Musical Theater Japan

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『ジャック・ザ・リッパ―』加藤和樹インタビュー:残酷な“闇”の中に潜む希望

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加藤和樹 愛知県出身。ミュージカル『テニスの王子様』で脚光を浴び、翌年CDデビュー。『タイタニック』『1789~バスティーユの恋人たち』『BACKBEAT』『怪人と探偵』『ファントム』『バーナム』等多くの舞台で活躍しつつ、音楽活動も精力的に行っている。©Marino Matsushima 禁無断転載

19世紀末のロンドンを震撼させた猟奇的殺人鬼“ジャック・ザ・リッパ―”。この未解決事件に想を得たチェコ発のミュージカルが、2009年に韓国でアレンジされ、新たに上演。切ないラブ・ストーリーと人間のダークサイドを抉り出すドラマティックな展開が評判を呼び、2013年には来日公演も行われたミュージカルが、遂に日本版演出・日本人キャストによって上演されます。

今回、主軸を担うキャストの中で、事件を捜査するアンダーソン刑事と殺人鬼ジャックを日替わりで演じるのが、加藤和樹さん。これまでも哀しみの怪物(『フランケンシュタイン』)から革命に燃える青年(『1789』)まで幅広い役柄を演じ、日替わりの二役も『マタ・ハリ』で体験済みの彼ですが、“追う側”“追われる側”の両サイドを演じるというのは、どのような心持なのでしょうか。稽古も佳境に入った某日、深まってきた二役について等、たっぷりと伺いました。

【あらすじ】1888年ロンドン。刑事アンダーソンは娼婦ばかりを残忍に殺す殺人鬼を追っていたが、解決の糸口が掴めず、焦燥の中でコカインに溺れていた。それを知った新聞記者モンローは彼を脅し、連続殺人犯に関する情報提供を約束させる。

4件目の殺人が起こった時、アメリカから7年ぶりに来英したという外科医ダニエルがアンダーソンの前に現れ、ジャックというその犯人に自分は会ったことがある、と語り始める。彼の話を聞いたアンダーソンはおとり捜査を計画するが…。

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『ジャック・ザ・リッパ―』
全く異なる二役に取り組む中で
作品理解を深めています

――先だって出演された『バーナム』では、稀代のエンターテイナー役ということで終始歌い、喋り続け、大車輪のご活躍でしたね。

「確かに出ずっぱりでした(笑)」

――あのお姿を拝見して、つくづく加藤さんはエンタメを愛していらっしゃるのだな、そしてその流れで本作と出会われているのかなと感じました。

「この仕事の良さって、自分にはない誰かになるということですよね。自分にない側面を発見できるのが楽しいし、自分を応援して下さる人にも僕のいろんな表情を観ていただける。そういう意味では次はどんな役をやるんだろうという楽しみがあって、今回は特に自分が韓国で観て魅了された作品に出られるというのも喜びです。一つ一つがチャレンジなので、自分が楽しみながら人々を楽しませるエンタメにはしたいと思っています」

――韓国にはよく観劇にいらっしゃるのですか?

「コロナ禍になってからは行けていませんが、近いですし、知り合いがいるということもあって、以前はよく行っていました。『エリザベート』『ジーザス・クライスト=スーパースター』『フランケンシュタイン』といった大作から、日本で上演されていないような、もう少し規模の小さいもの、オリジナル作品まで、勉強も兼ねて観ています。キャストも、僕が敬愛するパク・ウンテさんやホン・グァンホさん、マイケル・K・リーさん、ハン・チサンさんの他、K-POPのアイドルも積極的に出始めていて、とても層が厚いですよね。こうした力強さは私たち(日本のミュージカル)も学べると思っています」

――そんな中で本作を御覧になっての第一印象は?

「19年2月の(『ジャック・ザ・リッパ―』韓国公演)10周年記念公演だったのですが、第一印象は“暗いな~”でした(笑)。『フランケンシュタイン』もそうでしたが、韓国って暗いミュージカルが多いんですよね。

いっぽうでは、一度始まるとノンストップで最後まで行ってしまえそうな疾走感、そして様々な表情のある楽曲も素晴らしいと思いました」

――演じる人によって主人公が変わって見えるような作品でもありますね。

「ダニエル、ジャック、アンダーソン、いろんな視点で観ることで感動のポイントも違うでしょうね。そして腹の奥底に入り込んでくるような迫力がある。もちろんフィクションではあるけれど、そこにはダニエルの抱える事情といった真実味があって、一つのきっかけで人間はこうなってしまうという、人間の脆さといったものが感じられるかもしれません」

――今回、二役を演じることになったのは…。

「(主催側から)オファーをいただいてのことで、たまたまです。でも二つやれるというのは役者としてチャレンジであって、大変ではあっても、得られるものも大きいのでは、と思っています」

――今回の二役では何が掴めそうでしょうか。

「これだけの大役二つが(一公演で)出来るというのなかなかないことですよね。『マタ・ハリ』の時もそうでしたが、対極にある二役に挑むことで、それぞれの心情をより理解できるし、“実はここはこういうことなんじゃないか”という芝居の組み立てが出来てきているような気がします。

例えば、アンダーソンはダニエルを事件の重要参考人ととらえていて、彼の外側の部分は見えていますが、芯の部分はわからない。でもジャックが対峙する時のダニエルというのは内面的なものがすごく見えてくるので、ダニエルというのはこういう人なのだなと理解した上で(自分の芝居を)組み立てています」

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『ジャック・ザ・リッパ―』アンダーソン(加藤和樹)

――アンダーソン、ジャック各役の造型についてうかがえればと思いますが、まず刑事アンダーソンは多分に厭世的なオーラをまとい、身なりも崩れています。ミュージカルのメインキャラクターとしては…。

「珍しいかもしれないですね。始めて演じるタイプの役です。厭世的な理由は、一つには彼の生い立ちがあるのかもしれません。そして、彼は自分なりに正義感を持っていたけれど、刑事として捜査をする中で歪んだ正義をたくさん見てきてしまった。もう自分以外誰も、何も信じられない、というところまで来てしまったのかもしれません」

――コカイン中毒者でもあるのですね。

「この背景について、僕がイメージしているのは、アンダーソンは理想を抱いて警察に入ったけれど市民たちからは無能、役立たずと呼ばれて、自分が憧れていた警察ではない、自分自身何の成果もあげられていない、追っている犯人によってまた命が奪われている。そういう責任がのしかかっているうえに、ロンドンという都会の空気に飲まれていって精神を病んでいる部分があるのでは。それに押しつぶされないように、ある種の現実逃避としてコカインに逃げているのかなと感じています」

――正義感の成れの果て、というのが哀しいですね。

「そうですね。それが他者を傷つける方向に行かないだけましですが、自分を壊して、身も心もぼろぼろな状態、本当に紙一重の部分で生きている状態です」

――一見、自分の殻に閉じこもっているようにも見えますが、“この都市が嫌いだ”とロンドンという街に度々言及していて、自分の現在地を俯瞰で観ている人物のようにも見えます。

「逆に言えば、ロンドンという場所にすごくこだわっていて、そこでしか生きられない。ここで起こる事件や関わる人たちを遠ざけたいのにそうできない、というところでもがき苦しんでいるのかもしれません」

――現代人の感覚では、なぜそこから抜け出さないのだろう?という気もしますが…。

「おそらく、行った先でも同じことの繰り返しになってしまうとわかっていて、結局ここでしか生きられない。出ていきたいのに抜け出せない、その狭間で揺れているのも精神を病んでいることの一つであって、悲しい人間だなと思います。僕は名古屋から上京して、今は東京に住んでいますが、家族の状況とか、いろいろな事情で故郷にとどまるしかない、という可能性もあったかと思います。もしそうなったとしたら、ある種の諦めや、そこでの自分の存在価値、ある意味プライドみたいなものを持っただろうし、そういうプライドがアンダーソンの中にもあった気がするんですよ。ロンドンにいるからこそ、自分が自分でいられる。そんな感覚が、彼の中にはあった気がしています」

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『ジャック・ザ・リッパ―』ジャック(加藤和樹)

――一方、ジャックのほうは、韓国版では“飛び道具級”の強烈なキャラクターでした。

「楽曲も含め、役として突き抜けていますね。韓国で観たときにはストーリー的にもあまりにも衝撃的で、“ええっ”と声が出そうになりました(笑)。

おそらくキャストによっていろいろ違いがあるとは思うのですが、僕が観た時のキム・ボムレさんは殺人鬼のジャックを紳士的に演じていて、髪型もストレートだったしジャケットをきれいに着こなしているけれど、笑いながら大胆不敵に猟奇的殺人を行っているという、そのギャップが怖かったです。地の底から出てくるような低音もあの曲調にすごく合っていましたし…。ぶっとんでいい役なので、僕自身、とことん楽しみたいですね。それでこそ、観ている人が抱く“あれ、これってどういうことなんだろう”という謎が解決していくと思います」

――韓国版の強烈なジャック像と同じ方向性で行くか、独自の路線で行かれるのか、楽しみです。

「いかにインパクトを残せるか、ですよね。例えば全般的に“紳士的”な作り方にするのではなく、女性に触れる時だけ、人にナイフを持たせる時だけ紳士的に見せるやり方もあります。紳士的な一面と狂気が同居するキャラクターだと思うので、そのメリハリをつけていけたらと思いますね。それと、今回は人間の欲望を(内側から)引きずり出すようないやらしさ、不気味さも求められています。まだまだ(ダブルキャストの)堂珍(嘉邦)さんも僕も探っている状況で、いったんベースを作り上げてそこから(レベルを)上げてゆくという感じだと思います」

――ジャックの楽曲は70、80年代風というか、どこかレトロなロックにも聞こえます。

「そこがぞくぞくしますね。決して今っぽくはないけれど、違和感がなかったのは、ジャックの存在を表すのにぴったりだったからかな。これをライブで歌うのが楽しみです」

――聞かずもがな、という気もしますが、これまでのところ、アンダーソンとジャックのどちらの役をより楽しまれていますか?

「楽しいという意味ではジャックですね。発散できる役なので。それに対してアンダーソンは内にため込んでいく役なので、ある意味バランスがとれていると思います」

――お稽古は現在、どの段階でしょうか?

「2幕の終わりのほうまで(動きが)つきそうな感じです。大体の流れであったり、こういうふうにやっていこうというのは(演出の)白井(晃)さんと相談できていますが、細かい部分についてはこれからですね」

――白井晃さんとは以前にも『怪人と探偵』などでお仕事をされていますが、どんな演出家さんだと感じますか?

「ミュージカルでは2度目ですが、ストレートプレイを含めればもう4本ぐらいご一緒しています。白井さんはとにかく熱い方で、作品にも、役者に対しても熱く、この人の期待に応えたい、早く稽古に入って彼の(演出)イメージを聞きたいと思わせてくれる人です。

今回、一番特徴的に感じるのが、この作品は劇中、時間軸があちこちに飛ぶんですね。そういう変化を、韓国版では舞台のセットを変えたりして見せていたけれど、白井さんは役者の身体を中心として、それに照明をプラスしてがらっと変えて見せています。劇場入りするとその照明要素が加わるので、より明確に見えてくると思いますが、役者の身体を通していつの間にか過去になったり現在に戻ったりしているという変化を見せるのが“白井ワールド”だと感じます」

――役者さんがフィジカルに、時間軸を表現するのですね。といっても中年だった主人公が老人になる『レ・ミゼラブル』ほどの年月の隔たりがあるわけではないので、微妙な変化をどう見せるのか、大変ではないでしょうか。

「そうですね、大きな飛躍は7年間だけど、短いものでは“二日前”ですから。それをどう見せるのか、役者にとってはものすごく高度なものを求められてるけど、僕らが馴染んでいくことで、内面から変化していけると思っています」

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加藤和樹さん。©Marino Matsushima 禁無断転載

――韓国版とはひと味違うものになりそうですね。

「舞台セットも違うし、お芝居的にも違ってくると思います。韓国ミュージカルの特徴はなんといっても圧倒的な歌の表現の仕方だと思いますが、それをそのまま日本でやろうとすると、お客様に届かないところが出てきてしまいます。脚本に書かれていないものを我々が埋めていかないと、キャラクターの気持ちが繋がって見えなくなってしまうので、一人一人の思いや抱えるものを共有するということに重点を置く。それによってこの作品がよりお芝居としてお客様に届くと思うので、そこは頑張っていきたいです」

――今、この作品を上演するにあたって抱かれている思いはありますか?

「この作品のテーマには“愛”や“自己犠牲”というものがあると思います。もちろん“自己犠牲”の必要のない世界のほうがいいけれど、例えば今、コロナ禍のなかで医療従事者の方々が身を挺して大勢の命を救ってくださっている現実があります。そういう覚悟が問われる世界の中で、強く生きること。愛すること。そういうメッセージを届けられたら、と思います」

――どんな舞台になればと思っていらっしゃいますか?

「この作品は、ストーリーとしては哀しいものですが、その中での希望や愛を描く作品でもあります。共感できる部分はきっとあると思いますので、物語の中で見つけていただければなと思っています」

――依然、緊急事態宣言下ではありますが、そんな中でもワクチン接種が進み、状況は変わりつつあります。演劇界にとっても日常が少しずつ戻ってきているという実感はありますか?

「戻ってきたなというより、皆で頑張って戻しているという感覚ですね。あちこちで公演が行われるようになってはいますが、その裏ではマスクで稽古をするとか、感染対策で少しも気が抜けない、厳しい状況は続いています。どうしたらやれるかというのを皆で必死に考えながら一歩一歩進んでいるので、“戻ってきた”というより新たな方法で前に進み始めたということだと思います。

もちろん、どんなに気を付けていても、公演中止になってしまうことはあります。そうなったときにどうすればいいのかというのは、皆で方法を考えて結果として残し始めています。もう演劇界が止まることはない、と僕は思っています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ジャック・ザ・リッパ―』9月9日~29日=日生劇場  10月に大阪公演有り 公式HP
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