Musical Theater Japan

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『太平洋序曲』松下優也インタビュー:真実を問いかける、カメレオンのような存在としての“狂言回し”

松下優也 兵庫県生まれ。2008年にアーティストとしてデビューし、翌年俳優デビュー。2016年NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』栄輔役で人気を博す。舞台ではミュージカル『黒執事』シリーズ、『モンティ・パイソンのSPAMALOT』『花より男子』『サンセット大通り』『パンドラの鐘』『ジャック・ザ・リッパー』『るろうに剣心 京都編』等の作品で活躍している。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

江戸時代末期の日本に突然、黒船が現れ、開国を迫る。下級武士の香山はアメリカ帰りのジョン万次郎とともに交渉に当たるが、アメリカに続いて他の列強も武力をちらつかせ始め、否応なしに変化の時がやってくる。歴史の大きな渦に飲み込まれながら、香山とジョン万次郎もそれぞれに変化を遂げるが…。

開国に揺れる日本を描いたソンドハイムの野心作『太平洋序曲』が、マシュー・ホワイトによる新演出で上演。人々の右往左往ぶりを物語る“狂言回し”を山本耕史さんとのダブルキャストでつとめるのが、松下優也さんです。

ミュージシャン・俳優として幅広く活躍してきた松下さんですが、今回はブロードウェイでもとりわけ独特の音楽性で知られるソンドハイムの作品ということで、新たな挑戦となる模様。内容的にも“衝撃的”だったという本作への思いを、たっぷりとうかがいました。

『太平洋序曲』

 

――松下さんは、ソンドハイムという作曲家をどうとらえていらっしゃいますか?

「偉大な作曲家であることは確かだと思います。はじめはキャッチ―に聴こえないのに、聴けば聴くほど、どんどん体に入ってくるんですよ。メロディーのあらゆるところに、芝居の意図するところがちりばめられているんだろうなと感じられて、ただ芝居を作るだけでなく、そういう部分を全て見つけていきたいと思わせてくれる作曲家さんです」

――ミュージシャンとしての松下さんのメインフィールドはR&Bかと思いますが、ソンドハイムの音楽はそこからは“遠い”感じですか?

「遠いと言えば遠いかもしれないですよね。もちろん“郷に入ったら郷に従え”ではあるけれど、僕はこれまでアフリカン・アメリカンの音楽をずっとやってきて、この声帯で歌うわけなので、テクニックにしてもリズムの取り方にしても、そういう(R&Bの)要素がちょっとしたところで入ってくるかもしれません。ソンドハイムの音楽性を吸収しながら、楽譜に書かれていない部分で、僕の声が楽曲とどんな化学反応を起こすのか。ぜひ楽しみにしていただけたらと思います」

――ソンドハイムのメロディは“次にここに行きそう”な音のずっと下を行ったりと、予想不可能な面もあったりしますが、実際に歌っていらっしゃるとどんな心地でしょうか。

「ただ単に歌としてこなしていたら、気持ち悪さを感じるかもしれません。でも、作品の流れの中で“こうならないといけない”という理由が見えたら、歌いにくさはなくなると思います。芝居でも同じことが言えて、“これ、言いにくい台詞だな”と感じる時は、その言葉が発音しにくいというより、たいていはその一つ前の芝居と繋がっていないんです。覚えにくい時もそうです。絶対その前に原因があるので、そこだけにフォーカスを当てちゃいけないんですよ。歌も同じで、なんだかこの音に行きにくいなと感じる時には、その前の表現とうまく繋がっていないことが多いので、僕はそこに立ち返って考えます」

――ブロードウェイ初演では、“狂言回し”役は“歌の方”というより、“芝居の方”が演じていらっしゃいました。今回、松下さんがこの役に配され、意外に感じられた方もいらっしゃるかもしれません。

「ある意味“歌の力”で持っていけるのもミュージカルの良さですが、音楽も芝居も好きな僕からすると、ミュージカルはその二つがたまたま共存しているだけで、決して一芸を見せるところではないと思っています。これまでも、ミュージカルはあくまで芝居の一つであると思って、そこに重きを置いてやってきました。芝居をきちんとやったうえで、一番外側に技術だったり歌だったりというものが乗っているという感覚。もちろんそういう部分のアウトプットは細かく作っていきますが、基本的に根っこにあるのは芝居だととらえています」

『太平洋序曲』狂言回し(松下優也)

――ここからは内容についてうかがいますが、まず作品の第一印象はいかがでしたか?

「正直、衝撃でした。欧米で日本を描いた作品って誇張されたものが多くて、日本人の本質を理解しようとしている作品はすごく少ない。よく海外ドラマや洋画を観ていて“日本ってこんなんじゃない!”と思ってしまうような作品、あるじゃないですか。そんな中で、『太平洋序曲』は日本人ではない人が、日本人の本質に迫って描いている、それも僕が生まれる何十年も前に…ということが衝撃でした。

僕らがミュージカルを演じる時は外国人を演じることが多いので、日本人を演じるというのはどこか不思議な感覚がありますが、今回は演出が英国人のマシューさんなので、さらに複雑な味わいになってくると思います。日本で生まれ育った僕らが、マシューさんのもとで日本人を演じることに責任感も感じますし、その意味では確実に今までのミュージカルとは違った感覚が生まれています」

――アメリカ人とイギリス人の日本人観もふまえた“日本人”…⁈

「めちゃくちゃ複雑ですよ(笑)。でも僕が演じる狂言回しについては、歴史上の人物ではないので、他の役とはまた違う話になってきますね。

今、話していて思ったんですが、狂言回しには“ある種カメレオン的なところがある”というふうに説明に書かれていますが、それは僕がカメレオンのようにいろんな人格を演じるというのではなく、周りからカメレオンのように見える、見る人によって顔が変わる存在なのかもしれません。とらえどころがない。実体がない…というのが、“狂言回し”を演じるヒントになるのかもしれません」

――狂言回しとは何者なのか…。確かに、ミステリアスなお役ですね。

「彼がこの物語を語る、本当の目的は何なのか…。説明はいろいろいただいていますが、僕のほうからこうだと決めつけずに、観てくださるお客さんに委ねたいと思います。結局、歴史ってどこまでが事実かわからないですよね。歴史上の戦いだって、勝った側の視点で描かれるし、それが正義として残っていってしまう。今回の『太平洋序曲』でも、それぞれに視点が異なるから、何が真実かはわかりません。それについて“あなたはどう思うのか”と問いかけている瞬間もあるし、狂言回しという存在自体がどうなんだろう(胡散臭いな)と感じられる瞬間もあるかもしれません。あらゆる視点が存在している点で、今、この作品をやる意味があるなと思います。

僕自身は表現する仕事をしているから、普段、あらゆるものが表裏一体であって、良いも悪いも無いと思っているけれど、最近の時代の流れって、正義だと思ったことをSNSなどで過激なまでに突き通す傾向がある気がします。正しいと思うことを主張すること自体はいいことだし、それぞれに意見を言うべきだとは思うけれど、相手の考えを読み取ろうとせずに自分が正しいと主張するのは、ちょっと違うんじゃないかな、と。そういう空気がある今、一方的に決めつけるのではなく、(観客に)“どう思いますか?”と投げかけているこの作品を演じることに、すごく意味があると感じています」

――いろいろな見方ができる“多面的”なストーリーテラーが生まれそうですね。

「僕の中では、そうだろうなと漠然と思っています。多面的なものだと思っているし、劇場を支配する存在だとも思っていますし。でもその中で本質的に狂言回しが何を考えているのか、についてはきちんと見つけていきたいですね。ただただ多面的です、という風にはしたくないです」

――本作では開国を巡る騒動の中で、それぞれに変化していく香山と万次郎が対照的に描かれます。

「(物語の)過程の中で、それぞれ“あ、そっちなんだ…”という方向に進んで行きますよね。自分はどちらのタイプだろう…と考えると、僕は案外、万次郎タイプかな。でも、両方(僕の中に)ありますね。

この時代に日本が開国したからこそ、僕は日本に生まれながらも音楽を含めてアメリカのカルチャーを好きになり、影響を受けながら育ちました。どちらかというと中学生まで、自分は日本人という感覚も薄かったですね。それがアメリカに行ったことで、やっぱり自分は日本人だったんだと思えて。海外に行くとそういうこと、ありませんか?急にお茶が飲みたくなったり、日本ってあんなにいい国なんだと思えたり、俺ってこういうところが日本人ぽいんだなと気づいたり…。日本から出なければ自分のアイデンティティが日本であるということはわからないけれど、海外で現地の人と触れ合うことによって、自分の生まれた場所を意識したり、日本人で良かったと思えたこともありましたね」

――今回、ご自身の中でテーマにされたいことはありますか?

「いつも、仕事に取り組む時にはその作品のことだけ考えていて、テーマを持って取り組むのは、自分が創作する時だけです。役を作り上げることも創作ではあるけれど、常に研究していたいタイプなので、あまりテーマを持ってそれに凝り固まることはしません。作品の中に入っていって流動的に考えていきたいので、絶対こうだと思って取り組みたくはないんです。お芝居って相対的なものだと思っていて、相手が何をしてくるかによって自分の表現も変わりますし。

そのなかでもミュージカルには、絶対的な要素が多いと僕は感じていて、このタイミングでこれをするというルールが多いと思います。それでも、例えば相手のセリフのテンションがいつもと違うのにこちらが同じ演技をしていたら作品が成立しないので、相対的に取り組む姿勢は忘れちゃいけない。演技って、やっていきながら(課題を)見つけていく作業だなと感じています」

――今回の『太平洋序曲』、どんな舞台になったらいいなと思われますか?

「いろんな考察が生まれるような舞台になったら面白いですよね。キャストの組み合わせパターンごとに、解釈も変わってくるといいなと思います。観た人がこの作品をきっかけに、物事にいろいろな視点を持つようになるような舞台になるといいなと思います。

でも、難しくとらえる必要はないと思うんです。ミュージカルという西洋の文化が日本を題材にしているケースってなかなかないと思うので、向こう(西洋)のカルチャーに影響を受けている日本人の方に、この機会に“日本”に触れてもらえたら嬉しいです」

松下優也さん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――松下さんはこれまで2.5次元ミュージカルからブロードウェイ発の作品まで、幅広いミュージカルに出演されていますが、ご自身にとってミュージカルとはどのような存在でしょうか?

「もちろん楽しさもありますが、自分としては“学びの場”ですね。日々の体調管理に始まって、音楽を追究すること、自分ではない誰かを演じるということ、全てが学びです。僕はもともと協調性がゼロなので(笑)、集団の中での在り方という面でも、学びの場だととらえています」

――10年以上経験を積まれているというのに、まだまだ謙虚な方なのですね。

「謙虚な“ポーズ”は取れないです(笑)。でもこの仕事は謙虚でなくちゃいけないと思うし、そういう姿勢は大事にしてきたつもりです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『太平洋序曲』3月8日~29日=日生劇場、4月8日~16日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP 
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