃避の装置として観に行く人は、実はこっそり自画像を観に行っている…というのが僕の持論です。物語に自分を重ねる。『October Sky』のホーマーを見れば、自分の高校時代や彼氏を思い出すわけで、人間は自分の人生を結びつけることでしか物語を消費できないんです。現実とファンタジーのどちらがいいということではなく、社会派であっても見やすいものが入っているほうがいいと思うし、ファンタジーを好む人にも人生の真実の重さは持ったほうがいいと思う。そしてその“真実”は必ずしも前向きなものばかりではなく、例えば20年前にあった嫌な記憶を“こういうことなんだな”“あの時、私泣けばよかったんだな”とおさめる装置にもなると思う。僕が作る舞台は(心の)ロウソクに小さな火を灯したり、もしくは供養できる、そういう装置でありたいと思っています。
だから僕は努めて細かいところに目配せします。この瞬間に誰かがここを見て人生の何かが変わるかもしれないということに対して現場責任者としてうやむやに出来ないし、責任があると思っています。劇場に来ていろんな人生を目撃してくれれば、あなたの何かが必ず漂っていると思います。あなた自身だったり好きな人、大嫌いな人…。その中で人生の記憶をちょっとだけ組みかえたりおさめたりして、劇場を出て、ああ面白かったと言って帰ってくれたら、これに勝る喜びはありません。
逆にいうと、僕らはその程度のことしかできません。誰かの人生をまるごと救うことは出来ないけれど、2,3時間のうちに誰かの何かを動かすことは出来るもしれない。コロナ禍の大変な期間も体験したことで、やはり自分はこれを信じているんだ、だから責任を持ってやろうと思いました。こうやって創作の機会を与えてもらっていますが、そこから深い味わいをどう持たせるかは、作り手の僕らの自覚次第だと思います。ですからそこは手を抜かず、やっていきたいと思っています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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